第五十二話 進行する呪い
…体が痛い。
目を開けると少しだけ見た記憶がある部屋にいた。
「ミラージュハウスの部屋だったよな」
隣のベッドではシェリルの両隣にコタロウとムギが眠っており、俺の隣にはベルとリッカがいる。
「えーと、何でここで眠っているんだっけ?」
まだ起きていない頭を働かせて何があったかを思い出してみる。
まだボーッとするが徐々に思い出してきた。烏天狗を倒した後に俺は気を失ったんだ。その後はシェリルやコタロウ達の声が聞こえたから、恐らくすぐに俺を運んでくれたんだろう。隠れ家を使えないからミラージュハウスを使ったんだな。
「でも皆が無事で良かった」
俺は皆の顔を見ながら心の底から安心した。ただそこである事に気が付いた。部屋は暗くて見えにくいが、シェリルの顔に昔みたいな黒い痣が出てきている。
すぐにでも話を聞きたかったが、スヤスヤと寝ているシェリルを起こすのは忍びなかったし、俺も体が痛すぎて体を起こすのが難しい。
結局皆が起きるのを待つことにした。
その間は隣に寝ているベルとリッカを軽く撫でる。
「キュ~」
「ベア~」
ベル達から声が漏れる。良い夢を見ているのか笑って手足が動いていた。
ああ。またこの姿を見れて本当に良かった。
そして寝顔を眺めている内にシェリルが目を覚ました。
「起きていたのだな。良かった」
シェリルはそう言って微笑んだ。いつもならこの微笑にも癒されるのだが、今はそう思うことが出来なかった。
「おはようシェリル。…その痣は」
「ああ、これか」
自分の顔の痣を触りながらシェリルは自嘲する。
「限界が来たようだ。この頃キーノや蛇女との戦いがあったからな。女天狗との戦いで容量を超えてしまったらしい」
そう言いながら隣で眠るコタロウとムギを撫でる。
「まあ貴様が心配するほどではない。戦いの後からコタロウが聖魔法を定期的に掛けているし、ムギが癒しの音を出してくれている。そうそう、リッカも皆の世話を頑張っていたぞ。巨大なぬいぐるみを出して貴様を運んだりしたしな。本当にいい子達ばかりだな」
俺はその姿を見て痛い体を無理やり動かした。シェリルは慌てて俺を止めようとする。
「おい。貴様は安静が必要だ。まだ寝てろ」
「分かっているよ。部屋でゆっくりする。隠れ家の方が月光樹の魔力もあって治りが早いだろうし、シェリルにとってもそっちの方が良いだろう」
隠れ家の入口を開こうとしたのだが、何故か隠れ家は開かなかった。
「あれ?」
そして急激に激痛が襲ってきた。
「うぉ!?」
「おい大丈夫か」
ベッドに倒れる俺にシェリルがすぐに駆け寄った。
「何が起きたんだ?」
「多分だが烏天狗との戦いで限界以上に魔法を使ったからだろう。私達の方からは貴様の戦いは見えたのだが、あの力は確実に体に負荷をかけている。もう少し長引いていたらその程度じゃすまなかっただろうな」
「どれくらいこのままなんだ?」
「恐らく三日はそのままだろうな。その後も完全に良くなるにはもっとかかるだろう」
マジかよ。そう思いながらも、あの力がないと烏天狗には勝てなかっただろうし何も言えない。
ただ俺も気になる事がある。
「シェリルの方は大丈夫そうか?ここから少し時間がかかりそうだけど」
「…正直分からんな。だが私もこの状態で急ぐと碌な結果にはならないから。どのみち様子を見なければならない」
微笑んでいるけど顔に不安が見える。まあシェリルの言う通り、急いだところで俺も使い物にならないからな。しっかり休まないと。
ただ情報の整理は必要なので、何が起きてどんな戦いだったかなどをシェリルに話してもらった。
「一歩間違えれば全滅だったな。ところで天狗達のドロップアイテムはあるのか?」
「ああ。リビングのテーブルの上に置いてある。持ってくるか?」
「悪いけど頼む」
そしてシェリルは宝石のような石・黒い羽を二枚・数珠・小さい種を持ってきた。
俺はそれらを触って収納してみた。どうやら収納というか通販の能力は使用できるようだった。とりあえず食事の問題がない事だけは安心した。
早速手に入れたアイテムを確認する。
“女天狗の宝珠”
神秘的な力を秘めた宝玉。奇跡を起こす力があるが使い方は不明。
“烏天狗の羽”
特定の装備やアイテムに力を与える。
“大天狗の数珠”
数珠の球の数だけ生き物を封印できる。ただし封印できない生き物もいる。
“再生の種”
欠損部位に埋め込むと元に戻る。臓器や死者には意味がない。
また結構なアイテムが手に入ったな。しかし“女天狗の宝珠”は使い方が分からないな。倒したのはシェリルだしお守りみたいに持っていても良いのかもな。
俺は手に入ったアイテムを説明してシェリルに“女天狗の宝珠”を渡しておいた。
