第四話:家族一同お出迎え
【お友達が遊びに来た】
屋敷の前、広々とした庭が迎える一帯に、サヴィエール家の家族一同が整然と並ぶ。当主シグムント、妻ベアトリス、次期当主サミュエル、そしてクレア。それぞれが持つ貴族としての威厳を漂わせながら、隣国の王子テオドール・アヴェレートの到着を待っていた。そしてついに、ヴァルミール王家であるフィーリス家の家紋を背負った馬車が、屋敷に到着した。
テオドールが馬車から降りると、その姿に一瞬、庭の空気が一変する。黒い目が優雅に周囲を見渡し、テオドールは穏やかな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと足を踏み出した。
「テオドール王子殿下、ようこそサヴィエール家へ」
シグムントが恭しく挨拶をする。
「サヴィエール家の皆さま、お招きいただき、ありがとうございます」
テオドールの声はどこまでも落ち着いていて、王子としての風格そのものだった。
「こちらこそお越しいただき、光栄です、テオ様」
クレアが微笑みながら挨拶すると、テオドールはほんの少し顔を近づけ、クレアの目を見つめて言葉を返した。
「会いたかったよ、クレア」
その言葉はあまりにも自然で、かつ柔らかく。テオドールの口元には、まるで優しく誘うような微笑みが浮かんでいた。それを聞いていた母ベアトリスは思わず「あらま!」と嬉しそうな声を上げた。侍女たちの表情も心なしかキラキラしている。
――その甘いセリフか、名の呼び方か。どちらに警戒したら良いのかしら。
クレアは動揺と戸惑いを覚えつつ、咳払いをしてから冷静さを取り戻し、言った。
「光栄です。私も楽しみにしていました、お友達に会えるのは嬉しいですものね」
その言葉には少し強調があった。どうにかして自分を守らなければ、と思う気持ちが言葉に表れていた。しかし、テオドールはクレアの防御を感じ取ったかのように、少し眉を上げて微笑み、次に言った。
「そう来たか」
少しの間を置き、テオドールは意味深な言葉を続けた。
「じゃあ、僕が楽しみにしていた理由とは、少し違うみたいだね」
その言葉に、周囲の空気が一層静かになった。まるでテオドールが何気ない一言で、クレアだけでなくその場にいる全員の心を撃ち抜いたかのようだった。
父シグムントと兄サミュエルは、じっとテオドールを見つめた後、やがて互いに視線を交わすと、わずかなため息をついた。
「手強すぎる……」
サミュエルが低く呟いたその言葉に、父シグムントは無言で頷く。二人は、お友達作戦が早速揺らぐ不安を感じていた。
しかしその反応とは裏腹に、母ベアトリスは顔を輝かせ、少し嬉しそうに口元を緩めていた。
「テオドール王子殿下、うちの娘と仲良くしてくださって、本当にありがとうございます! 私どもも嬉しく思っておりますわ!」
ベアトリスの満面の笑みと明るい声に、テオドールは言い放つ。
「こちらこそ、クレア嬢との出会いに感謝しています、サヴィエール辺境伯夫人」
礼儀正しい言葉遣いながらも、いつもの人好きする笑みを浮かべたテオドールに、ベアトリスは完全に気を許していた。
クレアは内心でため息をつきつつも、再び冷静さを保ち、何とか場を収めようとする。
「お疲れでしょう、屋敷へ案内しますわ!」
その言葉と共に、クレアはテオドールに向かって歩みを進める。テオドールも、少し驚いたような表情を見せながら、歩み寄りながら微笑んだ。
「ありがとう、クレア」
その微笑みに、クレアは思わず頬が熱くなるのを感じたが、なんとか自分を落ち着け、歩き出した。
その後ろで、サヴィエール家の家族は、クレアとテオドールのやり取りを見守りながら、それぞれの思惑を抱えていた。
【甘酸っぱい攻防】
テオドールとサヴィエール家の家族一同は、屋敷の応接室へと移動した。広い部屋には、淡く優美な調度品が並び、窓の外の青空が部屋に明るさをもたらす。サヴィエール家の当主シグムントをはじめ、ベアトリス、サミュエル、そしてクレアがテオドールを迎え入れる。
