第六十一話 その名はタマモ
「生きているのか?」
俺は泣いているムギと、まだダメージが抜けきっていないベルを抱きしめながら生きている喜びを噛みしめていた。
すると普通の大きさになった狐が近づいてきた。戦う気が無いのかプレッシャーは一切ない。
「そのヒヨコに感謝するんじゃな。その者が儂に一撃入れおったから、敬意を表して見逃してやったのじゃ」
俺とベルは驚きながらムギに視線を移した。当のムギはそんな事はどうでもよさそうに、ただただ俺とベルに抱きついていた。
俺もベルもそんなムギを撫でながら言葉をかける。
「守ってくれたんだな。ありがとうな」
「キュキュ。キュー」
ムギが泣き止むまで、少しの間撫で続けていた。そしてムギが泣き止むと狐が声をかけてきた。
「ところでお主は月光水をどこで手に入れた? そのヒヨコも持っておるようじゃし、月光樹の在処を知っておるのか? 先程のように誤魔化すでないぞ」
狐の目は真剣だった。だが俺は答える前にこちらからも質問をする。
「分かったよ。ただ、そこまで聞いてくるなんて、月光樹は大切な物なのか?」
「勿論じゃ。月光水や月の雫は全ての生き物にとって有益な効果を持つ。しかも美味い。さらには祝福された水と違って悪魔等にも有益なのじゃ。天界でも育てるのが難しい物の一つじゃから、見かけたら枝や水等を確保しておきたいのじゃよ」
そう言って、次はお前の番だと言わんばかりに見つめてくる。
本当の事を言っても誤魔化しても大変な事になる気がする。
「ちなみに答えられないと言ったら?」
「先程のゲームの二十秒は儂の温情じゃ。それを破棄してあと二十秒ゲームを続けよう。その際は儂は攻撃するからの」
これは無理だな。
俺はため息をついてから口を開いた。
「俺は嘘は言ってない。ゲーム中に話した事は全部本当だ」
「…家の庭にあると言う話か。不老長樹もあるも話していたの」
絶対蛇足だよ。俺のバカ。
「ああ、そうだよ」
「家がある場所で月光樹が育つはずがないじゃろ。最低でも月光樹は魔力が溢れて清浄な空間が必要じゃ。さらには土か植物の高位の術者、それに聖魔法や神通力が使える神獣は必要となるぞ。不老長樹も同じじゃ。その二つが混在する庭など見た事も聞いた事もないわ」
……条件が当てはまっていやがる。これでコタロウが神獣の可能性が限りなく高くなったな。
「暴れたり危害を加えないなら証拠を見せるぞ」
「よかろう。神獣が一柱"タマモ"の名において、お主やその仲間達に危害を加えないと誓おう」
…え? 神獣だったの。てっきり大妖で、神々と争う方だと勝手に思ってた。
「信じておらん目をしておるの」
「いやそんな事は。…ところで神獣って何か条件があるのか? ベルもなれるような事を言っていたけど」
タマモは呆れたようにため息をつくが、質問には答えてくれた。
「誤魔化しが下手じゃの。まあ答えてやろう。神獣は生まれながらにして聖魔法と神通力を会得している魔物の種族、もしくは強さや能力が一定のレベルを越えた者を言う。儂は後者じゃな。全力を出せば神々の中でも十指に入るぞ」
俺達はそんな存在を相手にしていたのかよ。
「さて、それより早く証拠を見せんか」
タマモがしびれを切らしてきたので、俺は隠れ家の入り口を開いた。
シェリルに怒られるだろうなと思いながら、タマモの入場を許可する。そして、隠れ家に入った途端にタマモは歓喜の声をあげた。
「おお! 見事な花が咲いておるの」
桜の花に興味を示して足を止めて見入っていた。その間にムギにシェリル達を呼んでくるようにお願いをする。
ムギは頷くと急いで駆け出して行った。そしてすぐにシェリル達を連れてきてくれた。
するとタマモはシェリル達に気がついて俺に声をかけてくる。
「あの者達もお主の仲間か?」
「まあな」
「人間にしては実力者のようじゃが、邪竜に呪われておるの。下に向かうのはそのためか」
