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第六十四話 油断

「修練場で見た分身よりも小さいけどコイツ等が弱いってことは無いよな」


 襲い掛かってくる分身達の姿が少し違っていたのでシェリルに聞いてみた。


「私が戦った事のある邪竜は本体よりは小さいがコイツ等よりはデカいな。コイツ等はレッサー種なのかもしれんな。それでもBランク以上だろうがな」

「そんな魔物が十体か。本体含めれば十一体。世も末だな」


 なので出し惜しみはしない。回復アイテムもここで使い切ってしまうつもりだ。


「コタロウ、ムギ。結界を張って少し下がっていてくれ」


 狂嵐舞を取り出して集中する。タマモとの戦いで大分慣れたので、全力とはいかないがかなりの力を使えるようになっている。


「ありがたいな。頼むぞ」


 邪竜達の周辺に嵐が吹き荒れる。風は体を刻む刃となり雨は体を打ち抜く弾丸となる。


『この程度で倒せると思っているの』


 分身に対してはそれなりに効果があるようだが、本体は表情を歪ませる程度だ。


「結構な威力だと思ったんだけどな」

「いや上出来だ。分身の方には目に見えてダメージが入っている。本体も痛みや苦痛を感じているじゃないか」

「キュキュ」


 畳みかけるようにベルが植物を操り邪竜へと攻撃していく。コタロウもそれに合わせて聖魔法を放つ。ムギは常に音魔法を展開して邪竜の気を逸らし、シェリルとリッカは魔法やアイテムで動きを阻害する。


『もっと堂々と来いよ! 陰険なんだよ!戦い方が』


 分身に戦わせて、呪いをかけてくるコイツには言われたくない。


 イライラした邪竜は光線を吐き出すとこちらの攻撃を全て遮ってしまう。

 そして分身達も本体の攻撃に呼応するかのように暴れ回る。


「危なっ」


 一体の分身が俺に向けて大きな口を開いて突っ込んできた。

 躱したたためそのまま廃墟に突っ込んだのだが、そんな事は気にせずにバリバリと建物を食べていた。


「健啖家だな。脳震盪でも起こしてくれれば止めをさせるんだけどな」


 シェリル達は廃墟や木を上手く利用しながら邪竜の攻撃を躱していた。だけど何かしないとこちらが先に体力がきれるだろう。


『さっきから逃げ回って鬼ごっこでもしたいの? でも僕(私)(俺)はお姉ちゃん以外とは遊びたくないんだよ』


 邪竜本体の目の前に黒い球体が出現する。すると、周りの物が吸い込まれるように引き寄せられていく。邪竜の分身達には影響がないようで自由に動いていた。ズルいだろ。


「これはマズいな」


 俺は一度コタロウ・リッカ・ムギを隠れ家に戻した。ベルだけは頑なに断っていたので無理だったが、今回は万が一を考えてコタロウ達は隠れ家から召喚していたのだ。なので危険になったら送り返すことができるのだ。


『ウザいな。一度に殺させてよ。面倒だしもうその技は使わせないよ』


 黒い粒子が辺りに散らばり始めた。邪竜の言い方からして隠れ家や召喚を使えなくしたのだろう。本当にこの手の魔物が多すぎて困るんだが。事実召喚を試そうとするが無理だった。


 コタロウ達の安全は確保できたが、その分俺達に攻撃が集中する。だが、集まったことが裏目に出た。


「キュキュ!」


 ベルがここぞとばかりに森を作り出した。植物達は食欲旺盛で分身を飲み込んでいく。分身は抜け出そうともがいていたが、それも叶わずに喰われていった。さらに植物達は本体へも攻撃し黒い球体を一撃で壊している。


『小さいくせに生意気なんだよ』


 本体がベルに集中する。そして再び分身を作り俺達を襲わせる。

 ただ、急いで呼び出したから数は先程よりも少なく五体しかいない。


「早く終わらせて本体を倒さないとな」


 五体の分身達に俺は向かって行く。後ろからはシェリルが援護をしてくれる。


「グァー!」


 咆哮と共に光線や闇魔法が放たれる。だがこの手の攻撃は普通の竜の攻撃のパターンとほとんど一緒だ。数が多いが援護もあるので躱すことはできる。


「はっ!」


 風魔法で一体の分身を無理やりひれ伏す形に持っていく。


「グァー!」


 他の四体が襲い掛かってくるが、タイミング良くシェリルが閃光玉を放ってくれた。

 効果は一瞬でしかないが十分な時間だ。地に伏せている分身に竜喰らいを突き立てる。


「グァー!?」


 やはり分身は本体に比べて格段に弱いようだ。しっかり刺すことができれば倒すことができるらしい。

 

