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婚約者の浮気現場を実況してたら幼馴染みに「ずっと君が好きだった」と告白されちゃいました

作者: マチバリ


「あんなところから手を入れたわ! 器用よね……うっそ、スカートを自分からまくって! チリルって大胆~!!」


 大興奮、といった様子で早口にまくし立てているのはきゅっと吊り上った瞳が印象的な美少女。

 艶やかな黒髪を優雅に結い上げ、豪奢なドレスを身にまとっている。

 しかしそんな彼女が座り込んでいるのはパーティ会場ではない。

 そのパーティが開かれている大きなお屋敷の庭にある茂みの中だ。


 少女の名はキャサリン・モルドー。

 モルドー伯爵家の一人娘にして、この国の王太子の婚約者。

 美しい容姿と尊い立場に裏付けされた自信に満ちた迫力のある存在感を誇る彼女は、このまま王太子と結婚するのだと信じて、疑ったことなど一度もなかった。

 ほんの数週間前までは。


「……キティ、いい加減にして戻ろう」

「今いいところなのよ。スティーブは黙ってて!! あああ~~~って、グリム様、思ったより華奢ねぇ」


 そんな少女の横にいる青年はげんなりした表情を浮かべている。

 青年はどこか冷たい雰囲気ながらもハッと目を惹く度ほどに整った顔つきにしっかりとした体つきをしている。

 深いため息を吐く彼の名はスティーブ・アイス。アイス伯爵家の次男でキャサリンの兄と幼馴染み。その関係でキャサリンとも兄妹のように仲良く育った存在だ。


 二人揃って伯爵家の令嬢と子息。

 立場を考えれば、決して茂みにか隠れてこそこそと話をする必要など絶対にない二人だったが、今は非常によんどころない事情でこの場にいた。


「ほらほらごらんなさいよ! チリルったら自分からグリム様の服を脱がせたわよ。何も知らない淑女ぶっているのに手馴れていること。男を陥落させる手腕を心得ているわ」

「どこに注目しているんだ……」

「だってほら、あんなに深く口付けて絶対見えてないのに、器用に片手でジャケットを脱がせているのよ……あああ、グリム様、そんなにしたらスカートが破けるって! 本当に肝心なところで雑なんだから……」

「何の心配をして……こんな悪趣味なこと、もういい加減にやめにしないか」

「後ちょっとよ。決定的な場面を押さえなきゃ! グリム様もチリルも、私をないがしろにしたことを絶対に後悔させてやるんだから!!」



 ことの発端は、とある男爵家が庶子であった娘を養女として迎えたことだ。

 よくある話だ。メイドに産ませた娘が育ってみればそれなりの見た目だったのでこれは使えると判断されたのだろう。


 チリルというその少女は庶民育ちであったせいで貴族のしきたりに疎く、かなり強烈なデビュタントをした少女として社交界の注目をさらった。

 婚約者連れである王太子に向かって開口一番「あなたあの時の!!」とかなり大声で叫んだのだ。


 なんでも、お忍びで市井巡りをしていた王太子グリムと庶民暮らしだった頃に面識があったのだとか。

 グリムも少し毛色の違ったチリルを憎からず思っている様子で、あまりに失礼な態度だったのにもかかわらず咎めることはなかった。

 それどころか、傍らにいる婚約者をないがしろにして「チリル」と彼女に話しかけたのだ。


 当然、気位の高いキャサリンは怒り狂った。


 チリルに対しては男爵家の娘風情が王太子に気軽に話しかけたり近寄ったりしてはいけないことを口酸っぱく注意し、グリムに対してもいずれは王となる立場であり既に婚約者がいるのに若い未婚女性と親しげにしてはいけないと何度も遠まわしに伝えたのだ。


 そんなキャサリンの態度が火に油を注いだのか、二人はすっかり悲劇の運命に引き裂かれた恋人気分。

 グリムはキャサリンとの婚約を解消しチリルと婚約するのだと周囲に零しはじめる始末。

 キャサリンは純朴な少女をいじめる悪役のごとき令嬢で、自分には相応しくないと。

 社交界の連中はその話を面白おかしく吹聴し、キャサリンの評判は地に落ち今では悪役のごとき扱い。


「あの非常識な二人を絶対に破滅させてやる!!」


 いっそ噂に乗っかって悪役になりきってやる!

