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第九十三話 別れと再会

「う、う~、あー!!」


 シェリルを取り返すのには成功したのだが、シェリルはいまだに苦しんでいる。


「どうにかならないか」

「ちょっと待ってなさい」


 ツバキとシズクさんはすぐに駆け寄ってシェリルの状態を確認する。


「これは……“悪夢の侵略”という呪いね」

「どうすれば解けるんだ!?」


 俺の質問にシズクさんは中々答えない。そしてツバキが代わりに口を開いた。


「…無理だ。呪いの中でも記憶を蝕む特殊な呪い。必要な素材を集めれば解けるが手元に無いのじゃ」

「何の素材が必要なんだよ!?」

「“幸福樹の葉”、“慈しみの水”、“喜びの花”、“記憶の砂”じゃ。他の物ではどうにもならん。例え伝説的な素材であってもな」


 俺は肩を落とす。


「なら幻魔法で対抗とかは」

「逆に妾達の魔法が悪夢に使われる。それほどこの呪いは厄介なのじゃ」


 苦しむシェリルを前に何もできないのが歯痒い。


「このままだとどうなるんだ?」

「良くて廃人ね。この呪いは悪夢が記憶にこびりついて忘れられなくなるの。あまりの悪夢に死ぬ者もいるわ」


 シズクさんが悔しそうに拳を握る。


「記憶を消せればいいんじゃがな。ピンポイントで悪夢だけを消す事などそうそうできる者はいない」


 そんな時、俺はふと自分の持ち物を思い出した。


「なあこれは使えるんじゃないか!」


 俺が取り出したのは“忘却花”だ。その花を見た二人は表情を変えた。


「これは“忘却花”じゃない! 百年前に絶滅した花が何で!?」

「そんなことはどうでも良い。確かにこれなら可能性はあるぞ」


 二人も副反応の事は知っているはずだ。だけど、今はこの花に頼るしかない。俺はシェリルの顔に花を近づける。


「う…ん」


 シェリルの表情から苦しみが少しずつ消えていく。どうやら悪夢は忘却されているらしい。


「ところでこれで呪いは解けるのか?」

「大丈夫よ。この呪いは悪夢が本体。忘却花で悪夢が消されれば呪い自体が消えてしまうわ」

「そっか。良かった」


 それでも俺達はシェリルの表情に着目している。確実に呪いが解けるまで安心できないからだ。


「う、うん」


 そして暫く待っているとシェリルが目を覚ました。


「「シェリル!」」


 ツバキとシズクさんがシェリルを抱きしめる。本当に心配していたので二人は涙を流していた。


「二人とも痛いよ」


 そんな事を言いながらもシェリルは嬉しそうだった。


「…ところで何でこんな所にいるんだっけ? …それとそこにいる人は誰なの?」


 副反応は人だけでなく前後の記憶に関しても影響を与えてしまったようだ。


 まあ、少し予想はしていた。大人のシェリルが俺の事を全く知らなかったからな。喜ぶべきか悲しむべきか迷ってしまう。それと同時に、そろそろ時間が来た事に気が付いてしまう。


