第十二話 Eランク試験?
Fランクに上がってから早くも一ヵ月が過ぎた。この一ヵ月は街の中の依頼と薬草採取、それとベルとの戦闘訓練に明け暮れていた。
街の依頼は結構面白かった。街の人達と仲良くなれたし、料理・洗濯・調薬・鍛冶・商売・解体など色んな方面の基礎を教えてもらったり話を聞く事ができた。
薬草採取の方も、男性の受付の方に毎回褒められて悪い気がしなかった。ただ、ベルとの訓練だけはきつかった。質の高い回復薬があるため、ベルも遠慮なく攻撃をしてくるようになったのだ。どんな攻撃を繰り出しても簡単に避けられ、ベルの攻撃は防いだつもりでもガードの上から吹き飛ばされ、避けても軌道を変えて当ててくる。訓練の度に自分の無力さを感じたよ。
だけど、少しずつだがベルの動きについていけるようになってきている。漫画やゲームの技も試せば使える物もあった。確実に強くなっている自覚はあるのだ。
それもあって、Eランクに昇級して討伐依頼を受けようと考えている。そして今日が試験の日だ。試験のために案内された部屋にはすでに十人程の冒険者がいた。この部屋は普段は訓練場になっているらしく、特殊な結界が張られているらしい。
死ぬようなケガを負うと、瞬時に回復して外に出されるらしい。そして中央にはリングがあり、そこで戦う場合は他に被害がでないようにもう一つ結界が張られるとのことだ。
設備は凄いのだが早速問題が起きている。
「こんな奴等は失格だ。俺様の時間を使わせるな」
「しかし、規則ですのでテストをしていただかないと」
偉そうな男が試験の部屋に入るなり、全員に失格を言い渡して帰ろうとしているのだ。ギルド職員の女性は何とかテストをしてもらおうと引き留めるが、意に介さない。
どうでもいいから早く決めてほしいなと思っていると部屋の扉が開いた。
「ボガード。どうしても試験をする気はないのかしら?」
「ギルマスか」
入ってきたのは金髪の美女だ。この人がギルドマスターなのか。
「あんたも分かるだろう。コイツらに才能があるように思えるか。"光の剣"のような有望な新人達なら文句はないが、こんな雑魚共のためにBランクで"断罪の剛剣"と言われる俺がやるのはもったいない。俺の判断でコイツらは失格なんだよ」
全員の視線はギルドマスターへと向かう。きっとなんとかしてくれるとの期待がこもった視線だ。だが期待は簡単に崩れ去る。
「仕方ないわね。貴方がそこまで言うなら判断に従いましょう。と言うわけだから貴方達は帰っていいわ。次の試験日に頑張ってね」
俺達だけでなく職員も言葉を失っていた。良かった。職員の感性はまともなようだ。
「そうそう。さすがギルマスは話が分かっているな。凡人共に弱小従魔しかいない最底辺。そんな雑魚共に俺様の時間をかけるのなんて無駄だろう。…いや、待てよ。良い事考えたぜ。試験はやってやるよ。今から俺がお前ら全員を全力で叩き潰してやるからよ。十分間耐えたら合格だ。ま死ぬケガを負って退場しないように、生かさず殺さずじっくりと実力の差を教えてやるよ」
「程々にしなさいよ。私は数分したら戻ってくるから、やりすぎないようにね」
ギルドマスターは欠伸をしながら部屋を出て行く。そしてボガードは自分の武器を構える。
「さあ試験の始まりだ。まあ可哀想だから。土下座して俺の靴を!?」
……やってしまった。試験が始まったと言っていたので先制攻撃を仕掛ける気は満々だった。地面から土の柱で顔を殴ってやろうと思っていたのだが、まだまだ制御が下手だったのだろう。俺の攻撃は男性の急所に当たっていた。
「キュキュキュ♪」
ベルは腹を抱えて大笑いしており、周りの冒険者も笑いそうになっていた。
「…まあいいか」
考えてみればアイツは真面目に試験も行わないうえに俺達をいたぶろうとしたんだ。何も問題ないじゃないか。
俺は開き直って飛礫を放つ。
「舐めんな三下が!!」
ボガードは障壁を張って防いでいるがいまだに悶絶している。
俺はニヤッと笑い大声で叫んだ。
「もう一発」
「ふざけんな!」
俺がまた地面から柱を出すと思ったのか、ボガードは下に意識を向けている。だけど、俺の攻撃は上からの風の刃だ。
意識の外からの攻撃で避ける事ができずにくらっていた。…コイツ本当にBランクなのか?
