第九話 初依頼。満腹亭の開店
「この店だな」
俺達は“満腹亭”と書かれた店の前に着いた。もちろん“満腹亭の開店手伝い”の依頼をこなすためだ。
店の扉をノックして依頼主が出てくるのを待つ。
「いらっしゃい」
「…」
出てきたのは賊と見間違いそうな人相の男だった。さらに体格もよく熊にでも出くわした気分だ。昨日も似たような出会いをした人達がいたよな。
「お前が今日手伝ってくれる冒険者か?」
「あ、はい。ジュンといいます。それとベルとコタロウです。よろしくお願いします」
俺はギルドから渡された依頼書を渡す。
「俺はガンツだ。あと丁寧な口調じゃなくていいからな。肩の力は抜いときな。まずは説明したいから中に入ってくれ」
店の中は新しい建物ではないが、隅々まで手入れが行き届いており、清潔感を感じられる。そして、食欲を刺激するような良い匂いが漂ってくる。
「キュ~///」
フラフラとベルが匂いの元へと向かい始めるので、俺はベルを捕まえてコタロウに託した。
「コタロウ頼むぞ」
「たぬ」
「キュ~」
そんな俺達のやり取りを、ガンツさんは面白そうに見ていた。
「何だ飯を食いてえのか?お前達には宣伝や客引きを頼みたいからな。味を知ってもらうのも悪くは無いな。ちょっと座って待っていてくれ」
それだけ言うとガンツさんは厨房に向かって行った。
少し待っているとガンツさんは大量の料理を持って来てくれた。
ステーキ・丼・揚げ物・焼き魚・サラダ・煮込み料理と様々だ。テーブルに並べられるとベルはもう我慢できないといった表情だ。美味そうな匂いで俺もコタロウも似たようなものだ。
「本当に食べていいんですか?」
「おう。遠慮なく食え」
「それじゃあ、いただきます」
「キュー♪」
「たぬー♪」
俺はまずステーキ丼に手を伸ばす。
「そいつは店の看板メニューにする予定の“満腹丼”だ。ガッツリ食えるようにしたんだぜ」
看板メニューと聞いて増々興味が出る。口の中に入れると肉が程よい固さで食べやすい上に、かかっているタレがご飯に合う。
「美味っ」
このままこれで腹一杯にしたいが他の料理も気になる。俺達は色んな料理を食べ進めていく。料理はどれも美味しかった。出来立てという事もあるのだろうが、少し濃い目の味付けで肉体労働が多い冒険者などにはピッタリだと思った。サラダも素材が良いのか歯ごたえや瑞々しさもある。特に美味いと思ったのはシチューのような煮込み料理だ。
肉は大きめのカットだが、口の中で柔らかくほぐれていく。そして肉以外にも野菜なども一緒に煮込まれているためか、深い味わいがある。
食べている途中で値段も尋ねてみたが、一番高い物でも大銅貨二枚くらいだ。ボリュームと味を考えればそこまで高いとも思えない。
俺達はあっという間に食事を済ませる。…大半はベルの腹の中に入ったけどな。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「そうか。これなら人が来てくれると思うか?」
ガンツさんは笑顔を見せた後に少し不安そうな顔をして俺に聞いてきた。
「俺は他の店の料理をしっかり食べたわけではないですが、少なくとも屋台よりは味は上です。それに、肉体労働者が好むような味付けですし、ボリュームを考えれば値段も妥当だと思います。食べてもらえば固定客はつくんじゃないですか」
俺の言葉を聞いて少し安心した表情になる。
「そう言ってもらえると心強いぜ。ところでさっきも言ったがお前達には宣伝と客引きを頼みたい。店の前でやって欲しいんだ」
「承知しました。…ついでに少しだけ料理を作ってもらう事は出来ますか?味を知ってもらうために試食ができればなと」
「なるほど。それじゃあ何品か作っておく。料理ができたら早速頼むぜ」
そしてガンツさんは再び厨房に戻っていく。
「そういえば、いつもの姿で呼び込みするのもな。…ウェイター用の服でも用意するか。サイズを指定すればベル達の洋服も出せるみたいだしな」
俺は通販で自分達の分の服を用意して着替えることにした。ベル達にも着るように頼むと快く引き受けてくれた。
そして数分後。ガンツさんがステーキと揚げ物を用意してくれた。
「キュ~///」
「これは食べるなよ」
残念そうにするが仕方がない事だ。
「…お前らその服はどうしたんだ?」
「この方が人の目を引くかなと。それでは行ってきますね」
まだ何か言いたそうだったが、俺達は外に出て呼び込みをすることにした。
