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第五十三話 決断

「痛えな」


 シェリルの首を切り落とされる前に、俺は剣を掴んでその動きを止める。お陰で俺の手は血で赤くなっている。


「本当に邪魔だね。でもそのままだと指が無くなっちゃうよ。まあ僕(私)(俺)にはどうでもいいけどさ。邪魔されるのは嫌になるんだよね」


 剣に込められる力が強くなる。

 だけどこの剣を放す気はない。


「…そんな体でよくやるね。碌に魔法も使えないんでしょ」


 話を聞いていたみたいだな。でも関係ないな。


「何言っているんだお前は。俺の体は何ともない。絶対にこの手を放さない。シェリルを渡さない」


 烏天狗との戦いが終わったばかりで良かった。まだあの感覚を俺は覚えている。

 自己暗示で強くなれるなら、自分の体も魔力も騙してやろう。


 俺達は拮抗して両方とも動けない。

 その隙をコタロウ達が逃すはずがなかった。


 コタロウとムギは聖魔法と音魔法で呪いの弱体化を狙う。リッカは巨大な人形を作り出してシェリルを抑えようとしてくれる。

 

「ああもう! 一人に対して卑怯だと思わないの!?」

「卑怯云々語るなら、シェリルの体から出て行って本体で出て来いよ。お前は分身を飛ばしているんだけなんだろう。自分だけ安全な場所じゃないと戦えない弱虫がな

にほざいているんだ?」

「うるさい!うるさい!うるさい!」


 …コタロウ達が頑張ってくれているけど効いている感じはあまりないな。俺もいつまで持つか分からないしな。“狂”で動きを止めるか?……あ!違うな“快癒”の方だ。あれは解呪の力もあったはずだ。


 すぐに"快癒"を取り出す。すると嫌な気配でも感じたのか、シェリルの体から触手のような物が伸びて襲いかかってくる。


「させないよ」

「キュー!」


 そこで飛び出してきたのは寝ていたはずのベルだった。ベルが触手を抑え込んでくれる。


 そして俺はリッカに声をかける。


「リッカ! 落ちている"神聖杯"を拾って魔力を込めろ。そして中に出来た水をシェリルにかけてくれ」

「ベア!」


 動き出すリッカ。そして襲いかかる触手。だけど俺の事もリッカの事もベルが守ってくれる。


「ベアベア!」

「やめろ! ふざけるな!」


 リッカはすぐに水をかける。するとシェリルから力が抜けていく。


 チャンスとばかりに俺は針を刺す。シェリルの体を癒しながら呪いを弱めなければいけない。


 いつもよりも硬く抵抗を感じる。それでも俺は刺していく。


「くそ! 次は絶対に奪ってやる」


 そう言いながらシェリルの体は崩れ落ちる。俺はそんなシェリルを支えて隠れ家の入り口を開く。


「一旦部屋に向かうぞ」


 声をかけるとすぐに動き出す。

 シェリルはリッカが出した巨大なぬいぐるみが抱えてくれている。


 部屋に戻ったところで俺は皆に声をかけて何が起きたかを説明する。


 説明が終わるとベル達は心配そうな表情でシェリルに駆け寄った。俺はその間に新しく手に入れた、医療施設と修練場のオーブを割る。


「リッカ。またシェリルを運んでもらっていいか?」

「ベア」


 そのまま皆で医療施設へと移動する。医療施設も修練場も海やプールの扉の近くにあったため迷うことは無かった。


「これが医療施設か」


 俺の第一印象は研究所とい感じだ。ベッドが置いてあるが、それ以外にも大型のカプセルが並んでいる。


「どう使うんだ?」


 そう呟くとどこからか機械的な音声が流れた。


『対象者をベッドに寝かせて下さい』


 驚いたがその音声に従って、シェリルをベッドに寝かせる。


『診察いたします』


 天井から機械が現れて、赤い光線でシェリルを包み込んだ。


 ベル達は飛び出しそうになったが、俺が動かなかったのでその場で止まってくれた。


 そして不安なまま五分程時間が過ぎる。そこでようやく機械が天井に戻っていった。


『診察終了です。患者シェリルは気を失っていますが、すぐに目覚めるでしょう。ですが重度の呪い状態にあります。呪いは静められていますが、現状治す手段はありません。そして呪いはすぐに進行いたします。ただし、"隠れ家"にいる限りは影響を最小限に抑えられます。期間は一ヶ月です』


