9話
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エレナは、驚いたように目を見開いた。
「ランバート……?」
信じられないものを見たような顔で、疑わしげに名前を呼んだ。その途端、男の顔がパーっと明るくなった。
「おお、覚えていてくれたか。十年ぶりになるからてっきり私の事なんて忘れ去ったと思っていたが」
「忘れるわけないわ。久しぶりね、ランバート」
エレナは謎の男ランバートとハグをした。
どうやら二人は知り合いらしい。ガビの知る限り、この家を人が訪ねてきたのは初めての出来事だった。
エレナは戸惑いつつも嬉しそうな顔をしている。
男がエレナの背中をぽんぽんと叩き、それを合図に二人は離れた。
「歳を重ねてまた一段と素敵な女性になったな。私がもっと若ければアプローチしたのに」
男はキザったらしく髪をかきあげてウインクをした。
エレナは適当にあしらった。
再会の雰囲気もそこそこに、エレナが「ところで聞きたいんだけど」と切り出した。
「どうしてあなたがここにいるの? 私がここで暮らしている事を知らないはずよね」怪訝そうに尋ねた。
「居場所が分かったのはティルザに聞いたからさ。私をここへ寄越したのも彼女だ。緊急の話があってね。最初は嘘かと思ったが、信じて待っていてよかったよ」
男はがらんとした村を見渡した。
こんな廃村に人が暮らしているなんて、信じられないのも無理はないとガビは思った。
「ティルザが? 話って、いったい何——」
「おや」
話の続きをしようとしたエレナだったが、男の興味が他へ移ってしまった。エレナの背中からそーっと顔を覗かせていたガビと、視線がばっちりぶつかったのだ。
「んー?」
男は首を傾げると、子猫を見つけた子どものように興味津々といった様子で、青空のような瞳を輝かせながらガビのそばまでやって来た。
「君はどちら様かな?」
「その子はガビ。私の愛弟子よ」エレナが答えた。
「弟子!」男が叫んだ。
ガビは驚いて一歩後ろに下がったが、男が一歩詰めてきたので距離は離れなかった。
「まさかエレナに弟子が出来るなんて……たかが十年……いや、されど十年だな」
男は神妙な顔で呟いた。
ガビがゆっくり距離を取ろうとすると、男はガビの両手をがっしりと握りしめた。
「初めまして、ガビ。私はランバート。姓を持たないただのランバートだ。敬称はいらないから気軽に呼んでくれると嬉しいよ」
「えっと……わかった。よろしくね、ランバート」
それから、ランバートはガビの手を確かめるように触った。
「幼いのにしっかり訓練を積んだ者の手をしている……実に素晴らしい。師匠も良いし、将来は立派な賞金稼ぎになれるだろう」
ランバートはガビを見てにっこり笑った。
ガビはなんだかむず痒くなって、ごまかすように頬をかいた。
「二人は知り合いなの?」ガビが尋ねた。
「知り合いなんてもんじゃないぞ。戦友……親友……いや家族といっても差し支えないな」
「差し支えるわよ。彼は昔、一緒に旅をした仲間で、こう見えて凄腕の賞金稼ぎなの」
「へぇー!」ガビは目を輝かせた。
「こう見えて? そのひと言は余計だろう」
ランバートは思いっきりしかめ面をして、横目でガビを見た。その顔があんまりおかしかったのでガビは笑ってしまった。
「私が言うのもどうかと思うが、長旅でクタクタなんだ。立ち話はこの辺にして、続きは家の中でお茶でも飲みながらというのはどうだろうか。美味しいクッキーもあるぞ」
クッキーと聞いた途端、ガビのお腹が小さな悲鳴をあげた。そういえば朝食のあとはリンゴしか食べていない事を思い出した。
「積もる話がありそうだしね。でもその前に夕飯にしなくちゃ。あなたも食べる?」エレナがいった。
「喜んでご馳走になるよ。実は今朝から何も食べてなくてね……私のお腹もずーっと鳴き通しなんだ。そろそろ黙らせてやらないと」
お腹をポンポンと叩きながら、ランバートがいった。
ランバートは家に入るなり、「趣あるいい家だな。ネズミもたくさんいるし賑やかで実に良い」と褒めてるのか貶してるのか分からない事を言った。
そこらの柱を触りながら「ススヒノキだ!」と驚いたり、キッチンの椅子を見るなり「オリバー製の逸品じゃないか……」と感動して、しまいには料理を作るエレナを見て「懐かしいなぁ」と目頭をおさえて鼻をすすった。
エレナが夕飯の用意をしている間にガビは話を聞きたかったのだが、ランバートがそんな調子だったので聞けずじまいだった。
そうこうするうちに、料理がテーブルに並んだ。
鳥の干し肉を炙ったものと、鳥の骨で出汁をとったスープに葉野菜を放り込んだものと、信じられないくらいカチカチになったパンだった。
ガビはスープでパンをふやかしながら食べたが、ランバートはカチカチのパンを平気な顔して噛み砕いていた。ガビは思わず目を疑った。
「若いうちから柔らかいものばかり食べていると、年寄りになった時に困るぞ」
とランバートが言うので、ガビも真似してそのまま齧ってみたが、とてもじゃないが無理だった。
歯が欠けてしまっては年寄りになる前に困ることになるので、ガビは大人しくスープに浸して柔らかくしてから食べた。
食事が終わると、ランバートがクッキーの包みをテーブルに広げて、エレナがコーヒーを淹れた。
「さあさ、召し上がれ」
薄紫のハンカチにはクッキーが山盛りだ。
クッキーは葉っぱの形をしていて、ひとつが親指の爪ほど小さい。ガビはクッキーをひとつ口に放り込み、思わず目が飛び出るところだった。
甘すぎる……吐き気を催すほどに……クッキーを飲み込む事を体が拒絶している。
だからといって吐きだす事もできない。
ランバートがニコニコしてガビの反応を伺っているのだ。
ガビは覚悟を決めて……飲み込む。
明日、体調を崩さない事を祈るばかりだ。
エレナはというと、とても険しい顔でゆっくり噛み締めている。唯一、ランバートだけが幸福そうにクッキーを味わっていた。
「どうだね? 甘くて美味しいだろう」
「う、うん。苦いコーヒーにぴったりだと思う」
「先日、仕事でアルヤウルに行ったときに見つけて以来、すっかり虜になってしまったんだ。ほら、遠慮せずにもっと食べなさい」
ランバートがクッキーをひとつガビの手に置いた。
「あっ、ありがとう……」
エレナが笑いを堪えて横を向いたのが見えた。
ガビは顔を引きつらせたままお礼を言うと、クッキーを噛み潰して、コーヒーで流し込んだ。
「まだまだあるぞ」
「もうお腹いっぱいだから」
ガビは慌てて手を後ろに引っ込めた。
とうとうエレナが吹き出して、ランバートが不思議そうな顔をした。
「いえ……何でもないの。ただの思い出し笑いよ」
エレナは首を左右に振って、話をそらした。
「仕事でアルヤウルに行ったのよね。もしよかったらその時の話を聞かせてくれない?」とエレナ。
「おれも聞きたい」
ガビもそれに乗っかり、前のめりになった。
クッキーから話題がそれるのはありがたかった。
何より、エレナが実力を認めるランバートの話が気になった。
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