第六十八話 懐かしきタカミの街
「日差しが気持ちいいな」
「ダンジョンにも日光はあっただろ」
「それとはまた違うだろ」
俺達はどこかウキウキとした気分でタカミの街を目指していた。ベルとコタロウは、初めて行く街についてリッカとムギに色々教えている。ベルが涎を垂らしているから、今は満腹亭について話しているんだろうな。
「ところで最初にギルドに向かうのか?」
「いや、教会の方かな。シモンさんにどうなったか聞いておきたいしな。その後はクロスさん達の店かな。時間によっては昼食を兼ねて満腹亭でもいいな」
「ギルドの優先度が低いな」
「当然。ギルドマスターが代われば話は変わるけどな」
話をしているとあっという間にタカミの街に着いた。約一年ぶりだが何も変わっていないように思える。
「また街に来れるとはな」
シェリルはどこか感慨深そうだった。
「今度は色んな町を旅するのもいいよな」
「そうだな。しばらくは休みたいがな」
微笑むシェリルの目には今までよりも鮮やかな景色が映っているのだろう。俺達は少し街を眺めるようにゆっくりと歩いて教会へと向かった。
「こんにちは」
ドアをノックすると誰かがやってくる足音が聞こえてきた。
「お待たせいたしま……した」
「お久しぶりですミーファさん」
普通に挨拶をしたつもりだったが、ミーファさんの目には涙が溜まっていた。
「ミーファさん!?」
「も、申し訳ありません。私のせいでジュンさん達は大変なことになって。…ご無事で何よりです」
「別にミーファさんは悪くないですよ。悪いのは手を出した俺とギルドマスターと。え~と、……エルメシア教の偉そうな奴等ですよ。大司教と枢機卿でしたっけ?」
姿形は覚えているけど名前は覚えてないんだよな。何ならギルドマスターの名前も知らないし。
そんなやり取りをしているとミーファさんは申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません。本当はすぐにでもシモン様のお部屋に案内するのですが、お客様がお見えになっておりまして」
「気にしないで下さい。また出直しますよ」
「申し訳ございません。それと、エルメシア教との件は終結しております。いきなり捕まったりする事はないのでご安心下さい」
その言葉に少しだけホッとして俺達は教会を後にした。
「一安心だな」
「そうだな。だが油断はするなよ。裏で何かしてくる可能性はあるからな」
「分かっているよ。とりあえずクロスさん達にも挨拶をしにいくか」
いつも店を出している場所に行くと、三人は変わらずに商売をしていた。
「こんにちは」
笑って手を振るとクロスさん達は一度目を擦って目を大きく見開いた。
そして俺が本物だと分かると笑いながら俺の背中や肩を叩いてきた。
「久しぶりじゃねえか! 元気そうで何よりだ」
「ベル達も変わってないな。……何か増えてないか?」
「前よりも逞しくなったみたいだな。どうだ、今日の夜はガンツの店で一緒に飯でも食わねえか?」
顔は相変わらずの悪人顔だが何だかホッとする。考えてみれば鎮魂が無ければシェリルの復活は出来なかっただろうし、トライデントティアの革鎧を持っていたからこそ鹿王の革鎧という戦装束に負けな防具が手に入った。そして悪臭玉はキーノや邪竜にも十二分の効果を発揮してくれた。
三人との出会いがなければ俺は生還できなかった可能性は十分にある。そう考えると三人との出会いは幸運な事だったんだよな。
「ありがとうございます。是非行きましょう。それとこっちは新しい家族のリッカとムギです」
「ベア♪」
「ピヨ♪」
紹介されたリッカとムギは手を挙げて挨拶をする。クロスさんたちはそんなリッカ達に笑いながら挨拶を返していた。
「よろしくな俺はクロスだ」
「バーンだ」
「パッチだ」
挨拶を終えるとベルとコタロウがクロスさん達の頭に登ってペチペチと機嫌よく叩き始める。それを見たリッカ達も真似をして三人の頭で交代しながら遊び始めた。
「何かいつもすみません」
「ガハハハ。俺達の頭で楽しめるなら何よりだ。気にする必要なんてねえよ」
そんな事を言っていたが、お客さんが来始めたのでベル達を回収する。そして満腹亭に集合する時間を決めてから、俺達は他の場所に向かう。
農園やマイヤさんの店など、知り合いに挨拶をしに行った。行く先々で笑顔で迎えられたが、どちらかと言うとベル達に視線が向いていた気がしたな。さらに歩いている途中で散歩中の子供達にも会った。新しい子もいたが、すぐにベル達と仲良くなりまた遊びに行くことを約束した。そして満腹亭に行く前にギルドに寄った。
「ようやくギルドか。少し覚悟しておけよ」
「何かあるのか?」
「長い間ギルドの依頼を受けていなかったからカードの提示が求められる。ダンジョンに通っている者は降格は無いが、貴様の場合は最高到達階の更新をしたからな。騒ぎになるぞ」
ニヤッと笑うシェリルだが、俺は気が重くなった。