タマモの言葉に反応したのはシェリルだった。タマモから何かを感じたのだろう。
「……一体何者だ」
「儂はタマモじゃ。これでも神獣じゃぞ」
「!?」
シェリルは驚いた顔をして俺の方を見てきた。なので俺は何があったかを説明する。
「信じられん。確かに神話にタマモという名は存在するが、上位の神のはずだ。こんな風に出会えるものなのか?」
そんな言葉がシェリルの口から出ると、タマモはなにやら呪文を唱え始めた。すると目の前に地獄の五分間の映像が流れ始めた。
改めて見るとよく生きていられたなと思う。それとムギにはもう一回お礼を言おう。怖かったのに本当に頑張ったのが伝わってくる。
そして何よりシェリル達には謝らないとな。シェリルは何だか責任を感じているようだし、コタロウとリッカは俺達をギュッと抱きしめて離れる様子がないしな。
「これで信じてくれたかの?」
「ええ。少なくとも私達とは比べ物にならないほど上位の存在なのは分かりました。ですが月光樹をどうするのですか?」
「枝や水を分けてもらうつもりだったんじゃが、段々気が変わってきたの。とりあえず見せてくれ」
俺達はタマモを月光樹へと案内する。
「おお!」
見えただけで本物だとわかったのだろう。タマモのテンションがどんどん上がっていく。
「凄い! 凄いの!」
月光樹に駆け寄ると一瞬で美女へと変化し、手で水を掬って口へと運ぶ。
「昔飲んだ月光水より質が高いの。月の雫も味見しても良いか?」
「あー、申し訳ないが今は遠慮してほしい。邪竜と戦う予定があるから、月の雫は減らしたくないんだ」
「邪竜か。確かにその女は呪いにかかっているようじゃしの。残念じゃ」
その時俺はあることを思った。
「そうだ。神ならシェリルの呪いを解けないか? 解いてくれたら月の雫をあるだけ渡すけど」
タマモはゆっくりと首を横に振る。
「魅力的な提案じゃが儂は人の呪いを解くことはできん。いや、できないわけじゃないが儂は聖魔法の類いは苦手じゃ。だが魔力は神の中でも上位。そんな儂が解呪などしたらどうなるか分からんぞ」
そう言われると無理だよな。やっぱり邪竜を倒すしかないな。
「しかしこの場所は気に入ったぞ。もう少し案内せい。え~と、そういえばお主達の名前を聞いていなかったの」
「俺はジュン。こっちの女性はシェリル。それとベル・コタロウ・リッカ・ムギだ」
「そうかよろしく頼むぞ。儂の事はタマモでよいからな。様付け等は不要じゃ」
シェリルは微妙な顔だが本人が言っているから呼び捨てにさせてもらおう。
「それじゃあタマモ。これで俺が本当の事を言っているのが分かってくれたか」
「うむ。それじゃあ次は不老長樹とあの建物の中の案内を頼むぞ」
「……え?」
当然とばかりにタマモは隠れ家の中を満喫しようとしていた。そして驚いている俺を見て不満そうに口を開く。
「儂は退屈しておったのじゃぞ。こんな面白そうなところを見てすぐに帰るわけがなかろう。それとも帰れというつもりか?」
妙なプレッシャーを感じる。するとシェリルが俺の肩に手を置いて頷いていた。
結局俺達は隠れ家の中を案内する事になった。
「まずは見えているけど不老長樹だ。仙桃も定期的に取れるぞ」
「本当か!? 食べたいぞ!」
タマモに仙桃を渡す。ついでに疲れていたので俺達も仙桃を頂くことにした。相変わらず疲れた体に沁みるな。
「美味いのじゃ。それに景色も見事。贅沢な時間じゃの」
タマモは満足しているようだった。そしてそのタマモの隣に座り一緒に和みだすベル達。この神経の太さは見習いたいものだ。特にベルとムギは俺と一緒に殺されかけたはずなんだけどな。
「キュキュ」
「ほう。お主が育てたのか」
「キューキュ」
「それ以降は皆でお世話しておるのか仲が良いの」
「たぬぬ」
「何と。温泉もあるのか。花見の後に温泉か。贅沢じゃの」
「ベアベア」
