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第九十話 ベルを救え

 エルメシアに殺されたのは不幸だったが、この世界に来てベルと出会えたのは幸運だった。


 ベルがいたからこそ、俺は今こうして生きていられる。そうでなければ俺はダイナソークロコダイルに殺されていただろう。


 生き延びたとしても、コタロウや皆とは出会えなかっただろう。


 それに側に居てくれると元気が出る。俺達の中で誰よりも強いのに、威張ることもない。


 ベルは俺にとって恩人であり、師であり、友人であり、家族であり、仲間であり、相棒だ。


 今までも、そしてこれからも一緒にいたい。


「だから、ここは俺がやらないとな」


 目の前にいるのは黒く大きな魔物で、ベルとは思えない。だけど何故だかベルだと分かる。


「不思議なもんだな」


 初めて向けられるベルの殺気は恐ろしいものだ。味方だと頼もしいが、敵に回すとキーノや烏天狗並みに怖いと思ってしまう。


「ギュ!」


 ベルは黒い魔法を俺に向かって放ってくる。その攻撃は俺を殺す気満々だ。

 俺は冷静に魔法を見る。普段よりも大きな魔法になっているが、速さも精度もかなり劣る。力任せに放った魔法に近い。


「これなら」


 俺は魔法を躱して攻撃を放つ。少し体勢を崩してやるだけで、ベルは黒い魔法を放てない。


「俺の知っているベルに比べて未熟だな。それでも危険な事には変わりないけど」


 とにかく俺はベルを攪乱していく。ベルの集中力を奪いながら隙を窺う。

 ベルは魔法が放てない時間が続くと、しびれを切らしたように襲い掛かってきた。恐らく俺になら勝てると思ったのだろう。


 今のベルはいつものような機敏さに、熊の様な体躯もあるから厄介と言えば厄介だ。だけでここでも力任せに暴れるだけだ。俺は鋼雲でベルと打ち合う。単純な力はベルが上でも技量は俺の方が高い。


 ベルの攻撃を受け流しながら、幻魔法でコタロウの聖魔法や光魔法、それにムギの音魔法を再現する。


「ギュギュ!」


 ベルが苛立ってくるのが分かる。攻撃が大振りになり隙がさらに大きくなってくる。もちろんそれに比例して威力は上がっており、受け流すのも限界だ。だけどもう少しだ。


「ギュ!」


 するとベルが尻尾を振り回してきた。予想外の攻撃に俺は吹き飛ばされる。

 その時ベルがニヤリと笑っていた。俺は被害を最小限に抑えるために周囲に風の壁を作る。


「ギュギュギュー!」


 すかさず放たれた黒い魔法。これは完全に躱すのは無理だ。


「「「ジュン!」」」

 

 三人が叫ぶ声が聞こえた。心配させたのは申し訳ないが元々五体満足は考えていなかった。特にツバキはこっちに来ようとしていた所を風で邪魔したからな。後で怒られるだろうな。


 俺は左腕を犠牲にしてベルに近づいた。


「ギュ!?」


 仕留めたとでも思ったのかベルは驚いていた。そして一番の隙を見せたのだ。

 俺はそんなベルの頭に右手を乗せた。


「こっちの姿がお前だぞ」


 ベルの脳裏に俺達の日常を流す。ご飯を食べて良く遊び、笑っている姿だ。そこにはもちろんコタロウ達もいる。月光樹の世話を皆でしている姿もある。


 そして皆でダンジョンを乗り越えたときの姿だ。竜の肉や仙桃を食べてる姿も忘れちゃいない。


「ギュギュー!?」


 ベルは俺を弾き飛ばすが、頭を抑えて苦しんでいる。俺はもう一度近づいて家族の声を聞かせた。


「ギュギュ」


 ベルから黒い煙が出て、体がどんどん縮んでいく。


 そして黒い煙が出なくなると、俺のよく知っている姿があった。


「ベル!」


 急いでベルを手に乗せる。生きているがかなり衰弱していた。


「……」


 ベルの鼓動が小さくなっていく。さっきまで俺達を襲ってか黒い魔法がベルの体内を壊している。


「ベル! 起きろ。魔法をコントロールしろ!」


 呼び掛けるが動く気配がない。俺はすぐに"月の雫"を取り出して、ベルの口へと運ぶ。


 徐々に顔色が良くなり、状態が落ち着いてきた。ベルなら食べられるだろうと思い、仙桃のジュースも口に運ぶ。


「キュー」

「大丈夫か?」


 弱々しい声をあげたベルを軽く撫でる。


「キュー?……キュ!」


 ベルは初めは何が起きたか分かっていないようだったが、周囲を確認すると一目散に逃げていった。


「お主の知り合いじゃなかったのか?」

「まあな。でも今はあれでいいんだよ。また会えるから」


 ベルに逃げられるという経験は中々心に来るが、また会える事を知っている俺はそのまま見送った。


「そうか。それなら少し話をさせてもらうぞ」

「そうね」


 俺の頬っぺたに物凄い衝撃が走り、俺は地面に転がった。


 見上げるとそこには鬼の形相のシズクさんと、呆気にとられているツバキとシェリルがいた。


「ジュン。貴方にとって先程の魔物は特別なのでしょう。それは分かるわ」


 シズクさんの声は落ち着いているが、それが余計に恐ろしく感じる。


「だからこその風の障壁だったのよね。見事だったわ。あのタイミングであの精度だと私もツバキも助けられないわ。でもね」


 俺はシズクさんに胸ぐらを掴まれた。


「貴方は自分を軽く見過ぎている。あの瞬間、シェリルやツバキがどんな顔でどんな声をあげたか分かってるの? いえ、分からないでしょうね。貴方はあの魔物しか見ていなかった」

