第八十四話 まるで家族
「…朝か」
目が覚めると、俺とツバキさんはベッドに寄りかかるように眠っていた。
そして片方の袖はシェリルに掴まれたままだ。
「少し頬は痩けているけど、寝顔はそのままだな」
俺は軽く頭を撫でる。
「さてと、朝飯でも作るか」
俺は立ち上がって移動しようとしたが、朝になっても強く掴まれたままだ。
「…しゃあない。皆が起きたら購入するか」
和食より洋食の方がシェリルは食べやすいよな。食パン・ベーコン・スクランブルエッグ・ポタージュ・サラダ・フルーツ・ヨーグルト。これなら問題ないだろ。
「ん」
朝食のメニューを考えているとシェリルが目を覚ました。まだ眠そうな目を擦っている。
「おはよう」
声をかけるとシェリルは辺りをキョロキョロと見渡した。そして、布団で半分顔を隠して小さな声で挨拶をしてきた。
「おはよう」
可愛らしくてつい微笑んでしまう。
そして俺達の声でツバキさんも目が覚めたようだ。
「…お主達は早起きじゃな」
朝に弱いのかまだ眠そうにしている。そんな様子に笑いながら、俺はシェリルを抱っこしてリビングへと向かう。シェリルも抱っこされるのは嫌ではないようで大人しくしている。
「今日の朝ご飯はこんな感じだ」
「美味しそう」
シェリルは俺の用意した朝食をニコニコした表情で見ていた。
そして席に着くとパクパク食べ始める。昨日はシェリルの世話で食べられなかったが、今日はシェリルが一人で食べられるので俺もゆっくりと食べる事ができた。
ツバキさんも気が付くと普通に席について食べていたのには驚いてしまった。
「中々美味かったぞ。さて、少し休んだら出発するぞ」
その言葉を聞いた瞬間、先程までニコニコと朝食を食べていたシェリルが騒ぎ始める。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」
そう叫ぶとシェリルは寝室へ戻ってベッドへと潜り込んだ。
俺もツバキさんもシェリルの様子に茫然としていたが、すぐに寝室へと向かった。
「どうしたんだシェリル?」
「嫌だ! ここで暮らすの。外は出たくない。アイツ等が狙ってくる」
そう言ってシェリルは震えて泣いていた。
「……確かに昨日の蛇の魔物はおかしかったの。普通の魔物なら妾がいる時点で逃げるはずじゃが、命令されたかのように襲ってきおったな。しかも妾に倒された蛇達の視線はお主達を見ておったのは確かじゃな」
ツバキさんの言葉に少し考えてから俺は口を開いた。
「問題なく帰れそうな気はしますけどシェリルが落ち着くまではここにいますか。無理をさせたくは無いですし」
「妾も構わんぞ。最低限のトレーニングができる部屋はあるようじゃし、妾も少し休みたいからな」
ツバキさんだけ王都に向かうという手もあるが、本人は休む気満々だった。
「そんな訳でシェリル。しばらくはここで暮らすから安心してくれ」
「本当?」
「本当だ。シェリルに嘘はつかないよ」
「うん」
シェリルは布団から出てきて俺の服を掴む。
さて、このあと何をするかな? シェリルならお風呂に入れても喜ぶか。泣いた顔をさっぱりさせたいしな。
「ツバキさん。シェリルをお風呂に入れてくれませんか」
「ここに風呂もあるのか。…構わんぞ妾も入りたいしな」
「じゃあシェリル。ツバキさんとお風呂に入ろうか」
「…お風呂って何?」
小さい頃のシェリルはお風呂を知らなかった。それだけお風呂が珍しいのだろう。
「話を聞くより実物を見る方が良いじゃろ」
ツバキさんの言う事は最もだと思い、一度お風呂を見に行くことにした。
浴室は少し広めでシャワーもついている。シャワーからお湯を出すとシェリルは茫然としていた。
「暖かい」
お湯を触ったままシェリルは動こうとしない。
俺とツバキさんは顔を見合わせて笑ってしまった。
「それじゃあツバキさんお願いします。あとこれは髪と体をキレイにする物です。使ってください」
「ほう。試させてもらうぞ。それではシェリル。妾と一緒に入るぞ」
「……ジュンは一緒に入らないの?」
「あー、俺はまた今度な」
「むー」
膨れっ面のシェリルだが、ツバキさんに引きずられていく。抵抗しないところを見ると、ツバキさんのことも信じていると思う。
俺は一人リビングで朝から酒を飲む。飲酒の後の入浴は良くないが、一杯くらいは大目に見てほしい。
そして俺はとっておきとも言える仙桃酒を飲む。
「……何だか味気無いな」
不味い事はない。いつも通り極上の味だ。だけど沢山の物が足りてない。
人の出したつまみをいつの間にか食いつくしているベル。酒は苦手だが雰囲気を楽しむためにジュースで何度も乾杯してくるコタロウ。
気が利いて空いたグラスにお代わりを注いでくれるリッカ。雰囲気にあった曲を歌ってくれるムギ。まだまだ甘えたがりで膝に乗ってくるメア。
