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ぼくらの学校には学校がない

 あした、この学校の3年間の就学期間を終えて卒業するが、未だ(いまだ)この学校で3年間何してきたんだか分からない。ここまで来れば、いろいろ話してもいいと思う。


 3年間無遅刻無欠席で(とお)したのに、(かよ)う先の学校は無かった。

 通信の高校のような「通わなくてもいいんだよ」を冠したのがウリの学校ではない。詰襟を着て、黒鞄(くろかばん)を持って、毎朝定刻を目指して出かける。これから送り出した家族全員の朝ごはんの片付けにきた母親(ハハオヤ)がエプロンふきふきの掌で「忘れものしてない、・・・行ってらっしゃい」なんて言ってもらって、見送られる。そんな昭和な学園青春ものした日常もオプションで付いている。

 毎朝言われる同じフレーズで「今朝だけ気付く忘れものなんて本当にあるんだろうか」なんて雑念をループさせながら今日の学び舎(きょうのまなびや)に到着する。


 今朝の8時15分に入った先は、いまでは「オフィス街」の響きも懐かしいビジネスビルディングに挟まれた谷町(たにまち)に点在しながら潜んでる飲食店だ。

 今朝は、朝がゆ専門の暖簾を掲げていた。

 社屋は減ったからオフィスも減った。その周辺で飲食する胃袋の数も減ったが、胃袋が残っている限り、数は減ってもそうした需要は残るわけで、そこのお零れにあずかろうと他で零れた輩(ほかでこぼれたやから)は、街がさみしくなっても途切れることはない。

 それでも朝がゆ専門だけは珍しい、か。

 が、こうした界隈の谷町にはよくある朝食屋だ。むろん、今日の学び舎の指定がなければ、ハイティーンたちがわざわざ探して入ることなどはない。

 地味で忙しいだけの胃袋をもった大人たちが使う処だ。 

 仕込みが始まるのは深夜からだけど、お客は皆んな家では何も口に入れない此処で朝食を食べたらすぐそのあとが待ってる朝の早いお客ばかりだから、片付けを終えた店内は8時には人の気配の消えた空っぽになる。あの辺りの職に居る客層だから、店の方もそれだけでは揚がりが少なく、少しでもの小銭稼ぎ(こぜにかせぎ)が必要になってくる。

 それで学校(うち)に廻してくる。総務の早川さんが「そっと」教えて呉れた。

 ほかにも「少しでもの小銭稼ぎ」が必要な店はいっぱいあるから、その中で午を挟んだ半日とか夕方開店前の目一杯なら開けとくからと、「昔と違ってこっちで探さなくても廻して呉れる結構いっぱい出てきたのよ」と勘の早い総務の早川さんは、次のクエスチョンを送らなくてもそう付け加える。少しお喋りしたいモードのときはそれが二つ三つトントンカチカチ繋がってくる。 

 声は聞いたことはないが、滑らかにタイピングしていく文字が流れてくると、エクステの先を丸めるクセの彼女の小指の先まで見えてくるようだ。


 朝がゆ専門店の真逆のお店だったら・・・

 学校(ここ)を卒業したからって、君たちは本当はやっかいにならない方がいいんだけど、社会(おもて)に出たら眠れない夜も出てきちゃうから・・・朝が来る前に閉めなきゃいけないお上(おかみ)とヒリヒリスレスレしてる夜だけ開けてるお店だってこんなご時世でも、こんなご時世だからこそ結構まだ生き残ってるのよ。そういうお店は朝を迎える前にきれいさっぱり空っぽしなきゃいけないから、蜘蛛の子散らすみたいにきちんと前の晩の営み(まえのばんのいとなみ)をクリーニングしてしまうから、かえってお年頃のハイティーンを預かってるうちとしてはマッチングしやすいの。


 火曜と木曜は昨今の大人の事情でデイサービスがいっさい出来なくなったから・・・・・

 ブームなんて半世紀も前に終わってるのにカラオケボックスよりも残ってるのよね、あ・そ・こ。あの中でまだまだ元気な年寄りたちが何やってんだか分からないんだけど、はじめたばっかりのときの看板が未だにそのネーミングだから、いまでもその看板でとおってる。郊外というより田舎にあるのがほとんどだから、君たちへの電車賃の出費は痛いんだけど、場所が見つからずに溜まってきた体育授業を集中させるのにはお誂え向き(おあつらえむき)だから安全パイでストックしておきたいのよね、屋内のゲートボール場。