「一旦下がれ!」


 シェリルの声で一度下がる。他の四体の分身達は先程まで俺がいた場所に光線や魔法を放っていた。


「サンキュー助かった」

「油断するな」


 すぐさま分身達を睨みつける。同胞が一撃で倒されたことで警戒しているようだった。


「おい貴様」

「うん?」


 シェリルが驚愕の表情で俺を見つめる。何かあったのか?


「顔が…」


 俺は手鏡を取り出して顔を確認する。そこには黒い痣が浮き出ていた。


『アハハハハ。分身を倒したくらいでいい気になっているからだよバーカ。強い分身を作れなかったぶん強力な呪いが発動するようにしたんだよ。せっかく倒せたのに残念だったね。ねえどんな気分?』


 ご丁寧に教えてくれてどうも。体は…痣が出来ているが動く分にはまだ問題ないな。魔力も異常はないな。まだ、装備の耐性の方が強いみたいだな。


 だけど呪われたのが俺で良かった。さっきの邪竜だったらベルが呪われた可能性もあるからな、その方が俺達にとってはキツイ。


『ねえ、格好つけてお姉ちゃんを助けに来たのに、自分が呪われるってどんな気持ちなの? 恥ずかしくないの? 恥ずかしいよね僕(私)(俺)だったら恥ずかしすぎて死にたくなっちゃうよ』

「グァー!?」


 本体が喋っている間は何故か分身が動かなかったので、近くの分身を一体倒しておいた。


 邪竜は茫然としていたが、すぐに俺を憎々しく睨み付ける。戦っているのだから油断する方が悪いだろ。


『こっちが喋っているのに無視して何やってんの』

「俺がお前のお喋りに付き合う必要ないしな。まあお前の質問に答えるなら、センスが無いから確かに恥ずかしいんだよ。何この呪いの模様。呪いをかけた奴のセンスの悪さが出過ぎじゃないか。確かにこれは恥ずかしいわ。これに関してはお前は凄いと思う。恥ずかしすぎて死にたくなっちゃう」


 邪竜がプルプルと震えている。


『バカにしやがって!!』

「いやセンスがないのを人のせいにするなよ」

『うるさい! うるさい!』


 邪竜は完全に俺しか見えてない状態だ。


「キュキュ!」


 俺に気を取られている隙にベルが大木の槍を邪竜目掛けて放った。

 邪竜は避けたが表情は苛立ちを見せる。


『いい加減に一人ずつ殺させろよ。弱いくせに本当にウザイんだよ』


 邪竜は地団駄を踏む。それだけで地震が起きている。

 そんな邪竜の癇癪を眺めていると、突然キレイな歌が聞こえてきた。


「~♪」

『くそ! 黙れよ!』


 その音楽は邪竜達の動きを鈍らせるタイプの物だ。邪竜達はしかめっ面で不快そうにしている。

 そして邪竜達の動きが鈍ったところで人形が飛んできて目の前で爆発していく。


「これは!?」


 距離があっても微かに臭う。人形達は悪臭玉を持っての特攻だった。邪竜達は苦しみ動くこともままならない。さらに光の矢がいくつも飛んできて邪竜達に当たっていく。このチャンスを黙って見てるほどお人よしではない。


「「はっ!」」

「キュ!」


 ベルは本体に先程の大木の槍で腹を貫いた。俺とシェリルは。竜喰らい・ソウルイーターで分身を仕留める。さらに呪いが強くなるが構うものか。


『クソー!!』


 邪竜の本体は空へと羽ばたいた。分身は消えたが本体は仕留められなかったようだ。それでも目に見えてダメージを受けているのが分かる。


『何でその雑魚達がいるんだよ! 召喚は出来ないはずだぞ!』

「答えを教えるわけないだろ。バ~カ」


 まあ、種明かしを言えば隠れ家の入口を開けっぱなしにしただけなんだけどな。後は空飛ぶ絨毯とムギの隠形でゆっくり近づいて来てもらえばいいだけだし。隠れ家には登録者以外入れない仕組みだから開けっ放しでも気にする必要も無いしな。


