第六十九話 新たな問題
「「「乾杯」」」
満腹亭での飲み会が始まった。ガンツさんはクロスさんから既に俺の事を聞いていたらしく、会った瞬間に笑って出迎えてくれた。
そして店に来ている常連のおっさん達も歓迎してくれた。懐かしい気分になる。
ベルとコタロウが歓迎されているのはいつもの事だが、リッカとムギもおっさん達に可愛がられている。
その光景を歯軋りしながら見ているのはシャロンさんだ。彼女はベル達の事を気に入っているが、ベル達はおっさん達の方に懐いているからな。
「ベル達は人気者だな」
「この店はずっと通っていたからな。それにベル達は基本的に人懐っこい性格なのも原因だろうな。皆可愛がってくれるし」
「う~。私も可愛がっているのに」
机に突っ伏して元気がなくなっていく。
「でも見ている限り男性の方に懐く事の方が多そうよね。店内に女性のお客さんもいるけど、男性のテーブルにいる時間の方が長そうだしね」
レベッカさんの呟きにシャロンさんはさらに項垂れる。
「シェリルちゃんには懐いているようなのにどうして?」
皆の呆れた視線がシャロンさんに向かう。そんな時に店には新しいお客さん達が入ってきた。最初に入ってきたのは若い女性冒険者だった。女性冒険者はベル達を見ると駆け寄って挨拶をしていた。ベル達も機嫌よく挨拶を返していた。
次に入ってきたのは常連のおっさんだ。
「今日も混んでるな。…ってジュンじゃねえか。何かエルメシア教と揉めていたって聞いたけど元気そうで安心したぜ」
オッサン達はフレンドリーに話しかけてくる。するとベル達が寄ってきておっさんに挨拶をしていた。
「ベルにコタロウも元気そうだな。つーか新しい子が増えているな。何て名前なんだ?」
「リッカとムギです」
「そうか。コイツ等も可愛いな。大事にしてやれよ」
おっさんは上機嫌で空いている席へと向かうのであったが、おっさんの肩にはムギがそのまま乗っていた。
「どうしてムギちゃんは付いて行くんだろう。アクロアちゃんとナイルくんは獣人でしょ。ベルちゃん達から話を聞けないの?」
「虎系なら会話できるけどな」
「俺も狼系なら。他の種族でも多少の感情なら伝わってくるけどな」
「と言うより、今の流れで何となく分かる気がしますけど」
「ルミナちゃん本当!?」
シャロンさんは猛スピードでルミナさんの手を取った。その迫力にルミナさんは若干引いていた。
「え、ええ。恐らくですが、ジュンさんへの態度が影響しているのだと思います。先程の女性冒険者はベルさん達には挨拶していましたけど、ジュンさんには特に何もありませんでした。反対に男性の冒険者はジュンさんに挨拶をして仲良さそうにしていましたからね。今ベルさん達が座っているテーブルの人達もジュンさんと親し気に話をしている人ばかりですよ」
…言われてみればそうだな。それこそクロスさん達も俺を気にかけて声をかけてくれたみたいだし、その辺の事をベル達は察しているのかもな。
「う~、そう言われてもジュンくんよりもベルちゃん達の方に目が行くんだよ」
そんな事を言いながら段々話は盛り上がっていく。真面目な話もあれば雑談もある。だが、久しぶりの大勢の飲みは結構楽しい。
ただいつの間にかタマモまで混ざっていたのには驚いた。人の姿でベル達と一緒に色んなテーブルを回っていた。まあ美人でノリも良かったりするのでおっさん達は喜んで奢っていたけどな。
シェリルもレベッカさんやルミナさんと話をしている。主にレベッカさんが話を振っている感じだが、案外楽しんでいるのだろう。
俺は両隣に座っているナイルさんとアクロアさんと話し込んでいる。テーブルの上には酒瓶が沢山あり全員適度に酔っぱらっている。
「それにしてもジュン達も災難だったな。エルメシア教やギルドマスターと揉めるなんてよ」
「私達も“五色の花弁”っていう教会と関係があるパーティーと揉めた事があるけど、本当にやってられないよ」
二人とも今までに色々あったのか、グラスに入った酒を一気に飲み干した。
そんな時だった。店の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは常連のおっさんだったがかなり慌てていた。