 一ヶ月。長いようで短いだろう。


「ちなみに隠れ家から出るとどうなる?」

『日常生活を送るなら一日。戦うなら二時間です。"隠れ家"においても魔法を使用するなら頻度にもよりますが、一週間程度です』

「…そうか」


 正直この現実を受け入れたくない気持ちで一杯だ。だけど現実逃避に意味はない。この先を進むためにも、俺達の体調も確認しないとな。


「ベル。あのベッドに横になってくれ。俺達も状態を確認するぞ。コタロウ達も順番にやるからな」


 そして俺達は順番に診察していった。コタロウ達は異常なし。ベルと俺は体の外も中も癒す必要があるということでカプセルに案内された。ちなみに俺の状態も結構ギリギリらしい。祝福された水やここに月光樹がなければアウトだったと淡々と伝えられた。


 その間コタロウ達は先に戻っていいと伝えたのだが、この場から動く気配がなかった。


 コタロウ達を撫でてから俺とベルはそれぞれ別のカプセルに向かう。


 カプセルに入り閉じると、酸素マスクのような物が自動的に装着される。そしてカプセル内には水が溜まっていく。


 だがこの水が心地よかった。水で満たされると俺はそのまま眠ってしまった。



『おい! お前達がなぜ俺を襲うのだ!』

『貴方のような存在はこの世界に必要ないのです』

『ふざけるなよ! 俺が消えれば少しずつ世界の均衡が崩れる。それを分かっているのか!』


 あれはエルメシアか?もう一人は……誰だ?


『そこは大丈夫ですよ』

『お前は!』


 もう一人登場人物が現れたか。こっちは全身をローブで隠しているし機械的な声だな。性別すら分からんな。


『だから安心して消えていいのですよ。 戦いで傷ついた貴方になら私でも十分ですから』

『貴様ら!』


 殺すのか?

 そう思った瞬間にエルメシアの手から強烈な光が放たれた。


『うわぁぁぁ! 許さんぞ! お前達は絶対に許さんぞ!』

『どう許さないのか、見せてほしいわね』


 男は完全に消えてエルメシアもどこかに行ってしまった。そして謎の存在だけが残っている。


『ふふ。上手くいきましたね。バカは扱いやすくて楽ですね』


 そう言って謎の人物は消えていった。



『治療終了です。念のため二日間は安静にしてください』

「ふぁ!?」


 気がつくと治療が終わっていた。ベルは一足先に終わったようで、コタロウ達の側でくつろいでいる。


「……何か重要な夢を見た気がするけど何だっけ?」


 俺は先程まで見ていた夢が気になったが一向に思い出せない。結局、ただの夢だったと言い聞かせてベル達と部屋に戻る。


 シェリルの方はまだ目覚めない。ベル達はシェリルの側で丸まってくっついている。


 俺はその間に邪竜について考える。あと、一ヶ月以内に倒す必要があるのに場所すら分からないからだ。


「どうするかな。偵察人形は必須だけど、ある程度目星はつけたいんだよな。一階ずつ探すと時間切れの可能性があるしな」


 悩んだ末に俺は通販で一から百まで書かれたカードと白紙のカードを購入した。そして"幸運の金貨"を使用しシャッフルする。


 これで出た数字の階を重点的に調べる。七十八階までしか確認されていないが、もっと階はあると考えて数字は百まで用意した。白紙が出た場合はここにいないと考える。


 そして俺はシャッフルしたカードから一枚だけ抜き取った。


「七十八か」


 せめて七十三くらいであってほしかったが仕方がない。無理矢理にでも七十九階まで向かってやろう。


「そうすると全員での行動は難しいよな」


 向かう人数は最小限の方がいい。戦うだけなら大勢いた方がいいが、今回は戦いを避ける場面も出てくるだろう。その場合は少ない方がいいに決まっている。


 それにシェリルを一人には出来ない。何かあったときに動ける者は必要だ。


 考え事をしているうちに、シェリルがベル達を伴ってリビングに来た。


「すまない。迷惑をかけた」


 シェリルの顔は悲壮感に溢れていた。


「あんな事になるとは思っていなかった。これ以上迷惑はかけれん。私はここを出ようと思う」

「ダメダメ。それはさせないからな」


 俺の答えに同意するようにベル達はシェリルにしがみついて首を何度も横に振っている。


「しかし」

「ハッキリ言うけど、隠れ家から出るとシェリルは一日しか無理だぞ。戦えば二時間だ。それを超えたら呪いがシェリルを支配する。まあ。ここで魔法を使わなくても一ヶ月らしい」

