第八十七話 エルメシア教の孤児院
翌朝。俺達は身支度を整えてエルメシア教の孤児院へと向かう事にした。理由は勿論シェリルだ。話を通さないと厄介なことになるので、キチンと挨拶に行かないといけないのだ。
シェリルは不安なのか俺達の服を掴んで離そうとしない。
そして。無駄に豪華な孤児院の前に着いた。
これで子供達が贅沢できるのならば、こんな個人があっても良いと思うのだが、子供達は表情に乏しく怯えている様子もある。だが、食事だけはとれているようでやせ細っているとかは無い。
シズクさんもツバキも纏う雰囲気が変わっていく。孤児院の扉を叩いて中の人に声をかける。
「ロクサーヌ教の巫女のシズクよ。責任者に話があるから開けてくれないかしら」
すると中からは一人の女性が現れた。
「これはシズク様。神父様はただいま外出中なのですが当院に何のご用事でしょうか?」
「この子に見覚えがないか聞きに来たのよ。そしてこの子はこの場所に怯えているようだから、私達に引き取らせてほしいのよ」
すると女性はシェリルをジロジロと見る。ハッキリ言ってシェリルを見る目が、物を見るような目で不快に感じる。
「シェリルではないですか。なぜシズク様と一緒にいるのですか?」
「森で魔物に追われておったのだ。その後すぐには戻れんかったから妾と一緒におったのじゃ。……妾が会ってから一週間ほど経っているはずじゃが落ち着いておるの」
普通一週間も行方不明ならもっと慌てているはずだ。この落ち着きようはおかしさしかない。
「…この子は別の施設に移動していたはずなのです。移動中に何かが起きたのでしょうね。連れて来てくれてありがとうございます。後は私達が責任をもって施設へと送ります」
「もうこの子は怯えているから止めた方が良いんじゃないかしら。幸い私にも懐いてくれているし、ロクサーヌ教の孤児院で面倒みるわよ」
シェリルはシズクさんの後ろに隠れるように立っている。
「いえ。そういう訳にはいきません。シェリルが何か言ったのかもしれませんが、子供の言う事を聞いて簡単に移動させたらキリがありませんよ」
「そうね。でも魔物に襲われた子が同じ場所に戻りたいと思うかしら。今回は無事に遅れなかった貴女達の落度。彼女が安心できる場所があるならそちらに任せるべきだと思うわ」
女性はムッとした表情に変わる。
「それはエルメシア教が信用できないという事でしょうか」
「貴女達は何かあるとすぐその言葉ね。まあどうでもいいけど。今回の失敗は貴女達なのは確かね」
「ロクサーヌ教は失敗を許さないのですね」
「そんな訳ないじゃない。むしろ寛容な方よ。ただ、命に関わる失敗は別よ」
役者が違う。シズクさんに睨まれた女性はそれ以上何も言えなかった。
しかし、これだけで終わらないのがエルメシア教だ。教会騎士団らしき男が俺達の方へと近づいてくる。
「シズク様の言う事は間違ってないでしょう。しかし得体のしれない男を連れている者に、大事な子供を渡すわけにはいきませんな」
「この者は妾と共にシェリルを助けてくれた者じゃが。Cランクの冒険者でもあるぞ」
ツバキの言葉に男は鼻で笑う。
「Cランクの冒険者の信用などありませんよ。それにツバキ様と共に助けた? ただ見ていただけなのでは。むしろその者がシェリルを攫おうとしたのでは?」
「違う! ジュンは助けてくれた!」
矛先が俺に向かった瞬間に、シェリルが大声で怒鳴った。その行動に男は少なからず動揺を見せたが、すぐに口を開く。
「とにかくシェリルは我々が引き取り、責任をもって本来の場所へと届けましょう。今度は教会騎士団である私が付きますから問題ないでしょう。それともロクサーヌ教とリア教の巫女様達は教会騎士団の実力を疑いますか?」
シズクさんもツバキも一瞬口をつぐんだ。私人としてならいくらでも言い返すのだろうが、二人は各教会の顔でもある。そのため下手をすれば教会同士の争いにもつながってしまう。
「さあシェリル、こっちに来なさい。貴女の我儘が色んな人に迷惑をかけていると自覚しなさい」
男はシェリルを叱りつけるように口を開く。
その言葉にシェリルは俯き泣きそうになる。さすがにイラっときたので、俺はすぐにシェリルを抱き上げた。
「シェリル。あんな男の言う事なんか気にするなよ。迷惑をかけているのはシェリルじゃなくてあの男達だからな」
