表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/78

挿話③:王女としての役割

【マルガリータ王女の情熱】


「マルガリータ王女が主導された工芸展や美術展のお話をお伺いしたくて」

 輝く白金髪、光さえ溶け込むような青灰色の瞳を持つエリオノーラ姫は、その柔和な見た目とは裏腹な覚悟を持って尋ねた。マルガリータは、今までのエリオノーラからは想像できない言動に、意外さを隠さず、眉を上げた。


 マルガリータはサロンへと場所を移し、エリオノーラを薬草茶でもてなした。

「元々の私の問題意識は、11年前のフォルケン家断罪により、文化退廃を経験しているこの国で、きちんと文化を評価して継承しなくてはならないと思ったことからだったの」

 フォルケン家。それはアヴェレート王国建国以来の大貴族であり、経済的基盤、政治的影響力、文化的権威を兼ね備えた一族だった。しかし国家転覆を企図した罪により、当時の国王でありマルガリータの祖父ノイアスによって断罪されている。

 フォルケン家は、アヴェレート王国の荘厳な文化を司る家だった。しかし断罪とともにその文化も途切れ、国内に文化退廃をもたらした。数々の芸術が商人たちの手で切り売りされた。それを目の当たりにした貴族たちは、精神的な拠り所が瓦解していくような、アイデンティティの喪失を経験している。


 その頃のマルガリータは5歳だった。当時、マルガリータは「何となく不穏な世間の空気」を感じ取っていた。そして数年後に、家庭教師によってその原因を教わった。

「この11年で、王国の民の活気は回復したわ。だけど、フォルケン文化に代わるような、文化的な回復はなかなか進まなかった。そんな中、最近、夫人たちが中心となって面白いムーブメントが起きたの」

 マルガリータは薬草茶に口をつけた後、少し言葉に気をつけながら続けた。

「彼女たちの間で、叔父上とカレスト公爵の関係が、やたら持ち上げられるようになったのよね。最初は滑稽だと思っていたのだけど……でも、彼女たちの活動が、詩から始まり、タペストリーや香水、ブローチ、扇子と、次々に新しい何かを生み出していく様に、私は文化復興の兆しを見たわ」


 エリオノーラは、マルガリータの説明に、瞳を揺らすことなく耳を傾ける。その様を見て、マルガリータはまた言葉を続けた。

「この熱狂を途絶えさせてはならない。だから、この国の文化の粋を集めるため、工芸展と美術展を開催したわ。工芸展ではエテルニタのジュエリーが注目を浴びたし、美術展では……画狂神? を名乗る新進気鋭の芸術家が、自身のパトロンの肖像画を描いて、それが審査員特別賞を受けたわ」

 マルガリータはこれまで自身が見聞きした事実を振り返り、確信をもって次の言葉を紡ぐ。

「今の王国の文化の真髄は、『荘厳さ』ではない。ジュエリーのように身につけるものであったり、お世話になってる人の絵だったり、自分たちにとって身近な『共感と憧憬』に根差した文化を花開かせつつある」

 そう説明しながら、この『共感と憧憬』というキーワードも、カレスト公爵が最初に言語化したことを思い出す。このムーブメントの発端であり、それを名付けた女性。もはや、この文化の母と言っても過言ではない。本人は嫌がりそうだが——と、マルガリータは心の中で付け加えた。


「私は民たちが生み出す文化を応援したいし見届けたい。その一心で、工芸展と美術展を主導したわ。……と言ったところなのだけど、参考になりましたか? エリオノーラ姫」

 マルガリータが一通りの説明をすると、エリオノーラもまた真剣な面持ちで頷いた。何かしら得るところがあったように、マルガリータの目に映った。

「素晴らしいお話をありがとうございます、マルガリータ王女。貴女の民と文化を愛する心が……王女としての役割を見つけたのですね」

 ふっと、エリオノーラが笑う。その笑いにはマルガリータに対する敬意と、どことなく自嘲が浮かんでいた。


 マルガリータは見抜いていた。元々エリオノーラがアヴェレート王国に留学に来たのは、彼女がラグナルへ恋心を抱いていたことが理由だと。ラグナルはかつて8年間、ヴァルミールに外交官として赴任していた。その際にヴァルミール王家から絶大な信頼を獲得している。今のヴァルミールの国王がアヴェレート王家へ積極的に友好を示すのは、彼がラグナルの外交手腕に惚れ込んでいるからだ。その娘エリオノーラもまた、ラグナルに淡い恋をしていた。

 しかし先般、ラグナルはカレスト公爵への愛を示した。それと同時に、エリオノーラの恋も幕を閉じた。それが契機になったのか、エリオノーラは自身の立場と役割について、考え直しているようだった。

 恋に浮かれるお姫様。マルガリータが当初持っていたエリオノーラへの印象が、この会話で、変わりつつあった。


「私も、自分の役割を見つけたいと思います。お時間をいただきありがとございました」

 そう言って頭を下げるエリオノーラに、マルガリータは目を細める。

 これまでマルガリータは、エリオノーラと打ち解けられなかった。彼女と自分では見ている世界が違うと感じていた。しかし今のエリオノーラには、マルガリータも何か感じるところがあった。

「エリオノーラ姫って、真面目なんですね。そんなに肩肘を張ってても、世の中の面白さには気付けませんわ」

 エリオノーラは目を見開く。マルガリータは不敵に笑った。

「実はテオが、貴女の国の学園で、歌劇を演じるらしいのよね。そこでアヴェレート王家からは、私が観劇することになったの。一緒に観劇しに行きませんこと? 多分……面白いものが見られますわ」