「…それは誰が調べたんだ?」

「さっき手に入れた医療施設で調べた。信用できないならもう一回調べるか?」

「いや、疑うつもりはない」


 それだけ言うとシェリルは俯いた。普段は強気だが、さすがに怖くなってきているのだろう。微かに手が震えている。


「とりあえず食事にしようぜ。それと邪竜の居場所の目星はつけたし」


 シェリルを座らせると皆で軽い食事にする。そこで邪竜の居場所の話も行った。


「まあ運任せだけど闇雲に探すよりはいいだろ。期限があるからな」

「それはいいが、どうやってそこまで向かうつもりなんだ?」

「うん。俺とベルで進もうと思っている」


 俺の答えを聞くと、シェリルよりもコタロウ達が抗議の声をあげてきた。


「たぬぬ! たぬ!」

「ベアベア!」

「ピヨ!」


 コタロウに至っては、俺をポカポカ叩いてくる。そんなコタロウの頭に手を置いて優しく撫でる。


「ごめんな。でも今回は戦いを避ける場面もあるから少人数で行きたいんだ。そうなると、隠れ家の能力を持つ俺は進まないといけないし、戦闘力的にベルは外せないんだ」


 コタロウ達は落ち込み目に涙を溜めている。


「それにシェリルは外に出せないだろう。そうなると、万が一の時のために隠れ家にも誰かいなきゃいけない。コタロウは聖魔法で呪いを抑えられるし、ムギも音魔法で聖魔法に近い効果やリラックス効果がある。リッカは大きいぬいぐるみで運搬もこなせるだろう。それは俺とベルには出来ない。だから、シェリルのサポートをしてほしいんだ」


 コタロウ達は少し考えた後に任せろと言うように胸を叩く。


「ありがとうな。ただ、シェリルを苦しめた邪竜には皆で戦うからな。さっさとやっつけて皆でまた冒険するぞ」


 シェリルを除いて皆が力強く頷いた。

 そしてシェリルはゆっくりと口を開いた。


「私はジュン達を死なせたくない」

「俺達もシェリルを死なせたくないぞ」

「勝算はあるのか?今までの邪竜は分身だった。それでもAランクの冒険者が何人も破れている。私も先程の呪いに抗えなかった。本体はどんな化け物か分からんぞ」

「俺にとってはキーノと烏天狗も化け物だったな」


 シェリルは顔をあげて俺の目を見てくる。


「そいつらより強いかもしれんのだぞ。邪竜討伐は夢物語とも言われてきた。……私も本音を言えば諦めていた。ただジッと死を待つのも怖くて足掻いていただけだ」

「じゃあ最後まで足掻こうぜ。それに、俺の目標はエルメシアをぶん殴って倒すことだぞ。邪竜よりも夢が大きいと思わないか?」

「貴様は死ぬと思わないのか」

「烏天狗が一番死ぬと思った。邪竜があの呪い通りの性格なら少なくとも怖いとは思わないな」


 シェリルはどうにか諦めさせようと言葉を絞り出す。


「ならばコタロウ達はどうなのだ。今のままなら邪竜に殺されるぞ」

「守ればいい。それに守ってもくれる。修練場がどんな場所か見ていないけど、場合によってはそこで頑張ってもらう。それにやる気十分だぞ」


 コタロウ達はその場でシャドーボクシングをするような動きを見せた。


「後はシェリルが色々教えてくれると助かるな」


 シェリルは俯き黙ってしまう。そして沈黙は数分間続いた後にシェリルが喋りだした。


「死なないとだけ約束しろ。それと邪竜との戦いは私も参加するからな」

「…分かったよ」


 シェリルはそのままコタロウ達を抱き締める。コタロウ達もそれに応えるようにシェリルの事を抱き締めた。

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