第五十四話 修練場
「落ち着いたか?」
「…まあな。情けない所を見せてしまったな」
「別に情けないとは思わないけどな」
シェリルは若干恥ずかしいのか顔が赤い。それでも先程よりはいい顔になっている。
「さてと。それじゃあ修練場を見に行こうぜ。それによって変更する事もあるだろうし」
「ああ」
俺達は修練場へと移動する。シェリルの状態が良くなったからか、コタロウ達の不安が減ったようにも見える。
「…これが修練場?ただの透明な箱だよな」
『説明いたします』
「うぉ!?」
突然音声が流れて俺は驚いた。医療施設と同じような機械的な声だ。
『この箱は特殊な魔法がかかっています。箱の中は無限に広がる空間で環境も調整が可能です。また、箱の中でおった怪我や傷は箱を出ると元に戻ります。死ぬ一撃を受けた場合は回復した状態で箱の外に出されます』
ギルドの設備の上位互換だな。
『それと箱の外に置いてある石盤に手を置くと、今まで戦ってきた相手を登録できます。一度登録すれば他の者達も戦えます。ただし、魔物の素材は手に入りません。そして戦いは記録いたしてますので、声をかけていただければ、お好きなシーンを再生いたします』
おお。これはいいな。邪竜の分身であっても戦えるんじゃないか。
それと傷などが治るならシェリルも大丈夫だったりするのか?
「質問は可能か?」
『お答えいたします。質問をどうぞ』
便利な機能だと思いながら俺はシェリルの事を尋ねてみた。
『その状態ですと使用しないことをお勧めいたします。傷などは治りますが、呪いを巻き戻すことはできません。また、精神的なダメージは回復に時間がかかります』
さすがにそう上手くはいかないか。でもコタロウ達の訓練には問題ないな。
「ありがとうな。今度使わせてもらうよ。今日の所は登録だけさせてもらうよ。ところでベル達でもできるのか?」
「問題ありません。ただし、ゴースト系の魔物ですと実体化出来ない場合は登録できません」
触れれば問題ないのか。そうすると触るのは俺・ベル・コタロウ・シェリルだな。
俺は三人に声をかけて石盤に手を触れた。するとモニターが降りてきて、色々な名前が並んでいる。
「…あれ?ナイルさんの名前もあるぞ」
『再現できるのは戦った相手ですので、魔物だけとは限りません』
「凄いな。ところで強い順に並べ替えて貰うことは出来るか?」
『強さを細かく分けて順位をつけることは出来ません。ただし、ある程度のランクに別ける事は可能です』
「それじゃあ頼む」
『かしこまりました。少々お待ちください』
そして並べられた名前を見て俺は驚きを隠せなかった。一番上に俺とベルの名前があるからだ。そして線が引かれてナイルさん・大天狗・烏天狗・アビスタイガー。さらに線があってキーノ・シズク・ツバキ。また線が入り女天狗。そしてその下に邪竜(分身)・シェリル・コタロウその他知らない名前が結構並んでいる。
『これはあくまで、現在出せる最高の力で考えられています。そのため修練によって変動いたします。また、同じ名前の者を相手にしても、その者の実力が変わっている可能性はあります。本人と戦った後に石盤に触れれば情報は更新されます』
この説明の後に俺ではなくシェリルが質問をする。
「ちなみにそこにある名前同士の対戦は再現可能か?」
『可能です。試してみますか?』
「ではジュンとキーノを頼む」
『承知しました』
すると箱の中に俺とキーノが現れた。
『モニターの方でも確認できます。どちらでもお好きな方でご覧ください』
そして始まる俺対キーノ。
俺達と戦った時と違い、始めからキーノも全力だった。無数のナイフが宙に出現し、俺に向かって飛んでいく。
それに対して俺は不気味に笑っていた。目が紅く本当に俺なのかと疑いたくなるくらいだ。そしてナイフが分当たる瞬間に黒い風が吹いた。とても優しい風だった。だがナイフは粉々に砕けて地面へと落ちる。
キーノは驚くことも無く次の技に移る。俺の足元にメリーゴーランドが現れたかと思うと高速で回り出し、馬からは刃物が伸びていた。普通なら一瞬でバラバラ死体の出来上がりになっただろう。だけども再び吹いた風が全てを壊してみせた。
次にキーノは地面に手を置いた。すると地面から火や魔物が現れた。
「何だよあれは!?」
『幻魔法による変化です。地面に催眠をかけて火へと変え、小石に催眠をかけて魔物だと認識させる。幻魔法の超高等技術です。使い手の数は限りなく少ない技です』
火も魔物も俺に襲い掛かっていく。再び黒い風が吹くがそれに合わせてキーノはボールを沢山投げて遮った。すると今度は大量の黒い水が辺りを埋めつくす。火も魔物も水に覆われると全てが消え去った。
その後もキーノ数々の技を仕掛けていた。分身と本体の位置を交換する技、相手に時間差の錯覚を見せる武術、幻覚を実物に昇華させる魔法など俺にとっても勉強になる物が多かった。だが俺はその全てを黒い風と水で防いでいた。そしてキーノに近づいて息を吹きかけると、キーノが崩れて消えてしまった。