 そう意気込んだキャサリンは隣にいるスティーブを巻き込みある計画を立てた。


 王太子であるグリムが招待されているパーティには婚約者であるキャサリンがパートナーとして参加するのが当然のこと。

 しかしキャサリンは仮病を使い直前になって参加をキャンセル。

 一人さみしく参加していたグリムの元へ、人を使ってチリルを呼び出し近づけた。


 キャサリンという邪魔者がいない状況でまるで運命のように再会した二人が燃え上がらないわけがない。

 しかもこのパーティの会場である屋敷の庭園は「逢瀬の場所」として有名だ。

 耳を澄ませばグリムとチリル以外にも声を潜めて愛を語らっている男女の声がうっすら聞こえてくる。


「ふふ……二人が盛り上がったタイミングであなたを伴った私がグリム様を探しに来たことにして乱入して、私が騒ぎ立てればどうなるかしら!!」


 自らの悪巧みが思い通りになったことに興奮しているのかキャサリンは評判通りの悪役のように微笑む。


 このパーティには高位の貴族だけではなく王家の縁者もたくさん来ている。

 その中で醜態を晒せばいくら王太子といえども無傷では済まないだろう。


「グリム様はよくて謹慎、最悪、地位をはく奪されるでしょうね。チリルは修道院か、どこか成金の後妻になるはずよ。二人揃って破滅よ破滅!!」

「そこからどうするつもりだよ」

「知らないわ。私は婚約解消された不憫なご令嬢としてまたお父さまが別の結婚相手を見つけてくれるはずよ」


 そう口にしながら、キャサリンは自分の胸がちくりと痛むのを感じた。

 だって幼い頃からずっとグリムと結婚すると信じていたのだ。

 恋とは違うがそれなりに信頼関係を築けていたと思っていた。

 身勝手で気位の高い見た目しか取り柄のないグリムだって結婚さえすればよき伴侶になるはずだと。

 いずれは王太子妃から王妃となり、陰日向にこの国を支えていくのだというプライドだけで頑張れていたのに。


「っ」


 じわ、とキャサリンの目尻に涙が浮かぶ。

 スティーブはその涙に気がついて慌てた様子でハンカチを差し出した。

 キャサリンはそれを奪うようにして受け取ると、化粧が落ちないように気を付けながら目元を押さえる。


「お、おい。泣くなよ」

「うるさい、悔し涙よ!」

「ああもう、お前はどうして……」


 呆れた声を上げつつも、スティーブは地面に腰を下ろし、すんすんと鳴き声を上げはじめたキャサリンを後ろから抱きしめるように膝に抱え、その頭を撫でてやる。


「慰めはやめてくださらない」

「ドレスが汚れると思って膝を貸してやっているんだろ。怒るなよ。ったく、子どもの頃から泣き虫だよなキティは」

「いい加減、子ども扱いはやめてください」

「子どもだろう、実際」


 兄の友人でもう一人の兄のように思っているスティーブに子ども扱いされ続けるのは慣れているが、今この場で子ども扱いされるのは色々な意味で悔しくて、キャサリンは「ちがいますわ」と唇を尖らせた。


