第四十七話 逆襲の蛇
暗闇が晴れると俺は草原に立っていた。
そして俺と対峙するように蛇の顔をした騎士が立っていた。
「これはお前がやったのか?」
「…マ…ロス」
「え?」
「キサマヲコロス!」
蛇騎士は血走った目で俺を見ている。そして手に持つ槍に力を込めて俺に放ってきた。
俺は避けたはずだが、その衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
「コロス!」
そして蛇騎士は追撃の手を緩めない。威力は落ちるが鋭い連続突きを放ち続ける。
俺はその突きを掻い潜って、蛇騎士の顔に“風鳥”を突き立てようとしたのだが、寸前のところで後方に逃げられてしまった。
「激情のまま攻撃してくれれば楽だったんだけどな」
俺は蛇騎士の次の攻撃に備えて、武器を“鋼雲”に変えて構え直す。リーチの差を考えればこちらの方が良いだろう。
「コロス」
蛇騎士は再び怒涛の攻めを見せてくる。俺はその攻撃を捌きながら、隙を見ては攻撃をしているのだが堪えている様子がない。
「これじゃあダメか」
俺は戦い方を変える事にした。
「コロスコロスコロス」
蛇騎士は先程から真っすぐ俺に向かってくる事しかしない。強烈な突きによる衝撃波はあるが、基本的には腕力と速さを活かした突きがメインだ。そのため槍の間合いに入ろうとしている。
そこで俺は近づいてくる蛇騎士を落とし穴に落としてみた。単純な行動しかしない蛇騎士は見事に引っかかる。
その間に俺は魔力を溜める。
蛇騎士は大きくジャンプしてすぐに落とし穴から出てきた。気のせいかもしれないが、先程までより怒っている気がした。
だけどこれはチャンスだ。空中で動きづらい所に俺は風の刃を放っていく。
「ギャー!!」
風の刃は蛇騎士の体を刻んでいく。バラバラになった蛇騎士は再び落とし穴に落ちていった。
俺が落とし穴を覗き込むと、そこには俺を睨む顔があった。まだ死んでいないと思った俺は止めの魔法を放とうとしたのだが、それよりも早く蛇騎士の姿が変わっていく。
下半身が大蛇になり、そして上半身も腕が六本あり、全ての腕が槍を持っている。
「人馬一体ならぬ人蛇一体かよ。しかも文字通り一つになっているしな。さっきよりも弱ければ良いんだけど」
そんな小さい希望は一瞬で打ち砕かれた。猛スピードで迫りながら、六本の槍で強力な突きを放ってきた。
どんなに早くても一本なら捌くことはできるが六本の槍の攻撃は物理的に捌けない。俺は何とか距離を取りながら魔法を放っていく。
だが、風の刃が当たってもビクともしない。
「コイツもかよ。血くらいは流してほしいけどな」
今度はウォーターカッターだ。威力だけなら風の刃より高い。大抵の物なら貫通して傷つけるのだが。
「これもダメかよ」
蛇騎士にはダメージを与えられなかった。ウォーターカッターでも鱗をはがす程度のものだ。試しに土魔法でやるを作って刺してみたがこれもダメ。
「後は幻魔法と感覚魔法か。ゾンビには無理だったけど、アイツには悪夢とか効くかな」
まあやるだけやってみよう。まずは幻覚による炎だ。これは三十階の大蛇にも使ったから慣れている。
「!?」
やはり炎は少しは効果がある。蛇騎士は体をのけぞらして俺から距離を取ってくれた。俺は逆に距離を詰める。そしてなるべく近くで悪夢を見せてみた。
「ギャー!!」
悪夢は蛇騎士には有効なようだった。のたうち回って暴れている。
「キーノだったらこれで終わらせられるんだろうけど俺ではそこまでは無理だな。しかも解けたっぽいし」
蛇騎士は起き上がり俺を睨みつける。
「コロス!コロス!コロス!コロス!」
今の状態だと幻覚による炎は無視してきそうだ。
「仕方がないか」
俺はとあるアイテムを投げつけた。そのアイテムを蛇騎士の払い除けようとするが、その前にアイテムは爆発する。
「ギャー!?」
先程の悪夢よりも大きな叫び声だった。上半身を何度も地面にぶつけては紫色の液体を吐いたりしている。
俺はその間に“嵐舞”に持ち替えて魔力を強く込める。そして風の刃を放った。蛇騎士は風の刃が放たれたことに気が付いていない。そのまま刃を受けて真っ二つになる。
「武器の力を借りなくてもこれくらいの魔法を放てるようにしたいな」
俺はそう言いながら真っ二つに横たわる蛇騎士の死体を眺めていた。すると蛇騎士の体がいきなり溶け出した。
「うぉ!? 何だこれは」
解けて消えていく蛇騎士。俺は何やら嫌な予感がした。
◆
ベル・コタロウ・リッカ・ムギ(三人称視点)
目の前でジュンの気配が消えた。それと同時に自分達の周囲の景色が変わっていく。
「キュキュ。キュキュー」
