第三十四話 大樹の祝福
「キューイ」
遠くでセラピードルフィン達の声が聞こえて目が覚めた。
寝ている皆に目を向けると、コタロウは卵をしっかり抱きしめていた。卵を挟んでリッカもいる。本当に産まれてくるのが楽しみなんだろうな。過保護なお兄ちゃんになりそうだ。
俺はつい産まれてきた魔物をおんぶするコタロウを想像して笑ってしまった。写真でも撮りたいな。
そんな中、日差しが差し込んでくる。ああ。海は今日もキレイだな。
「本当にダンジョンにいるのを忘れそうだな。温泉に入って海やプールにも行けるんだからな」
他の冒険者に話したらバカにされそうだが現実だから凄い事だよな。
「そろそろ起きるか」
ベッドの上で体を伸ばしてから立ち上がる。
「何だもう起きるのか?」
眠たそうな眼をこすってシェリルも起き出した。
「すまん、起こしたか?」
「いや、どうせ起きる時間だったからな。…ふふ、それにしてもコタロウは卵を気に入っているんだな」
俺と同じ感想を言葉にしながら寝ているコタロウの頭を撫でていた。
「…これでゴブリンとか産まれてこないよな」
「…違うと信じよう」
イメージを払拭してから今日の準備を始める。持ち物を確認して収納袋に詰め、装備の状態を確認する。
準備ができたところでベルとコタロウが起きてきた。コタロウはやはり卵を抱えている。
「朝食にするぞ。コタロウは卵を一旦おいておこうな」
言われた通りに卵を毛布にくるんでリッカの隣に並べてからテーブルに寄ってくる。
「いただきます」
今日の朝食は和風の焼き魚定食だ。海を見ながら焼き魚を美味しくいただく。
ついでに卵にもご飯代わりに皆で魔力を注いでおいた。
「そろそろ出発するぞ。卵とリッカは安全なこの場所に置いていくからな」
隠れ家を出て荒れ地へと向かう。荒れ地では、朝早くから他の冒険者パーティーも活動していた。
「皆早くから行動しているんだな」
「この階層は魔物も多くてゆっくり休み難いのだろう。多分だが一泊程度の短期で稼ぐ者が多いんじゃないか。私達もさっさと進むぞ」
荒れ地を颯爽と進んで行く。魔物との戦闘は多いが、この階層の魔物にも大分慣れてきた。
順調に進んでいたのだが途中で問題が発生してしまった。
「テメェ、俺達の獲物を横取りしやがって!」
態度の悪い同い年くらいの冒険者が絡んできたのだ。
経緯はこうだ。歩いている俺達に目が三つある狼の魔物が襲ってきたので戦闘の末に返り討ちにしたんだ。倒したのとほぼ同時にその魔物を追ってきた冒険者パーティーが俺達を見つけた。そして始末の悪いことに魔物はレアドロップを落としたんだ。それを見た瞬間に自分たちの権利を主張し始めたんだよ。
「まず落ち着けよ」
「お前がそのアイテムを渡せば終わりなんだよ。さっさと渡せよ!」
話を聞く気は無いようだ。仲間も四人いるが誰も止める気が無い。ちなみにレアドロップはシェリル曰く真実の瞳というアイテムだ。水晶の様な形をしており、幻術を解除したり嘘を見抜く効果がある。ギルドに似たようなアイテムがあるようだが、それとは段違いの性能を持っている物らしい。
倒したのは俺達だし、逃がしたのはあいつらの責任なのだから俺達はこのアイテムを譲る気などない。態度も悪いしな。
「悪いがこれは俺達が手に入れた物だぞ。別にお前達が戦っているところを掠め取ったわけでもないしな。逃がしたならその時点でお前達は失敗したんだろ」
「はぁ?逃がしてないんだよ俺達は。あれくらい追いつけるし」
俺達が狼と戦って倒すまでに五分かかっているんだけどな。五分かかる距離なら逃げられたも同然だろう。
シェリルもベルもコタロウも呆れた様な目で冒険者達を見ていた。
面倒なので幻魔法を使おうかと思った時に女性の声が響いた。
「冒険者同士の争いは止めなさいよ」
目を向けるとそこには三人の女性が立っていた。剣士・戦士・魔法使いか…どこかで見た事あるような気がするな。どこだっけ?
