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第六十五話 涙

 きっと大丈夫だと言い聞かせながらシェリルの側に駆け寄った。…一目で致命傷と分かる傷と血の量だ。しかも穴が空いてある場所は心臓だ。


 既にベル達が月の雫を使っているが、完全に無くなった心臓が戻る事は無かった。

 俺は自分の愚かさを悔やんだ。少なくとも隠れ家に戻るまでは油断するべきではなかった。周りに気を配っていればこんな事にはならなかったはずだ。


「…そんな顔をするな」


 シェリルからか細い声が聞こえてきた。その声に俺達は強く反応する。


「シェリル。大丈夫なのか!?」


 何を言っているんだと思うが、こんな台詞しか出てこなかった。ベル達もシェリルの隣で必死で叫んでいる。


「……すまないな。ダメそうだ」

「ごめん。俺が油断したばかりに」


 流れてくる涙が止められなかった。そんな俺を見てシェリルは笑っていた。


「貴様のせいな訳ないだろ。私が勝手にやったことだぞ」


 そう言ってシェリルはしがみついているベル達の頭を撫でた。


「やはり気持ちが良い。もう毛繕いできないと思うと悲しくなるな」


 俺は悔しからただただ拳を強く握っていた。


「ジュン。私の遺体は隠れ家に埋めてもらってもいいか?」

「…ああ」

「それなら良かった。隠れ家は居心地がいいからな。…それとシズクとツバキ姉さんに私の事を伝えてくれ。有名な人達だから聞けばすぐに分かる」

「分かったよ…本当にごめん」

「貴様のせいではないと言っただろ。それに私は楽しかったぞ。皆で過ごした日々がな。最期に邪竜も倒せたし、まあいい人生だっただろうな」


 シェリルの声がどんどん小さくなっていく。手を握るともはや握り返す力が無い。


「眠くなってきたな。…まだ寝たくないのだが」


 完全にシェリルの手から力が抜けた。


「キュキュキュー」

「たぬぬー」

「ベアー」

「ピヨヨー」


 ベル達が縋りつくように泣き始めた。特に一番懐いていたであろうコタロウはシェリルから離れる様子がない。


 現実を受け入れられなかった俺はそのまま茫然としていた。そしてどれくらい時間が経ったか分からないが、俺はシェリルを抱えて隠れ家へと戻った。


 清潔の指輪を使用するとシェリルは眠っているようにしか見えなかった。その光景が余計に涙腺を崩壊させる。


 部屋に入るとタマモがソファーに座っていた。ダメもとタマモに質問しようとしたのだが。


「死者の蘇生に儂は関われん。お主達が行うのは勝手じゃが、死者の蘇生は神々の領域。下手をすると化け物や怪物を呼び出して、シェリルの魂に永遠の苦痛を与える事になるぞ」


 質問を先読みしたタマモの答えに肩を落とす。分かっていた事ではあるがやはりショックだ。


「そうか」


 静寂が訪れてタマモのお茶を飲む音だけが響いている。俺はベッドにシェリルを寝かせるとそのまま力なく座り込んでしまう。


 ベル達が気をかけてくれるが、そのベル達も俺と同じ気持ちのようだった。

 亡くなったシェリルをただただ見つめていた。ただその時だった。


「何だ?」


 シェリルの胸の上に赤く光る珠が浮かび上がった。


「これは女天狗の宝珠だったよな」


 確か奇跡を起こす力があるとかって書いていたよな。


「もしかして」


 限りなく低い可能性だろうが。俺は浮かんでいる宝珠を掴んで心臓の上に押し当ててみた。すると宝珠はスッとシェリルの体に入っていった。


 そしてシェリルは胸が上下に動いて呼吸を始めた。それに気づいたベル達はシェリルの側に駆け寄った。


 一筋の希望が見えた。このまま少しすればシェリルが起き出すのではないかと思っていた。だから俺達を複雑な表情で見続けるタマモに気が付かなかった。


 それから三日が過ぎた。シェリルは相変わらず呼吸はしているが起き出すことは無かった。ここまで来るとやはり起きないのではないかと思ってしまう。


「何で起きないんだ? 医療施設でも体に問題がないって診断だったのに」


 あまりにも起きないので何度か診察してもらったのだが、結果は異常無しだ。そのため起きない原因が分からないのだ。


 するとタマモがため息をついて俺に近づいてきた。


「これは大サービスじゃ。お主達が辛気臭いと居心地が悪い。体に問題がないなら他に問題があるという事じゃ。邪竜はお主をどうしようとしたか思い出してみるんじゃな」


 邪竜の言葉。……あ、そうか!


「魂か」

「そうじゃ。死者の蘇生は肉体の維持も大事じゃが何より反魂術が大事じゃ。一つ言っておくが魂の扱いは非常に難しい。少しでも間違えれば魂は壊れ生まれ変わる事ができなくなる。お主にその覚悟はあるのか?」


 タマモからプレッシャーを感じる。ここで俺が間違えればシェリルは永遠に苦しむか、存在がその者が消えてしまうのだ。


 ここはキチンと弔うのがシェリルの為なんじゃないかと思ってしまった。そんな時だった。


「やってみろ」

「……え?」


 聞こえた声は確かにシェリルだった。その証拠にシェリルの側に控えているベル達が、シェリルの頬っぺたをペチペチ叩いて反応を確認しているのだ。


「それじゃあやってみるか」


 俺は覚悟を決めてシェリルの側に向かう。そしてまずは幸運の金貨を使う。


「最後まで運任せだが期待するしかないもんな」


 自分に強く言い聞かせて次に鎮魂を取り出した。


「頼むぞ」


 鎮魂に魔力を流すと不思議な光が集まってくる。光の維持には膨大な魔力が消費されていく。ベル達はそれを察してくれて月光水を次々と用意してくれた。


 そして何時間経ったのだろうか? 小さな光は宝玉と同じくらいの大きさにまで育った。俺はそのまま光をシェリルの胸の上に置いた。


 光は宝玉と同じようにシェリルの胸に吸い込まれていく。そして。


「どうやら死に損なったようだな」


 まだ小さいが確かにシェリルの声が聞こえてきた。シェリルの目は開いており、微かに笑っている。

 俺は涙でシェリルがよく見えなくなっていた。

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