第二十三話:ソレアンの人脈
【毎年恒例の年末パーティ】
王国歴百六十一年十二月末日。この日はアヴェレート王国の、毎年恒例の年末パーティだ。
ソレアンも侯爵令息として参加していた——ゼファリスとフィオーネを伴って。
「おいソレアン、今回もなんか面白いこと起きると思うか!?」
「静かにしてくれ……」
ゼファリスが目を輝かせて周囲を伺う。ゼファリスが言う「面白いこと」とは、衆目の中で公開告白が行われるようなことである。「そんなことがそうそう起きてたまるか」とソレアンは思いかけるが、つい半年前に自分の身にも起きたことを思い出し、「この国では起こり得る……」と考えを改めた。
「アヴェレート王国のパーティは、やはり華やかで活気がありますね……!」
フィオーネは、ブルースピネルの髪留めの輝きと同じように、目をキラキラさせた。その様子に、ソレアンは愛しげに微笑んだ。
【マグノリア侯爵夫人の芸術家理解】
「ソレアン様、フィオーネ嬢、ゼファリス様。ご機嫌麗よう」
三人に声をかけてきたのは、マグノリア侯爵夫人だった。
「これはマグノリア侯爵夫人。いつもお世話になっております」
ソレアンが貴族らしく一礼をし、フィオーネも「お久しゅうございます」と続いた。ゼファリスはさっとソレアンの背後に隠れた。ゼファリスは、ソレアンが貴族らしく振る舞うと、彼の背中に隠れるという処世術を身につけていた。一応、これでも空気を読んでいるつもりらしい。
大規模パトロンとして、芸術家の奇行に慣れているマグノリア侯爵夫人も、そんなゼファリスを咎めなかった。
「アート・コモンズの盛況、おめでたいですわね」
「マグノリア侯爵夫人のご助力のおかげです。貴女のレビューが、多くの人に画家の技量やセンスの素晴らしさを伝え、人々の審美眼を育んでくださっている」
「ソレアン様には及びませんわ。貴方の画家の本質を見抜く目と、それを表現する言葉。今や貴方からの言葉を待ち遠しく思っている画家だらけですわ」
マグノリア侯爵夫人がチラリと、フィオーネ、そして背後のゼファリスに視線を送った。
「だから貴方は、これほどまでに芸術家たちに愛されるのでしょうね」
その言葉に、ソレアンは照れ笑いした。その横でフィオーネは「おっしゃる通りです」と満面の笑みを見せ、ゼファリスが「この女、見る目あるな!」と小声で呟いていた。
「では私はこれで。ソレアン様、あちらにアデルがおりますわ。良かったら挨拶してあげてくださいね」
マグノリア侯爵夫人が示した先には、椅子に座って歓談しているカレスト公爵の姿があった。彼女の隣には宰相ラグナル、そして周囲には政界の重鎮たちが取り囲む。近づくには恐れ多い空間だ。
しかしカレスト公爵がふとソレアンに視線をやり、微笑んだ。ソレアンは、その笑みの意味をすぐに察知した——「こっちにいらっしゃい」。
ソレアンは身が縮む思いだったが、やがて覚悟を決めた。
【カレスト公爵の権謀術数】
ソレアンがカレスト公爵へと近づくと、周囲の重鎮たちが眉間に皺を寄せながら、品定めする視線を投げかけた。ソレアンの心臓が飛び跳ねたが、何とか気を奮い立たせる。
輪の中心で、カレスト公爵は少し大きくなったお腹に優しく手を当てていた。
「カレスト公爵、お久しぶりでございます。ご懐妊、おめでとうございます」
「ありがとう、ソレアン・アルモンド侯爵令息。今、貴方の噂をしていましたの」
カレスト公爵の言葉に続き、宰相ラグナル・カレストが口を開いた。
「アート・コモンズ、あれはよくできた仕組みですね」
「過分なお言葉、大変ありがたく思います」
ソレアンは礼節を尽くすが、既に手のひらに汗が滲む。この場の視線、言葉、空気が、ソレアンを追い詰める。ゼファリスが珍しく「お前大丈夫か?」と小声で伝えてくる。大丈夫のはずがない、と言いたい気持ちを、ソレアンはグッと堪えた。
「でもね、アルモンド侯爵令息。私、少しだけ不満がありますわ」
ソレアンの血の気が引いた。それを察したのか、フィオーネが、ソレアンの腕を掴む手を強くした。
カレスト公爵が微笑む。その場の空気が張り詰めた。