周囲の気配を感じ取ったベルはコタロウ達に指示をする。コタロウ達はすぐに戦闘態勢に入っていた。
「シャー」
景色がハッキリすると、ベル達の周りには無数の蛇が睨みつけていた。そして奥の方には二首の大蛇が佇んでいる。
「キュキュキュ。キュキュー」
「たぬぬ」
「ベアベア」
「ピヨヨ」
ベルは周囲の蛇達をコタロウ達に任せて、奥の方へと移動していく。
残されたコタロウ達は気合を入れて周囲の蛇に立ち向かう。
コタロウは光魔法、リッカは氷魔法、ムギは風魔法を放って蛇を蹴散らしていく。蛇達は数はいるが一匹一匹は強くない。そのためコタロウ達の魔法でも十分効果がある。だが次から次へと蛇達は湧いてくる。そして蛇の猛攻は止まる事を知らなかった。
「シャー!」
「ベア!?」
隙を見せたところに一匹の蛇がリッカに飛びかかってきた。リッカが反応が遅れて腕を噛まれてしまう。噛まれた腕は紫色に変色し始める。
「たぬ!」
「ピヨ」
すぐにコタロウが光魔法で噛みついた蛇を吹き飛ばし聖魔法で解毒を行う。その間ムギが結界で安全を確保する。
「ベア~」
リッカは申し訳なさそうにするがコタロウもムギも気にすることは無かった。むしろリッカを励ましている。
「ベア。……ベア!」
リッカも気合を入れなおす。だがコタロウ達は多くの蛇に囲まれてしまった。結界を解けば一斉に襲い掛かってくるだろう。
しかしコタロウは焦っていなかった。そしてリッカとムギに耳打ちする。リッカとムギはコタロウの話に頷き蛇達を睨みつける。
そしてムギは結界を解いた。同時に竜巻を発生させる。さらにリッカが竜巻にこぶし大の氷の塊と冷気を纏わせた。
「ベアー!」
「ピヨー!」
リッカとムギの合体技は周囲の蛇達を吹き飛ばしてみせた。力尽きて竜巻が消えた頃には周囲の蛇は姿形もない。
「たぬぬ♪」
「ベア///」
「ピヨヨ///」
コタロウは褒めるようにリッカとムギを撫でている。リッカ達も満更でない様子だった。
しかし蛇達の猛攻は終わっていなかった。そこら中から魔力の塊が集まって一つになる。そして一匹の大きな毒蛇に姿を変えた。三十階の大蛇やベルが戦っているような大蛇よりは小さいが周囲に毒の息を撒きらしている。
コタロウはリッカとムギに結界を張って自らが前に出た。コタロウは万が一を考えて力を温存していたのだ。
「シャー!」
「たぬぬ!」
キーノに立ち向かった経験からか、コタロウは毒蛇に臆することは無い。毒蛇の攻撃をひらりと躱してみせる。
「たぬー!」
そして光魔法を放つ。だがコタロウの攻撃では威力が足りずに、尻尾の一振りでかき消されてしまう。元々コタロウは攻撃の威力はそこまで高くないので、毒蛇に決定打を与えるのは少々厳しい所があった。
毒蛇にとっても結界や毒を解毒できるコタロウは厄介な相手のため、互いに勝機を探している状態だ。
そんなコタロウの脳裏には格好良く相手を一刀両断する姿や、短剣を鳥に変えて相手を貫くジュンの姿があった。
自分も武器を使えれば少しは戦えるかもしれない。そう思うが、今の自分の手では貰った短刀を持つことは出来ても上手く振るう事は出来ない事は分かっていた。
せめてジュン達の様な手をしていれば。そこでコタロウは自分がゴブリンに化けた事を思い出した。武器を持てる姿に変化すればいいのだとコタロウは気が付いた。
「たぬぬ♪」
コタロウは今まで戦っている集団に化ける事しかしてこなかった。だから今までこんな簡単な事に気が付かなかったんだなと可笑しくなってしまった。
そしてコタロウは人間に化けた。ジュンとシェリルを足して割ったような姿の子供だ。右手には“白夜”を左手には“軽量の短刀”を持っている。
「たぬ」
コタロウは白夜を振るって光の剣閃を放った。毒蛇は先程までと同じように尻尾を振るうが、毒蛇の尻尾は傷がついて血が流れる。
コタロウはここに勝機を見出した。毒蛇も危険を察知したのか近づけないように毒液を放出する。
「ベア!」
「ピヨヨ!」
リッカ達がその毒液を遮るように魔法を放ち、コタロウのサポートをしてくれた。コタロウは駆け出して一気に毒蛇に近づく。
「たぬ!」
コタロウは毒蛇の頭に魔力を込めて白夜を突き立てる。それでも毒蛇はしぶとく攻撃してくるのだが、もう一つの短刀を使って捌いて見せた。
「たぬぬ!」
そして白夜を振り抜いて毒蛇を両断してみせた。
毒蛇が死んだ事を確認すると、コタロウは力尽きて倒れこむ。慌ててリッカとムギがコタロウに駆け寄ってきた。
「ベアベア」
「ピヨ」
「たぬー。たぬたぬ」
コタロウはリッカ達に無事を伝えるとゆっくりと起き上がる。
「キュキュキュ♪」