「俺って寂しがりやなんだな」
そんなことを呟きながらチビリチビリと酒を飲む。
時間をかけていると、シェリルの声が聞こえてきた。
「ジュン。お風呂凄かったぞ」
「待つのじゃシェリル! 体をちゃんと拭かんか」
全裸のシェリルが走って飛び付いてきた。急いで追ってきたツバキさんも同じく裸だった。
俺は急いで視線を逸らしたが、バッチリ見えていた。
「…見おったか///」
「いや、その……少し」
嘘をついてもバレると思ったが、つい俺は過少申告をしてしまう。
「嘘をつくな!」
強烈なボディーブローをかまされて、俺はその場に崩れ落ちた。ちなみにシェリルはツバキさんが現れた時に、素直に体を拭いて着替えを始めていた。良い子なんだが脱衣所で着替えてくれればなと思った。
「まったく。破廉恥な男じゃ」
反論などできるはずもなく、ツバキさんの説教が始まる。
その勢いに圧された俺は何もできずにいるが、ツバキさんは大事な事に気がついていない。
「おい! キチンとこっちを見んか!」
さらに怒られるが俺にはどうしようもない。そして何もできない俺にシェリルが大事なことを言ってくれた。
「ツバキお姉ちゃん。着替えないと風邪をひいちゃうよ」
「………///」
顔を真っ赤にしたツバキさんは脱衣所へと駆け出した。
「シェリルありがとう」
「?」
何の事か分かっていないシェリルは首を傾げていた。そんなシェリルの頭を撫でてジュースを渡すと、ご機嫌な様子で飲み始めた。
そして、少しすると顔が赤いままのツバキさんが戻ってきた。少し涙目で俺を睨んできている。
…俺が悪いのか?
いたたまれなくなった俺は入れ違いに浴室へと向かい風呂に入り水を浴びる。
「シェリルやタマモと毎日温泉に入っているんだがな。あの二人は堂々しているから、ツバキさんの反応は新鮮に感じるんだよな」
思い出してしまうが風呂だけは堪能した。そして、風呂から上がるとツバキさんとシェリルが絵をかいて遊んでいた。
「あ、ジュン。見て見て」
シェリルが絵を持って走ってくる。俺はそのままシェリルを抱き上げ、絵を見せてもらう。
「可愛いでしょ。この前見たすごく楽しい夢なんだよ。ジュンとツバキお姉ちゃんも書いたんだよ。いつかこんな風に遊びたいな」
描かれていた絵には俺とツバキさんの手をシェリルが握っており、その周りでベル達が遊んでいる風景だった。ベル・コタロウ・リッカ・ムギ・メア。全員の特徴をよくとらえている。
「いい絵だな。きっと現実になるよ。もしかしたらもっと賑やかになるかもな」
「そうだといいな」
シェリルは嬉しそうに笑っている。
「ジュンも絵をかこう! ツバキお姉ちゃんもだよ!」
「「え」」
俺達の声が被り、互いに顔を見合わせる。その瞬間に何となく理解したが、期待に満ちたシェリルを裏切る事は互いにできそうも無かった。
「一応書いたぞ」
「俺もだ」
書き終わった俺達は絵を見せる。ツバキさんは俺達を描いたようで、俺はベル達を描いていた。互いに微妙な画力だと思う。ベル達がこの絵を見たら笑うか怒ってきそうな気がする。
「可愛い」
だがシェリルは俺達の絵を気に入ってくれた。その言葉に俺もツバキさんも救われた。
「気に入ってくれて何よりじゃな」
「画力に不安があったから助かった」
そして互いに笑ってしまう。先程の雰囲気が嘘のようだった。
「……さっきはスマンかった。妾の不注意じゃったのに」
「いや。見てしまったのは事実だし」
「ふむ。それならもう一発殴ってチャラにしてやろう。殴られるならどこが良いのじゃ?」
「それは勘弁してください」
あの時のボディーブローはマジでヤバかった。キーノや烏天狗を彷彿させる一撃だった。
「だらしがないの。じゃがあの一撃を受けて気を失うことも無かったしの、お主は中々の実力者じゃな。時間もあるし修行を付けてやろうか?」
ありがたい提案だったので俺は受ける事にした。
「それは是非」
するとシェリルが頬を膨らませて俺達を不満そうに見つめる。
「二人だけで楽しそうでズルい」
「すまんな。それならシェリルも一緒に修行でもせんか? お主には必要だと思うが」
「ジュンと一緒?」
「無論じゃ」
「じゃあやる」
そんな訳でシェリルも修行する事になった。ただ、今日はツバキさんもやる気は無いようで明日からになる。
「しかしお主はシェリルに懐かれているの」
「ツバキさんもだと思うけどな」
「それなら嬉しいものじゃ」
ツバキさんは微笑んでシェリルの頭を撫でる。シェリルも照れながらも嬉しそうだ。そのままツバキさんに抱き着いている。何だか姉妹のように見えるな。
その日は結局遊び続け、気が付くと皆寝落ちをしていた。