 だが二人は悲しげな表情を浮かべていた。


「あの人はね」


 シズクさんが何かを伝えようとしたけど俺はそれを遮った。


「君の捜索を手伝っただけだよ。君が何かに攫われたみたいでね。二人が助けてくれたんだ」

「何を言っておるんじゃ」


 ツバキが俺の言葉に反応する。しかし、同時にシェリルも反応したので視線はそちらへと向かう。


「あ、そうだ。霧が出てきて、手と蛇達が…」


 シェリルは少し前の事を思い出したようだった。記憶の混乱が見られる。シズクさんがそんなシェリルを抱きしめる。


「ごめん。俺はそろそろ行かないと」

「はぁ!? こんな時に冗談を言うでないぞ!」

「悪い。でも時間が無いんだ」


 俺の真剣な表情にツバキもシズクさんも何かを感じたようだった。


「ジュン。この状態のシェリルを置いて行かなきゃいけないの? 貴方ならすぐにまたシェリルと関係を築けると思うけど」

「それでも行かなきゃならないんだ」

「そう。だけど約束してくれるかしら。またシェリルに会いに来るって」

「それは勿論。ピンチの時には側にいるから」

「…分かったわ。貴方も何かやる事があるんでしょ。行ってきなさい」


 シズクさんはこれで大丈夫だったが、ツバキは不貞腐れていた。


「ダメじゃ。まだ修行だって終わっておらん! せめて妾に勝ってからにせい」


 ツバキは両手を前に出す。


「ジュンが成功したら勝手にすればよい。失敗したら残るんじゃ」


 そう言ってツバキは魔力を変えながら手も変えていく。俺も慌ててそれに合わせて手を出していく。そして結果は。


「初めての成功じゃな。好きにすればよい」

「ツバキ…」


 何だかんだ言ってもこちらを立ててくれるのはありがたい。


「だが分かっているじゃろうな。褒美をちゃんともらいに来んと許さんからな」


 褒美?……あ。俺はいつかの話を思い出した。


「…分かったよ」

「なら行ってこい」

「またな」


 俺は森の中に走って行く。後ろ髪を引かれるものがあるが、俺は元の場所に戻らなければならない。


「ここまでくれば大丈夫だよな」


 俺は近くの木に寄りかかる。さすがに疲れたな。


 そして“カチッ”と音が鳴ったかと思うと、俺は隠れ家に戻っていた。


「キュキュ~!!」

「たぬぬ~!!」

「ベア~!!」

「ピヨヨ~!!」

「ニャ~!!」


 戻った瞬間に弾丸のように駆け寄ってくるベル達。俺は支えきれず倒れてしまうが、縋りついてくるベル達に安心や懐かしさを覚えてしまう。


「ただいま」


 撫でると気持ちいい手触りに嬉しくなってしまう。ベル達はそれぞれ一声鳴くと、俺の体に顔を押し付けてくる。


 そんな風にベル達に構っていたが、不意にシェリル達と目が合った。


「ただいま。……俺どのくらいいなかった?」

「五日ほどだ。出入りはチケットを使わせてもらったぞ」

「ああ、それは別にいいよ」


 当たり前の会話が心地よい。


「しかし、貴様とは不思議な縁があったのだな。タマモ殿の術で見させてもらったぞ」

「全くだ。そのネックレスも俺が買った物だとはな。大事にしてくれてありがとうな」


 そう言って互いに笑う。


「それにベルもだな」

「キュ~」


 甘えてくるベル。幸せそうにしている姿を見ると嬉しくなってしまう。


「おい。妾達には何かないのか?」


 するとツバキが若干不機嫌そうに声をかけてきた。


「ああ、ごめん。ただいま、ツバキ、シズクさん」

「おかえりなさい」

「遅すぎじゃ、バカ者」

「いてっ」


 ツバキには軽く小突かれてしまった。まあ、俺にとっては一瞬の別れだが、向こうにとっては十年以上経っているからな。


「あら~、良いわね」

「儂らは退散して酒でも呑んでおるか」


 タマモとロクサーヌさんはそんなことを言いながら、上機嫌で部屋から出ていった。


「それにしても…眠い」

「そりゃさっきまで戦っていたんだしね」

「眠くて当然じゃな」

「夕飯の時間前には起こすから寝ておけ」


 俺はフラフラとベッドへと運ばれる。やはり自分のベッドは心地が良い。


 側ではベル達も一緒に横になっている。俺は代わる代わる撫でているうちに、意識を手放した。





「そろそろ夕食だぞ」

「う、ん」


 シェリルに起こされてリビングに向かう。タマモ達も含めて皆席に着いているが、凄い賑やかになったと思う。


 俺が席に着くと食事が始まる。すると、ベル達が順番に俺に料理を持ってくる。


「どうしたそんなに?」

「貴様がいなくて寂しかった分、たくさん関わりたいのだろう」


 そう言われると全部食べるしかない。俺はベル達が持ってきた料理を次々と口に運んでいく。


 だが、このままだと終わりが見えてこないので、逆に俺も料理をベル達に渡していく。


「キュ~♪」


 元気よく頬張っていくベル達。それを見て笑っているシェリル達。ああ、俺の日常が戻ってきたな。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。タマモとロクサーヌさんは飲み足りないようで場所を移したが、俺達は寝室へと移動した。


 シズクさん、シェリル、俺、ツバキの順番に並ぶ。そして、ベル達は布団の上に寝そべっている。


「たぬぬ♪」

「ニャー♪」


 寝そべりながらもゴロゴロ転がって楽しそうにしていた。


「昨日までとは大違いね」

「え?」


 割といつもの光景だと思った俺はつい変な声をあげてしまった。


「昨日までは寂しそうに泣いていたからな。やはり貴様がいないのは辛いのだろう。…もう勝手にいなくなるなよ」


 申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが同時に襲ってくる。


「ああ約束するよ」


 そう言って俺は頭を撫でていく。ついでに左右のシェリルとツバキを撫でたら、ツバキには肘鉄をくらった。


 しばらくの間、心地よい騒がしさだったが、スイッチが切れたように急に静かになり、寝息が聞こえる。だけど俺は昼寝をしたせいかそこまで眠くないのだ。


 すると両サイドから腕を絡まれる。そして胸の上に重さを感じる。


「これは…」

「モテモテね」


 起きていたシズクさんが俺の方を見てクスクスと笑っている。


「シェリルを泣かせたら……分かっているわよね。もちろんツバキの事もよ」

「……はい」

「よろしい」


 シズクさんからプレッシャーをかけられたが、気が付くと俺は皆に囲まれて眠っていた。

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