するとベルがいつの間にか側にいてコタロウ達を褒めるように拍手している。褒められたコタロウ達は照れていたがすぐにある事を思い出した。
「たぬぬ、たぬー?」
「キュキュ」
どうやらベルは二首の大蛇をすぐに倒していて、コタロウ達を見守っていたらしい。
コタロウ達は改めてベルの強さを実感していた。
◆
シェリル(三人称視点)
シェリルは目の前でジュン達が消えてしまったことに、少なからず動揺してしまった。だが、自分の側に誰かの気配を感じたため、すぐに向き直る。
「久しぶりだねぇシェリル。まさかこんな場所でアンタを見つけられるとは思わなかったよ」
「誰だ貴様は?」
シェリルの目の前には蛇のような目をした女が立っていた。女はシェリルを知っているようだが、シェリルは見覚えが無いようだ。
「相変わらず癇に障るね。クソガキが!」
女はシェリルに対して敵意をむき出しにしている。
「アンタ達のせいで私は十年以上もこんな仕事をやらされる羽目になったんだよ。まあ憎いアンタ達が来てくれたのは僥倖だったけどね」
「十年以上か」
もしかしたらこの女は自分の記憶が無い期間の事を知っているのかもしれないとシェリルは思った。捕まえて吐かせたいという気持ちはあるが、今はそんな悠長な事は言ってられないと思いすぐにソウルイーターを構える。
女の方も薙刀を手に取りシェリルへと向ける。
すると女の姿はブレて分身がシェリルを囲む。
「どれが本物か分かるかい?」
シェリルは何も答えず、すべてに対して攻撃を仕掛けた。その攻撃は素早く正確に女を捕らえていた。だが、女は全て消えてしまった。
その時わずかだが地面から振動を感じたシェリルはその場を大きくジャンプした。それと同時に地面からかは下半身を蛇にした女が現れた。
「上手く避けたね」
「貴様は何者だ?魔物なのか?」
女はシェリルに不気味な笑みを見せる。
「何言ってんのさ。人間に決まっているだろ。ただちょっと特殊なだけだよ」
そう言うと女の腕が六本に増えて襲い掛かってくる。
「化け物が」
シェリルはその攻撃を避けてソウルイーターを振るって傷をつける。女の防御力は高いのだが、ソウルイーターの鋭さはそれを上回っていた。
だが女は傷など気にせずにシェリルを睨みつけている。
「化け物だって。…これはお前のせいだろうが! お前が大人しく捕まっていれば私もアイツもはこんな姿にならなかったのだぞ!」
女は怒りと共に周囲に毒の霧を生み出した。
「悪いが記憶が無いのでな」
シェリルは風を使って霧を散らす。
「それに大人しく捕まるはずが無いだろう。自分達が悪いのではないのか」
「うるさい。お前はズタズタに尊厳ごと引き裂いてアイツ等の前に出してやるよ!」
女は猛攻仕掛けるが焦っていた。女が知っているシェリルは十年も前の事。それ以降はダンジョンの中で別の仕事を任されていたため、今のシェリルの実力を知らなかったのだ。
そしてシェリルは女の焦りを見抜いていた。
確実にゆっくりと追い詰めていく。シェリルが有利になればなる程女は焦っていた。
「ふざけやがって!」
女の目が突然怪しく光る。
シェリルは飛び退いて距離を取ったが右腕が石になっている。
「アハハ。本当は八つ裂きにしたかったけどこの際だから石でも構わないわよ」
女の目からは怪しい光が発せらる続ける。シェリルは右腕を庇いながらも光を避け続ける。
「どうした大人しいじゃないか。あの時も大人しくしていればよかったものを」
女は昔の事を思い出して一度俯いたが、すぐにシェリルを睨んで体全体から無数の目を出した。
「逃がさないよ!」
全身の目から光が放たれる。避ける場所もなくシェリルはその光を浴びてしまう。
「アハハ、これで終わりよ。でもね地獄は始まったばかりだからね。組織の研究員が貴方を素晴らしい作品に仕上げてくれるわ。変態ばかりだから過程でどうなるかは知らないけどね」
「悪いが終わってないぞ」
「は?………あれ?」
女はシェリルによってバラバラに切り刻まれた。
「どうして?それに何でくっつかないの?私の体は再生するはずなのに」
それだけ言うと女の体は溶けだした。
「ギャアア!?」
凄まじい雄叫びを上げていたが徐々に声は消えていく。完全に消滅したのを確認してシェリルは一息ついた。
「やれやれ。“月の雫”を貰っていなければ危なかったな。それに少しだけ“ソウルイーター”の真価を発揮できたか?」
そしてシェリルは地面に落ちている瓶に気が付いた。
「…“異界の小瓶”か。二本あるという事はジュン達は二手に分かれているのか?それにしてもこんなレアなアイテムを持っているとはな」
シェリルは嫌な予感がしたが、まずはジュン達を解放するのであった。