「違わないよ、小さなキティ。ったく、本当にガキの頃から意地っ張りだなぁ」

「うるさいですわ」

「王太子の婚約者だって本当はやめたかったくせに、意地をはるからこんなことになったんだろう?」

「な、なんでそれを」

「ずっとそばにいるんだ。それくらいわかってたよ」


 キャサリンがグリムの婚約者になったのは親同士が決めたこと。別にお互い恋い焦がれていたわけではない。

 容赦のない妃教育に打ちのめされるキャサリンの様子に、両親は「お前が嫌なら婚約破棄してもいいのよ」と言ってくれたこともある。

 しかし負けず嫌いで意地っ張りな彼女は「平気ですわ」とそれを突っぱねた。

 自分の立場を理解してその役目を全うするためにひたすら頑張ってきたのだ。

 本当は責任の重さや諸々に押しつぶされそうなくらい怖がっていたのに。

 それを、ぽっと出の小娘に穢されたことが何よりもキャサリンのプライドを傷つけた。


「平気よ。だって、私はキャサリン・モルドーよ。負けるのなんてまっぴらごめんだわ」


 つん、と頬を膨らませてそっぽを向くキャサリンにスティーブは苦笑いを浮かべる。


「小さなキティは本当に意地っ張りだなぁ」

「違いますわ! 本当に平気なのよ! だって彼らを見ても平気だもの。スティーブも見なさいよ、チリルったらあんなはしたない顔をしている、わ……」


 気持ちを切り替えようと再び見たグリムとチリルの行為はかなりきわどいところまできていた。

 流石のキャサリンも動揺したのか、口を開けたまま固まってしまう。


「ほら、もうそろそろよい頃合いだ。お前、本当は口もきけないくらい恥ずかしいんだろう? 平気なふりはやめとけ」

「な、そ、そんなことないわよ。平気よ!」

「ふうん、だったらほら、ちゃんとあいつらがどうなってるか俺に説明してみろよ。俺からじゃよく見えないんだ」

「へっ、う、うん、別にいいわよ……」


 唐突なスティーブの要求に戸惑いながらも、キャサリンは自分が巻き込んだ責任も感じているのか何故か言う通りにグリムとチリルの行為を実況する羽目になってしまった。

 再び観察してみれば、二人はなかなかに過激な状況まで進んでいた。

 チリルの表情が少し苦しげなのが気になる。


「グ、グリム様の手がスカートの中に入ってる」

「ふうん、手は右手? 左手?」

「な、なんでそんなことをきくのよ!」

「もしこのことについて詳しく証言しろって言われた時に俺たちの証言がバラバラじゃ困るだろ。ほら、よく見て教えてくれよ」

「そっか……えっと、たぶん、右手、よ」

「ほんとか? 曖昧じゃ証拠にならないぞ。ほら、ちゃんと見ろよ」


 スティーブの吐息が耳を掠めキャサリンは短い悲鳴を上げた。

 そして気がつく、自分たちもグリムたち以上にきわどい状況なのではないかと。


「それとも、俺が同じことをしてやろうか?」

「ばか!! もういいわ! 人を呼びましょう!」


 グリムの裏切りの現場を目撃してただでさえ動揺しているのに、兄のように慕っていたスティーブに揶揄われて。

 破滅に追い込んでやると言う目標だけで突っ走ってきたキャサリンは既に限界を超えている。

 

「スティーブまで、わ、私をいじめて……ひどい」


 ぐすぐすとキャサリンは涙を流しはじめた。


「ごめん。悪戯が過ぎた。キティ、本当にごめん。泣くなよ」


 泣き声に動揺したのか、スティーブはキャサリンを拘束していた腕を解き背中を優しく撫でる。


「知らない、知らないわ……スティーブのばかぁ」

「お前があまりに意地をはるから……と、おい、あいつら……」

「え?」


 スティーブの妙に慌てた声に顔を上げれば、キャサリンはばっちり見てしまった。

 グリムとチリルの状況を。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 絹を裂くような悲鳴を上げがあたりに響きわかる。