「私は公爵領主ですから、普段は領地におりますの。ですから王都の皆さんのように、気軽にアート・コモンズを訪ねることができません。何とかならないかしら? 例えば、アルモンド・ファイナンスのカレスト公爵領支店でも、同じように画家やレビュー情報を見られるようにするとか」
あまりに具体的な例え話である。すかさず、ラグナルが続いた。
「それは良いアイデアだね。でもアデル、王都と地方で情報を同期するには、統一的な情報網を整備しないと難しい。アルモンド侯爵家に情報流通の負担を寄せるのは気の毒だ」
「まぁラグナル、さすがの配慮ね。ねえ皆さん、いかが思います? 王都と地方の情報網が統一的に整備されて、情報格差がなくなれば——きっとアルモンド侯爵令息が、アート・コモンズの拡大出店を検討してくださいますわ」
カレスト公爵の言葉に、周囲の重鎮——王国議会の議員たち——が「それは面白い話ですな」「ぜひ次の法案審議で議論させていただきたい」と、好反応を示した。
——最初から狙いはこれか。
ソレアンは自分がだしに使われたことに気づき、微笑む。
「とても興味深いお話ですね。アート・コモンズを通じて、カレスト公爵がどのような画家を見出してレビューされるのか、今から期待してしまいます」
——人をだしにするなら、せめてこのくらいのことは要求させてもらう。
ソレアンの言葉に、カレスト公爵もまた微笑みを返した。
「ええもちろん。昨年の美術展のときのような画家との出会いを、楽しみにしておりますわ」
——画狂神に審査員特別賞を与えたのは私よ。レビューして欲しければあのクラスの画家を連れてきなさい。
言葉の表と裏の応酬に、ソレアンの胃がもたれていく。一見すると和やかな談笑の中、最後にカレスト公爵が告げた。
「それにしてもアルモンド侯爵令息の周囲の芸術家たちは、とても目が良いですわね。目が良すぎて、見えないものも見えていらっしゃるのかしら」
——『日向の道』も『愛と希望の舞台裏』も、本質をよく捉えている。
その賞賛とも牽制ともつかない言葉に、ソレアンは曖昧に濁し、フィオーネは「恐縮です」と返答、ゼファリスは「やっぱこの女やべーな」と小声で呟いていた。
【乙女系貴公子とスパダリ王女の実態】
パーティが進む中、国王アーサーから、王女マルガリータと、公爵令息モーリス・ウィンドラスの婚約発表が行われた。既に「乙女系貴公子とスパダリ王女」で知られる二人は、盛大な祝意の声で迎えられた。
「マルガリータ王女、モーリス。ご婚約、おめでとうございます」
ソレアンが二人に声をかけた。
「やあソレアン。ありがとう」
「婚約発表もこれだけ続くと、もはや恒例行事ね」
マルガリータが肩をすくめた。
昨年の夏には王太子レオンと公爵令嬢セレーネ・ルーシェ。
昨年の冬には王弟ラグナルとアデル・カレスト公爵。
今年の夏には第二王子テオドールと隣国の辺境伯令嬢クレア・サヴィエール。
怒涛の王家婚約ラッシュである。
ソレアンの背後で、ゼファリスが「もしかしてあのスパダリ王女か?」と小声で尋ねてきた。ソレアンは軽く頷きつつ、「変なこと言うなよ」と目配せした。
「ところでソレアン、もしかしてお隣の女性は……」
「ああ、紹介するよ。婚約者のフィオーネだ」
「お初にお目にかかります、フィオーネ・ナディアです」
フィオーネが一礼する。モーリスが穏やかに笑う。
「『乙女系貴公子とスパダリ王女』を観劇いたしました。自分たちがモデルだと思うと照れ臭いのですが、王女がとても素敵でした」
「ありがとうございます。ウィンドラス公爵令息にそう言っていただけるのが、一番光栄かもしれません」
王族や高位貴族ともなれば、何かと勝手に芸術のモチーフにされる。いわゆる有名税だ。
ソレアンは、「自分たちが物語化されるなんて、僕は羞恥心で耐えられないだろうな……」と目を遠くした。
「あの貴公子も良かったわよ、どんな困難でもめげずに愛を貫くところとか。モーリスによく似ているわ」
マルガリータのその言葉に、モーリスは「なっ!?」と狼狽え、ソレアンは「へっ?」と間抜けな声を出し、フィオーネは「まぁ!」と目を輝かせ、ゼファリスは「おっ?」と目を見張った。
