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第七話:王女と王子からのご招待

【文化論争?「卵は固茹でか半熟か」】


 朝の光が柔らかく差し込むアルモンド侯爵家のダイニング。

 朝食の支度が整い、侯爵家の面々が席につく頃。いつものように、いや、いつも以上に激しい口論が繰り広げられていた。

「卵はしっかり火を通して固茹でにした方が、歯応えもあって美味しいだろ!」

 主張するのは†漆黒の画狂神†ことゼファリス・デュヴァン。彼の緑の瞳は、まるで芸術論を語るかのように鋭い。

「違うわ! 絶妙な火加減で黄身のとろみを残すことで、卵の真価が発揮されるのよ!」

 反論するのは劇作家フィオーネ・ナディア。彼女の青い瞳もまた、負けず劣らず熱を帯びていた。


 しかし、ここで改めて確認しておくが——これはゆで卵の話である。

 もはや文化論争という体を成していなかった。

 さらに言えば、ソレアン争奪戦ですらない。ただ単に、お互いが「絶対に譲らない相手」として敵視し合っているだけだった。

「歯応えこそが至高!」

「なめらかな舌触りこそが美食!」

 執務室や応接室ならまだしも、食卓でまで論争を繰り広げる二人を前に、ソレアンは深く息を吐いた。

「……僕はゆで卵よりスクランブルエッグ派なんだけどね」

 静かに呟いてみるが、二人の天才にはやはり届かない。


【王家からの伝令】


 朝食後、執務室に戻ったソレアンのもとに、一人の王宮使者が訪れた。

「マルガリータ王女殿下とテオドール王子殿下が、ソレアン様とフィオーネ様とのお茶会をご所望です」

 使者は、ソレアンに幾つかの候補日を伝えてきた。

 その中に、「本日午後」の日時があった。

「……ちょうど予定が空いているな」

 ソレアンは静かに呟き、フィオーネを執務室に呼んで都合を確認すると、即座にそこを指定した。


「王女殿下と……王子殿下と……」

 ソレアンは、伝令を見送った後、椅子に深くもたれかかりながら考え込んだ。

 ソレアンは、マルガリータ王女と懇意にしている。

 王家主催の美術展でゼファリスが審査員特別賞を受賞したことで、ソレアンも認知された。そしてゼファリスの傑作『日向の道』が王立美術館に飾られることとなった際に、ソレアンとマルガリータの友誼が結ばれた。

