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半生  作者: くさはや
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第5章

第5章


 「あなたは何も気にしなくていい。ゆっくり休んでまた大学に行けばいい。」

 それが母の最初の言葉。そういいながら母は僕を抱きしめた。

 「気づいてあげれなくてごめんね。」

 こういって僕を抱きしめた。

 今までの憎しみはこの数分間の問答で無くなっていた。この母の元でならやり直すことができるのかも知れない。いままでのことは全て少し長い反抗期だったのかも、とか、そう思ってた。

 それからの毎日は今まで僕が破綻していると断定した母と子の愛情を育てていたのではないだろうか。ここ数年まともに会話もしなかった母と沢山話しをした。今までのこと。これからやりたいこと。いろんなこと。

 母が皮を剥いたりんごは、別にりんご自体好物でもなんでもないのに美味しかった。皮を剥く母の姿は美しかった。皮を剥き、リンゴが一周するごとに僕らの間に溜まっていた悪いものが吹き飛んでいくようだった。

 2人の間にあった壁は僕が勝手に作ったものだったのではないか。常に母は歩み寄っていたのではないか。恨んでも仕方ないのではないか。許せるのではないか。穏やかな秋晴れが僕の心を満たしていた。心地よい枯葉の香りがした。夏を終え生き疲れたトンボはゆらゆらと飛ぶ。最後に止まったのは母の肩。全ての雨が最後には一本の川になってそして母なる海へ還るように、どんなに自由に空を飛ぶ鳥も最後には母なる大地に還るように、全ての魂が輪廻の輪に還るように。この母の愛に包まれた。2度とここから出なくてもいい。これが僕の求めた物だったのだ。暖かな心地だった。けれど僕の心はあまりにも明るすぎた。


 「どう?行けそう?」

 これが母の次の言葉。優しく語りかけられる。

 「なんで良くならないの。」

 優しく、少しの苛立ちが優しさの裏に隠されていた。

 「なんでこんなことになったの。」

 徐々に勢いを強める。

 「他にもしなきゃいけないことあるんだよ。」

 刺すような鋭さが優しさという包装紙から突き出ている。

 「お金だってただじゃないんだよ。」

 「早く治ってよ。」

 鋭く尖った言葉。しかしそれも愛だった。愛ゆえの言葉なのだ。真っ当に生きて欲しいという願い故の愛。愛しているから言うのだ。愛とは関心を持つこと。その対極にあるもの、愛さないことは無関心であること。愛されるというのが常に心地よい物ではないこと。消えてしまいたい。

 これ以降は覚えてはいない。けれど右耳から左耳ににただ流れていったわけではなかった。強弓から解き放たれた愛は僕の心を貫き通し背後へと飛び去っていったのだった。心には残らず、ただ大穴が空いた。僕は涙を流していた。母はまたごめんね、ごめんね、そう繰り返しながら僕を抱きしめていた。

 立ち去る気力はなかった。もしくはこの人以外に僕を愛してくれる人は居ないと本能的に察したのかも知れない。

 

 結局、僕の求めたものはこうして手に入れることができた。この針のむしろの上に居座り続けることで僕は愛されることが出来たのだ。

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