『…クソ。アンタ等には地獄を見てもらうよ。もう怒っているのは僕(私)(俺)だけじゃないよ』


 邪竜の体が変わっていく。体が一回り大きくなり、体の至る所に顔らしき物が浮かび上がる。その顔は竜だけでなく、色んな魔物や人間やエルフらしき顔まであった。


 その姿に俺達は息をのんだ。


『僕(私)(俺)の友達も怒っているんだよ。皆もアンタ達を殺したいんだって。特にお兄ちゃんはずっと邪魔するし、バカにしてくれたからね。その魂、砕いてあげるよ』

「「「ア゛ア゛―――!!」」」


 邪竜に浮かび上がった顔が叫び出す。これが断末魔の叫びという物だろうか。非常に不愉快で耳触りだ。

 立っていられないわけではないが、周りの廃墟は瓦礫になりベルが生やした木や草花は朽ちていく。


「ぐ、あぁ」


 さらにシェリルが苦しみだす。今の俺なら何となく分かる。呪いが活性化しているのだ。さっき分身を倒したのも影響しているのだろう。

 こんな中でリッカとムギがすぐに動き出した。


「~♪」

「ベア」


 ムギの歌は邪竜の叫びを弱めてくれる。押し負けているが、だいぶ楽になった。そしてリッカは月の雫を取り出して俺とシェリルだけでなくベルとコタロウにもかけてくれた。


「サンキューなリッカ、ムギ」


 俺達はリッカ達にお礼を言ってから改めて邪竜に向き直る。

 

『あ~あ。気絶でもしていたら死ぬのは楽だったのにね。まあ魂を粉々にするから苦しみは変わらないか』


 そう言うと邪竜の体に付いている顔達から火球が飛んできた。


「キュ」


 ベルが黒い渦で火球を飲み込む。


『アハハ。いつまで持つかな。火球以外にも色々あるからね』


 次々と色んな魔法が撃ち込まれていく。中には強力な魔法も混ざっているが、それをベルが頑張って吸い込んでくれている。


「…途切れないのが厄介だな。こっちも攻撃を仕掛けないとダメか」


 暴風鴉に力を込めて鳳を作り出す。鳳は高速で飛翔し邪竜にぶつかった。


『この程度で倒すつもりなの? 小鳥で倒せるわけないじゃん』

「「「ア゛ア゛ー!!」」」


 邪竜は微動だにせず、叫び声によって鳳は吹き飛ばされた。

 だけど落ち込んでいる暇はない。ここで死ぬなんて御免だからな。


 月光水で魔力を回復させていると、邪竜に魔力が集まっていくのを感じた。


「これはヤバいな」

『死んじゃいなよ』


 巨大な隕石が空から降ってくる。正直こんな技は想像していなかった。


「キュキュ!!」


 ベルが力を振り絞り隕石を吸い込んだ。コタロウとムギも結界で俺達を守る。だが隕石の衝撃波は凄まじい物で俺達は吹き飛ばされた。


 俺は咄嗟にうずくまっているシェリルを庇う。


「皆大丈夫か!」

「たぬ」

「ベア」

「ピヨ」


 ベルの声だけが聞こえない。


「ベル!」


 見回すとすぐ側で倒れているのを発見した。すぐに状態を確認する。


「ベル!返事しろ!」

「キュ、キュ~」


 生きているが酷いダメージだ。すぐに月の雫をかけて傷を塞ぐが意識はまだ朦朧としている。隕石の衝撃はそれほど凄まじかったらしい。ベルは一時離脱だな。


『力の差を実感したかな。一番強いリスが戦えなくなってアンタも呪いが進行している。それともタヌキ達が頑張るのかな。まあ力の差が分かったならみっともなく土下座でもしてくれたら色々考えてあげるよ』


 俺達の側には邪竜が降り立った。相変わらずの上から目線で見下してくる。

 

「悪いけど俺バカだから分かんねえよ」


 狂嵐舞を握りしめる。

 まずは風でベル達を遠くへと飛ばす。俺自身が未熟だから巻き込まないとは限らないからな。


『それに何の意味があるの?』

「諦めるよりは良いだろうさ」


 俺は強く自分に意識を向ける。“俺は呪いに負けない”、“俺の体は呪いを弾き飛ばす”、“俺の体から呪いは消えた”、“俺は邪竜に勝てる”