 声の主はチリルでもキャサリンでもなく、品のいいグレーのドレスを身にまとった貴婦人だった。

 庭園を散策中に運悪く二人の情事に遭遇してしまったらしい。


「ふしだらな!!」


 女性の隣にいた男性も声を上げる。

 上品な白髭をたたえた男性は、額に青筋を立てて怒鳴っている。

 当然だろう。紳士淑女が集まるべきパーティ。しかも片方は王太子。外聞が悪いところの話ではない。

 騒ぎに気がついたのか、わらわらと人が集まってくる。


「王太子殿下!! なんてことだ!!」

「ちがう、ちがうんだ、これはっ」

「いやぁっぁあ、みないでぇぇぇ」


 もう阿鼻叫喚としか言いようがない状況だ。

 ほぼ半裸で抱き合う二人の叫び声と、それを咎める多数の声。


「ええっと……」


 向かいの茂みに隠れているキャサリンとスティーブには既にその全容は見えなくなっている。

 二人がここにいることに気がついているものは誰もない。


「わ、私たちが出て行かなくても、なんか、どうにかなっちゃったわね……?」

「あ、ああ」


 あまりに唐突な出来事に動けなくなった二人が見守る中、グリムとチリルは呼ばれてきた衛兵たちによって屋敷の方に運ばれていった。

 羞恥やら焦りやらの様々な感情が入り混じった表情を浮かべたグリムと、あまりのことに気を失ったチリル。


「ひどい」


 想像の数倍以上の惨状に陥った二人を見送るキャサリンは呆然とそう呟くしかできなかった。

 周囲の人々は「王太子ともあろう方が」「あの娘はもともと庶民では」「婚約者が」などと好き勝手な噂を始めている。

 キャサリンが騒ぎ立てずともあの二人は破滅することになるだろう。


「キティ、このままここにいるとまずい。もう帰ろう」

「え、ええ」


 スティーブに連れられ、キャサリンはもともとの予定通りここには来なかったということにしようとこそこそと会場を後にしたのだった。




「大丈夫か?」

「……うん」


 連れ帰られたモルドー家の屋敷。

 急な体調不良が治ったからと婚約者を追いかけてパーティ会場に向かったはずのお嬢様が顔色をなくして帰ってきたため、使用人たちは大慌てだった。

 また具合が悪くなったのだろうと受け取って、連れて帰ってきてくれたスティーブに何度も頭を下げていた。

 スティーブとしては嘘を吐く居心地の悪さもあったのだが「会場に向かう馬車の中で具合が悪くなった」ということで話を合わせた。


 自室に戻り、ドレスから簡素な服に着替え楽な格好になったキャサリンはどこか魂が抜けた様子だ。

 スティーブもそんなキャサリンを一人にはしておけないと、向かい合って温めたワインを飲んでいた。


「私のせいかしら」


 二人の破滅を望んでいたとはいえ、あそこまでの大惨事になるなんて想像していなかった。

 最初にグリムとチリルを見つけた女性と男性が誰かは知らないが、雰囲気からしてかなりの身分だろう。

 お金を積ませて証言を塗り替えるのは不可能そうだったし、第一、あれだけの目撃者の口に戸を立てるのは土台無理な話だ。


「まぁ舞台を用意したのは俺たちだけど、そもそもは自業自得だろう。気にするな」

「……でも」

「グリムは王太子という身分に甘えている男だったからな。これで陛下たちも目が覚めるさ」


 だから気にするな、とスティーブに優しく背中を撫でられると不意に先程の茂みでの出来事を思い出してしまう。


「スティーブ! そうよ! さっきのはなんなのよ! いくらなんでもやり過ぎよ!!」


 今の今まで萎れていたのが嘘のようにスティーブに向き直って甲高く叫んだ。


「いくら私に怒っていたからって、あんな風に揶揄うなんて!! あんな、あんな……」

「謝っただろう」

「謝って済むことですか!!!」

「じゃあ責任を取ればいい?」

「ふぇぇ?」


 不意に真剣な表情になったスティーブがキャサリンの腰を抱き引き寄せた。

 唇と唇が触れ合いそうなほどに近づいた顔と顔。


「責任を取って、一生君だけだと誓えば許してくれるか?」


 兄のように思っていたスティーブからの急な愛の告白にキャサリンは目を白黒させる。


「な、なんを言っているの! だめよ、私には婚約者が」

「あの騒動だ。婚約破棄になるのは目に見えている。君は自分の父上が地位欲しさに可愛い娘をあんな男と結婚させるような男だとでも?」

「そんなことは……」

「そもそも、君を王太子妃にと望んだのは王家だ。それなのに息子一人しつけられなかったあいつらが悪い。慰謝料をしっかりふんだくってくれるだろうよ」


 いくらなんでも王家に対してあいつら呼ばわりはよくないのではないか、とキャサリンは思わず突っ込みたくなる。


 目の前のスティーブはいつもの穏やかな雰囲気とは違い、怖いほどの真剣な表情。

 もう一人の兄だと無邪気にまとわりついていたことが恥ずかしくなるほどに雄々しい姿にキャサリンは小さく唾を飲み込んだ。