【エリオノーラ姫の衝撃】


 エリオノーラは久しぶりに学園に足を踏み入れた。春に卒業して以来である。相変わらず学生たちの活気に満ちた空間だが、半年前と少し雰囲気が違う。すれ違う学生たちが口々に、「求愛ゲーム」「テオドール殿下とクレア嬢」と囁き合っている。

「まさかテオドール殿下が、ヴァルミールの令嬢に愛を乞うてるだなんて……」

 エリオノーラが苦笑する。マルガリータは悪戯めいた笑みを見せる。

「アヴェレート王家の男にありがちな話ですわ。愛も策略も両立させてしまうところが」

「いつかヴァルミール中の女子がアヴェレート王国の男性に連れ去られてしまわないか、心配ですわ」

「ああ、そちらの国は女性の方が情熱的かもしれませんわね、エリオノーラ姫然り」

 マルガリータの言葉に、エリオノーラは少し顔が火照るのを感じつつ、「終わった話です!」と返す。マルガリータは揶揄うように笑う。

「さて、愚弟の晴れ舞台を観に行かねばなりませんわ。エリオノーラ姫、歌劇の会場へ案内してくださいまし」

 マルガリータのペースに乗せられていることを自覚しつつ、エリオノーラは歌劇会場へとマルガリータを案内した。


 そこからの劇は圧巻だった。『いつか王子様が』を再解釈した、全く新しい脚本。笑いあり、感動あり。途中で「同盟破棄」などというセリフが飛び出たときはさすがにエリオノーラも肝を冷やした。しかし隣でマルガリータが大笑いしていたので、エリオノーラも安心して笑っていた。


「私は王子様を待つだけの女ではない——私の道は、私が選ぶのですわ!」


 その魂からの宣言は、エリオノーラの心を貫いた。舞台の上のクレア・サヴィエール辺境伯令嬢は、エリオノーラに大きな衝撃を与えた。


 ——私よりもよほど、王女らしい。


 エリオノーラの立場では絶対に口に出してはならない言葉だが、エリオノーラははっきりとそれを本音として自覚した。


 劇の幕が閉じる。テオドールからクレアへの、手の甲へのキスと共に。そのロマンチックなワンシーンに、会場中の女性たちが湧く。エリオノーラもまた同様だった。

「素敵っ……!」

 その隣でマルガリータは思いっきり——げんなりした。

「やりすぎよ、あの馬鹿……」


【ヴァルミールの王女の誕生】


「やあ姉上、久しぶりだね!」

 文化祭終了後、学園の応接室にて、テオドール、マルガリータ、そしてエリオノーラが邂逅した。舞台の上では理想の王子様然としていたテオドールが、姉マルガリータを前にして、弟らしく可愛げのある表情を見せる。

「あんた、やりすぎよ! あれ絶対にアドリブでしょう!? サヴィエール辺境伯令嬢、大丈夫だったの!?」

「クレアなら大丈夫だよ、ちょっとあの後から目も合わせてくれないし思いっきり避けられてるけど、照れてるだけじゃない?」

「本当に大丈夫なんでしょうね!? あんたが嫌われたら、私の苦労も水の泡なんだからね!?」

「えー姉上、全然苦労してないでしょ? 一夜で陥落させたって聞いてるよ? さすがの手練手管だね」


 マルガリータとテオドールの姉弟らしい会話に、エリオノーラは楽しそうに微笑む。その視線に気付いたテオドールが、ふと紳士らしい態度に改めた。

「エリオノーラ姫殿下も、足を運んでいただけたなんて大変光栄です。本日の演目は楽しめましたか?」

 その切り替えの速さに、テオドールの器用さと抜け目なさが表れている。エリオノーラもまた、淑女らしく言葉を告げる。

「ええ、とても素晴らしい演目でした。テオドール殿下の演技もさることながら……クレア嬢の才気あふれる演技も、女性の底力を引き出すような斬新な脚本も、心から感激しました」

「あの脚本は、フィオーネ・ナディア男爵令嬢によるものです。彼女の作劇の才能は、僕も感じていたところでした」

 テオドールの評価に、エリオノーラも同意するところであった。様々な歌劇が毎日のように演じられているヴァルミール。その姫として数々の作品に触れてきたエリオノーラであっても、見たことのない脚本だった。


「どうか二人にもお伝えください。エリオノーラ・フィーリスが、貴女たちの作劇に新しい時代の女性像を見出し、大変な感銘を受けた、と」

 その言葉に、テオドールとマルガリータは顔を見合わせた。

 自身の名前を告げた上で、手放しの賞賛を伝えろ、と、エリオノーラは言っている。しかもアヴェレート王国の王子をメッセンジャーにして。それは明確な政治的意図をもった行為である。

「お伝えいただければ、お礼に、クレア嬢の幼い頃のお話をしてさしあげますわ。彼女は社交界でも目立ちますから、私の印象にも強く残っていますの」

 その言葉に、テオドールは二つ返事で「一言一句違えず伝えておきます!」と答えた。その弟の様子にマルガリータは呆れつつ、エリオノーラに向けて、「まるで私みたいなことしますのね」と笑った。


 後日、ヴァルミールの社交界と歌劇界に衝撃が走る。姫エリオノーラ・フィーリスが、フィオーネ・ナディアの脚本と、クレア・サヴィエールの演技を絶賛したと。その評価は、二人の名声を高め、次なる展開へと誘うこととなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