『は? 何が起きているんだ?』


 俺の体から黒い痣がどんどん消えていく。驚く邪竜が正気を取り戻すまで待つ必要は無い。竜喰らいを思い切り突きたててやった。


 渾身の一撃だったと思う。キーノや烏天狗との戦いの様な領域にはいないが、今出せる一番の力だった。


「うおぉぉ!!」


 竜喰らいの一撃は邪竜の腹に大きな穴をあけていた。そしてこれでは終わらせない。

 狂嵐舞に持ち替えて嵐を巻き起こす。暴風が邪竜の体を刻んで、降り注ぐ雨が弾丸のように邪竜を打ち抜いていく。そして最後にもう一度竜喰らいを突き刺した。


 そして静寂が訪れる。俺の魔法の余波で風と雨が降っているのだが耳に入ってこない。

 そんな俺の視線の先にはさっきと何も変わらない邪竜が立っている。穴が空いたはずの体は元に戻っていた。

 邪竜は腕を振り払い俺を弾き飛ばす。ただの攻撃で意識が飛びそうになる。


『アハハハ。本当にバカだね。アンタ程度の全力の一撃で僕(私)(俺)達を倒せると思っていたの。少し痛かったけどそれだけだよ。そもそも僕(私)(俺)達を倒せるとしたら英雄や勇者と呼ばれる存在だろうね。間違ってもアンタのような小さい存在じゃないんだよ。一瞬でも倒せると思ったからあれだけ頑張ったんだろうね。無駄な努力ご苦労様』

 

 バカにするような口調だ。邪竜は俺を精神的にも痛めつけたいのだろう。


『ねえ、でも頑張ったからチャンスをあげようか』

 

 そう言って顔を俺に近づける。


『お姉ちゃんは僕(私)(俺)達の物だからダメだけど、そこにいるリスたちをアンタの手で殺したら魂を砕くのは勘弁してあげるよ』


 どうせ嘘だろうな。俺がベル達を殺したところで、嘲笑って俺を甚振るつもりだろう。

 でも話に付き合ってやるよ。


「本当なのか?」

『本当だよ。信じていいよ』


 俺の質問に嬉々と答える。俺が疑っていると思ってないのだろうか? だけどお陰で少しは落ち着けたな。


「そうか。とりあえずそんな提案はお断りだけどな」


 俺は悪臭玉をその場に取り出した。


「!?」


 あの臭いが頭にあるのだろう。反射的に邪竜は飛び退いた。その隙に俺は月の雫で回復する。

 本当に月光樹を見つけてくれたベルには感謝だな。無料の回復アイテムが大量に無ければ詰んでいたな。


『ふざけやがって』

「やーい臆病者。見ただけで逃げ出すなんて小さい竜だな。ただ臭いだけなのにあの逃げっぷり」


 笑ってやると邪竜はプルプル震え出す。


『うるさいんだよ!』


 邪竜は十体程の分身を作り出した。そして分身は俺の方に来たかと思うと、俺を通り過ぎて後ろへと向かう。そこには、コタロウ・リッカ・ムギがいた。飛ばしたシェリルとベルの手当てをしてから俺を手伝うためにそこにいたのだろう。


『さあどうする♪ そのタヌキ達だけじゃ分身達の攻撃は防げないだろうね』


 邪竜が何か喋っていた気がするが俺は一目散にコタロウ達の元へ走っていた。

 竜喰らいで分身を刺していく。体が赤く痛い気がするがきっと気のせいだろう。


『ハハハ。偽善的な行為だね。見捨てればいいのにバカみたい』

「「「キャハハハハ」」」


 邪竜の体の顔達も狂気的な笑い声をあげている。たまに「楽になろうよ」「一つになろう」「お前達だけ助かろうなんて許さない」などの声も聞こえる。


 コタロウ達も戦おうとするが邪竜の分身が多すぎて何もできない。俺はひたすらに竜喰らいを突き立てていく。すると、聞いたことのない声が聞こえた。


『竜喰らいが竜と異物を多く取り込みました。進化先が変わります。…自動で進化します』


 頭の中に情報が一瞬で流れ込む。


 名前:竜奏剣(短剣)

 竜に対して高いダメージを与える。武器に魔力を込めると竜を操る音を発生させる。


「本当についているな」


 手に持つ竜奏剣に早速魔力を込めた。不思議な音が流れると同時に、邪竜の分身達の動きが止まる。


「お前達の敵はアイツだ」


 命令するが邪竜の分身達は動こうとしない。さすがに分身で本体を攻撃するのは無理なようだ。だが無力化できるだけでもかなり大きい。


 自身の分身達が動かなくなっている事に驚いた邪竜は一瞬の隙を作っていた。残っている全ての悪臭玉を取り出して、風で邪竜の近くに持っていき破裂させる。邪竜が一瞬俺達から顔を背ける。


