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第八十三話 過去の世界

 ……何が起きた? つーか、また森の中か。

 俺はいつもの部屋でアイテムを見せようとしていたよな。それで急に暗くなったと思ったらここにいた。


「十中八九この時計のせいだよな。過去に渡るって説明だったしな。くそ。迂闊に取り出すんじゃなかった」


 今までのアイテムのように、魔力を流したりしなければ起動しないと思っていた。恐らく、俺はどこかのスイッチを押したか何かしたのだろう。つくづく自分の不注意さが嫌になる。


「…まあ、本当に過去かも分からないしな。それに過去だとしても時間が経てば帰れるようだしな。とりあえず今は隠れ家を開けるか試すか」


 いつも通りに隠れ家の入口を開こうとする。だが上手くいかない。


「これは……無理そうだな。でも、ガチャは分からんが通販が使えるのは良かったな。それにダブったアイテムだと思ったが、隠れ家に置いたりシェリルに渡していたりするからありがたいな」


 俺はとりあえず適当に歩くことにした。しかし、本当に過去だとしたら異世界転生だけでなくタイムスリップも経験するんだな。次はどんな出来事に巻き込まれるのだろうか?


 そう思って歩いていると誰かが戦っている気配を感じた。そこには最近知り合ったツバキさんと数体の蛇の魔物がいた。


 加勢しようと動こうとした時だった。


「妾も甘く見られたものじゃ」


 ツバキさんの姿が一瞬ぶれたかと思うと蛇達は空に舞い上がり、そのまま地面に叩きつけられていた。


「凄え」


 その強さに見惚れているとツバキさんは声を発した。


「貴様はかかってこないのか?」


 その言葉は俺へとかけられている。俺はすぐに姿を現した。そして、声をかけようとした瞬間に、ここは過去かもしれないという事を思い出した。


「お、いや、俺は誰かが戦っていると思ってこの場に来ただけで」

「嘘ではないじゃろうな」


 ツバキさんは鋭く俺を睨んできた。この反応で俺は過去に来たのだと半ば確信した。いくら何でもさっきまで一緒にいたのだ。普通ならこんな反応をする訳がない。


「本当です。道に迷っていたらこの状況になっていたんです」

「……まあいい。それなら王都に連れて行ってやろう。そこまで行けば後はどこへでも行けるじゃろ。急ぐぞ。そろそろ日が暮れる」


 数秒間睨まれた後にそんな事を言われた。正直、この辺の地理など詳しくないから助かった。


「ありがとうございます」

「言っておくが変な動きをしたらその場で潰すから気を付けるんじゃな」


 ツバキさんの目は本気だった。まあ俺は何かするつもりもないので、大人しく付いて行くだけだ。

 そう思っていたのだが、次々と俺の予想を超える出来事は起きるものだ。


 誰かが森の中を走ってくる音が聞こえた。

 俺もツバキさんもその方向に目を向ける。すると、ボロボロの服を着た子供が蛇の魔物に追われていた。俺達は駆け出した。


 ツバキさんが蛇に向かって行くので、俺は子供を抱きかかえて距離を取る。子供はとても軽くかなり汚れてもいた。


「そっちにも魔物がおるぞ!」


 魔物の気配を感じたのと声が聞こえたのはほぼ同時だった。地面から大蛇が現れて俺達に向かって来ている。俺は風を纏って大蛇を弾き飛ばした。そして風の刃をいくつも飛ばして、大蛇を切り刻んでやった。


