第三話 森の中の出会いと危険
「後で通販も試したいから、その辺の物も拾っていくか」
“戦装束”と“嵐舞”を装備した俺は森の中を進んで行く。途中で花や食べられそうな物を見つけると収納するのは忘れない。
「結構色々あるもんだな。花だけでも何種類もあるし」
段々と採取するのが楽しくなって、歩くペースが落ちてきた。
普段はあまり草花を気にする事は無かったが、しっかり見ているとその美しさなどが分かるような気がした。
採取を続けていると、ふと上から視線を感じる。そこには一匹のリスがこちらをジッと見ていた。
「へぇーリスか。初めて生で見たな」
リスを見つめ返していると、リスはどこかへ走っていった。少々残念に思いながらも、疲れが出始めてきたので近くの倒木に腰を下ろして収納したものを確認する。
"薬草"
ポーションの材料になる。このままの状態でも微弱ながら回復の効果がある。
"毒草"
毒薬の材料になる。このままでも、食べたり傷口に触れると効果が出てしまう。
"吐露草"
食べると本音をぶちまける。
"美味死草"
味も匂いも良いが食べると死ぬ。致死量を食べなくても様々な異常をきたす。
"ガイドフラワー"
夜になると発光する。
"二面花"
朝と夜で違う花を咲かせる。観賞用。
"石花"
石でできた花。ただぞれだけ。
“雪月花”
普段は普通の花にしか見えないが、満月の光に照らした時だけ淡い光を放つ白い花へと姿を変える。
「まだまだ種類があるな。だけど価値が高いのは“美味死草”と“雪月花”くらいか。えーと、他はポイントに変換して…千六百ポイントか。観賞用の花が価値が少し高いけど、他は十とか五十ポイント程度か」
もう少し稼げると思ったけど仕方がない。早速通販を起動させてみる。
「普通の通販サイトと同じだな。とりあえず弁当と飲み物を探すか」
検索してみると多くの種類の弁当が出てきた。値段も大体が千ポイントくらいなので買う事はできる。
「お、少し高いが“天ぷらと和牛盛り合わせ弁当”にするか。それとお茶でいいな。これで千四百ポイント消費か」
購入を確定すると、アイテムの欄にお弁当とお茶が増えていた。それを改めて取り出してみる。
「温かいな。出来立てみたいだな。お茶は程よく冷えているのか」
お弁当の蓋を開けて食べ始める。肉も天ぷらもどちらも美味い。普段は一食千円越えの弁当なんて中々食えないので贅沢な気分になる。
魔物が来ないか周囲を見回し、お茶で喉を潤した。そしてもう一度弁当に手を付けようと思ったら、弁当に先程のリスがいた。
「…」
「…」
先程のようにジっと見つめ合っているが、リスはひたすらに俺の弁当を食べていた。
そっと箸を伸ばしてみる。
「キュ!」
尻尾で弾かれた。もうこれは俺の飯だと言いたげに頬張っている。まあとても美味そうに食べていて可愛らしいけども。
「仕方がない。取り上げるのも可哀想だし、おにぎりでも買うか」
残りの二百ポイントで鮭とおかかのおにぎりを購入する。ふと、リスを見ると急いで食べ過ぎたのか喉を詰まらせたようだった。ペットボトルのキャップにお茶を注いで渡すと勢いよく飲みほした。
「キュ♪」
お茶が美味かったのかお代わりを要求してくる。図太い神経をしているなと思ったが、俺は面白くなってお茶を注ぐ。
穏やかな時間が流れて、俺もリスも食事を終えた。
「キュキュ♪」
リスは機嫌良く俺に手を振ってどこかに消えていった。少しだけ一緒にいれるかなと思ったが、そう上手くはいかなかった。
「さてと、俺も出発するか」
再び採取をしながら森を進んで行く。少しでもポイントを稼いでおかないと、夕飯や明日の朝食が食べられなくなってしまうからな。
「うん?」
少し離れたところから魔力を感じる。ゆっくり近づいてみると、そこには緑色で豚顔の魔物がいた。恐らくオークなのだろう。
「やっぱり魔物がいるのか」
俺はこれをチャンスと考えることにした。
一度深呼吸をしてオークに狙いを定める。そして、風の刃を飛ばす。
「ブモ!?」
風の刃は上手く首に当たった。だが、一発で切り飛ばすほどの力が無かったので、二発三発と飛ばして絶命させた。
心臓の鼓動が早くなり若干手が震えている。だけどこれくらいなら大丈夫だ。
「魔法だからか思ったより抵抗感が無かったな。さてと収納収納」
収納して確認してみると、俺が倒した魔物はオークで間違いが無かった。解体の機能を使うと肉と魔石に分けられた。肉は百キロとかなりの量になって驚いたが、豚の歩留まりを考えればおかしくないか。
