第七十話 孤児院へ向かおう
「すまなかったな」
「しょうがないだろ。シェリルにとっては家族なんだし、その家族が大変なことになっていると聞いたら突っ走ることくらいあるだろ」
俺達はあの後隠れ家に戻る事にした。ただ、俺だけはタマモを回収がてらエルメシア教とリア教の騒動をもう少し詳しく知ろうと思って、満腹亭に戻って話を聞いてきた。
「礼を言う。それでツバキ姉さんに何があったか教えてくれ」
「ああ。実はリア教の枢機卿の一人が、聖王国で暴れたそうなんだ。しかもそこで使われたのが禁呪や強力な呪いだったらしい。その事にエルメシア教の枢機卿がリア教の本殿に抗議に行ったらしいが、リア教が暴動を起こしたため鎮圧したんだと。そして本殿には数々の禁呪や邪法の証拠があったためエルメシア教はリア教を邪教と認定して、事件が起こらないように各地のリア教を潰しているらしい。禁呪や邪法の証拠は危険だからエルメシア教の聖魔法ですぐに破壊したらしいぞ。ちなみに最初に暴れたリア教の枢機卿がリア教の禁呪などをすべて認めたんだと」
正直眉唾な話だった。どちらかと言うと自作自演の可能性が高いと思う。それとリア教の枢機卿は買収されているか操られている気がする。
暴れた場所も周りに何も被害が出ないような場所だったらしい。本当に事を起こすならある程度栄えている街を狙うだろうしな。
「ハッキリ言ってきな臭い話だな」
「俺もそう思う。リア教を潰すために動いたと考える方が自然だよな。…会えるか分からないけど明日ロクサーヌ教を訪ねてみようぜ」
「そうだな。そうしよう」
不安そうなシェリルをベッドに寝かせる。するとすぐさまベル達がシェリルの側で体を丸めていた。
「優しい子達ばかりだな」
シェリルは少しだけ微笑むと目を閉じる。
そして翌日。
俺達は始めにギルドへと向かった。教会に行こうかと思ったが、シモンさんがいるか分からない上に、いたとしても昨日は遅くまで仕事だっただろうから疲れているのではと思ったからだ。
シェリルは昨日よりも落ち着いているがどこか不安そうだ。そんなシェリルの肩にはずっとムギが乗っている。万が一の時にも一人になることは無いだろう。
「ジュンさん、シェリルさんお待ちしておりました」
「昨日はすみませんでした」
「いいえ。気にしないで下さい。それでは今日もお話をお聞きしたいのでこちらにお願いします。それとギルドカードを預けてもらってもいいでしょうか。すっかりとパーティー申請を忘れておりまして」
恥ずかしそうに言うセルシオさんにギルドカードを渡してパーティー名を伝えておいた。
そして俺達は昨日のように別室に通された。
セルシオさんからの質問に対して答えていく形だが、シェリルは心あらずで要領を得ない返答があったりする。
「ところで昨日小耳にはさんだのですが、邪竜を倒したというのは本当ですか?」
「本当だ。だからこそ私の呪いは消えた。他にも呪いを受けていた者がいたら、その者の呪いも消えているだろうな」
「邪竜の素材などはありますか?」
「ありますよ。ただ呪われた素材なので、ここに出すのは危険だと思います」
「そうですか。それでは後日確認させてください。……ところでこれは確実な話ではありませんが、ダンジョンの最高到達階層の更新に邪竜の討伐はどちらも偉業と言えるでしょう。王都に呼ばれるでしょうが、その前にサクスム家のご当主がお呼びになると思いますよ。そしてこれだけの偉業ですから、大抵の願いは叶えてくれるでしょうね」
その言葉を聞いたシェリルはハッとした表情になる。
「それはツバキ姉さんにも会えるという事か?」
「どうでしょうね。ただジュンさん達の不興を買って出て行かれるなら、多少の面談を私ならさせますね。別に罪人と言うわけではありませんので」
希望を見つけたのかホッとした様子だった。そしてセルシオさんの質問に対してシェリルはすらすらと答えていく。
「ありがとうございます。それでは竜の素材の方は少し預からせてもらいますね。数日したら結果が出ますのでお待ちください。その間に礼服を用意しておいた方が良いと思いますよ」
挨拶をしてから俺達はギルドを後にした。
「少し早いけど腹ごしらえでもするか。シェリルは朝もろくに食べていなかったし」
「すまないな」
「満腹亭でいいか?」
「ああ。昨日の事も謝っておきたいしな」
満腹亭に行くと、丁度良く機能のメンバーがそろっていた。
「昨日はすまなかった。せっかくの食事会だったのに水を差すような真似をしてしまった」
「まあしょうがないんじゃない。大事な人が厄介事に巻き込まれていたら慌てても仕方がないわよ。特にシェリル達はずっとダンジョンにいて情報が入ってこなかったんだし」
「そうだな。俺達の事も気にする必要がないぞ。ダンジョンでの活躍はまた後で聞かせてくれ」
「俺達はしょっちゅう店に来ているしな」