「どうぞお掛けください、テオドール王子殿下」
シグムントが静かに声をかけ、テオドールも礼儀正しく一礼してから席に着く。周囲の家族もそれに倣って、少し距離を置きながら座り、会話が始まる準備が整った。穏やかながらもどこか緊張感を漂わせる空気が広がった。
「まずは、改めてようこそお越しいただきました」
シグムントがゆっくりと口を開く。その冷静な声音には、家長としての重みがある。
「お招きいただき、ありがとうございます。サヴィエール辺境伯領への訪問、大変楽しみにしていました」
テオドールが微笑みながら答えた。彼の笑顔は穏やかだった。
「さて、滞在は2泊3日と伺っております。殿下のご希望に応え、明日には領地視察を兼ねた中央市場の視察を予定しています。その後、こちら主催の舞踏会が開かれる予定です」
シグムントがテオドールのスケジュールについて告げると、テオドールは喜びの表情を浮かべながらも、頷いた。
「こちらの意向を汲んでいただき、ありがとうございます。ヴァルミールとアヴェレート王国との交易地点となっている中央市場には、ずっと興味を持っていました」
「光栄ですな。あそこには数多くの品々が並び、活気にあふれています。ぜひ、ご見学していってください」
シグムントは穏やかに言う。テオドールの瞳が一瞬、輝きを放った。
「素晴らしいですね。実際に現場を見てみたいと思っていました。ヒト・モノ・カネが行き来する市場は、領地の縮図です」
テオドールが話しながら、すでに次の一歩を踏み出そうとしていることが伺える。その真剣な眼差しに、クレアは思わず感心し、静かに視線を向けた。
「それが終わった後の舞踏会には、近隣の貴族を中心に招待しています。ぜひ社交を深めていただければと思います」
サミュエルが少し落ち着いた口調で言うと、テオドールは軽く笑みを浮かべた。
「舞踏会ですか。楽しみです。ヴァルミールの貴族たちとお話しできる良い機会ですから」
「招待されている貴族たちも、殿下にお会いできることを心より楽しみにしております」
シグムントが穏やかな表情で続けた。
「しかしこの短期間でこれだけの調整、ずいぶん大変だったのではないですか?」
テオドールの配慮ある言葉に、ベアトリスは力強く返答した。
「いえいえ、ホストとして当然のことですわ」
ベアトリスはそう言うものの、実際大変なことではあった。フィーリス王家から直々に命令が届いたのは、ちょうど二週間前。王家からの命令が下り次第、家族も従者たちもすぐさま動き出した。受け入れのために必要な食材の手配、宿泊施設の準備、貴族たちへの案内状の発送など、家の中はてんやわんやだった。視察準備はシグムントとクレアが、舞踏会準備はベアトリスとサミュエルが担当した。皆が協力して懸命に動き、その結果として今日のこの日を迎えられたのだ。
「殿下にとって、思い出深い時間を過ごしていただくためですもの、ねえ、クレア?」
ベアトリスの急な振りに、クレアの心臓が跳ねる。しかしそれを表には出さないよう、注意を払って言葉を続けた。
「ええもちろん。サヴィエール辺境伯領の魅力を知っていただけたら嬉しいです」
「ありがたく勉強させてもらうよ。それと、君のことももっと知れたら嬉しいな」
クレアが一線を引こうとする度に、テオドールはそれを悠々と乗り越える。クレアが言葉に詰まりながらも、「まだお互い知らないことが多いですし、親交を深められたら良いですね」と精一杯の返答をした。
サミュエルが、シグムントに耳打ちする。
「これ、クレアが友達宣言する度に却って不利になるのでは?」
「言ってくれるな、サミュエル」
シグムントは静かにため息をついた。その横で、ベアトリスだけは満足そうに笑みを浮かべていた。
その後もサヴィエール辺境伯家と、テオドールの礼儀正しい社交は続いた。時折、テオドールとクレアの、甘酸っぱい攻防を繰り広げながら。




