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第九話:審美眼と言語化能力

【支援の小口分散構想】


 王城のサロンでは、引き続き穏やかな薬草茶の香りが漂いながらも、交わされる会話は次第に核心へと迫っていた。

 ソレアンは、フィオーネからテオドールの人物評を聞いた時点で、この話を仕掛けるチャンスを狙っていた。策士と評される人間の目に、自分の構想がどのように映るのか、試してみたかったのだ。

 ——とはいえ、王族に構想の相談ができる機会など、本来はありえないほど贅沢な状況だ。「今話してる相手、王子と王女なんだよな……」とソレアンは心の中で密かに気後れした。それでも言葉を紡いだ。

「まだ構想を練り始めたばかりではありますが……」

 そう前置きしつつも、ソレアンの言葉には確かな論理があった。


現状と問題点


 ・現在のパトロン活動では、一人の芸術家の生活全ての責任を、一パトロンが負っている。

 ・芸術家のパトロンへの依存度が極めて高く、支援者がいなくなれば共倒れとなるリスクが高い。

 ・パトロンにとっても負担が大きく、ある程度の経済力がなければ継続的な支援は不可能。


「このままでは、パトロンも芸術家も長く持ちません。だからこそ、支援の分散化を考えています」


対策案


 ・支援の小口分散化とリターンの明確化

  - 支援金額を小口にし、支援者の経済力に応じて選択できるようにする。

   (例)一口あたり一金貨。支援口数は支援者の経済力に応じて任意。

  - 支援に応じたリターンを事前に決めておく。

   (例)作品が売れた場合に口数に応じて還元。


 ソレアンは、一度言葉を区切ると、サロンの面々を見渡した。


「といったことを考えています」

 すると、フィオーネが目を瞬かせながら驚いた声を上げる。

「もうこんな具体的なことまで考えていらっしゃったなんて……!」

 マルガリータ王女も、感心したように頷いた。

「斬新だけど、合理的な構想だわ。今までのパトロン活動の形を崩さずに、芸術家も支援者の分散ができる」


 しかし、一人だけ、すぐには反応しない者がいた。テオドールである。

 彼はしばらく指先でカップの縁をなぞりながら思案し、やがてゆっくりと口を開いた。

「方向性は良いと思う。だけど、まだブラッシュアップの余地がある」

 テオドールの言葉に、ソレアンは少し驚きつつも、素直に続きを待つ。テオドールは続けた。

「この仕組みは、『今のパトロン活動を知る者』にとっては画期的で合理的だ。だけど、そうでない者にとっての誘引力に欠ける」

「確かに、今のパトロン層をターゲットに考えていました」

「そうだろうね。だけど小口分散するということは、芸術家はより多くの支援者を必要とするということ。今のパトロン層のボリュームだけでは、この仕組みを長期的なものにするのは難しい」

 テオドールの指摘に、ソレアンは眉を上げる。

「パトロン層にとっても、『芸術家の生活を支える』という大雑把な支援単位から、小口というわかりやすい支援単位ができることで、身の丈に合わせて支援を減らしやすくなる。マクロで見れば、芸術家支援のために投下される資源は、楽観的観測で現状維持、現実的に考えれば縮小だろうね」