「……」

「あの魔物がそれほど大切な存在だったのかもしれない。でも貴方は自分が傷付くことで悲しむ存在がいる事を知っておくべきだわ。もちろん全てを賭けなければ勝てない相手だっているでしょう。でも、今回は私達を信じてくれても良かったんじゃない」


 真剣な表情で見つめられ、俺は思わず目を逸らしてしまった。


「シェリルの護衛もあるから私かシズクどちらかは戦えないけど、もう一人は戦えたのよ。貴方が救いたいというのなら協力くらいするわよ。そしたら貴方の腕だって」


 何も言い返せない。俺はいずれ未来の世界に帰るのだから、どこか信用していない部分があったのだろう。だけど確かに俺はこっちに来てから三人には良くしてもらっていた。そして信頼できる人たちというのも分かっていたはずだ。


「ごめん…なさい」


 絞りだすような声だった。自分が情けなく思ってしまう。


「シズクもういいじゃろ。それより腕の治療をせんと」

「分かっているわよ。でも、この状態は」


 俺の左腕は肩から完全に無くなっている。そこを三人は悲痛な目で見ていた。シェリルに至っては泣いている。


この場で"月の雫"を使うわけにはいかないし、"再生の種"なら使えるかもと思ったが、この雰囲気だと難しい気がする。


「キュキュ」


 すると自由になった妖精リスが、シェリルの手から俺の左肩へと飛び乗ってきた。


「キュキュ♪」

「は!?」


 白く暖かい光が俺を包み込んだ。そして光が収まると俺の左腕が元通りになっていた。


「キュー♪」


 俺に向かって笑顔で一声鳴くと、妖精リスの背中から天使のような翼が生えて、俺達に手を振りながら飛んでいった。


 俺達は呆然と見送るしかなかった。


「エンジェルスクワール?」


 シズクさんがポツリと呟いた。そしてツバキがその言葉に反応する。


「だとしてもおかしいじゃろ。確かに聖魔法を使える魔物じゃが、それでも一瞬で他者の腕を生やすなど普通の魔物じゃ無理であろう」

「聖獣なら可能性はあるわよ」

「各教会の聖獣は把握しておるが知らんぞ。それに妖精リスはロクサーヌ教か能力的にエルメシア教じゃろ。エルメシア教にあんな良い魔物は考えられんじゃろ」


 二人が考察しているなか、シェリルは俺の左手を掴んで離さない。


「ジュン。危ないことしちゃダメ」


 涙目で注意されると断ることはできない。


「心配かけたな。ごめん」


 そう言ってシェリルを抱きしめると、シェリルは俺の胸に顔を埋めて泣き続けた。



 過去に行ったジュン達を見ていたシェリル達だが、こちらも大変な事が起こっていた。


「キュキュ~」

「たぬぬ~、たぬぬ~」

「ベア~」

「ピヨヨ~」

「ニャ~」


 ベル達が泣いており、収集がつかなくなっていた。シェリル達が抱き締めたり撫でたりするも効果がない。


 因みにこの惨状を引き起こした原因はベルである。


 ジュンとベル達は時間の進み方が違う。タマモの魔法で映し出しているのはビデオのようなもので、ジュンは過去に行ってから一ヵ月ほど経っているが、ベル達はまだ三日しか経っていないのだ。


 そして当初はジュンがいなくなったことでコタロウ達が泣きそうになっていたのだが、そこはベルが慰めていた。ベルに慰められたコタロウ達は泣きそうなのを我慢して、映像に映っているジュンを応援していた。


 シェリル達もコタロウ達に構い、寂しくないように努力もしてきた。その心が伝わっていたからかコタロウ達も元気な様子を見せていた。


 だが、今回の映像はベルの心を揺さぶった。映像に映る邪悪な魔物が自分自身だとすぐに気がついた。


 そしてジュン達を殺そうとしている自分が許せず悲しかったが、一目で自分だと気がついて、救ってくれた事が嬉しかったのだ。


 ベルはジュンとの絆を強く感じた。そして会いたいと思ってしまった。


 ジュンと遊びたい。ご飯を食べたい。温泉に入りたい。話をしたい。一緒に寝たい。撫でてほしい。抱きしめてほしい。誉めてほしい。隣にいてほしい。笑いあいたい。


 溢れてくる感情を止めることはできず、ベルは泣きながら素直な感情をぶちまけていた。


 そしてその思いはコタロウ達も同じだった。自分達の長男とも言えるベルが泣き始めたので、コタロウ達も限界を迎えてこの有り様なのである。


 この後は泣き止むまで時間がかかったが、シェリル達のお陰で落ち着くことができた。


 しかしこの時シェリルは、ベル達を泣かしたジュンに、一発かましてやろうと心に決めていた。

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