う~ん。俺よりもキーノの方が参考になるんだよな。つーかアイツは真面目に戦えば俺達を瞬殺できたんじゃないだろうか。実力を発揮せずに消えてしまったよな。
『以上になります。他の試合も見て見ますか?』
「キュキュー!! キュキュキュ」
『かしこまりました』
ベルが声を上げたと思ったら、箱の中にはベルと大天狗が現れた。ベルはジッとそれを見つめている。そして始まるベルと大天狗の戦い。
最初に仕掛けたのはベルだった。「キュー!」と一声鳴くと周囲が森へと変化する。しかも木には果実が実り、地面には色とりどりの花だけではなく野菜やキノコも見える。
「キュー♪」
戦いの最中だというのにベルは楽しそうだった。むしろ大天狗を敵とすら見ていない。
それに対して大天狗は羽団扇を大きく振るう。炎の竜巻が出現し、地面が大きく揺れている。まさに天変地異だ。木の上のベルが転びそうになっていた。
炎は森を焼いていき、揺れる大地は木々は薙ぎ倒す。この後ベルはどうするのかと思うと、大きく一声鳴いた。
「キュー!!」
すると木々や草花が蘇る。そしてなんと炎を喰らい始めた。揺れる大地に対しても強く根を張ったのか微動だにしなくなっている。
一瞬だけその光景に目を奪われてベルから目を離したのだが、気が付いた時には沢山のベルが木々にいた。その内の一体が手に赤い実を持っていた。それを美味しそうに食べると、大天狗に向かって炎を吐き出した。
大天狗は羽団扇を振って洪水を起こして炎を防いだ。だがその水も木々や草花が喰らいに行く。すると今度は別のベルの手に青い実がある。ベルはその青い実を食べると水魔法を大天狗に向かって放ち始めた。
風・雷・土。色んな魔法で大天狗はベルの攻撃を防いでいくのだが、その度にベルの放つ魔法の種類が増えていく。そして大天狗はベルの攻撃を避けようとした瞬間に罠にはまる。体が拘束されて動くことが出来ない。
そんな大天狗に対してベルは黒い剣を作って大天狗に突き刺した。大天狗はもがくが抜け出せない。そして体が崩壊していき剣に吸収されていく。徐々に大天狗は動かなくなり完全に剣に吸収されてしまった。
『以上になります』
その機械的な声で俺達は現実に引き戻される。
「凄いな。何かもうそれしか言えない」
「私も同感だ。だが、この設備はありがたい。貴様とベルがダンジョンを進んでいる間にコタロウ達もパワーアップできそうだ」
「そうだな。…ところで、シズク・ツバキ・アビスタイガーはシェリルが知っているのか?」
「シズクは私の育ての親だ。ツバキ姉さんはシズクの友人でよく遊びに来てくれた。私の師匠でもあるな。アビスタイガーは知らんな」
「そうするとベルか」
「キュー?」
ベルは首を傾げる。う~ん、とりあえず見て見るか。
「今度はアビスタイガーを再現してくれないか」
『かしこまりました』
そこで再現されたのは黒い虎だった。血で化粧でもしたかのような模様が特徴的だ。そして不気味な笑みを浮かべている。
「何だあれは?」
「やはり私は見た事が無いな。出会っていたら忘れるような外見ではないしな」
そこで俺はベルに目を向けると、ベルは怒りの形相を浮かべていた。
「キュキュー!!」
今にも飛びかかりそうだったので、俺はベルを抱き上げる。
「落ち着けベル」
「キュキュー!!」
それでもベルは泣きながら暴れようとする。
「中止だ。止めてくれ!」
『かしこまりました』
シェリルの指示ですぐに箱の中の黒い虎の姿は消える。そしてコタロウの聖魔法やムギの音魔法のおかげでベルは徐々に落ち着きを見せた。
「キュキュ~」
申し訳なさそうに謝ってくるベル。あの魔物とは余程のことがあったのだろう。俺達はベルを撫でたり側に寄り添っている。
「なあ指定した者を外すことはできるか?」
『可能です』
「それじゃあ。アビスタイガーと俺達を外してくれ。あとナイルさんも頼む」
「それとシズクとカエデ姉さんもだ」
気が引ける相手や自分達の名前を外すことにした。自分達の戦いは勉強になる部分もあるのだろうが、引っ張られそうな気がするので止めることにした。まあ本人が希望したら構わないけど。
そしてベルが元気になるようにプレゼントを渡すことにした。
「ベル」
「キュ?」
俺はベルに“不老長樹の苗木”を見せた。
「キュ………キュキュー♪」
ベルは一転して喜びの笑顔を見せた。やはりベルはこの手の物が好きなようだ。ベルは俺達を引っ張って庭へと向かおうとする。このままだと走り出すので、安静の為にも抱えてベルを止める。
「今日は安静と言われたから植えるのは明日だ」
「キュ~」
少しむくれているが、ベルも仕方がないと分かっているのか渋々従ってくれた。とりあえず今日はこれくらいにして温泉に入って休もう。