「クソが!クソが!クソが!」
ボガードは怒りで我を忘れたのか一直線に向かってくる。ただ身体強化でもしたのだろう。飛礫を放ってもものともしない。
「そんなの効くかよ!」
なので土魔法で落とし穴を作る事にした。
「は?」
急に崩れる地面に対応できずあっさりと落とし穴に落ちてしまう。
そして身動きが取れないところに魔法を撃ち続けた。
そして落とし穴から人の気配が消えた。その代わり部屋のドアが勢い良く開けら、さっきまで落とし穴にはまっていたボガードがそこにいた。
「殺してやる!」
目が血走っている。だがボガードはそれ以上動く事ができなかった。
屈強な男性がボガードの剣を掴んでいるからだ。
「お前は昇級試験の試験官なのだろう。殺すとは穏やかじゃないな」
「ディ、ディランさん」
どうやら職員の一人が呼んできたようだ。
あれだけ威張っていたボガードが小さくなっている。
周りの冒険者の声が聞こえたが、あの人はAランクの冒険者という事だ。
「そうだぜ。ところで試験をちゃんとやらなかったらしいけど本当か?」
「ナイルさん…」
今度は獣人のイケメン男性が笑って話しかけていた。だがボガードの方は冷や汗が止まらないといった感じだ。
「違うなら違うと言えばいいだけだろ。だけどな、俺相手に嘘をついたらどうなるか分かってるよな」
獰猛な獣がそこにいた。今にもボガードの喉元を噛み千切ってしまいそうな雰囲気だ。
「あ、いえ。その」
「何をしているの!」
再びギルドマスター登場だ。そう言えば数分したら来るといっていたからな。
「別に。ちゃんと試験官として働いていたのか聞いているだけだぜ」
「やっていたに決まっているでしょう。ボガードはBランクの冒険者なのよ」
「しかし不安が残るな。今日の試験はAランクである俺達がみさせてもらう。文句はあるまいな」
「勝手にしなさい!行くわよボガード」
ギルドマスターはボガードを連れて出て行った。そして代わりにディランとナイルと呼ばれた男性が残った。周りは何かざわめきだしている。
そしてディランさんが口を開いた。
「アイツが何を言って何をしたかは詳しくは知らんが、今からが試験だと思え。アイツの言動を真に受ける必要は無いからな」
…そうすると俺の戦いは全部無駄だったのか。スッキリしたから良かったことにしよう。
「ところでボガードがキレていたが誰か何かやったのか?」
周りの冒険者は一斉に俺の方を指さした。
「へぇー♪」
ナイルさんは俺の方を見てニヤッと笑った。嫌な予感がする。
「なあディラン」
「やりすぎるなよ」
「もちろん」
何やら話をしている。そしてナイルさんは俺に近寄り笑顔で肩に手を置いた。
「じゃあお前は俺と手合わせでもするか」
「何故に!?」
俺は叫んでいたが、ナイルさんはお構いなしだ。
「面白そうだから。ボガードはギルドマスターのお気に入りでなんちゃってBランクの冒険者だが、Cランクの実力とBランクでも通用する一撃は持っている。それをFランクが倒したと聞いたら試してみたくなるだろう」
俺は黙ってディランさんを見たが、諦めろと態度で示してきた。
「たぬぬ。たぬ、たぬ」
そしてコタロウは頑張れとばかりに応援を始め、ベルは俺に行ってこいとジェスチャーしてくる。
ボガードと比べて本当に恐いんだが、ベルとコタロウに言われたら頑張らないとな。
「よろしくお願いします」
「おう。よろしくな」
俺とナイルさんは向き直る。武器は自分のを使っていいそうなので、"嵐舞"を持って構える。
