第四十五話 廃墟
目が覚めると辺りはまだ暗かった。ふと横を見ると、シェリルやベル達が眠っている姿が目に入る。俺はベル達の頭を軽く撫でてから庭へと向かう。
「少し訓練しないとな」
キーノとの戦い以降、朝の訓練が日課になっている。自分の実力を上げないと、少し強い敵がでればあの状態になってしまう可能性が高いからな。そうなったら、シェリル達に危害が及んでしまう。それだけは御免だ。
気合を入れて訓練していると、俺に向かって魔法が飛んでくるのを感じた。それを飛んで避けて魔法を放った者の方向を向く。
「いない?」
しかしその方向には誰もいなかった。
「キュキュ」
「うぉっ!?」
いつの間にかベルが俺の肩に乗っていた。
「もしかしてさっきの魔法って」
「キュー」
両手で丸を作るベル。そして俺の肩から降りると、かかってこいと言わんばかりに手招きをしている。
「それじゃあ胸を借りるかな」
俺はそのままベルと模擬戦をする。ベルは動きが素早いために、俺だと風魔法でしか対応ができない。だけどそんな俺の攻撃をベルは躱し続ける。
逆にベルの攻撃は俺にどんどんヒットする。躱しても躱した先にベルが待ち構えているため避けようがなかった。
しばらく戦ったところで俺は大の字に倒れる。
「やっぱり強いなベルは」
「キュキュ♪」
俺の胸の上に乗ってくるベルを撫でる。
「俺一人じゃどうしようもない事が多いから助けてくれよ」
「キュー」
ベルはドンと胸を張る。
そして俺達は笑いながら部屋に戻ったのだが。
「貴様等は何をしているのだ」
部屋に戻った俺達の姿を見たシェリルに正座させられた。
「貴様が普段から朝に訓練をしているのは知っている」
やっぱ分かっていたんだな。
「訓練したい気持ちも分かる。だから今までは特に何も言わなかった。だがな」
そう言ってジロリと睨んでくる。
「やりすぎだ。その体ですぐに探索に行けると思っているのか。努力を否定する気はないが、やりすぎると変なところで躓くぞ」
「はい。すみません」
「キュ」
俺とベルはそう言いながら頭を下げる。そして俺はベルを見るが首を横に振られてしまった。さすがのベルもシェリルの説教はどうしようもないようだ。
結局今日の探索は午後からとなった。シェリルに怒られた俺達をコタロウ達は慰めるように撫でてくれたのはありがたかった。
そして午後になり、いよいよ廃墟の階層を進み始める。
「雰囲気があるな」
薄く霧が立ち込めて、不気味な鳴き声も聞こえてくる。さらにボロボロの建物に加えて墓地まである。いかにもゾンビやゴーストが出てきそうな雰囲気がある。日本にこんな場所があったら、肝試しか廃墟マニアが行きそうな場所だよな。
「たぬぬ♪たぬぬ♪」
「ベーア♪ベーア♪」
「ピヨヨ♪ピヨヨ♪」
そんな中でもコタロウ達は元気いっぱいだ。ベルも混ざりたそうにしているが、朝の件があるので自重しているらしい。ごめんよベル。
しかし全員肝が据わっているよな。一人じゃないとはいえ、この場面で楽しめるのは才能だよな。
そんな事を思いながら進んでいると段々と何かの気配を感じてくる。騒いでいたコタロウ達も同じことを感じていたのか静かになる。
「止まれ」
シェリルの声で俺達は足を止める。
すると地面から無数のゾンビが湧き始めた。
「「「キシャ―!」」」
ゾンビは怖いというよりはグロい。体が欠損していたり、内臓が出ているのもいる。これらと戦うのは正直やる気が出ない。
だけどゾンビ達はそんな事はお構いなしに俺達に向かってくる。向かってくる以上はこちらも戦うしかない。俺は“鋼雲”を握りしめて思い切り振るった。
グシャッという感覚と共にゾンビは吹き飛ばされる。だがゾンビは平然と起き上がって動き出す。
「効いている感じは無いな」
「それはそうだろう。アイツ等には痛覚がない。頭が潰れても襲ってくるぞ。それに動ける程度には回復されてしまうからな。倒すなら火・雷・光が効果的だ。それと聖魔法でも浄化できる。ベルなら闇魔法でも倒せるだろうが、他の魔法も効き目がいまいちだぞ」
俺は試しに稼魔法で切り刻んでみた。
ゾンビの体は簡単に切れたがすぐにくっついてしまった。ならばと思い、土魔法で潰してみたが元の姿に再生されてしまった。
「面倒だな」
「貴様は相性が悪い。私やコタロウが前に出る」
シェリルの言う通り、シェリルとコタロウの魔法だとゾンビは再生せずに倒れていく。
だけども俺はどうにか自分でも倒せないかと考えてしまう。そんな時にムギがゾンビを倒している姿が目に入った。
ムギは歌っているだけなのだが、どんどんゾンビの動きが鈍って倒れていく。ムギの奏でる音は清く心地が良い音だ。