「マルガリータ、恥ずかしいな……」
「恥ずかしがる必要はないわ。私は貴方の愛を誇りに思う。そんな貴方だからこそ、私は生涯をかけて幸せにしたいのよ」
その堂々たる態度は、スパダリと呼ぶのに相応しかった。
「……何で君はいつもそんなにスパダリなの」
モーリスが顔を赤らめながら顔を手で覆う。手首に、ダイヤモンドのカフスボタンが輝く。
「私は私の心のままにあるだけよ」
マルガリータが口元に手を添えて笑う。その手首に、モーリスのカフスボタンと同じしつらいの、ダイヤモンドのブレスレットが輝いている。
ソレアンは空気を読んで黙り、フィオーネは恍惚とし、ゼファリスが「マジでスパダリだった!」とはしゃいだ。
【待つのが性に合わない女たち】
「やあ、ソレアンたち。楽しんでそうだね」
テオドールが、婚約者のクレアを伴ってソレアンに声をかけてきた。
「殿下、おかげさまで楽しませてもらっています」
ソレアンが応じた。
「ああ、今日は画狂神も一緒なんだね」
テオドールがゼファリスに目を向けて軽やかに声をかける。ゼファリスはソレアンの背中に隠れた。
「なんか胡散臭い奴!」
「さすがだね、よく見抜いてる!」
ゼファリスの不敬発言に、テオドールは大笑いした。ソレアンは顔を青ざめさせた。
そんな男たちのやり取りのそばで、女たちが手を取って笑い合う。
「クレア、こっちに来て正解だったでしょう?」
「本当に。フィオーネの提案に乗って良かったわ」
彼女たちが話しているのは、今二人揃ってアヴェレート王国にいることについてである。
実は六日前に、ヴァルミール王立学園でも学期末のダンスパーティがあったが、二人とも参加せずアヴェレート王国への移動に充てた。「パートナーのいないダンスパーティを優先する意味はあるのか?」と、大変合理的な判断によるものである。
すっかりアヴェレート王国的価値観に染まりつつある婚約者を見て、ソレアンは一抹の心配を抱えている。
「ソレアンと画狂神にはまだ紹介していなかったかな。僕の婚約者のクレアだよ」
「お初にお目にかかります、クレア・サヴィエールです」
アイスブルーの瞳が印象的な、利発そうな女性だった。ソレアンは、ゼファリスの頭を抑えてともに礼をする。
「ソレアン・アルモンドです。こちらは画家の、漆黒の画狂神です」
「お二人のお名前は聞いております。アヴェレート王国の文化を、経済面でも芸術面でも牽引されていると」
「ありがとうございます。私もテオドール殿下やフィオーネから貴女のお話をよく聞いています。ヴァルミールの国王からも信が篤い、優秀な女性だと」
クレアが上品に微笑んだ。
「貴方が立ち上げたアート・コモンズには驚かされました。文化経済について、ぜひ意見交換をさせていただきたいですわ」
「そうですね、ぜひ。ヴァルミールの文化経済についてもお聞かせいただきたく」
「では在留中に、お時間いただければ嬉しいです。フィオーネとともに」
そうしてあれよあれよと、ソレアンは会合の日程を取り付けられた。
「ソレアンは僕が先に目をつけていたのに。ヴァルミールの外交官様は、うちの国の有能な人材を見抜く目に長けてるよ」
「テオ様が目にかける方を、私が放っておくと思いまして?」
クレアの微笑みに、テオドールが肩をすくめた。ソレアンは、「さすがフィオーネの親友だな」と苦笑した。
ちなみにゼファリスはソレアンの背後から消えていた。テオドールが絡んでくるので逃げたのだ。ゼファリスがご夫人たちに取り囲まれているところを、ソレアンとフィオーネが回収した。
余談だが、この時にゼファリスが交流したのは、推し活夫人たちだった。ゼファリスは彼女たちの熱狂に、自身の魂の震えの片鱗を感じていた。後日ソレアンに無理を言い、推し活夫人の集会に参加する。そして『人間美』と題する怪作を生み出すことになる。
こうして年末の夜は更けていく。ソレアンの人脈が広がりすぎて、フィオーネとダンスする暇もなかったことに気づくのは、帰宅後のことだった。