「そんなに慌ててどうしたんだよ」
店主であるガンツさんが声をかけながら水を渡す。おっさんは水を飲むと口を開いた。
「サンキュー」
「何があったんだよ」
「ああ実はな。この前エルメシア教がリア教の本殿を攻めた話があっただろう。その関係でリア教の巫女がサクスム家に仲介を求めて来たんだよ。しかもあのツバキ様だぜ。狙われている立場なのに堂々と姿を現していたんだぜ」
「おい! その話は本当か!」
一際大きい声でシェリルが反応していた。
「ああ。さっき門の所でリア教の集団がいたんだよ。先頭にいたのはツバキ様で間違いないと思うぜ。事前に連絡とっていたのか、サクスム家の私兵とロクサーヌ教のシモンさんもいたぜ」
シェリルは店を飛び出して走って行った。
「シェリル!? すみません。せっかくだったんですけど俺も行きます」
俺はそう言ってから金を払おうとしたのだが。
「金は要らんからさっさと追った方がいい。ここは俺の奢りだ」
ディランさんが男前な事を言ってくれたので今回はその言葉に甘える事にした。
「ありがとうございます。失礼します」
走り出したシェリルを既にベルが追いかけていっている。コタロウ達は俺と一緒にムギの指示で走り続ける。
すると段々と人の集団が見えてきたのだが、そこでは何か揉めていた。
「その犯罪人を引き渡してもらいたい」
「この者達はサクスム家の客人であり、犯罪者と言う証拠が何も無い。引き渡すわけにはいかない」
エルメシア教の司教と身なりが整っている兵士が言い争っていた。シモンさんも兵士の味方をして話をしているようだが、エルメシア教の司教は聞く耳を持たない。
「ツバキ姉さん!」
「シェリル!? それに何故お主が」
そんな中シェリルの声が辺りに響く。シェリルはそのまま近づこうとしたのだが、それは兵士たちによって阻まれる。
「退け!」
兵士に向かって攻撃しそうだったが、俺がギリギリで止める事に成功した。だがシェリルは暴れたままだ。
「放せジュン! 邪魔をするな!」
「状況を飲み込めてないけど、お前が暴れる方が良くない方向に向かうと思うぞ。一旦落ち着け」
「たぬぬ」
「ベアベア」
「ピヨヨ」
興奮していたシェリルだったが、コタロウ達が抱き着くと、その動きは弱まって落ち着きを取り戻していく。
「おやおや。まだ生きていたのですね。とっくに呪いでくたばっていると思いましたが。それに貴方達のような下賤な者はこの場に相応しくありませんから、立ち去りなさい」
相変わらず人を見下してくる司教だったが、その存在を無視してシモンさんや兵士の方に話しかける。
「騒がせてしまい申し訳ありません。私は冒険者のジュンと言います。こちらはシェリルと言います。知り合いが大変な事になっていると聞きまして、それでこのような事になってしまいました」
俺が頭を下げると兵士の方が前に出た。
「シェリル殿の名前は聞いたことがある。先程のツバキ様の反応からして知り合いなのは間違いないのだろう。だが申し訳ないが、今はサクスム家のご当主様に合わせるのが優先なのだ。大事な話もあるため、それまでの間知り合いでも近づけるわけにはいかない」
丁寧な口調だがハッキリと拒絶された。シモンさんも何も言わないので、その意見に同意なのだろう。
シェリルの方も落ち着いたからか暴れるようなことは無い。だがその表情は悲しそうだった。
「シェリル。妾は大丈夫じゃ。心配するな。むしろシェリルが呪われた聞いてこっちが心配しておったのじゃぞ。どこに行ったのかも分からなかったしの。だが大丈夫なようじゃな。昔と変わらんな」
「…ツバキ姉さん」
感動的なシーンだったがそれをぶち壊そうとしたのは司教だった。
「ふん。そいつは……………」
だが司教は最初の言葉だけで、途中から口を動かしているだけだった。俺は肩に乗っているムギに目を向けると胸を張っているのが見えた。後で沢山褒めてやらないとな。
司教やエルメシア教の人達は声が出なくなっている事に気が付いて慌てていたので、その間に兵士とシモンさん達はツバキさん達を連れてサクスム家に向かって行った。
俺達も司教たちが混乱している内にその場をさっさと立ち去る事にした。