「中々やるようじゃな」


 ツバキさんは蛇の大群を倒しきっていた。そして、先程よりも表情が柔らかい。子供を助けたことで、好感度が上がったみたいだな。


「まあ、これでもCランクの冒険者なので」

「Cランクなのに道に迷ったのか。…まあよい。それよりも今日は野営をするぞ。子供を連れて夜の森を進むのは危険じゃからな」

「そうですね」


 俺はここでまたミスをした。自然と"ミラージュハウス"を使用してしまったのだ。


 大人数いる時はバレないように気をつけているのだが、今は少人数の上ツバキさんは隠れ家にも招待しているという感覚があったのだ。


 案の定、俺はツバキさんに詰め寄られた。


「おい! これは何じゃ!」

「説明するから落ち着いて下さいよ。それにまずは子供を休ませましょう」

「…すまぬ」


 ツバキさんが離れてくれたので、俺はまず子供を寝室へと運び、ベッドへと寝かせる。そして、"清潔の指輪"を使用して汚れを落とす。


「また珍しいアイテムを」


 何か聞こえてきたが、聞かなかった事にしよう。


 そして、改めて子供を見て俺は驚いた。


「シェリル?」


 汚れていたし、急いでいたから気がつかなかったが、今ベッドで眠っているのは間違いなく子供のシェリルだ。


「知り合いか?」

「いや、知り合いによく似ていたからビックリしただけだ」


 そのまま俺は自分の事を説明する。未来での二人の反応を考えると、俺から色々話は聞いていたのだろう。


 渡り人の事や通販の能力を俺はツバキさんに伝えた。そして、缶詰やカップ麺などを実際に購入して出してみた。


「…渡り人か。確かにこの不思議な能力はそう考えた方が納得できる。それに渡り人はレアなアイテムを持っているケースもあるからの」


 そう言ってツバキさんは黙って考えこみ始めた。


 俺はその間シェリルに視線を向ける。汚れは落ちたが栄養状態が良くないのかガリガリだ。それに夢でうなされている。


 せめて悪夢は取り除きたい。俺は頭に手を当てる。そして、ベルやコタロウ達のイメージを流す。


 シェリルから険しい表情が少しずつ消えて、少しだけ微笑み始めた。


「幻魔法か。そのような使い方をするとは変わっておるの」


 言葉とは違って、ツバキさんは優しい表情をしていた。


「明日は妾に付き合え。王都には長年の親友がおる。その者も渡り人じゃ。貴様の言っていることが本当なら力になってくれるじゃろ。それにロクサーヌ教の巫女でもあるからの。子供の事についても適任じゃ」