「でもその時はシェリルも一緒だな」
「まあな。だが私は元々Aランクだからそこまで驚かれないだろう。貴様は凄い事になるぞ」
そんな話を聞きながら俺は受付へと足を進めていく。心なしか足取りが重くなった気がする。すと後ろから突然声をかけられた。
「ジュンさんではないですか」
声の主はセルシオさんだった。セルシオさんは俺を見つけると駆け寄ってきた。
「ご無事だったのですね。ギルドマスターが失礼なことをしました。本当に申し訳ありません」
「気にしないで下さい。セルシオさんが謝る事ではないのですから。それにセルシオさんは大規模討伐の事後処理もあったようですし」
「それでもギルドマスターの暴走を止められなかったのは事実です。ただ、ご無事なようで良かったです」
セルシオさんは安心したように胸を撫で下ろしていた。
「ところで今日はギルドカードの更新ですか? ずっとダンジョンジョンに籠っていたと聞いていましたが」
「ええ。お願いできますか?」
「もちろんです。シェリルさんもですよね」
「ああ。よろしく頼む。ついでにパーティー登録を頼む。リーダーはジュンだ。名前もジュンが考える」
突然の話に俺は混乱してしまう。パーティー登録は分かるがリーダーが俺なの? しかもパーティー名も今決めるのかよ。
「分かりました。パーティー名は私が戻るまでに考えてくれれば大丈夫ですよ。あちらの席でお待ちください」
セルシオさんは以前の仏頂面からは考えられないような笑顔で去っていった。結構楽しんでいるよな俺の状況を。
「では頼むぞ」
「急に言われてもな」
名前を考えるって大変だよな。名前負けになっても嫌だし、変な名前も付けたくないし。
悩んだ末に俺は一つの名前を考えた。
「“旅する風”でどうだ? 色んな場所に行ってみたいし風のように自由にしたいという意味を込めた」
「いいのではないか。セルシオが来たら伝えるぞ」
「…やけにアッサリだな」
「よほど変な名前で泣ければ反対する理由が無いからな。変に反対して私が考えなきゃいけない方が困るしな」
そんな訳であっさりと名前が決まった。すると知り合いが俺達に気が付いて近づいてきた。
「あら。ジュンとシェリルじゃない。久しぶりね」
手を振って近づいてくるのはレベッカさんだ。アクロアさんとシャロンさんもいる。
「お久しぶりです」
「ダンジョンで会った以来ね。二人ともケガは無いみたいね」
レベッカさんと話をしていると突然シャロンさんの大声が響いた。
「キャー!」
「どうしたのよ」
レベッカさんと共にシャロンさんの方を向くと、ベル達を抱えて歓喜しているシャロンさんがいた。
「新しい子が増えているよ。ズルいズルい」
「おい。嬉しいのは分かったが声を抑えろ。見られているぞ」
アクロアさんが声をかけるが、シャロンさんは自分の世界に入っていた。ベル達はシャロンさんの腕から抜け出そうとするが中々上手くいかず慌てている。
そしてレベッカさんの拳骨がシャロンさんの頭に落ちた。
「…痛い」
涙目でレベッカさんを見ていたが、レベッカさんには通じない。
「シャロン。時と場所を考えなさい。それと他の人の従魔に許可なく抱き着くのはマナー違反よ。少しは自制しなさい」
説教が始まるが、よくある光景なのか周りの冒険者達は気にすることなく素通りしていく。
「シャロンが失礼したな」
そしてアクロアさんが俺達に謝ってきた。何だか今日は色んな人から謝罪を受けている気がするが、こんな日もあるのだろうと思う事にした。
「まあ悪意が無いのは分かっていますから」
「そうだな。それにやりすぎて嫌われるのは本人だからな」
「キツく言っておくよ」
俺達がレベッカさんとシャロンさんを見ていると。また別の集団が近づいてきた。
「アクロア。この子はまた何かやったの?」
「シェーラか。いやこの男の従魔に抱き着いて我を失っていてな。それでレベッカが説教しているんだよ」
「そう。愚妹が申し訳ない事をしたわね。悪い子じゃないんだけど。って確かジュンだったわよね貴方」
話しかけていたのは“歴戦の斧”のシェーラさんだった。シャロンさんと姉妹だったのか。そしてディランさん達もいるな。
「久しぶりだな。ダンジョンに潜っていたんだってな」
イケメンスマイルでナイルさんが肩を組んできた。接点が少ないのに友好的だよなと思っているとディランさんがシェリルに声をかけていた。
「シェリル。お前呪いはどうなったんだ?」
「解いたぞ。だからこうしてここにいるんだろ」
あっさりとした言葉だったが、その言葉の意味に気が付いた者達は表情を変えた。
「邪竜を倒したという事か?」
「そうだな。それ以外の方法が無かったからな」
そして図ったようなタイミングで、神妙な顔をしたセルシオさんがやって来た。
「ジュンさん、シェリルさん。お話があるので別室に移動をお願いしたいのですが」
場の雰囲気を察したようで、セルシオさんは少々困り顔をしていた。