「なるほど……」

 ソレアンは思わず唸った。テオドールの指摘一つとっても、その視座の高さと視野の広さが見て取れた。


 一方、テオドールの黒い瞳には、好奇心の光が帯びていた。まるで新しい遊び場を発見した子どものように。

「だから今までのパトロン層とは別の層にも訴えかける必要がある。芸術を見抜く目に欠け、即物的で、野心的。 そういう人間たちも視野に入れなくてはいけないんだ」

 その言葉に、ソレアンの頭にある人物の姿が浮かんだ。

 フィンチ氏——美術商であり、投資として芸術や芸術家を取り扱っている男。彼のような者こそ、この支援の新しい層になり得るかもしれない。

 テオドールは、そんなソレアンの思考を見透かしたように微笑む。

「そういう者たちに、どうやってこの仕組みを魅力的に見せるか。そこが問題だ」

「確かに……支援の意義が伝わらなければ、新たな層は動かないでしょうね」

「でも、君にはそのための武器が一つある」

 テオドールが、意図ありげな笑みを浮かべた。ソレアンは、不思議そうに眉を上げる。

「……武器?」

「君は、すでに“あるもの”を持っている。それを使えば、芸術を知らぬ者にも訴求できる」

 テオドールは、わざと間を置く。そして、静かに告げた。

「あの天才画家、漆黒の画狂神を見出した、ソレアン・アルモンド。 君の言葉は、それだけで新しい層を動かせるとは思わないか?」


 その言葉に、ソレアンは驚きをもって目を見開いた。


【参考人として】


 翌朝のアルモンド侯爵邸、応接室。朝の陽が柔らかく差し込み、磨き込まれた木製のテーブルが光を反射している。

 そのソファには、ソレアンが座っていた。そして目の前には、美術商のフィンチが、少しばかり興奮気味に姿勢を正していた。

「いやぁ、驚きました。まさかアルモンド侯爵令息からお声かけいただけるとは」

 フィンチが感嘆の声を漏らす。

 王族たちとのお茶会を終え、帰宅したその日のうちに、ソレアンは執事にフィンチとの会合の調整を指示していた。

 そして、翌日にはこの場が実現する。アルモンド侯爵家次男の名声は、芸術に携わる者たち相手であれば、それだけ迅速な対応を可能にするものであった。


「新人画家の発掘をしたいということでいらっしゃいましたので、十名ほど、作品を持ってまいりました」

 フィンチはそう言いながら、慎重な手つきでテーブルの上に絵を並べていく。

 どれも宣伝用の小さな作品であったが、それぞれの画家の個性や技術を窺い知ることができる。

 とはいえ、案の定。作品に添えられたペンネームの数々を見た瞬間、ソレアンは思わず眉根を寄せた。


『†銀河の地上絵†』

『†深淵の珊瑚礁†』


 相変わらず、画壇のペンネーム文化は暴走を続けていた。

 天上なのか地上なのか、深淵なのか遠浅なのか、画家としてのアイデンティティの曖昧さが表れているようだ。ソレアンは思わずツッコミを入れかけたが、なんとか踏みとどまる。


 ——どうやら、ゼファリスの影響は、未だ色濃く残っているようだ。


 いずれも彼のフォロワーであり、その作風もまた、ゼファリスの影響を受けたものが多かった。

 しかし、目を通していくうちに、一枚の絵にソレアンの視線が吸い寄せられた。

「……これは」 

 ゼファリスの作風を継承してはいるが、それだけではない。

 意味深な視線の人物画。その背景に描かれた、一輪の向日葵。その「種」の部分に、極めて精緻な、細かい書き込みがなされていた。

「この向日葵の種の部分……」

 ソレアンは絵に指をかける。

「ここに、異常な執着を感じますね」

「……え? 向日葵、ですか?」

 フィンチが怪訝そうに首を傾げる。

「ええ。見てください。この種の描き込み——種に対する観察と、筆運びの慎重さが見て取れます。それなのに、あえて背景に押し込められている。おそらく、この画家……」

 ソレアンは、絵のディテールを改めて観察しながら、ぽつりと呟く。


「集合体恐怖を抱えながらも、それに強く惹かれる矛盾を抱えているのでは……?」


 その言葉に、フィンチが目を見開いた。

「……は?」

 フィンチの表情が、一瞬きょとんとしたものの、次の瞬間、驚きに変わった。

「……あっ」 

 何かに気づいたように、彼は身を乗り出す。

「思い出しました……! そういえば、この画家は以前、軒先の蜂の巣を見つけて、異常な反応をしていたことがありました。あの時は単に蜂を怖がったのかと思っていましたが……」

「なるほど」

 ソレアンは頷いた。

「なのに、自分でそれを絵にしてしまうほどには魅了されてやまない、と。……このアンビバレントな感性を育てれば、とんでもない作品が生まれる予感がしますね」

「な、なるほど……!」

 フィンチの顔が興奮に満ちる。

「そ、それでは、この画家をソレアン様にご紹介しても……?」

「すみません、これ以上画家を抱えるつもりはありません」

 ソレアンは、実にあっさりと答えた。

「……え?」

 フィンチは、呆気に取られる。

「でも、この画家は良い線いっていると思いますよ」

 ソレアンは肩をすくめると、にこりと微笑む。

「ソレアン・アルモンドが推薦しておきます」

「……!!」

 その一言が放たれた瞬間、フィンチの表情が一変した。言葉にはしなかったが、その目には明らかに喜びが溢れている。


 ソレアン・アルモンド。

 漆黒の画狂神、ゼファリス・デュヴァンを見出したパトロンの名は、すでに芸術界では大きな影響力を持っている。

 そのソレアンが「推薦する」と言っただけで、その画家の価値は大きく上昇するのだ。

「……ありがとうございます!!」

 フィンチは勇足で応接室を後にした。ソレアンの冷やかし半分だったにもかかわらず、彼はまるで大発見をしたかのような顔をしていた。


 応接室に一人残されたソレアンは、彼の背中を見送りながら、小さく笑みを浮かべる。

「なるほど……」

 ふと、フィオーネとテオドールの言葉が頭をよぎる。


 ——「貴方には、芸術家の核を見通す目がある! それを的確に言葉にする力がある!」

 ——「君の言葉は、それだけで新しい層を動かせるとは思わないか?」


 二人の言葉の正しさは、先ほどのフィンチの反応が証明していた。

 ではこの影響力を、どう活用するか——これこそが、次に考えるべき課題として、ソレアンの構想に位置付けられた。


 ちなみに、これは後の話であるが、この日ソレアンが推薦した画家は、アヴェレート王国南部地域の盟主である、ルーシェ公爵がパトロンとなった。

 そして数年後、この画家はキャンバスいっぱいに「ロマネスコ」を描くという怪作を世に送り出し、独特の作風で名を馳せることとなる。

 その時、彼が名乗っていたペンネームは「ブラック×キャンバス」。


 ゼファリスの影響を感じさせながらも、独自の路線を突き進む画家が、また一人誕生したのだった。

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