「うっせぇな。関係ない奴は引っ込んでいろよ」
「アンタはバカなの?こんな所で争われていると迷惑なのよ。臆病な魔物は逃げるし、好戦的な魔物は必要以上に集まってくるのよ。それで何があったの?第三者が入った方が公平に物事を見られるわよ」
「そうだぜ、どうしても戦いたいなら私達が相手してやろうか?」
剣士と戦士の女性が威嚇しながら近づいてくる。もう一人の女性もその後ろをついて来ていた。
装備や立ち振る舞い的に実力がありそうだな。絡んできた冒険者も迫力に押されているようだし。
「コイツ等が俺達の獲物を横取りしたんだよ!だからアイツが今手に持っているドロップアイテムは俺達の物なんだよ」
女性の迫力に押された男性は慌てながら、俺達を悪者にしようと喋り始めた。
「へぇー、貴方達は何か言いたいことはある?」
俺は持っている真実の瞳を剣士の女性に渡す。
「これは?」
「真実の瞳ってアイテムみたいだね。嘘を見抜く物みたいだよ」
魔法使いの女性がアイテムを見ると説明してくれた。
話が早くて助かる。
「この辺を探索していたら狼の魔物に襲われたんだ。だから返り討ちにしただけだ。戦闘時間は五分くらいだったと思う。倒した魔物からは今渡したアイテムが出てきたんだ。そしたらタイミングよくそいつらが現れて、瞬間に因縁をつけられたんだよ」
俺の説明に対して真実の瞳は何も反応しない。
「反応が無いって事は彼の言っていることが正しいって事ね」
「そうだね。壊れたり偽物でない限りは」
剣士の女性の言葉に魔法使いの女性が肯定的な返事をする。
「…ねぇ、シャロン。昨日の夜に保存食を勝手に食べたわよね」
「え!?な、な、何の事かな。し、知らないけどな」
シャロンと呼ばれた魔法使いの女性の言葉に、真実の瞳は赤く変化した。
「これで決まりかしらね。彼の言う通り戦闘開始から五分も経ってから来るようじゃ、狙っていたとしても逃がしたも同然でしょ。諦めなさい。そしてシャロンは後でお仕置きね」
シャロンと呼ばれた女性はガックリと項垂れて恨めしそうに俺を見てきた。
逆恨みにもほどがあるだろ。
「ふざけんな!そのアイテムが壊れているんだよ」
「壊れたアイテムならいらないだろ」
俺の言葉に男性は何も言い返せなくなる。そのまま悔しそうに睨んでくる。
「覚えてろよ!お前ら行くぞ」
すて台詞を残して仲間を連れてどこかに消えていった。
俺は女性達に向き直りお礼を言う。
「ありがとうございました。助かりました」
「気にしなくていいわよ。あんな冒険者まがいが得をするのも嫌だしね」
そう言いながら真実の瞳を返してくれた。
「…ところで、皆さんどこかで会ったことありませんか?って痛っ!?」
疑問を口にすると、シェリルに思い切り抓られた。
「…」
「あ、あのシェリル…さん?痛いんだけど」
「こんな所でナンパをするなアホ」
目が怖い。今までも睨まれたことはあるがその比ではない。
俺が口を開く前に戦士の女性が止めに入る。
「お、おい止めとけよ。アンタもそんなに美人な彼女がいるならナンパはするなよな」
「いや、ナンパしたわけではなく」
「では何なのだ?」
「いや、だから…」
「キュキュ」
「たぬたぬ」
ベルとコタロウが俺とシェリルの間に入ってくれて説得を試みてくれている。
しかし、この状況は別の人が解決してくれた。
「あー!リスちゃんと狸ちゃんだ。思い出した。君って確か、満腹亭で呼び込みしていたよね」
「ああそれだ!満腹亭の仕事で最初に入店してくれたお客さん達だ」
シャロンさんの言葉で俺も思い出せた。この人達は満腹亭の最初のお客さん達だ。どおりで見覚えがあったはずだ。
この一言で誤解は解けて、抓っていた手も離れていった。
そしてシェリルはすぐに三人に向かって頭を下げる。
「…すまん。貴女達にも不快な思いをさせてしまったな。トラブルの仲裁にも入ってくれたのに申し訳ないことをした」
「いや、誤解を招く表現をした俺が悪かった。申し訳ない」
シェリルと一緒に俺も謝罪する。
「そんな気にしなくてもいいけどな」
「そうよ。それに貴女の反応は当然よ。気を付けるに越したことはないもの。仲間だと思っていても、異性が絡むと…」
「お、おいどうしたのだ?」
剣士の女性はシェリルの肩をしっかり掴み、何やら語り始めた。
シェリルが珍しく気圧されているな。
「何かあったんですか?」
「私達は元々は別々のパーティーにいたんだよ。一年程前に色んな理由でパーティーから離脱して今の"大樹の祝福"を作ったんだ。レベッカの奴は異性関係。彼氏をパーティーの奴に寝取られたらしい」
「マジか。それはキツいな」
「でも珍しい話じゃないよ。異性関係のトラブルでパーティー解散は結構あるよ」
まあ、そりゃそうか。吊り橋効果とか色々な要素がありそうだしな。
「貴方は彼女を泣かせちゃダメだからね」
「!?」
突然肩を掴まれて驚いた。振り向くとレベッカさんと疲れた表情のシェリルがいた。
「いい。恋人や仲間を裏切るのは最低な行為だからね。そんな奴は神が許そうと私が許さないわ」
その迫力に頷くことしか出来なかった。
