プロローグ:少女は怒りとともに恋をする
私はよく、実家の蔵を遊び場にしていた。埃っぽい薄明かりの下に、古びた書物や絵画が埋もれているのを見て、先祖の物語を探検している心地になった。
その中に、金髪緑眼の美女の絵を見つけた。お祖父様と同じ緑の目。
「お祖父様。あの絵の女の人は、どなたなのでしょう?」
「あれは儂の妹だよ。ワガママな女でね。勝手にアヴェレート王国に嫁いだのさ」
ワガママな女。
その言葉を胸に抱きながら、私はその後も何度も蔵の中の大叔母に会いに行った。
また私はよく、親戚のお姉様の話を聞きに行った。理知的で聡明な人で、隣国の話や天文の話を聞かせてくれて、私の知らない物語を旅行している心地になった。
でも彼女は、学園卒業と同時に嫁入りすることになった。お姉様の浮かない顔。
「お姉様。せっかくヴァルミール王立学園首席なのに、すぐに結婚されるのですか」
「家同士の約束ですもの。それに、それもまた女の幸せだわ」
女の幸せ。
その言葉が胸につっかえても、私はそれ以上何も言わなかった。
それから私は、自分で物語を紡ぐようになった。と言っても稚拙に書き散らした、物語と呼んで良いのかもわからない代物。それでも私の胸に灯る何かがあった。
ある日、婚約者にそのことを打ち明けた。婚約者の微笑み。
「ハロルド。私、最近、物語を書くのが楽しいの」
「女の子の嗜みなら、刺繍や作詩の方が可愛らしくて良いと思うよ」
女の子の嗜み。
その言葉が胸を貫いても、私は胸の灯火を消さなかった。
その後私は、親友の危機を目の当たりにした。衆目の中の、一方的な婚約破棄。公爵令息が語る、薄っぺらい断罪の言葉に、私は反吐が出る思いだった。
だけど、そこに手を差し伸べたのは、隣国の王子様。
「クレア嬢。どうか、僕の手を取っていただけますか?」
「私にだって矜持があります。こんな形で差し出された施しを、サヴィエール辺境伯家の名にかけて、受け入れるわけにはいきませんわ!」
矜持。
その言葉が、私の胸を大きく高ならせた。
そして私は、運命の人に出会った。隣国アヴェレート王国の舞踏会、黒みの強い茶の髪と黒い目を持つその人は、私を見るなりこう言った。
「貴女の描く作劇からは、女性抑圧に対する激しい怒りと同時に、同じ女性へ勇気を与えようとする気概を感じます」
女性抑圧への怒りと、女性への勇気。
その言葉が、私の胸の中で弾けた。
「あの……迎えに行っても良いですか!?」
「そ、それではお友達からでどうでしょう?」
お祖父様。私、ワガママな女になります。
お姉様。私は私の幸せを掴みに行きます。
ハロルド。私の嗜みで世界を変えてみせるわ。
クレア。私の矜持は、貴女と肩を並べられる女であることよ。
ソレアン様。私は貴方を迎えに行きます。
フィオーネとソレアン・アルモンドのお話です。
ちなみに短編小説として、ソレアンの前日譚があります。作中時間で約1年ほど前の話。よろしければどうぞ。
天才画家の気まぐれな才能、パトロンの胃痛
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