「えーと、ポイントにするとオーク肉は一キロ五百ポイントで魔石が三千ポイントか。肉を全部変換しても五万は少し安く感じるな。でも一体でこれなら、一日オークを二体倒すだけで生活はかなり楽になるな。とりあえずポイントに変換するか」
結局オークの素材は全部変換したので合計五万三千ポイントだ。これで数日の間は暮らしに問題が無いな。
「しかし、一体だけなら良いけど集団で出てこられたらヤバいよな。…団体で来られたら土魔法で落とし穴でも掘って時間を稼いだ方がいいかもな」
魔物と出会った事で俺は慎重になる。採取は勿論しているのだが、周囲の警戒を怠らないようにしているのだ。魔力の感知が反応してくれるので、それを頼りに危なそうな場所は避けて歩く。だが、所詮はサバイバルも狩猟の経験もない素人だ。警戒しているつもりだったが、俺は死地へと足を踏み入れていた。
「この辺りは魔物はいないみたいだな。少しは安全に歩けそうだな」
そう思って森を歩き続ける。すると突然、強大な魔力を感知した。
「は?今の今まで無かっただろ」
俺はすぐにその場から逃げ出そうとした。しかし、何かに引っ張られるように俺は森の奥に引き寄せられた。
「何だよコイツは」
森の開けた場所に連れてこられたのだが、俺の目の前には巨大なワニがいる。もはや恐竜だろうと言いたくなる大きさだ。
「ガォー!!」
咆哮が森に響き渡る。正直漏らしてしまいそうだ。
ワニはゆっくりと近づいてくる。
「来るな!来るな!来るな!」
俺はその場で腰を抜かしながら魔法を乱発する。ワニ当たるが効果は見られない。一番威力がありそうなウォータージェットも簡単に弾かれる。そして目の前で大きな口を開いた。
口の中は真っ暗だが、鋭い牙は嫌というほど見える。ああ、あの駄女神に仕返しも出来ずに俺は死ぬのか?…ふざけんな!
「おらっ!!」
死にたくない思いと、駄女神への怒りが俺の体を動かした。ワニはゆっくり動いていたため食われることなく俺は側面に回り込み風の刃を全力で放った。
「ガァ!?」
今までよりも強力な一撃だった。だが、その一撃がワニの闘争心に火をつけた。
「ガォー!!」
周りの木々が浮かび上がって俺に向かって飛んでくる。これがコイツの能力か。
俺は飛んでくる木を躱しながら風の刃を飛ばす。すると今度は、ワニが体を回転させて風の刃を弾いて見せた。
「あんなのもあるのかよ。それなら」
ワニが足を踏み出すタイミングに合わせて、土魔法で落とし穴を作る。ワニは片足を突っ込みバランスを崩す。
チャンスだと思った俺は四方から風の刃放つ。それとウォータージェットで首を狙う。
「ガァァァァー!!!」
咆哮と共に強烈な衝撃に襲われ、俺は吹き飛ばされた。
「な、何だよ今のは」
体の痛みで起き上がるのが遅れてしまった。そして俺が起き上がった時、大きな口を開けて飛んでくるワニがいた。先程とは違い俺の体は動かずワニは高速で動いている。さすがにこれはヤバいと思った時に救世主が現れた。
「キュキュ!」
リスの声が聞こえたと思うと、植物がワニの体を拘束した。おかげでワニの大口は俺に届く前に動きを止めた。
「キュキュ!」
リスは植物の力でワニの首と四肢を締め上げる。その力は段々と強くなりワニの四肢を千切ってみせた。そして止めとばかりに黒い大きな槍を作り上げて、ワニの頭を貫いた。
俺はその光景を茫然と見るしかできなかった。…さっきは気が付かなかったが、このリスの魔力量はあのワニ以上じゃん。
「キュー?」
リスは俺の肩に降りてきて、ペチペチと頬っぺたを叩いてくる。「大丈夫?」と言っているようで敵意は感じない。
「ありがとうな。お礼にまた食事でもするか?」
「キュー、キュキュー♪」
喜び跳ねる姿にホッとしてしまう。
「しかしこれはどうするかな。…何かに使ったりするのか?」
「キュキュ」
リスは首を横に振った。なのでこのワニは貰う事にした。ポイントにしたら美味い物でも買えばいいか。
「あれ?」
「キュキュ」
俺は立ち上がっていたが力が抜けて尻餅をついた。リスは心配そうに見つめている。
「はは。これだと今日はもう無理だな。隠れ家に戻るか」
俺は何とか立ち上がって隠れ家の入口を開いた。
「キュ!?」
リスは驚愕の表情を浮かべている。
「お前もせっかくだから来ないか」
手を伸ばしてリスを誘う。リスは少し躊躇っていたが俺の肩へと登ってきた。
「それじゃあ行くぞ」
入り口をくぐろうとすると頭の中にメッセージが流れ込む。
『“隠れ家”に種族“デビルスクワール”が一体入ろうとしています。許可しますか?』
タイミング的にこのリスの事だろう。凄い名前をしているな。俺は迷わず許可をしてリスと一緒に隠れ家へと戻った。