「…冒険者風情が教会騎士団の一員である私を侮辱する気か」
「一人じゃ何も出来なくて、毎回教会の名前に頼らないといけない教会騎士団ごときが冒険者の俺を侮辱する気か」
俺はそのままシェリルをシズクさん達に預けて、男と睨み合いをする。
「死にたいようだな」
男は剣を抜いて斬りかかってきた。俺は攻撃を躱しながら、そしてそのまま腹を殴った。
「ぐぁっ」
男はその場に崩れる。女がすぐに駆け寄り俺を睨むが気にしない。
「Cランクの冒険者に負けるお前達の実力なんて疑う以外ないな。それじゃあまた同じ事になるんじゃないか」
「こんな事をして良いと思っているのですか!!」
「ふざけるなよ」
やはりエルメシア教とのやり取りはストレスしか溜まらない。
「最初に斬りかかってきたのはどっちだ。仮にも教会関係者なら我慢くらい覚えたらどうなんだ」
「たかが冒険者がエルメシア教のシスターと教会騎士団に無礼を働いて良いと思っているのですか! シズク様、ツバキ様。これは大問題ですよ」
「何をしているのですか?」
女が俺にキレた瞬間に神父服を着た若い男性がやって来た。
「カルウォン様。いえこれは何でもないのです」
「ロクサーヌ教とリア教の巫女がいて、剣を抜いた教会騎士団の者が倒れている。この状況で何も無いのは無理がありますね。シズク様、ツバキ様。申し訳ありませんが説明をしていただけませんか」
「説明なら私が」
女が神父に駆け寄るが、神父は一睨みして動きを制する。そしてその間にシズクさんが神父に説明をする。
「なる程。そんな事があったのですね。申し訳ありませんでした」
神父は頭を下げる。
「今回の件は私達の確認不足です。シェリルさんが他の場所に行きたいのも仕方がありません。よろしく頼みます」
神父はシェリルの事をすぐに認めてくれた。さらに自分達の不始末の尻拭いという事で、幾らかの金銭を渡してくれた。
「それから貴方にも失礼な事を言ったようで申し訳ありません。職業によって差別するなどもってのほかです。今後はこんな事が起きないように教育いたします」
そう言って改めて俺にも謝罪をしてきた。
「本来はこの二人も謝るべきですが、今謝っても形でしかありません。改めて謝罪に行かせますので今日の所は私に免じてお許しください」
「シェリルをロクサーヌ教で引き取れるならそれで構いません。ただ、そいつらが逆恨みしないようにだけお願いします」
「ええ、責任をもって」
用事が済んだ俺達はさっさとシズクさんの家に戻る。
「ジュンもやるわね。Cランクの動きじゃなかったわよ」
「妾が修行を付けてやったのだから当然じゃ」
「かっこよかった。ありがとうジュン」
三人から褒められるのは悪い気がしない。俺のせいで大事になった部分があるだろうが、無事に終わったから良しとしよう。
「どうも。ところで教会騎士団って本当は強いんですか?」
「ピンキリね。強い人は強いわよ。ロクサーヌ教ならシモンっていう男性がAランク相当の実力を持っているわよ」
…シモンさん。強いだろうとは思っていたけど、やっぱり凄い人だったんだな。
「さて、一段落した事じゃし修行を始めるぞ」
「面白そうね。私も手伝うわよ」
「珍しいの。それじゃあシェリルを頼むぞ」
「分かったわ」
それぞれに師匠が付く形で修行が始まる。広い庭もあるので、今までの修行に加えて実戦形式も混じってくる。そこで改めて感じたがツバキの体術はヤバい。華麗なフットワークに技術の高さはもちろんの事、パワーも尋常じゃない。
「…格上との戦闘になれておるようじゃな。中々楽しいぞ」
ダンジョンでの経験が俺を戦わせてくれる。だが、なまじ戦える分だけ俺の体は悲鳴を上げる。攻撃に対して反応が出来ているので、無意識に避けてダメージを減らしている。そのため、戦闘が長引いてしまうのだった。
「良い動きじゃな。褒美をくれてやろう。気を抜くなよ」
背筋に悪寒が走る。それと同時にツバキが目の前に現れた。もう避けるのは無理だ。ならばせめて少しでもダメージを減らすためにガードをする。
「無駄じゃ」
ツバキの拳が俺のガードしている腕に当たる。威力は凄まじいが耐えられないわけではない。そう思ったのだが。
「がっ!?」
全身に衝撃が走る。脳も揺らされて意識も保てない。そのまま俺は気を失ったのだった。
 




