1話
初連載作品です。
よろしくお願いします。
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まっくら闇の中に光が見えた。
赤くて小さな光だ。
それはゆらゆらと形を変えながら、右に左に手を伸ばすように広がっていく。
大きくなった光があたりを照らすと、闇の中からたくさんの人が姿を現した。黒いマントを着て、フードをすっぽり被り、怪物を模した不気味な仮面を付けている。
仮面の人々は棒を持ち、それを無作為に振り回しはじめた。まるで見えない何かを痛めつけているようだった。
ガビはその光景をただじっと見ていた。
今すぐ逃げ出したいほど恐ろしい気持ちなのに、なぜだか体が動かない。
やがて光は山のように大きくなり、ガビを飲み込まんと迫り来る。
息が苦しい。
肌が焼けるようにじりじりと痛む。
赤い光が燃えさかる炎だと気づいたとき、ガビは声にならない叫び声をあげた。
そして、ガビは飛び起きた。
心臓の音が全身に響いている。
しっかり目を開けているのに、視界が白くざらついて何も見えない。
夢で吸えなかった息をたっぷり吸って、激しくむせた。ガビは額の汗をぬぐい、癖のある黒髪をぐしゃぐしゃに掻きむしった。
この悪夢を見るのはもう何度目だろうか。
始めて見たのは確か四歳のときだった。それから一年間、数えるのも嫌になるほど頻繁に見ている。
ガビはいつからか考えていた。
夢に出てくる仮面の人々は、いつかガビの元へやってくるのではないだろうか。そして大きな炎で焼き尽くされるのではないか、と。
身震いした。
両手で体を抱いて丸くなった。まだ夜中だというのにすっかり目が覚めてしまった。
恐怖に襲われてどうしようもなくなっていると、隣りの布団がもぞもぞと動いて、大きな影が起き上がった。
「どうしたの、ガビ」
「エレナ。起こしてごめんなさい」
エレナは寝ぐせのついた薄茶の髪を撫でながら、眠そうな顔でガビを見ている。
「いいのよ。また怖い夢を見たの?」
「うん」
「そう、怖かったね。こっちへおいで。いっしょに寝ましょう」
エレナが持ち上げた布団の隙間にガビは入り込んだ。布団の中はエレナの体温で暖かかった。くっついていると不思議と怖い気持ちが薄れた。
「ねぇ。何かお話して」
「えぇー。今から? 寝なきゃだめよ」
「お願い。怖くて目が覚めちゃったんだよ」
ガビが甘えていうと、エレナはすぐに折れた。
「なんの話にしようか」と、指を立てて物語をいくつかあげた。
エルフと世界樹を登った話、巨人と大げんかした話、北の大迷宮から出られなくなった話——すべてエレナがまだ賞金稼ぎだった頃に体験した話だ。
「盗賊団をとっちめた話がいい」
「また? 本当に好きねぇ」
エレナは呆れたように笑うと、さっそく話始めた。
とある国でお姫様をさらった盗賊団をやっつける話だ。
ガビはこの話の最後、エレナと盗賊団のボスが戦うところが好きだった。激しい戦いの末に友情が芽生えるところなんか胸がぎゅっと熱くなる。
エレナが話終えたころ、すっかりうとうとしていたガビは、眠気まなこをこすりながら尋ねた。
「ねぇエレナ。ぼくもエレナみたいな強くてかっこいい賞金稼ぎになれるかな」
エレナは少しだけ驚いた顔をした。
「ガビは賞金稼ぎになりたいの?」
そう尋ねられたガビは、こくりと頷いた。
毎夜エレナの話を聞くうちに、ガビはいつかエレナみたいに世界を旅することが夢になっていた。
怪物と戦って、悪人と戦って、友達になったりして……ガビもそんな経験をしたいと思っていた。
でも、実はもうひとつ理由があった。
夢のことだ。もし仮面の人々がやってきた時、立ち向かえるように強くなりたかった。
万が一、エレナに危険が及んだときに守れるように。
「そうねぇ。もし本気でなりたいのなら修行をつけてあげる」
「ほんとう?」
「本当よ。ただし、六歳になってから。次の誕生日が来るまでによーく考えて、それでも気持ちが変わらなかったらね」
「約束だからね。でも変わらないよ。絶対」
落ちてくるまぶたに逆らいながら、ぽつぽつと返事をした。エレナはくすっと笑って、ガビの額にキスをした。
「その話はまた明日にしましょう。さあ、おやすみなさい」
ガビはむにゃむにゃと何かを言いかけて、そのまま眠りについた。
翌年の春、六歳を迎えたガビは賞金稼ぎとしての修行を始めることになった。
エレナの修行は、それはそれは厳しく辛いものだった。自分で望んだことだが、何度も逃げ出したくなったし、夜にこっそり泣いたこともあった。
それでもガビが耐えて喰らいついたのは、エレナのような賞金稼ぎになりたかったからだ。
恐ろしい悪夢は、いつの間にか見なくなっていた。
やがて、そんな悪夢の存在すら忘れて修行に没頭する日々が続いた。
そして、ガビは十一歳になった。
2話は5/23更新予定です