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第十九話:王都のロマンス

【新しいお客さん】


 王都の高級ジュエリー店『エテルニタ』。王家御用達であるこの店は、王国一のジュエリー職人の店として名高い。その職人兼店主の、ヴィオラ・スミスが店を開ける。眩しい朝日とともに、本日最初の客が来店した。

「やあ、スミスさん。先日お願いしたものは、出来上がっているだろうか」

 黒みがかった深い茶髪に、黒目。穏やかで優しげな若き紳士。

「ええ、出来上がっておりますよ、ソレアン・アルモンド侯爵令息」

 ヴィオラは優美に微笑み、エテルニタの名が刻印された、手のひらサイズの小箱を渡した。

 ソレアンが中を見ると、少しばかり目を見開き、そして満足げに箱を閉じた。

「素晴らしいものをありがとう。無茶な注文して悪かったね」

「いえ、アルモンド侯爵令息の大事な局面ですから。お手伝いできて光栄です」

 そう言いつつ、ヴィオラは先日の出来事を思い出す。


 五日前、開店早々に、ソレアン・アルモンドが訪れた。ソレアンは初来店であったが、ヴィオラの方は彼の顔と名前を認知していた。

 というのも、ヴィオラがエテルニタを構える同じ通りに、アルモンド・シティバンクの本店が存在する。これまでにも何度か、ソレアンがエテルニタを通り過ぎ、アルモンド・シティバンクへ向かうのを、ヴィオラも見かけたことがあった。静かに、それでいて優雅な足取りで歩き行く姿は、高位貴族らしい所作であり、ヴィオラの印象にも残っていた。

 ソレアンは店に入って早々、ヴィオラに話しかけた。

「プロポーズを申し込みたい相手がいて、その時に指輪を贈りたいのですが……」

「まあ。素敵ですね。どのようなものをお求めでしょうか。オーダーメイドでしたら、一週間あればお渡しできますよ」

「一週間かぁ……参ったな」

 その困り顔のソレアンを見て、ヴィオラは少し違和感を覚えた。

「お急ぎでしょうか?」

「実は、六日後には相手が帰国予定なんだ」

 その時、ヴィオラは思い当たる。今、貴族たちの間で話題になっている、ソレアン・アルモンドと、隣国の劇作家フィオーネ・ナディアの恋の噂。その噂が実だったのだろう、とヴィオラは静かに察した。

「なるほど……それは日がありませんね」

「いかんせん、彼女への気持ちに気づいたのが、昨日だったもので……」

 ソレアンの何気ない一言に、ヴィオラは無言で、営業スマイルで、しかし内心で驚愕していた。


「え!? 昨日自覚したばかりでプロポーズ!?」

 店奥のベルベットのカーテンをくぐり抜け、男爵令息カイル・ロシャールが店へと顔を出した。カイルは宝石貿易商兼鑑定士であり、ヴィオラの恋人でもあり、この店の常連だ。

「やあカイル、君もいたのか」

 カイルとソレアンは友人同士である。宝石の専門家として名が高いカイルは、男爵令息という身分にも関わらず、高位貴族と幅広い人脈を築いている。

「ソレアンくん、今とんでもない言葉が聞こえた気がしたんだけど!?」

「え、何が?」

「いやいやいや、君、物事には段取りってものがあるでしょ!?」

 カイルとソレアンの温度差を感じ取ったのか、ベルベットのカーテンの奥からもう一人、顔を出した。

「そうよ、ソレアン。大体、貴方、フィオーネ嬢の指輪のサイズわかってるの?」

 王女マルガリータだった。かつてエテルニタを王家御用達として認めたマルガリータもまた、この店の常連である。

「マルガリータ王女もいらしてたのですね。指輪のサイズ……そう言えば知らないな……!?」

「その状態でよく婚約指輪なんて発想出てきたな!?」

 カイルの真っ当なツッコミが店内に響く。


 侯爵令息ソレアン・アルモンド。王国美術界屈指の慧眼を持つパトロンとして、その審美眼に高い評価を寄せられる男。また、温厚で良識的な貴族として、厚い信頼を寄せられる男。そして同時に、恋愛ごとに疎い、朴念仁でもあった。