 とりあえずツバキさんは俺の言葉を受け入れてくれたらしい。それと同時にシェリルが目を覚ました。


「あれ?」


 寝ぼけているようだったが、俺とツバキさんを認識すると表情をひきつらせて、壁に背をくっつける。


「誰だお前達は!」

「落ち着くのじゃ。妾達は敵ではないぞ」

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」


 シェリルは俺達の話を聞こうとしなかった。体を震わせて目に涙を溜めながらも睨み続ける。


「ここはどこだ! 私を売るのか! それとも実験に使う気か! 私を解放しろ!」


 声をかけようとしても、シェリルは一向に聞く様子は無い。ここにベル達がいれば何とかなりそうな気がするが、いない者に頼る事は出来ない。


「消えろ! 私の前から消えろ!」


 シェリルから何発も魔法が放たれた。俺達はその攻撃を防いだが、ツバキさんは驚いていた。


「まだ幼いというのに、既にこれ程の魔法が使えるのか。種類も豊富じゃし、将来有望じゃな」


 シェリルの事を褒めていたが、ツバキさんは表情を変えた。


「じゃが未熟じゃ。今の時点でも体に負担がかかっておる。このままだと魔力の強さに体が耐えられなくなる。これ以上、魔法を使わせるわけにはいかんな」

「それなら早く止めないと」


 俺の言葉にツバキさんは難しい顔をする。


「妾は自信がない。弱っている子供の体じゃと、どんなに加減しても妾では危険じゃ。幻魔法でも深くかかりすぎるかもしれん」

「それなら俺が」


 黒影針を取り出してシェリルの影を縫い付ける。


「体が!?」


 動けなくなったシェリルは恐怖で顔が真っ青になり、そして泣き出した。


「ヤダー! 助けてよ。怖いよ」


 罪悪感が半端無い。だが俺はシェリルに近づく。そして今度は快癒をシェリルに使う。


「ふぁっ!?」


 シェリルはびっくりした声を上げた。そして再び泣きだした。だが今度は泣き叫ぶ事は無く、その場で泣くだけだった。


「ゴメンな怖かったよな」


 俺はなるべく優しく話しかける。するとシェリルは首を横に振った。


「怖かったけど暖かいの。…暖かいの」


 そんなシェリルの縫い付けた影を解放して、俺は抱き上げて声をかける。


「なあ、危害は俺もあのお姉さんも加えないから、少しだけ話をしてくれないか」


 シェリルはコクリト頷いた。


「そうだな。まずは名前を教えてくれるか?」

「……シェリル」

「シェリルか。いい名前だね。俺はジュンだよ。好きに呼んでくれて構わないから」

「妾はツバキじゃ。これでも巫女じゃぞ」


 そう言った所で"クー"と可愛らしい音が聞こえた。目の前のシェリルがお腹を押さえている。


「まずはご飯にしようか」

「…ご飯を食べさせてくれるの?」

「もちろん」


 俺達はシェリルを連れてリビングへと向かう。シェリルはただでさえ栄養不足状態なのに魔法を使ったためフラフラしていた。


 少なくとも今は逃げ出す事は出来ないだろう。俺は通販で夕食を三人分購入する。子供向けにお子さまランチを購入しようと思ったが、胃の負担を考えてかき玉うどんにした。


「ゆっくり食べるんだぞ」


 シェリルは一人で食べるのが難しそうだったので食べさせてあげる事にした。口に運ぶ度にとても味わって食べていた。


 果実水を渡すとそれもゴクゴクと一気に飲み干した。仙桃程ではないが、これらも栄養が豊富だ。シェリルの顔に血の気が戻ってきている。


「美味しかった」

「お代わりもあるけどもういいか? 好きなだけ食べていいからな」


 俺が声をかけるとシェリルはポロポロと涙をこぼし始めた。


「どうしたのじゃ?」


 ツバキさんが優しく問いかけると、シェリルは泣きながらも理由を話す。


「温かいご飯なんて初めて食べた。甘い飲み物もお腹一杯になったのも初めてなの。それにもっと食べていいなんて言われたことない」


 シェリルはどんな生活をしてきたんだろうか?


 俺は抱き上げると、シェリルに笑顔で声をかけた。


「それじゃあ次は暖かい布団でゆっくり眠ろう。お話は明日でいいからね」

「うん。……明日もご飯食べられる?」

「もちろん」


 再び寝室へと連れていく。既存のベッドを収納して、代わりに"安眠寝具"を出してシェリルを寝かせる。


「フカフカする」


 そう言ってシェリルはすぐに眠ってしまった。


「子供は喜怒哀楽が激しいの」


 ツバキさんが笑いながら側へと寄ってきた。


「お主はまだ食事をしてないじゃろ。妾が見ておるから、今のうちに食事をしておけ」

「それじゃあお言葉に甘えて」


 俺は立ち上がってリビングに向かおうとしたのだが、シェリルに服を掴まれていた。


 外すのは簡単だが、何だかそうする気にはなれなかった。


「ここで食べるか」

「その方が良さそうじゃな」


 ツバキさんは笑いがながら俺の横に腰を下ろした。

 俺はおにぎりを購入してその場でいただく。


「便利な能力じゃな」

「重宝してます。今日は俺が選びましたけど、食べたい物を教えてもらえれば近いものを出しますよ」

「それなら天婦羅や刺身が食べてみたいぞ。渡り人の親友が美味いと言っていたからの」

「お安いご用で」


 ツバキさんには睨まれる事が多かったから新鮮な気分だ。俺はこの日、ツバキさんと色々話をしている内に眠ってしまっていた。


(三人称視点)


「私は幼ない時にジュンに出会っていたのか」

「うむ。妾とジュンが見つけて保護しておったのじゃ」


 シェリルの疑問にツバキがさらりと答えている。


「しかし、何故私は忘れていたのだ?」

「……見ていれば分かるよ」


 シズクとツバキは表情を曇らせた。シェリルもその内分かる事なので追求する気は無いようだった。それに。


「キュキュ~」

「たぬぬ~」

「ベア~」

「ピヨ~」

「ニャ~」


 小さい頃のシェリルの苦しみを感じ取ったベル達の相手をする方が重要であった。


 シェリルにとって思い出したくない記憶ではあるが、今はこんなにも寄り添ってくれる仲間達がいるのだと幸せを感じている。


 そんなシェリルをシズクとツバキは微笑ましく思っていた。


「本当に出会った時とは大違いじゃな」

「そうみたいね。私がシェリルに出会った時は、貴女達に懐いていたけど最初はあんな感じだったのね」

「うむ。シズクに会う前にしばらく三人で暮らしておったからな。そこで心を開いてくれるようになったのじゃ」


 そう話すツバキは、映し出される映像を懐かしそうに眺めていた。

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