『ああああああああ!!』


 邪竜は翼で風を起こして臭いを飛ばす。

 その時にはもう俺は邪竜に向かって走っていた。


 コタロウ達も戦闘人形や魔法で援護をしてくれる。


『止めろ! 止めろ!』

「うぉー!!」


 驚いている邪竜の体に手にした竜奏剣を刺す。

 そう、刺したはずだった。だが感触がなく邪竜は煙のように消えていく。


「は?」

『バ~カ』


 邪竜は俺の後ろに現れた。体勢を戻そうとした瞬間に、先程邪竜だった黒い煙が俺に纏わりついた。


「ああ!?」


 体に激痛が走り、魔力が急激に感じられなくなった。そして、体の機能が少しずつ停止していくような感覚に陥った。


『この剣は厄介だね。雑魚でも夢を見れるもんね』


 落とした武器を邪竜は思い切り踏みつけた。


『はぁ? 武器もしぶといのかよ。本当に嫌になるよ』


 邪竜は光線を吐き出したりしながらもしばらく手子摺っていたが、ついに「パリン」と音がして武器の破片だけが散らばっていた。


『これで勝つ手段は無くなったね。武器が進化するのは驚いたけど本人がバカだから助かったよ。あそうそう、敵に背負向けちゃダメだよ。本物と偽物がすり替わっているかもしれないからね』


 コタロウ達を助けに向かった時に入れ替わったんだろうな。


 大の字で倒れていると、自由に動けるようになった分身達が俺の事を甚振るように攻撃し始める。

 そんな中でも仲間達の姿は見える物だ。


「たぬぬー!」

「ベアー!」

「ピヨー!」


 邪竜にコタロウ達が向かっていく。本体を攻撃すれば分身達が俺から離れると思ったのだろう。邪竜は動じることなく、好きなだけやってみろと言わんばかりの余裕の態度だ。武器を壊した以上、脅威はもう無いと思っているのだろう。


『ねえ君達程度が何をするの? あのリスどころかそこの雑魚にも劣るでしょう』


 コタロウ達には何をしても無駄だという絶望感を与えるつもりなのだろう。

 だがそんな邪竜の思惑に関係なく、ムギは懸命に音を奏で邪竜の怨嗟の声を抑えている。リッカは戦闘人形や爆弾人形で目を潰そうと奮闘する。


 そしてコタロウは


「たぬぬ!」


 人間に化けて、白夜を持って走り出す。


『光魔法程度で倒せると思っているの? 主人がバカだと従魔もバカなんだね』


 邪竜はコタロウを潰すために足を上げた。

 

「ベア!」


 するとリッカが巨大な人形を召喚した。不思議な事にその人形に視線が完全に持っていかれた。それは邪竜も同じだったようだ。


 失態に気が付きコタロウに目を向けようとするが、俺は近くに落ちていた暴風鴉を投げ飛ばす。


『邪魔!』


 翼で叩き落とすが、その隙にムギが邪竜の顔の横に飛んでいた。


「ピヨ!!」

『!?』


 ムギの大声が邪竜の動きを止めた。


『忌々しい。主人の前でズタボロに引き裂いてやる』

「お前の方が先に死ぬから無理な事だな」


『え?』


 今まさに、コタロウが邪竜に剣を突き立てるところだった。そして邪竜は気がついた、短剣のデザインが変わっていることに。


『何で!? 壊したはずなのに』


 コタロウが手に持つ竜奏剣からは心地よい音色とキレイな光を放っていた。邪竜の体の顔達がどんどん消えていく。どうやら使い手によって変わるらしいな。聖魔法を使えるコタロウの魔力は邪竜にとっては何よりも毒なのだろう。


 竜奏剣の元の効果と相まって致命傷何だろう。


『これは幻覚だ。だって壊したはずなんだ』

「壊れたのは違う武器だ。後ろを向いていてもお前が隠れたのは感じていたから一芝居打たせてもらったよ。まあ賭けだったけど」


 壊れたのはマジックステッキだ。幸いにも悪臭玉を投げると邪竜達の視線はそっちに向かったからな。その間に竜奏剣はコタロウに託しておいたんだよな。俺の意図を察して動いてくれてありがたい。