「何も、気持ちを伝えるのに、指輪でなければならない理由はありません」

 ヴィオラの涼しくも凛とした声が、その場を落ち着かせた。

「せっかくですから、彼女に贈りたいものから考えてみたらいかがでしょう?」

「……彼女の青い瞳に似合うジュエリーを」

「では、同じ色合いの宝石をあしらった、髪飾りなんていかがですか。ヴァルミールの方なら、薄い色の髪にもよく映えると思います」

 王国の数々のロマンスをジュエリーで彩ってきた、ヴィオラ・スミス。彼女の提案により、ソレアンの要望が具体化され、急ぎの発注となった。


 ——あの日はさすがに驚いたけど、彼の真剣さは伝わってきたわね。


 ヴィオラは目の前のソレアンに目を向ける。ソレアンは受け取ったばかりの品を、大事そうに抱えた。

 ロマンスの段取りも知らない、この不器用で誠実な青年の恋を、ヴィオラは微笑ましく思う。

「アルモンド侯爵令息の気持ちが伝わるよう、私も祈っております」

 ヴィオラの温かい言葉を受け、ソレアンは「ありがとう。頑張ってきます」と微笑んだ。


【待ち合わせデート】


 ソレアンは、エテルニタで注文した品を受け取った後、王都の中央公園へと向かった。フィオーネとの待ち合わせ場所だった。公園内に流れる景観用水路の側の、木陰のベンチに座っていると、程なくしてフィオーネが日傘をさして現れた。

「お待たせしました、ソレアン様」

 日陰の中で優雅に微笑むフィオーネに、ソレアンは目を奪われる。アイボリーの涼しげなドレスに身を包んだ彼女は、晩夏の風に後れ毛を揺らしていた。

「全然待ってないよ、今来たところ」

 ソレアンは、ありきたりすぎる返事をするのが精一杯だった。


 ソレアンのエスコートで、二人は木陰の散策道を並んで歩いていた。フィオーネの「二人でゆっくりお話したい」という要望を汲んでのことだ。青々とした並木の間を、夏の終わりを告げる涼やかな風が通り抜ける。

「フィオーネ嬢が屋敷から出てくるとき、ゼファリスに何か言われた?」

「ソレアン様はすぐにゼファリスのことを気にするんですね」

 フィオーネが笑う。ソレアンの心配は、ゼファリスのことというより、二人がまた論争していないかの方であった。

「ゼファリスが言ってました。『ソレアンに何か聞かれても秘密にしとけよ!』って。なので、秘密です」

 フィオーネが唇に人差し指を立てて、悪戯っぽくウィンクした。その愛らしい仕草に、ソレアンの心が跳ねた。

「……何かよからぬことを企んでないだろうね」

 それを隠すように、ソレアンが平静を装って皮肉を言う。

「ふふ、どうでしょう?」

 ニコニコと微笑む隣の淑女に、ソレアンは「もしかしてこれが翻弄されるってやつなのか?」と、恋愛スキルの差を自覚し始めるのだった。


 道すがら、ふと、フィオーネが言葉にした。

「この夏の間、とても楽しかったです」

 その言葉は、心からの充実感と、一抹の寂しさを伴って響いた。

「僕もすごく楽しかったよ」

 ソレアンの声音にも、同様の気持ちが滲む。

「フィオーネ嬢のおかげで面白い経験がいろいろできたしね。まさか君たちと一緒に厨房でゆで卵を作ることになるとは思わなかった」

 数日前、フィオーネとゼファリスの間で再び「卵は固茹でか半熟か」論争が再燃した。その時に「もう作って確かめれば良いじゃないか……」とソレアンが呟いたら、またものの見事に採用されてしまった。普段、自身の呟きはスルーされっぱなしなのに、こういう時だけ拾われるのは、巻き込まれ型人間の悲しい性である。

 しかし貴族三人が集まって料理などできるはずがない。厨房の料理人の手取り足取りの指導によって、ようやく半熟卵と固ゆで卵が出来上がり実食。結果、「どちらも美味しい」に落ち着いた。