「さあ。“満腹亭”が本日より開店いたします。今日のお昼を探している方、満腹亭でお腹いっぱい食べませんか」
「キュキュ!キュー!」
「たぬぬ!たぬたぬ!」
服を着た従魔が呼び込みをしているためか人々の視線を集めていく。すぐに人が集まるわけではないが、これならいけるかもしれないと思ってしまう。
そして少し経った頃に試食の品を出してみる。
「今なら一口お試しに食べられますよ」
「キュー!」
「たぬぬ」
試食の品に一番反応を見せたのはベルだった。自分が食べるとばかりに手を挙げるのだが、コタロウに止められている。
ただ、その光景が面白いのか少し人だかりができてきた。すかさず、一番近くの冒険者風の女性に試食を勧めてみる。
「おひとついかがですか?」
「あら、それじゃあ遠慮なくいただくわね」
女性はサイコロ状にカットしたステーキを一つ食べる。
「美味しいわ」
少し驚きながらも気に入ってくれたようだった。
「これでいくらするの?」
「一人前で大銅貨一枚と銅貨三枚です」
「それなら食べていこうかしら。皆はどう?」
女性は仲間がいたようで呼びかけている。
すると、二つの手が伸びてきてステーキを一個ずつ取っていった。
「へー、確かに美味いな」
「…」
片方の女性からは好感触な評価を頂いたが、もう一人は爪楊枝に刺したままジッと見ているだけだった。
そして俺の方を見て目をキラキラ輝かせる。
「ねえ。この子達に食べさせてもらっても良い?」
「は?」
思わず口から言葉が漏れた。ただ、ベル達に食べさせてもらいたい人は案外いるかもしれない。
ベル達を見ると構わないようで頷いている。
「構わないそうです」
「やった」
そして女性はベルに食べさせてもらっている。味がどうのこうの言うよりは、この行動が嬉しいようで店に入る事を決めてくれた。仲間の二人は半分呆れていたが、“満腹亭”で食べる事に異論はないようだった。
そして周りで見ている人達も、ベルやコタロウに食べさせてもらい味を確認するとゾロゾロと店に入っていく。
ベルは自分で食べたいのを我慢して頑張ってくれたから、後でガンツさんに頼んでみよう。もちろんコタロウの分も。
あっという間に試食の分が無くなった上に、店内にも多くの人が入りだしたので一度ガンツさんにこの後の事を聞きに行く。
「ガンツさん店内がいっぱいみたいですが、呼び込みは止めて店の中の手伝いに変えますか?」
「そうしてくれ。初日から満杯になるなんて予定外だったからな。俺一人じゃ手が回らないから頼む」
「分かりました」
俺は呼び込みをベル達に任せてウェイターの仕事を始める。
店の中はそれなりの広さがあるので忙しい。少しすれば落ち着くかなと思ったのだが一向に客が減る気配がない。ふと外を見ると、誰が用意してくれたか分からないがベルとコタロウが看板を持ってお客さんの整理をしていた。その姿がまた人を呼び込んでいるみたいだった。
結局、昼を過ぎてもピークは収まらなかった。暇になったのは夕方近くになってからだ。
「お疲れ様。おかげさまで初日から大繁盛だ」
「良かったですよ。…ところで夜の方は大丈夫ですか?」
「ああ。元々夜は酒飲みたちが少しは来るだろうと思って手伝いをお願いしてある。でもまさか開店初日の昼に満席になるとは思わなかったな。明日から昼も手伝いを入れるか」
「その方が良いと思います。料理の評判も良かったみたいですし」
俺はイスに座りながらあの忙しさを思い出している。
本当に疲れたな。
「ああ、そうだ。ガンツさんベルとコタロウに食事を作ってもらう事はできますか?もちろんお金は払うので」
「ハハハ。金は要らねえよ。今日の賄い飯だ。お前の分も作るからちょっと待っていろ」
ずっと厨房で大人数分の料理を作り続けてたのに元気だなと思ってしまう。そしてもう一人、料理を食べられることを知ったベルのはしゃぎようも凄いな。
俺はコタロウを膝に乗せて撫でながら料理が出るのを待つことにした。
「たくさん食ってくれ」
持って来てくれたのは大盛りの満腹丼だ。やはりいい匂いがする。俺達は腹が減っていたため一気に満腹丼を平らげた。
「いい食いっぷりだな。それとこれを持っていけ」
そう言って俺は一枚の紙を渡された。それは朝に渡した依頼書だ。完了のサインがつかれている。
「ありがとうございます。今度は客として食べに来ますね」
「おう。待っているぜ」
こうして俺達の初依頼は終わった。かなり疲れたが料理も美味くて満足できるものだった。明日以降の依頼も上手くいけばいいな。