「棒を使うのか。少し珍しいな」
「殴る、突く、払うとできますし、防御にも使いやすいですからね。人によっては絞め技もありますし」
「なるほど」
そんなナイルさんは槍を構えている。
何かベルと対峙している時のような感覚だ。全然隙が見えない。本当にボガードとは大違いだな。
「いつでもいいぜ」
それなら遠慮はしない。俺の初手は落とし穴からだ。
「!」
ボガードのように落ちてはくれなかった。地面が崩れかけた瞬間に飛び跳ねて躱していた。だが空中なら風魔法の出番だ。
嵐舞を振るうと嵐がナイルさんを襲う。それでもナイルさんは笑っていた。
「いいねえ♪悪くないぜ。ただ……火力不足だ」
ナイルさんの持つ槍が帯電し始める。そして槍を地面に投げると大爆発が起きた。とっさに風の障壁で防ぐが吹き飛ばされた。そして、俺の放った嵐はその衝撃で掻き消されてしまった。
「おお。消されずに耐えたのか」
「手加減した一撃くらいは耐えてみせるさ。格好悪くても根性くらいは見せてやらないと」
そうじゃなきゃ、特訓に付き合ってくれているベルとコタロウに申し訳ないからな。息も絶え絶えだが何とか立ってナイルさんを睨み付ける。そんな俺を見てナイルさんは機嫌良さそうにしていた。
「いいねえ。だが、立っているだけじゃ意味がないぜ」
「分かってますよ」
正直フラフラだが、まだできることはある。まずは地震を起こして、ナイルさんの足下を隆起させる。
「徹底的にバランスを崩してくるな」
ナイルさんはまだまだ余裕だ。それでも動きは若干遅れるだろう。そこに俺は"風鳥"を取り出して魔力を込めて投げつける。"風鳥"は燕の姿へと変化してナイルさんを襲う。
「威力はまずまずだが、足りねえな!」
猛スピードで襲ってくる"風鳥"を槍で一突きする。俺はその間にナイルさんに近づいた。
槍をすぐに構え直したが、この距離ならいける。俺は自分の聴力を落として、ナイルさんの聴力を強化した。
「!」
違和感には気付かれたがもう遅い。俺は爆音玉を破裂させた。
「うぉ!?」
初めて大きな隙を見せてくれた。俺は顔面に向かって拳は振るう。
「甘え!」
ナイルさんは武器を手離すこともく槍で防御をしてきた。俺は顔面からナイルさんの腕に目標を変える。
「は!?」
俺の拳には"狂"が握られていた。そしてナイルさんの右腕に当たった事で魔力の流れを乱す事に成功したのだ。
ナイルさんの手から槍が落ちる。すぐに左手が動いているのが見えた。今から殴ろうにも防がると思った俺はそのまま頭から突っ込んだ。顔面へのヘッドバットだ。ナイルさんはそのまま数歩後退した。
「…一撃もらうとはな。血まで出てやがる」
ナイルさんは唇でも切ったのか血が少しだけ出ていた。…ただそれだけだ。
「面白い技を持っているな。まだ腕が動いてくれねえぜ」
「俺なんて体が動いてくれないんですけど」
「ハハハ。まだまだ修行が足りねえな。まあ俺もだけどよ。…さて最後に俺の技を見せてやるよ。根性見せろよ」
背筋に悪寒が走った。ナイルさんの体からは黒と白の雷が帯電しているように見える。
「まずは腕をどうにかしなとな」
雷が腕に集まっていく。それと同時に乱した魔力が完全ではないが安定し始めている。
「八割くらいかな。まあいくか」
ナイルさんの姿が消えた。俺は自然と腕でガードの態勢を作っていた。そして強烈な衝撃が体を貫いた。
吹き飛ばされただけなのだが、呼吸もまともにできず体がバラバラになったような感覚だ。
「へー、防いだのか。やるな」