「キティ、俺はお前だけだと誓えるよ。あのばかのように君をないがしろにしたり悲しませたりなんかしない」

「スティーブ……でも、だって」

「本当なら君に婚約を申し込むのは俺のはずだったんだ。なのに急に横槍を入れてきて」

「な、なにそれ知らない」

「王家から婚約の打診があったお前に俺が後からなにを言っても無駄だろう」

「それは……」


 スティーブの手がキャサリンの頬に添えられる。


「キティ、ずっと君が好きだった。お前が望むならグリムがあの女にしていた通りに愛してやる。だから俺を選んでくれ」


 いつもの柔らかな声音とは違う、どこか苦しげで、絞り出すような声だった。

 胸の奥がきゅんと締め付けられる。


「いや」


 スティーブの顔色が失せる。


「お前、そんなにあいつのことを」

「あの通りなんていやよ。スティーブがしたいことを……して」


 キャサリンは細い腕を自分からスティーブの首に巻き付ける。


「キティ……!!」


 スティーブはキャサリンの細い体を思いきり抱きしめたのだった。





 そして翌朝。

 目を覚ましたキャサリンは思いきり頭を抱えていた。


「どうしよう」


(うっかり流されてしまった。いや、嬉しかったし、スティーブのことは好きよ。でも、私はまだ王太子の婚約者なのに)


 告白をされた嬉しさでうっかり受け入れてしまった。

 一体どうしたものかと唸っていると、バタバタと騒がしい足音が部屋へと近づいてくるのが聞こえた。


「キャサリン!!」

「お父さま」


 ノックもせずに部屋に入ってきたのは父であるモルドー伯爵。

 キャサリンによく似たきゅっと吊り上った瞳が印象的な強面の顔だが、実際は家族を溺愛する誠実な父親だ。


「火急の用件だ。落ち着いて聞いてくれ、お前とグリム殿下の婚約は無効になった」

「まぁ!!」


 予想していたことだが、あまりに急だ。

 昨夜の今朝とは、とキャサリンが驚いていると、モルドー伯爵はショック状態だと捉えたらしく、悲しげに双眸を歪めキャサリンを痛ましげに見つめている。


「他の者から聞くよりは私から説明した方がよいと思ってな。辛いかと思うが、お前のためなのだ」


 モルドー伯爵はキャサリンたちが目撃した場面のその先についても教えてくれた。


 あの後、グリムとチリルはそれぞれの関係者から恥ずかしい限りの事情聴取をされたそうだ。

 王太子にあるまじき行動をしたとしてグリムは王様や王妃様からさんざんに叱られ、性根を鍛え直すためにしばらく国外留学させられることになった。表向きは見聞を広めるための遊学と発表されるそうだが、実態は厳しい訓練と勉強を校訓とする隣国の騎士訓練校に投げ込まれるのだとか。


 チリルは婚約者のいる男性を、しかも王太子を誘惑した罪で修道院に入るそうだ。

 死にそうな顔をしていたグリムに「迎えに来てくださいね」と花畑のようなことを言っているそうだが、ここまで醜聞が広まってしまった彼女を果たしてグリムが迎えに行くだろうか。


「可哀相なキャサリン。辛いだろうが、殿下のことは忘れるんだ。お前には相応しい相手をまた見つけてやろう。陛下たちもお前のことを心配していたぞ」


 ひたすら娘を不憫に思う父親の言葉にキャサリンは曖昧に微笑むほかない。

 陛下たちはいずれ娘になる自分を可愛がってくれてはいたので、その点はとてもさみしい。

 グリムと婚約解消できることは清々しているし、二人に下された処分内容は自分が想定していた破滅ルートにほぼ沿っているのでまぁ納得できる。


 ただ、早々に新しい婚約者をと言われると戸惑うほかない。

 というか、婚約者も何も既に愛を誓った相手がいるのだ。


「ええと、お父さま……」


 さてどうやって父親にスティーブとの結婚を認めてもらおうかと思考を巡らせていると、メイドの一人が慌てた様子で来客を告げてきた。


 その来客とは他の誰でもないスティーブ・アイス。

 グリム殿下との婚約破棄を聞きつけ、他の誰よりも先に婚約の許しが欲しくて駆けつけたとモルドー伯爵に頭を垂れたのち、両手でなんとか抱えられるほどの花束をキャサリンに差し出した。


「ずっとあなたを想っていた。どうか私と婚約してほしい。誰よりも幸せにすると誓う」


 情熱的で誠実な求婚にモルドー伯爵並びは激しく感激しむせびないた。

 キャサリンも頬染めながら花束を受け取ったものだから、そこからはまるでお祭り騒ぎ。


 王太子の起こしたあられもない醜聞は、婚約破棄されたご令嬢に訪れた情熱的な恋物語の噂にかき消された。

 結果として救われた形になった王家は二人の婚約を盛大に祝うことでキャサリンへの贖罪としたのだった。


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