 その後も、定期的にお茶を飲みながら、現在の画壇や文化事情について意見を交換する仲となった。

 しかし、ソレアンとテオドールは、挨拶以上の交流はなかった。

 テオドールはまだ十五歳と若いが、優秀な王子として政治面でも社交面でも高く評価されている。

 直近では隣国ヴァルミールを巻き込み、東方の国境防衛の再編を進めていると、ソレアンも聞いている。

「……同じ次男なのに、仕事のスケールが違いすぎる」

 ソレアンは、少しばかり気後れしながら呟いた。


 その時、隣で話を聞いていたフィオーネが、ふわりと微笑む。ソレアンの執務室に呼ばれたフィオーネは、しれっと居座っていた。

「テオドール殿下とお話するのも久しぶりで、嬉しいです」

 その言葉に、ソレアンは驚いて彼女を見た。

「え、君はテオドール王子と知り合いなの?」

「ええ。ヴァルミールに留学されていた際、学園でご一緒しました」

 フィオーネは懐かしそうに目を細める。

「学問をともに学びましたし、私の脚本の歌劇にも出演されましたよ」

「……出演?」

 思わず聞き返したソレアンに、フィオーネは少し得意げに頷く。

「はい。テオドール殿下は、学園の芸術活動にも積極的で、私の書いた劇で主役を演じてくださいました」

 王子が舞台に立った。その情報に、ソレアンは衝撃を受ける。

「……そんなことが?」

「ええ。学園では珍しいことではないのです」

「そうなのか……」

 ソレアンは、文化の違いをひしひしと感じながら、改めてヴァルミールの学園というものを想像した。


 アヴェレート王国では、貴族は基本的に家庭教師による個別教育を受ける。だからこそ、「学園で学ぶ」という感覚が、ソレアンにはピンと来なかった。

 しかし、ヴァルミールでは貴族子弟が学園に集い、学問を学び、さらに芸術活動を含めた社交の場としても機能しているという。

「……なるほど、学問の習得だけでなく、人脈形成の役割もあるわけか」

 ソレアンは、ようやくその意義を理解し、ふむと頷いた。

 そして、そんな場でテオドール王子とフィオーネが親しくしていたことを踏まえると。

「……フィオーネ嬢、もしかして、テオドール王子のことを結構知っている?」

 ソレアンがそう尋ねると、フィオーネはにっこりと笑った。

「とても気さくで、好奇心旺盛な方ですよ。でも、ちょっと……いえ、かなり策士ですね」

「策士?」

「ええ。さり気ない雑談の振りして、王宮で起きた後宮争いの事例を教えてくださったことがあります。おかげで私の歌劇を邪魔しようとする不届者の事前対策ができました」

 楽しげに微笑むフィオーネを見て、ソレアンは目を丸くした。


 ——不届者が出現するって、『学園』の治安は一体どうなってるんだ。


 ソレアンの中の学園のイメージが、一つ悪くなった。ちなみにこの不届者の正体が、フィオーネの元婚約者であることを、ソレアンは知る由もなかった。


【王族とのお茶会】


 午後になり、ソレアンはフィオーネを伴い王城へと向かった。

 出発の際、ゼファリスがしっかりと見つけてきた。

「おいソレアン! またその女とどこへ行く!!」

 ゼファリスの険しい声が響く。

「王城だよ。マルガリータ王女とテオドール王子とのお茶会に呼ばれたんだ」

「……お茶会?」

 ゼファリスの眉がピクリと動いた。

「連れていってもいいけど、お茶会だぞ?」

 その一言に、ゼファリスは露骨に顔をしかめた。

「……退屈だな」

 それだけ言い残し、すごすごと工房へ戻っていく。


 ソレアンはその様子を見ながら、心の中で小さく安堵した。

 ゼファリスは、ダンスパーティであれば興味を示し、ついてくることもある。しかし静かに会話を楽しむだけのお茶会は嫌っていた。

 そしてソレアンは、ゼファリスを今日のお茶会に連れて行く気は毛頭なかった。ゼファリスは王族の前に出して良い人間ではない。「連れていってもいい」と言えば引っ込むだろうと見越しての発言だったが、見事にその策は的中した。

 ソレアンがカレスト公爵から学んだ権謀術数は、こんなところでも役に立っていた。


【王城の視線】


 王城に到着すると、案内役のメイドが二人を迎え、サロンへと案内する。

 その道中、王城の中庭を望む回廊を通ると、貴族たちが寛いでいる姿が見えた。彼らはソレアンとフィオーネに気づくと、揃って目を向ける。

 その視線には、好奇心が色濃く滲んでいた。

「アルモンド侯爵令息が、劇作家のナディア女史と親しくしている」という噂は、王都の社交界に広まりつつある。


 ソレアンはその視線に、すでに軽い疲労感を覚えていた。

 ソレアンにとって、貴族たちの好奇の目は決して珍しいものではない。ゼファリスを支援するようになってから、ソレアンもまた注目を浴びるようになった。

 とはいえ、今回の視線はまた違う種類のものだった。

 王族から招かれたとはいえ、一緒に王城へと訪れる姿を見られたことで、二人の間柄が深く詮索されるのは必至である。

 明日にはきっと、あらぬ噂が広がっているに違いない。それを思うと、ソレアンは心の中でため息をついた。


 一方、フィオーネは、まるで気にしていないようだった。王城の内装や貴族たちの様子を楽しむように、満面の笑みを浮かべている。フィオーネにとっては、他国の文化そのものが貴重な学びの場なのだろう。

 ソレアンは、その様子を横目に見ながら、思わず口元をほころばせた。


 そしてソレアンは気づいていなかった。

 この何気ない微笑み合いが、中庭の貴族たちには「仲睦まじいパトロン令息と劇作家令嬢」として、より真実味を帯びさせていたことに。


【王族との対面】


 サロンへと通され、ソレアンとフィオーネが席についた頃、王女マルガリータと第二王子テオドールが姿を現す。

 マルガリータは、王女としての威厳を保ちつつも、どこか気さくな雰囲気を漂わせている。

 それに対し、テオドールは人好きのする明るい笑みを浮かべていた。

「やぁ、フィオーネ嬢。久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

「殿下、お久しぶりです。相変わらずお元気そうで何よりです」

「学園生活が懐かしいけどね」

 二人のやり取りには、確かな親しみが漂っていた。

 かつてヴァルミールの学園で学問を共にし、さらにはフィオーネの脚本した歌劇で主役を演じたというテオドール。

 その関係の深さに、ソレアンは少なからず驚きを覚えていた。


 ——学園とは、こんなにもフランクな場なのだろうか?


 アヴェレート王国には、「学園」と呼ばれるものが存在しない。

 そのため、フィオーネが学園でどのような経験を積み、どのような人間関係を築いてきたのか、ソレアンには実感が湧かない。

 ソレアンの内心の疑問を余所に、テオドールはソレアンへと視線を移した。

「アルモンド侯爵令息ともお会いできて光栄だ。姉上から噂を聞いて、一度じっくり話してみたかったんだ」

「恐縮です。私も殿下のお噂はかねがね聞いております」

 ソレアンは丁寧に礼を示した。

「そんな堅苦しくしなくて良いよ。今日はざっくばらんに話したかったんだ。ね、姉上?」

 テオドールが気さくに笑うと、マルガリータは肩をすくめる。

「まったく、あんたがいると会話の回し役に困らないわね」

 その言葉には、長年の兄妹の関係が滲んでいる。

 王族ながらも親しみやすさを忘れないテオドールの存在は、この場の空気を柔らかくしていた。


 そして、マルガリータは改めて本題へと移る。

「フィオーネ嬢がアヴェレート王国にお越しいただいているのだし、文化交流をさせてもらえたらと思って招待したの。では、お茶にしましょうか」

 合図とともに、侍女たちがティーセットを運んでくる。美しい白磁のカップに、香り高い薬草茶が注がれる。

 王族とのお茶会が、優雅に幕を開けた。

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