「上がった後はジュンに毛を乾かしてもらうのが最高なのか。儂もやってもらうとするか」
「ピヨヨ」
「さらにシェリルに毛繕いしてもらうとさらに良いのか。楽しみじゃな」
何か知らん内にこの後の予定が出来上がっていく。海や修練場の事も話しているよな。そしてひとしきり景色を楽しむと、タマモは旅館の案内を強請ってきた。
「次は海を見たいぞ。温泉と食事は最後じゃぞ。それと乾かすのと毛繕いも期待しておるからな」
もう決定事項らしい。俺とシェリルは諦めて海・プール・医療施設・修練場の案内を行った。
「おお海じゃ! セラピードルフィンもおるの。海も広々として気持ちが良いの」
「これがプールか。何やら楽しそうじゃな。遊ぶための施設とは凄いのお」
「ほう。これが体を回復させる設備か。儂には不要じゃが技術の進歩は凄まじいの」
「便利な物があるんじゃな。実戦に勝る修行は無いが、これはこれで面白そうじゃ」
タマモはどこに行っても興味を惹かれたようで、常に楽しい表情をしていた。
そして温泉にはシェリルやベル達と一緒に入る。俺は入口で待機して呼ばれてから中に入る。狐の姿に戻っており全身をドライヤーで乾かす。そしてその後はシェリルが櫛でとかす。
「これは聞いた通りじゃな。気持ちが良かったぞ」
上機嫌なタマモは再び人の姿に戻り、俺達の部屋でくつろいでいる。
「どんなご飯が出るのかの♪」
ソファーに横になりながら飯を待つ姿は神には見えなかった。
「出来たぞ」
テーブルに料理を並べる。今日はキツネうどんといなり寿司だ。デザートにはあんみつ用意している。
タマモは目を輝かせながら口へと運んだ。
「美味いのじゃ」
この世界でもキツネには油揚げが有効だった。タマモはパクパクと食べ続けて、何度もお代わりを要求してくる。
さらにあんみつも気に入ったらしく、こちらも三杯は軽く平らげていた。そしてお茶を飲むとようやく落ち着いた。
「最高じゃ。月光樹や不老長樹があり、空間内は気持ちが良い魔力と空気で溢れておる。海や温泉もあって美味い飯にもありつける。……この世界はジュンの能力じゃな?」
「そうだけど」
不意にタマモの表情が真剣になった。やはり神なだけあり、真面目な表情になると空気が変わる。
「ここまで不思議な能力はそうそうない。お主は渡り人であろう」
「まあな」
「…どの神に連れてこられたのじゃ?」
「……エルメシアだ」
俺の答えを聞くとタマモは苦々しい顔になる。
「つまり貴様はエルメシアを信仰しておるんじゃな」
「ふざけるな。誰があんな駄女神を信仰するか。アイツの都合で俺は殺されてこっちの世界に来たんだ。しかも都合よく使って用がなくなったら見捨てたんだぞ」
冷静に答えているがイライラが収まらない。
「あの駄女神はぶっ倒さないと気がすまない」
タマモは俺の答えを聞くとポカーンとしていた。そして急に笑いだした。
「ククク。女神を倒したいとは大きくでておるな。シェリルやベル達もそれに付き合うつもりか?」
「キュ!」
「たぬ!」
「ベア!」
「ピヨ!」
ベル達は腕を組んで胸を張る。それは"当然だ"と言っているようだった。
「私も無事に呪いが解けたら最期まで付き合うつもりだ。女神が相手でもそれは変わらない」
シェリルやベル達の言葉や態度が嬉しく感じる。完全に俺の私怨なのに付き合ってくれるのは、申し訳なさもあるが、嬉しさの方が勝ってしまう。
「ククク。バカばかりじゃのう。じゃが気に入った。儂もエルメシアはいけ好かん」
タマモは高らかに叫ぶと俺達をジッと見る。
「お主達が邪竜を打ち倒したら、儂から良い物を授けよう。楽しみにしておるのじゃな」
そう言うとタマモは再び緩い雰囲気に戻った。
「邪竜との戦いが終わるまで儂も住まわせてもらうぞ。適当な部屋を使わせてもらうから食事だけ頼む。それと毛の手入れはたまにで良いぞ」
……隠れ家には神も住むことになってしまった。