 ちなみにソレアンはしれっと、料理人にスクランブルエッグもお願いしていた。出来上がったスクランブルエッグを見て、「ずりーぞソレアン!」とゼファリスが言い出し奪われかけ、軽く喧嘩になった。それをフィオーネが、地を這う声で「頭を冷やしますか? ちょうどそこに、卵を茹でたばかりの残り水がありますが?」と、まだ茹っていた鍋を指差し、二人は大人しくなった。

 その時こっそりゼファリスが、「あいつ嫁にしたら絶対に尻に敷かれるぞ、本当に良いのか?」と言い、ソレアンは「覚悟の上さ」と答えた。


 そんな騒がしく楽しい日々も、終わりに近づいていた。明日になれば、フィオーネは帰国してしまう。三人で過ごす日々に、ソレアンもすっかり愛着が湧いていた。その日々を思い出すように、目を細める。

「寂しいな……」

 ソレアンの言葉が、二人の間に静寂を招いた。心地よく優しい風が木々の葉を揺らしながら、二人のそばを横切った。

 フィオーネがソレアンを上目遣いで見つめている。その眼差しに、ソレアンは自分の胸の内に広がる、甘い衝動を自覚する。


 ——言うなら、今しかないか。


「ソレアン様、私のことをお嫁さんにしてください!」

「!?」

 ソレアンの決意は呆気なく、フィオーネの逆プロポーズによってお鉢を奪われた。フィオーネは顔を真っ赤にしつつ、ソレアンから目を離さない。

 ソレアンは一つため息をついた。

「そうだよね、君は迎えに来てくれる人だったね……」

 ソレアンは初対面のやり取りを思い出しつつ、内ポケットから小箱を取り出す。

「用意しておいて本当に良かった」

 小箱を開け、その中にあったのは、ブルースピネルをあしらった髪飾り。フィオーネはその美しさに目を瞬かせ、言葉を失う。

「君が僕に愛を教えてくれたんだ。婚約の品として、受け取って欲しい」

 フィオーネが目尻に涙を浮かべながら、大きく頷いた。その様子をソレアンは愛しく思いつつ、心の片隅で、「なんとか格好がついた……」と安堵していた。


【帰宅後のサプライズ】


 陽が落ちる前に、二人はアルモンド侯爵邸へと帰宅した。するとそこで待ち構えていたのは、ゼファリスだった。

「よう! お前らやっとくっついたんだろ!?」

「身も蓋もない言い方すんな!」

 ゼファリスの勢いに、ソレアンが思わずツッコむ。その明るい雰囲気を察して、アルモンド侯爵家の面々がワラワラと集まってきた。

「おめでたいことだわね、これで名実ともに二人は婚約者同士ね」

「名実……?」

「ナディア男爵家にも事前連絡しておいて良かった」

「事前連絡……!?」

「おかげで今日の晩餐会でサプライズ発表ができますね」

「晩餐会!? サプライズ!?」

 家族たちの言葉に混ざる不穏な単語に、ソレアンが慌てふためく。隣を見ればフィオーネはいつもの笑顔を浮かべていた。

「フィオーネ、知ってたの!?」

「はい。ゼファリスに教えてもらいました」

 フィオーネはあっけらかんと答えた。


「さあさあ、晩餐会まで時間がないわ。さっさと準備するわよ」

 母イレーネの仕切りにより、あれよあれよと二人の支度が整えられた。

 社交シーズンは既に終わっていたものの、アルモンド侯爵家の晩餐会ともなれば、錚々たる出席者が揃った。マグノリア侯爵夫妻を筆頭に、王都に住まう都市貴族たちである。

 その晩餐会で、アルモンド侯爵から二つのサプライズ発表がなされた。一つは、「アート・コモンズ」の事業化と、協賛者の募集。そしてもう一つは、ソレアンとフィオーネの婚約。一つ目については驚きの声をもって受け止められた。二つ目については、「知ってた」と、当たり前のように受け止められていた。元より噂が飛び交っていた上に、フィオーネのブルースピネルの髪飾りがエテルニタ・ブランドであることを、王都の貴族で気付かない者はいないのだ。

「どこまで外堀固められていたんだろう……」

 ソレアンの呟きは、賑やかな晩餐会会場の中で、ひっそりと空気に溶けていった。

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