皆いい人達で良かった。今度は収納している酒を何本かプレゼントしよう。皆結構飲んでいたし。
それぞれ用事があるようだったので、挨拶を交わしただけで終わってしまった。残念に思いながら席についてガンツさんの料理をゆっくりと頂く。
「ほらよ、これはサービスだ」
全員が満腹丼を頼んだのだが、おまけとしてシチューを付けてくれた。やっぱり美味いなガンツさんの料理は。
「昨日も色々と食べたがリッカとムギはどうだ?」
「ベアー♪」
「ピヨー♪」
気に入ってくれたようだ。…今度竜の肉で何か作ってもらいたいな。ああ、その時は昨日のメンバーを呼んで酒でも振舞おうかな。
なんて想像をしながら食事を終わらせる。そして俺達はダメもとで教会へと向かった。
「すみません」
ドアをノックして声をかけると昨日と同じようにミーファさんが出迎えてくれた。
「昨日の今日で申し訳ないのですがシモンさんはおりますか?」
「すみません。今日も話し合いがあるらしくお会いするのは難しいと思われます」
申し訳なさそうに謝るミーファさん。俺達も無理を通すつもりは無いので今日は諦めよう。
そう思って帰ろうとしたが、ミーファさんに引き留められた。
「ですがシモン様は今日は子供達と一緒に夕飯を食べるはずです。その時間に来ていただければ少しは話す時間がとれるかもしれません。それにエルメシア教とリア教の件が昨日から悪化しておりますので、いつ時間を取れるか分からない状況なんです」
子供達との時間を奪ってしまうようで気が引けるが、いつ会えるか分からないならお願いしよう。
「それじゃあ、今日はこの後子供達と一緒に過ごしても良いですか。ベル達も子供達と一緒に過ごすのは嬉しいでしょうから」
「こちらこそ是非お願いします。実はモコ以外にも従魔の家族も一人増えましたので会ってやってください」
そのままミーファさんに促されて子供達の所に移動する。子供達は俺達を見つけると「キャー」と喜びながら駆け寄ってきた。
相変わらずベル達の人気は凄まじいが、シェリルの周りにも集まっていく。俺の周りにも来てくれるがちょっと嫉妬してしまうな。
「ワン」
だが、俺の側に来てくれた中に犬が混じっていた。新しい家族とはこの子の事だろう。外見はタヌキ顔のポメラニアンが近いだろう。そのためどこかコタロウにも似ている。丸っこいフォルムと短い手足が何とも言えない。
「この子はポンちゃんだよ。とっても優しいんだよ」
「そっか。よろしくなポン。俺はジュンだ」
「ワン!」
元気がいいな。
頭を撫でるとすぐに腹を見せてきた。そして小さな手で俺の手を腹に持ってこようとする。俺は笑いながら腹を撫でた。満足したポンは子供達と一緒にシェリルやベル達にも挨拶しに行った。
俺も他の子供達やモコとも遊んだりしていた。するとミーファさんが子供達に呼び掛けた。
「皆さん散歩に行きましょうか」
近くの広場まで皆でお散歩だ。ベルとムギはポンの上に座り、コタロウとリッカはモコの上に座って楽しそうに移動している。俺は歩きながらミーファさんにポンの事を聞いてみた。
「ポンは何という種族なんですか?」
「ヒーリングドックと言う種族です。名前通り回復魔法が得意ですね。ですが外傷だけでなく心の傷も癒してくれます。あのような性格なのですっかりモコや子供達と仲良しなんですよ」
話をしている内に広場へと着いた。ここで皆自由に遊び始める。全員で追いかけっこが始まった。ミーファさんとシェリルは子供達が怪我をしないように目を光らせていた。
俺も混ざろうかと思ったのだが、広場の隅に黒い毛玉を見つけて気になって近づいてみた。
「フシャー」
しゃがんで覗き込むといきなり威嚇された。黒い毛玉は小さな黒猫だったのだ。
威嚇をしているが目には涙をためて体には切り傷などがいっぱいあった。
良いか悪いか別として、俺は仔猫を見捨てられなかった。
「フシャー」
仔猫は立ち去らない俺の手に噛みついてきた。正直痛くも無い。そのまま仔猫を捕まえる事にした。
「ニャ」
仔猫は俺の腕から抜けだそうとするが、そんな力は無いようだ。そして弱々しく鳴いて震えていた。俺はなるべく優しく撫でながら、仙桃と月光水のジュースを出して仔猫の口に運んだ。
「ニャ!?」
効果は抜群だろう。仔猫の体力も傷も回復していく。仔猫は驚きのあまり暴れることも無く、俺をジーっと見つめていた。
「おい何をしているんだ?」
「ニャ!」
シェリルが後ろから声をかけてくると、驚いた仔猫は逃げてしまった。
「今のは?」
「傷付いた仔猫がいたからちょっと捕まえていたんだ。元気になったから逃げたみたいだ」
「すまない。私が急に声をかけたからだな」
「そんな事無いさ。まあ元気になったようだしな。後でまた探してみるよ」
俺は仔猫の無事を願いながら子供達とまた遊びだした。