何で防げたのかはよく分からん。感覚魔法のおかげかもしれんし、ベルとの特訓のおかげかもしれない。でもここまでだ。仰向けに倒れている俺の視線の先には黒い雷が見えていたからだ。だけど一発ぐらいなら魔法を放てる。
風魔法を放ったと同時に俺の世界は暗転して部屋の外に飛ばされていた。
「体に傷一つ無いな。魔法って凄え」
自分の体を見回して一切問題がない事に俺は驚いた。
そして部屋に戻ろうとすると、何やら部屋の方が騒がしかった。俺は気になり扉をすぐに開けた。
「たぬ~!!」
コタロウがナイルさんの足をポカポカと叩いていた。ベルはコタロウの頭の上に乗り何か訴えているがコタロウは聞いてはいないようだ。
ただ、俺は黙っている訳にはいかないのでコタロウを抱き上げて声をかける。
「コタロウどうしたんだ?」
「…たぬ?」
俺の顔を見て少しの間動きを止めていた。そして。
「たぬ~」
コタロウは俺の胸元に顔をうずめて泣き出した。
「え~と、これは」
「お前が俺に殺されたと思ったんだろうな」
ナイルさんが笑いながら答えてくれた。俺はナイルさんに一度頭を下げてからコタロウに語りかける。
「コタロウ。俺は大丈夫だからな。さっきのは訓練のようなもので俺は傷一つついてないから」
「たぬ。…たぬ」
コタロウは分かったように頷いた。そして目をゴシゴシと擦って涙を止めると、ナイルさんの方に歩いて行った。
「たぬぬ」
「キュキュ」
申し訳なさそうに頭を下げる。ベルも一緒にだ。
ナイルさんは呆気に取られていたが、すぐに笑い出してコタロウの頭を撫でていた。
「俺の仲間がすみません」
「ハハハ。気にすんな。良い従魔じゃねえか。俺は二匹とも好きだぜ。しかし、お前も最後まで諦めないな。あそこで魔法を撃つとは思わなくて腕を少し切られちまった。慢心や油断は恐ろしいぜ」
そんな事をしている間にも試験は進んでいたようで、ディランさんが口を開いた。
「これで全員終了だな。結果は全員合格だ。Eランクなら問題ない。だが油断するなよ。スライムやゴブリンにだってベテランの冒険者が殺されることもある。慢心などせずに精進していけ」
…いつの間に全員終わっていたんだ?
俺はベルとコタロウを撫でながら部屋を出て行く人たちをボーっと眺めていた。
「さてと、俺もディランと帰るかな。この腕を治してもらわないといけないしな」
ナイルさんの腕はまだ完全には回復していなかった。この部屋は大怪我や死ぬようなケガは治るようだが、細かいケガなどは対象外らしい。魔力の流れを乱した状態も治らないようだった。
「あ、ちょっと待ってください」
部屋を出ようとするナイルさんを引き留めて“快癒”を取り出した。
「これで元に戻しますね」
ナイルさんは少しだけ考えると黙って腕を出してくれた。
「それじゃあいきますね。リラックスしして下さい」
「ああ」
腕に何度か針を刺していく。徐々に魔力の流れが元に戻っていく手ごたえを感じた。
「終わりましたよ」
ナイルさんは腕を回したり手を握ったり開いたりを繰り返していた。そして俺の手を掴んで笑う。
「凄えなその技。元通りどころか絶好調で動かしやすいぜ。サンキューな」
「いえいえ。そもそも俺がやった事ですし」
「まあそうだけどよ。凄い事には変わりないぜ。…今後も頑張れよ」
そう言ってナイルさんとディランさんは帰っていった。色々あったが俺のEランク昇級試験は無事に終わった。今度からは討伐依頼をこなして実力をつけていこう。でもその前にベル達と数日はゆっくりしようと心に誓った。