『騙したのかよ、卑怯者!』

「幻魔法も使えるからな。騙すのは得意だ。しかも今回は傲慢で見下してくる相手だったからやりやすかったぜ」


 キーノもそうだったけど、最初から殺そうとしてきたら完全に負けていたからな。遊び癖があったり油断しやすい相手ばかりで本当に助かった。


『…れだ』

「うん?」

『道連れだ』


 邪竜の体に浮かび上がった顔達が俺に襲い掛かってきた。コタロウ達は俺を守ろうとしたが間に合わなかった。


 そして囲まれた俺の頭の中には色んな思いが流れてきた。この顔達は全てが犯罪者や凶悪な魔物だ。しかも殺すことに快感を覚えているような者達ばかりだ。最期は邪竜の材料にされたようだが、死んだ後も邪竜の一部になって喜んで人を殺していたようだ。そんな者達の怨嗟の声が俺を死の世界へと誘ってくる。


「普通の人達はコタロウの聖魔法で救われたのかな? さすがコタロウだ。俺も仕事がしやすくなった」


 邪竜が死にかけているので俺に対する呪いは殆ど消えている。そのため俺も普通に魔法が使用できる。


「地獄に落ちてしまえ」


 顔達に幻魔法をかける。今までしたことが自分に返ってくるような悪夢を見せてやる。怨嗟の声はすぐに悲鳴へと変わる。


 そして顔達はそのまま消えていった。


「ジュン!」

「キュ!」


 動けるようになったシェリルとベルが走ってきた。全員の無事を確認した俺はホッと胸をなでおろす。シェリル達は俺の側で消えかけている邪竜に目を向ける。


『嘘だ。僕(私)(俺)がこんな奴に負けるはずがないんだ。…あれ?寒いよお母さん。痛いよお父さん。助けてよ』


 邪竜の言葉に俺は苛立ち、止めを刺そうとした時だった。


『ねえ僕(私)(俺)を殺すの? 嫌だよ。死にたくないよ』


 小さくなった邪竜から聞こえる悲痛な叫び。俺はそんな声を無視して竜奏剣を突き立てた。


『痛いよ痛いよ痛いよ痛いよ』

「うるせえぞ。もう演技は止めたらどうだ」

『……』


 邪竜は黙り込み俺を睨む。


「子供のふりをすれば情けをかける奴がいるかもしれないからずっと演技していたんだよな」

『……』

「さっき顔に囲まれた時にお前達の記憶が流れ込んできたけどさ、お前の言っていた台詞は犠牲になった子供達の台詞じゃねえか。さっさと消えてしまえ」

『俺はもっと人を殺したかった。お前のせいで出来ねえじゃねえか!』


 突き立てた竜奏剣を振り抜いて邪竜は真っ二つになった。

 ああ、これで終わったんだな。何というか邪竜よりも強い奴等と戦ったからか達成感が少ないが皆が笑っているから良しとしよう。


 ホッとして力が抜けた俺はその場に寝転がる。


「大丈夫か!?」


 慌てて俺の顔を覗き込んできたシェリルに笑って答える。


「平気平気。シェリルの方はどうなんだ?」

「ああ。急に体が軽くなったからな。ステータスを確認したら呪いは解けていた。まあ、今は体力も魔力もほぼ無い状態だからな。実感するのは休んだ後になるがな」

「それじゃあ、今日は休むか。皆限界だしな。パーティーは明日以降だな」

「そうだな。早く戻るか」


 笑いながらシェリルは俺の腕を引っ張って立たせてくれた。

 だが次の瞬間にシェリルは表情を変えて俺を突き飛ばした。


「痛っ」


 何が起きたか分からない俺はシェリルに視線を向けた。そして俺の目に映ったのは黒い尻尾の様な物に胸を貫かれたシェリルの姿だった。


『失敗したがこれはこれで面白い結果だな』


 邪竜の声が聞こえてきた。だがそんな事よりも俺は目の前の光景に動けないでいた。


『言っただろ。道連れだって。先に地獄で待ってるぜ。お前のその顔は最高の土産になったぜ。ギャハハハハ』

「キュキュキュー!!」

『ギャー!?』


 黒い物体はベルの攻撃で悲鳴を上げて消えていった。だけどシェリルは胸に穴をあけて大量の血を流したまま動かなかった。

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