「音で浄化できるのか。…それなら幻魔法でもいけるか?」
キーノも悪夢を流してきて精神的にダメージを与えてきたしそれなら逆の事も可能だよな。
俺は近くのゾンビに近づいて幻魔法をかけてみた。幸せな夢を引き出す技だ。だがゾンビは普通に動いている。
「あれ?だめか」
今度は悪夢で試してみる。こちらは一度体験しているのでやり方はあっていると思う。だけどやはりゾンビは堪えていない。
「何をしている!」
シェリルが素早く俺の側にいたゾンビを蹴散らしてくれた。
「すまない。幻魔法で倒せないかと思って。ほらキーノみたいに悪夢を流したり、逆に良い夢を見せて満足させたりと思って」
「考えている事は理解した。だがアイツ等は見た目は人に近しいがダンジョンで生み出された魔物なのだ。自我が発達していないからその手の技は効かんぞ。それなら幻魔法で火や雷を再現した方が効くぞ」
「マジかよ」
そりゃあ意識がなければ効果は低いか。それならシェリルの言う通りに幻魔法で聖魔法や音魔法を再現した方が良いかな。
そう思った時に俺はもう一つの考えが浮かんだ。シェリルは先程痛覚がないと言っていた。それならコイツ等に痛覚を付ければなんとかなるのではと。
俺は感覚魔法で痛覚をゾンビ達に付与してみた。
「「「「「ギャー!!!」」」」」
ゾンビ達が一斉に叫び声をあげて地面を転がりまわる。
この出来事にはシェリルもベルも目を丸くしていた。
「おい。何をした?」
「……痛覚を付与してみました」
シェリルは呆れた目で俺を見る。そしてゾンビ達は俺がやった事が分かるのか、俺の事をすさまじい形相で睨みつけていた。
「オ…ニ」
「アク……マ」
「ユルサナイ」
「ノロッテヤ…ル」
恨み言を言いながら消えていくゾンビ達。効果的だったのは分かったが何かが違うと思う。
「貴様を褒めるべきか迷ってしまうな」
「褒めればやる気が出るぜ」
「調子に乗るな」
そう言って軽く頭を叩かれた。
とりあえず俺でも倒せる手段を見つけたのは良かったと思おう。
その後も魔物を倒しながら進んで行く。ゾンビ以外だとゴースト・人魂・スケルトンが出てきたのだが、コイツ等には痛みの付与が効果が無かったため、やはりこの階層ではシェリルとコタロウがメインとなっていた。
そして数日が過ぎると“試練の扉”へとたどり着いた。
「今回はやっぱりアンデット系の魔物になるのかな?」
「恐らくな。私とコタロウがメインで戦う可能性が高いかもな」
「たぬ!」
コタロウは気合十分だった。この階層ではずっとメインで戦っていたから少し自信がついたのかもしれないな。そんなコタロウに頼もしさを感じながら俺は扉を開けた。
扉が閉まると魔法陣から魔物が現れる。目の前には三メートル位の体躯の骨が立っていた。骨と言ってもスケルトンの頼りない骨とは違い、太く頑丈そうだ。さらの頭には角もしっかりと付いている。
「オーガスケルトンだな。オーガとアンデッドの特性を兼ね備えた強敵だぞ。力もタフさも魔物の中で上位で、再生能力も併せ持っている」
「強敵だな。それじゃあ皆で頑張りますか」
オーガスケルトンは金棒のような武器を持っており、基本的にはそれを振り回して攻撃してくる。それにこちらの攻撃は光魔法以外はあまり効いていない感じだった。
そのため予定通りシェリルとコタロウがメインの攻撃役で光魔法でダメージを与えていく。俺は幻魔法でリッカは戦闘人形を使ってオーガスケルトンを撹乱させる。ムギは音魔法で皆にバフをかけている。ベルはリッカやムギを守りながら隙を見て攻撃をしている。
安全性を重視して戦ったので思った以上に時間はかかったが無事に倒すことができた。
ドロップアイテムは鬼の骨。武器にも防具にも使える素材だ。そして宝箱から出てきたのは一本の鞭だった。
“女帝の鞭”
身体能力・魔力の上昇。持っているだけで相手に威圧感を与える。女性限定の装備。
「シェリル使うか?」
「貴様がどんな目で私を見ているか分かったぞ」
似合っている気はするけどな。
シェリルの目が怖かったのでふざけるのは止めておくことにした。
「冗談だからそんな目で見ないでくれ。それにしても手強かったな」
「しっかりと休め。迷宮も疲労が溜まる階層だからな」
無事とはいえ疲労感はかなりの物だ。魔力もほとんど使ってしまっているので、動くのもやっとだ。
だけど次も大変なんだよな。
「次は迷宮か」
「迷宮は貴様の十八番だろ。頼りにしているからな。宝箱も他の階層に比べると多いが罠とかもあるから気を付けてくれよ
「責任重大だな。でも頑張るしかないな」
この日の探索はここまでにして隠れ家へと戻ることにした。
みんな疲れていたからか軽く食事を済ませるとすぐに眠ってしまった。