「しかし“烏天狗の羽”は二枚か。シェリルの鉄扇にも使えるかもな。やってみるか?」
「…いや。貴様が二枚とも使っておけ。何となくだがその方が良い気がする」
「そうか。それなら数珠はベルに渡しておくか。強敵に勝った証としてな」
俺はまだ眠っているベルに目を向ける。
本当に俺と一緒に来てくれてありがたい存在だ。いや、ベルだけじゃないな。おコタロウもリッカもムギも、俺が倒れている間に色々世話をしてくれたみたいだしな。
どうにかして楽しい日常に戻したいな。
「そうだ」
「どうした?」
俺は自分の持っているアイテムを一つ思い出して、取り出してシェリルに見せた。
「これを使ってみないか」
「確か“幸運の金貨”だったな。どう使うつもりだ?」
「今日はまだガチャを引いていないんだよ。この組み合わせは使えると思うぞ」
「まあ貴様が使ってみたいなら使っていいんじゃないか」
シェリルは半信半疑だが、俺は邪竜討伐の可能性を信じて使う事にした。
金貨に魔力を込めると端が少し黒ずんだ。全部使えば真っ黒になるんだろうな。
そして俺はガチャを引いた。
ムービーが流れると久しぶりの当たりの文字が出た。
思わずガッツポーズをとる。そして確認しないと。
“竜喰らい(短剣)”
竜族に対して大きなダメージを与える。使用者の身体能力と魔力も上昇させる。また、竜を倒せば倒すほどこの武器の力は増していく。進化する可能性を秘めている。
“マジックステッキ”
一見するとなんの変哲もない棒だが、使用者の意思で形を変える。使用者の強化などの効果は無いが、死ぬほど固い。
“魔法の絨毯”
絨毯に乗り魔力を込めると空を飛ぶことができる。操作は自分の意思で動かすことができる。結界も付いているため多少の攻撃ならばびくともしない。潜水機能もあり。
“安眠寝具”
この寝具で寝ると翌朝には疲れが吹き飛び最高の状態で目覚められる。
“恵みの泉”
任意の場所に設置できる。栄養が豊富でこの水で作物を育てると品質収穫量共にとんでもないことになる。飲料水にも使えて美味しい。
“神聖杯”
魔力を込めると祝福を受けた水が溢れ出す。
“アイテムボックス(リング・魔物用)”
六畳部屋分のアイテムを収納できる。中の物は時間の経過を受け付けない。装備者の意思で取り出すことができる。
“隠れ家のオーブ(カスタム 修練場)”
壊すことによって隠れ家の能力にカスタムできる。
“隠れ家のオーブ(カスタム 医療施設)”
壊すことによって隠れ家の能力にカスタムできる。
“不老長樹の苗木”
上手く育てると仙桃を収穫できる。
………正直予想以上過ぎる。
「成功したのか?」
「うん。良すぎて怖いくらいだ」
俺は一つ一つシェリルに説明していく。シェリルの表情がころころ変わって面白かったが、“神聖杯”と“不老長樹の苗木”に関しては複雑な表情だった。
「やっぱりマズいよな」
「そうだな。“神聖杯”はエルメシア教どころか、全ての教会が欲しがるだろうな。“不老長樹の苗木”は権力者全員が欲しがる。仙桃は不老不死の材料の一つとされているからな。まあベルは喜びそうだがな。それそうと“神聖杯”で水を飲んでみろ」
俺は勧められるまま“神聖杯”を取り出して何とか魔力を込めて飲んでみた。
「何だコレ!?」
ハッキリ言って驚いた。“月光水”や“月の雫”も体を回復させるのだが、こちらの水は疲れた体を癒してくれるという感じだ。
「祝福された水は魔力も癒すと言われていたからな。少しは楽になったんじゃないか?」
俺は試しに隠れ家の入口を開いてみた。
まだ、違和感や痛みは拭えないが開くことはできるようだった。
「お陰様で良くなったみたいだ。俺だけだと手に入れても飲もうとは思わなかっただろうからありがたいよ」
「貴様なら飲みそうな気がするがな」
「先に“月光水”と“月の雫”を試すと思う。…それでも回復したのか?」
「無理だろうな。貴様は烏天狗と戦い終わった後に飲んでいたぞ」
そういえばそうだったな。
「ところで隠れ家に移動はするのか?」
「コタロウ達が起きたらだな。とりあえず俺は"烏天狗の羽"を使ってみるかな」
寝ているベル達を起こさないようにリビングへと移動する。そこには砕けた"風鳥"や"鋼雲"などが置かれていた。"嵐舞"や"戦装束"もボロボロだ。
「ごめんな。俺が未熟で負担ばかりかけているな」
言ってしまえば道具だが、この世界に来てから俺の身を守ってくれている大切な物だ。こんなにボロボロになるのは悲しくなってしまう。
壊れた欠片を握りしめると悔しくなってくる。
そして、俺は"修復の指輪"を使用する前に"烏天狗の羽"を取り出した。
すると"風鳥"と"嵐舞"が光だす。それはまるで自分に使えて言っているようだった。