「可能なら“歴戦の斧”と“大樹の祝福”も一緒に来ればいい。お前達が納得してくれた方がこちらとしても動きやすいからな」
シェリルは何か考えがあるようでディランさん達も誘っていた。セルシオさんは俺達が問題なければ構わないという事で、結局大人数で別室に移動した。
そしてセルシオさんは俺達に質問をしてきた。
「ジュンさん、シェリルさん。貴方達のダンジョン到達記録が八十一階になっていますが本当ですか?」
セルシオさんは今まで見た事がない鋭い目つきに変わる。それと同時に冷気が部屋の中に充満し始めた。まるで嘘ついたら許さないと言わんばかりの迫力だ。
だけど俺は本当の事しか言ってないので慌てる必要がない。収納している素材の中から竜の素材をいくつも出した。
一気に部屋の中に驚愕の声が漏れた。
「これで証拠になりませんか? 竜の素材になります。ちなみに七十八階の竜達はこちらです」
「…シェーラさん、シャロンさん。鑑定をお願いできますか?」
二人は頼まれるままに集中して鑑定を行う。ディランさん達はその様子を黙って見ているた。
「私の目には全部竜の素材で間違いなかったよ」
「私も同じね。初めて聞く名前の竜も混ざっているわ」
「そうですか。ありがとうございます。それとジュンさん、シェリルさん。疑って申し訳ありません」
セルシオさんは頭を下げるが俺もシェリルも気にしてはいない。
「別に必要な事だろう。実績の偽装など珍しい事ではないからな」
実際に良くある話なのだろう。部屋の中の全員が頷いていた。
「ありがとうございます。それと宜しければダンジョンの中の出来事を話してもらえませんか? 話せる範囲で構いませんので」
シェリルを見ると頷いていたので、俺は言葉を選びながらダンジョンの中の出来事を話していく。勿論キーノやタマモの事などは伏せておく。
それと説得力が出るようにミラージュハウス・魔法の絨毯・竜奏剣の事は伝えている。
「それらのアイテムは見せてもらえますか?」
「良いですよ」
初めにミラージュハウスを使用して説明する。このアイテムに反応したのは“大樹の祝福”だ。
「いいな。これ欲しい!」
「確かに欲しくなるな。ダンジョンでこのアイテムを持っていたら最高だ」
「野営の手間もかからないし、見張りもいらずにぐっすり眠れるわね。このアイテムがあるだけで探索の進行度は凄い変わるわね」
家の中を色々見回り、そのままリビングで話を続ける。次に出したのは魔法の絨毯だ。
狭いが部屋の中で広げて皆で乗ってみると、今度は“歴戦の斧”が反応した。
「長距離の移動が楽になるな」
「しかも結界もついているんだろ。大きさも結構広がって人数も乗れるようだしよ」
「魔力の消費も少ないですね。これなら遠くの依頼も受けれますね」
「戦闘にも使えるわね。飛行系の魔物とも戦えるわよこれがあれば」
改めて俺が手に入れたアイテムは規格外が多いのだと実感できた。そして最後は竜奏剣だ。
「竜に対する武器ですか」
セルシオさんがマジマジと武器を見ている。
「竜を操る音を出す上に竜に対して絶大な威力発揮する武器。ミラージュハウスや魔法の絨毯を組み合わせれば、竜の巣を攻略できる可能性は上がりますね。ところで音魔法での魔物の探知したようですが、シェーラさんはどう思いますか?」
「可能ね。更に探知の能力もあれば精度はあがるわ。しかもムギちゃんは小さいから誰かが運べばいいから、周囲の探知に集中できる。聞くとベルちゃんにも探知の能力があるようだし、時間を掛ければ攻略できても不思議じゃないわ。しかも安全に休める家もあるようだしね」
セルシオさんはその言葉を聞いて考え込む。
「ありがとうございます。今日はこれくらいにしましょう。申し訳ありませんがジュンさん達には何度かご足労をお願いするかもしれません。もう少し話を聞いてから最高到達階層の更新を発表したいと思います」
「分かりました」
ちなみにシェリルが“歴戦の斧”と“大樹の祝福”にも話を聞かせたのは、最高到達階層が更新された時に説得力を持たせるためだった。ギルドでも最高のパーティーの一つである“歴戦の斧”とダンジョンで活躍している“大樹の祝福”が認めれば、一部の冒険者を除いて納得してくれるからだ。
もちろん一部の冒険者は教会関係者だが、あそこは何を言っても通じないから放っておくのが一番らしい。
とりあえず今日は終了となった。ミラージュハウスから出ると“大樹の祝福”に声をかけられた。
「ねえ、この後予定がなければ“満腹亭”で食事でもしない? もう少し話とか聞きたいし」
「俺達は元々クロスさん達と食事する予定だったのでそれでよければ」
「構わないわよ。クロス達は貴方に紹介された後から通っていたからね。ディラン達もどう?」
「そうだな。たまにはいいだろ。セルシオも仕事は終わりだろ。行かないか」
「そうですね。たまにはいいかもしれませんね」
思ったよりも凄い面子で食事をする事になったな。目立ちそうだな。