「それから、クミンって名前の女冒険者には気を付けなさい。興味を持った男がいたら、彼女や妻がいても誘惑してくる女だからね。私の彼氏もそいつに…奪ったら別の男に乗り換える尻軽が」
過去の事を思い出してイラついているのがよく分かる。
…あれ?クミンって確か。
「そいつって聖魔法使ったりする?」
「知っているの!?」
再び詰め寄ってくる。
迫力に押されながら俺は馬車で出会った事を話した。
「ゴブリンの大規模討伐の時に俺は同じ馬車だったんだよ。今は"光の剣"に入っていると思うけど」
「"光の剣"ね。有名だけどあんまり好きじゃないのよね。人の話を全然聞かないし。共倒れになってくれないかしら」
全員思うところがあるようで頷き合った。
「ところで、そろそろ野営の準備をした方がいいんじゃないか?日も落ち始めているしな」
「あら時間が経つのは早いわね。貴方達はここ初めてよね。セーフティースポットに案内するわよ。ついでに夜の見張りを協力しない?」
女冒険者達の誘いにシェリルがすぐに答えた。
「そうだな。お願いする」
さすがにこの流れで断ったらおかしいからな。たまには野営もいいか。
「そういえば自己紹介をしていなかったわね。私は“大樹の祝福”のリーダーのレベッカよ」
「私はアクロアだ」
「シャロンだよ」
女性たちは一人ずつ自己紹介してくれたので、俺達も同じように自己紹介する。
「俺はジュンです」
「私はシェリルだ」
「キュキュ」
「たぬたぬ」
「ベルとコタロウです」
一緒になって自己紹介しているベルとコタロウに、一同の顔が笑顔になっていく。
「自己紹介も済んだことだし野営の準備をしましょうか」
少し離れた場所にセーフティースポットと呼ばれる比較的安全な広場があるので移動をする。
広場に着くと他にも冒険者達が何組か野営の準備をしていた。
(貴様には関係ないが、ダンジョンは安全なスポットが限られている。そこに冒険者達が集まるのは珍しくもない。まあ仲間と言うわけでもないから、助けてくれるわけではないがな)
(解説どうも)
「さあ急いで準備をしましょう」
“大樹の祝福”は慣れた手つきでテントを張っていく。
俺も同じ様にテントを張っているとレベッカさんが声をかけてきた。
「いいテント使っているわね。どこで購入したの?」
「露店通りの人の少ない場所なんですけど、人相の悪い三兄弟が開いている店って分かります?」
「ああ、見た事あるわね」
「そこの人が見つけてくれました。アイテム系は眼帯をしているパッチさんが担当してますよ。あそこは武器も防具もお勧めですよ」
「へ、今度行ってみようかしら。貴方に紹介されたって言っても良い?」
「どうぞ」
テントが完成したところで、それぞれ休憩を取り始める。
俺はとりあえずテントの中に布団を敷くことにした。
「よし、布団はこれでいいか」
布団を敷き終えると、早速ベルとコタロウがダイブする。
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
そんなベル達の横に座り込み一休みする。
撫でてやると気持ちよさそうに目を細めるている。
「いやー、大事にならなくてよかったな。それにしても、ようやくレアドロップを手に入れたのに面倒事になるなんて、運が良いのか悪いのか」
「結果的にレアアイテムを手に入れているから良しとしておけ」
今日の話をしながら適当にくつろいでいると、入り口からレベッカさん達が入ってきた。
「お邪魔するわよ。夜の見張りの相談をしたいのだけど」
「どうぞ」
適当に座ってもらい話し合いが始まる。
「私達は三人で貴方達は二人、三組に分かれて二時間半の交代でどうかしら?」
「キュキュ!」
「たぬたぬ!」
レベッカさんの発言に対してベルとコタロウが抗議をする。自分達もいるぞと言っているようだった。
「ベルとコタロウも一緒に見張りをしたいらしいけど」
「じゃあ私が一緒にやりたい!」
シャロンさんがベルとコタロウとの見張りに立候補する。
「アンタね。…ところでベルとコタロウはどれくらい戦えるの?」
「ベルもコタロウもこの辺の魔物と戦えるくらいは強いぞ。ベルは察知能力が高いしコタロウは結界を張れるな」
「へー、凄いじゃない」
説明を聞いた三人は感心したようにベル達を見る。
「それなら問題は無さそうだな。ところでお前は自分の従魔を貸しても構わないのか?」
アクロアさんの言葉を受けて俺はベルとコタロウに目を向ける。ベルとコタロウは既にシャロンさんの腕の中でくつろいでいた。
「ベル達も問題さそうだし構わないよ」
まあ懐いているし構わないだろ。嫌な気配がする人には絶対に近づこうとしないからな。
話し合いの結果、俺とシェリル、シャロンさんとベル、レベッカさん、アクロアさんとコタロウさんの順番になった。四組できたので午後十時から朝六時までの八時間、一組二時間で行うことになった。
「私とジュンが一番でいいのか?二番目や三番目でも構わないのだが」
「私は真ん中を担当することが多いから構わないよ。ベルちゃんもやる気みたいだしね」
「私も問題ないわよ」
順番が決まり“大樹の祝福”の四人は自分たちのテントに戻っていった。俺達は夕食の準備をして夜になるのを待っていた。