俺の手に持っている羽は吸い込まれるように二つの武器に飛んでいった。
そして新しい武器となり俺の前に置かれていた。収納して能力を調べてみる。
"暴風鴉(短剣)"
風魔法と速さを格段に上げる効果を持つ。この剣から繰り出される一撃はどんな暴風でも切り裂く。
"狂嵐舞(棒)"
全てを滅ぼす嵐を巻き起こす。風と水の魔法を強化してくれるが、未熟な使用者は武器にくわれる。
「とんでもない進化をしてくれたな。認められるように頑張るから力を貸してくれよ」
俺はそう言った後に、"鋼雲"と"戦装束"の修復を開始する。幸いにも欠片が殆ど揃っていたので、“戦装束”は二日。粉々になった“鋼雲”でも一週間もすれば元に戻りそうだった。
「とりあえずはこれでいいか。ああそうだ。さっきから思っていたんだけど、シェリルも"神聖杯"使ってみないか」
俺の作業を見守っていたシェリルに声をかける。コタロウ達はまだ眠っているし試せることは試しておこう。
起きた時にシェリルの呪いが少しでも治まっていれば安心するだろうしな。
「そうだな祝福された水には浄化の力があるはずだしな。すまないが魔力を込めてくれるか。私はそれも難しいのでな」
そこまでヤバい状態なのかと思ったが、俺は黙って"神聖杯"に魔力を込めて水を作った。
「すまないな」
シェリルがその水を飲もうとした時だった。
「ぐっ」
すると"神聖杯"を床に落として、そのままシェリルも倒れ込んだ。そして黒い痣がうごめいている。
「大丈夫か! コタロウ!」
「たぬ!?」
コタロウ達は俺の焦った声で飛び起きた。そして、シェリルの状態を見てすぐに動き出す。
「~♪」
ムギの歌が周囲に響き渡る。それだけで部屋中の空気が変わっていく。
コタロウはシェリルの側で聖魔法を掛ける。だが、治まる気配が無く。苦しそうなシェリルを見てコタロウ達は泣きそうだった。
俺も"清潔の指輪"を使うが効果は見えない。
『邪魔しないでよ』
「たぬ!?」
不意に知らない声が聞こえると、コタロウが吹き飛ばされた。
声の主はシェリルの黒い痣からだった。痣から黒い靄が出現し、その靄が憎悪の目で俺達を睨んでいるのだ。
『僕(私)(俺)の玩具なんだよ』
声がいくつも重なっている。その声はどれも幼くて、余計に不気味に感じた。
だが黙っている訳にはいかない。俺は黒い靄を睨み返す。
「生憎とシェリルは玩具じゃないんだよ。邪魔はお前だからとっとと消えろよ」
『何言っているの? 全部僕(私)(俺)の玩具なんだよ。そう教えてくれんだよ』
「誰にだよ」
『皆だよ。玩具だから自由に遊んでいいんだって。それに遊ぶと皆が喜んでくれるんだ。だから遊ぶんだよ。“ギャー”とか“うゎー”とか言いながら色んな動きをするんだよ。それを見るととても楽しいの。皆も紙にメモしながら褒めてくれるんだ。そのうち動かなくなるんだけど僕(私)(俺)と一つになるとずっと遊べるんだ』
この会話だけでコイツは狂っていると感じられた。そして邪竜と言われながらも、とても無邪気だ。声もそうだが、精神年齢がかなり低いように思える。
だけどこれは子供でも無ければ人でもない。ただ人の苦しむさまを見て喜ぶ怪物だ。遠慮はしない。そして、そう思ったのは俺だけではなかった。コタロウ・リッカ・ムギがシェリルを救うために黒い靄に攻撃を仕掛けた。
コタロウは光魔法、リッカは氷魔法、ムギは音魔法だ。
だが攻撃はどれも黒い靄をすり抜ける。
『バカだな。呪いに攻撃なんて効くはずないじゃん』
黒い靄はバカにするような声で話してくる。
『大体君達は邪魔なんだよ。ずっと僕(私)(俺)が出れないようにしてさ。もう邪魔させないよ』
すると黒い靄は痣へと戻っていく。
そして…シェリルが立ち上がった。
「たぬっ」
コタロウはシェリルに抱きつこうと駆け出した。
だが俺はそれを引き留める。
「たぬ?」
不思議そうな顔をするが、俺の雰囲気を感じ取ったコタロウは黙っている。
「お前は誰だ?」
俺が問いかけるとシェリルはゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「何を言っているの?シェリルに決まっているじゃん」
そう言って無邪気な笑顔を見せる。
とりあえずコイツは騙す気が無いな。普段のシェリルと違い過ぎる。声もさっきのまんまだし。
「シェリルを操って俺達を殺す気か」
「アハハ。すぐに違うって分かったんだ。でもね、僕(私)(俺)は君達とは遊ぶ気が無いんだ」
するとシェリルの手に黒い剣が現れる。そして自分の首に当てる。
「この方が手っ取り早いじゃん」
そして黒い剣に赤い色が付いた。