「キュー♪」
リスは隠れ家の中の光景に喜んで桜の木へと登ってしばらく桜を眺めていた。恩人なので俺もリスが昇っている桜の木の下に座り込んで舞う花びらを一緒に眺める。
徐々に日は落ちてきて夕方に変わっていく。隠れ家の中も時間はキチンと外と連動しているんだな。
「そろそろ中に入るぞ」
「キュー」
声をかけると、リスは素直に木から降りて俺の肩に再び乗る。そして一緒に部屋まで向かうと興味津々に部屋の中の探索を始めた。
「キュキュキュ。キュキュキュ」
あちこちを行ったり来たりする。そして結局は寝室の壁をよじ登り、高い所から布団にダイブするという遊びを繰り返し始めた。
「今のうちに夕飯を用意するか。…ここは高い肉ですき焼きでもするか。そのためにはワニの素材も変換するかな」
ワニを選択すると名前が書かれていた。
“ダイナソークロコダイルの死体”
牙・爪・皮は武器や防具になる。肉も美味で人気が高いが、Bランクの魔物のため市場への流通はほとんどない。Aランクでないのは知能の低さが原因。
「…倒したあのリスはAランクの魔物なのか?」
リスの方に顔を向けると、布団へのダイブに捻りやポーズも加え始めていた。
遊んでいるリスを見るとそんな風には見えなかった。まあ俺に攻撃してくるわけじゃないし別にいいか。
俺はダイナソークロコダイルを解体する。牙は七十本で一本十五万ポイント、爪はニ十本で一本五万ポイント、皮は一メートル×一メートルが十枚で一枚十万ポイント、肉は三トンで一キロ一万ポイント、魔石が一つで百万ポイントだ。
「しばらく働かなくていいんじゃないか?」
桁違いのポイントに俺は引きこもり生活を考えてしまう。
だが、そんな生活はつまらないだろう。とりあえず俺は肉を一トン分ポイントに変換する。そして、すき焼きに必要な物や冷蔵庫や電子レンジといった物を購入する。隠れ家にコンセントが付いていて助かった。
すき焼きの具材以外にもレンチンのご飯や生卵なども用意した。そしてすき焼きを作り始めると、リスが凄い勢いでテーブルに近づいてきた。
「キュキュキュ!!」
「もう少しで食べられるから待っていてくれ」
リスはすき焼きから目を逸らさずに見つめ続けていた。
そして火が通った肉を溶き卵に入れてリスに渡す。リスは面白い事に魔法で箸のような物を作り器用に食べ始める。
「キュ~///」
肉を噛みしめ美味しそうに食べている。俺も一つ食べるが肉が柔らかく美味かった。
他に食べ頃の肉はないか探そうとすると、リスが魔法で器用にお椀へと具材を移していた。
あっという間に肉は食べ尽くされて次々と購入していく。結局リスは自分の体積以上の食事をペロリと平らげていた。
それから二人で一時間ほどまったりと過ごす。そして楽しみにしていた温泉へ入ろうと思い、俺は立ち上がる。
「さてと、俺はそろそろ風呂に入るかな。お前も一緒に来るか?」
「キュ?」
「温かい水に浸かるんだ。気持ちいいぞ」
「キュー♪」
風呂が分からなかったようだが、説明すると喜んで付いてくることになった。
「これが風呂だ。と言うより温泉か」
浴室に入るとベルは興味津々に眺めていたが、やがてタイルを滑りながらお風呂にダイブした。
「キュキュー♪」
早速お風呂で泳ぎ出す。楽しいようで何よりだ。俺は最初に髪や体を洗うのでシャワーへと向かう。
髪を洗い終わり体を洗っていると後ろから視線を感じた。リスがジッと見ていたのだ。
「何だ。お前も洗ってみたいのか?」
「キュー♪」
その通りだった。俺は自分の体を洗い流すと通販でペット用シャンプーを購入した。
「それじゃあ洗うぞ」
リスをイスに座らせて、シャンプーを付けて洗っていくとどんどん泡立ってくる。
「キュ♪」
楽しくなったのか自分でも高速で頭を掻きだしていく。すると、どんどん泡が大きくなりリスの体を包み込んだ。
「キュキュ」
ブルブルと体を震わせて泡を吹き飛ばす。楽しかったようでほっこりとした顔だ。
「泡を流すからお湯を掛けるからな」
「キュー」
お湯を掛けると体を再び震わせて水分を飛ばす。そして俺の肩に乗ってくる。
「外の風呂にはいるけどいいか?」
「キュー」
俺は露天風呂に浸かり、リスは打たせ湯で遊んでいる。滝登りを見せてくれたのは驚いた。
俺もリスも十分に温泉を堪能した。リスを乾かすためにドライヤーも使ったが、気に入ったのか乾いた後もせがまれた。
そして部屋に戻って櫛で毛を整える。その後ベッドに入り就寝だが、リスはずっと側にいてくれてなんだか楽しい気分だ。色々嫌な事があったが、終わりが良ければ満たされるな。