 いまどき珍しいくらい珍しい更からタワービルディング建ててるの、そこからでも見えるよね・・・

 本当は365日24時間やっていきたい突貫工事らしいんだけど、人手不足ばかりでなくオカルトまで混ざってきて、36階建ての真ん中の18階の現場だけが時々ぽっかり空いちゃうらしいの・・・・

 あんな都合のいい場所だから、クラス三っつも四っつも放り込めるから、こちら(運営)としてはマッチングするの、16階でも3階でも構わないんだけど。貸し出しの方も、どんなに段取りうまくやってもぽっかり空いちゃって、原因を究明するとか対策を講じるとかすると、皆んな病気になっちゃって、思考停止するのが最善なんだって。

 いまどき珍しいくらい珍しい都市伝説よね。

 


 背中をむけたボディビルダーの広背筋がつくる逆三角形が、今のこの国の人口ピラミッド。

 だから、国民の構成と経済の循環は、そうそうお上の描いたようには回っていかない。子宝ってむかしの呼び名を流行らせたときの君たち今のハイティーンは、広背筋がせりあがるみたいに人口ピラミッドの飛び出たコブになってるけど、総じて頭でっかちの肩の三角筋を形成していた高齢者たちはどんどんサヨナラしていったから、いまはけっこう肩幅狭め(せばめ)。いろいろが繋がらず回っていかないことの方が多くなっていったわね。


 ビジネスにしても男と女の間にしても、きほん長続きすることは須らく(すべからく)減ってきた

 だから、会社も家族もかたちが変わっていく


 需要は一時(いっとき)だったり寄せ集めだから、家にしてもビルディングにしても建物全般おなじに使っていくのは無理になってくる。うちの学校もそうだけど、次のため、(ほど)きやすそうに遣り繰り(やりくり)する、そんな仕組みが幅を利かせるようになっていった。


 未成年が終わったら、家でする食事の習慣はなくなるから喫食(きっしょく)から喫の字顔(じづら)を消した食の専門店は増えていく

 反対に、とりあえずのお金と息抜きが必要な男と女の妄想は増えていくからマッチングのパターンは増えていくばっかり

 「いい歳して」を辞めてしまったから、高齢者に見捨てられた高齢者施設なんてレンタル向けばっかり

 怨念の呪縛に抱きしめられたタワマンの工事は、まだまだ都市伝説の範囲だけど


 でも一番の余剰は何と言っても家族ごっこが続いたシェアハウス。

 いっぱいあってよりどりみどりだけど、さすがに他人(ひと)の住んでる家は学校(うち)のエントリーから外される。

 以前みたいな家族仕様(かぞくしよう)は見捨てられたから、提示時間の空っぽ(からっぽ)さえ確約とれてればいいんだけれど、そうは言っても家って他人同士が割り切ってシェアするものじゃないから、家族のものだから、以前居た家人(かじん)が今朝方に何年ぶりかでそのことを思い出して「ふらっと」やって来ているかもしれない。

 こんな、感じで。

 まだキーホルダーに繋げっぱなしの鍵をつかって、3年ぶりの誰もいない玄関扉をガチャリ開ける。

 まだ誰も開いていない朝刊を(めく)りながら、それを思い出しながら湯吞みと急須と茶筒を見つけて、直火は危ないから電気ポットに変えたのかなんてしみじみしながら、寿司屋のあがりみたいなたっぷりの緑茶の湯気にまみれた顔で、いろいろあったむかしを述懐する。

 もしかしたら、そんなシチュエーションが待っているかも・・・

 そんな気使いながら扉を開けて中に入るのに、準備するキーワードが「おはようございます」の定型一言ではリアリティないじゃない。目の前の御仁(ごじん)が、男なら「吉太郎(きちたろう)さんですか」、女なら「百子(ももこ)さん?」って、絶対当たらない三世代前あたりの固有名詞を出して、汗かきながらの間違いの言い訳をしどろどろしながら、今「朝ここに辿り着いてる私はこういう事情なんです、状況なんですまで」と辿り着くまで、どれだけ前ふり時間を費やさなきゃならないの。

 

 いまのハイティーンは、押し込められた狭い教室の中のぶつかり合うところから始まる昭和の青春ドラマとは違う。空間を認識したら、すぐに他人と距離を図りたがる繊細な生き物。

 そうした面倒を朝からいきなり設けるカリキュラムなんて、接客が売りの専門養成機関だけだろうって、学校の運営(うちのうんえい)はスルーしちゃう。

 今日一日の始まりは当たり前な感じが、いい。

 いきなりの訓練とかを朝から始めていくのは、ハードルが高い。場所選びは、毎日変えてすることだけど、しなくてもいい無理くりは運営(うんえい)だけでなく私たちだってごめんだ。

 


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