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半生  作者: くさはや
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第3章

第3章

 

 ある時、僕はふと思い立ち都会の友人の元を訪ねた。彼の家は街の中心から二駅離れた駅の近くにある。駅を出て少し歩き、その後坂を登った所にある。坂の上などと言っても窓からは隣のアパートの壁しか見えない。見晴らしが特別いいわけでもなくただ坂の上という交通の便の悪さだけが悪目立ちする場所だ。2泊3日の予定だったが、折り悪く彼は旅行へ行くとのことで一晩だけ泊めてもらうこととなっており、その友人も用事があるとのことで顔を合わすことは叶わなかった。言ってしまえば体よく宿を手に入れたわけだった。

 

 その日の晩、僕はバーへと飲みに出た。俗にナンパ箱と呼ばれるような場所だ。男も女も出会いを求め、値踏みする場だ。

 そこで僕は1人の女の子と出会った。輪郭を丸く覆うようなショートヘアの彼女とは妙な縁ではあるが地元が同じと言うことで仲良くなった。その後別の店で飲み直した。とりとめも無い会話ばかりだった。

 気づけばホテルに居た。1回唇を重ね合わせた。2回、3回、、、、。ぬるり、と彼女の涎と共に舌が僕の口の中に入ってくる。答えるように彼女の舌に舌を絡ませる。くちゃくちゃという舌と涎が絡み合う。音が大きくなる。僕の背中に回る彼女の手の力が強くなる。僕もきつく抱きしめる。固く抱きしめ合いながら舌を絡ませる。心地良い音が脳に響く。胸に手を回す。優しく撫でる。舌を絡ませる力が弱くなる。吐息が漏れる。

 終わった後彼女は僕に背を向けて寝始めた。僕と彼女の間には薄く分厚く、そしてとても冷たい壁がある。それは決して溶けることのない永久凍土のようなものだ。ともすればそれは彼女自身の心を守る為の壁でもあるのだ。彼女もまた裏切られたのだ。せめて裏切られないように僕らの間に壁があるのだ。 

 溶ければいいのにな、と、彼女の頬に一度キスをした。冷え切っていた。反応は無い。おやすみ、と一言告げ僕も彼女に背を向けて眠りについた。壊れかけた壁をペンキで塗り固めて誤魔化した。でもそれは基礎もない上に立てた建物のように、砂上の楼閣だ。砂浜に作った城が一波ごとに削られていくように徐々に徐々に削られていく。

 翌朝目覚めると彼女はもうそこにいなかった。きっちりとホテル代が半分残されて居た。それが彼女の言い訳で心の拠り所なのだ。そしてそれを受け取ることが僕の心の壁。そうやって心を守るのだ。

 カードを支払い機に差し込み支払った。レシートは彼女の残したホテル代の上に置いてきた。あれはチップだ。

  雨音と寝息、左腕にかかる彼女の頭の重み。布団の暖かさ。そんなものに僕は憧れていたのだと気づいた。


 2日目の晩、僕はネカフェに泊まった。

 マットの敷いた席、椅子の席、鍵のかかる席。この3種類の席があって寝たかったからマットの席にした。

 深夜のネカフェは寝息が響いている。僕は漫画を読んでいることが多いので続きを取りに行く時なんかはできるだけ静かに扉を閉めるのだった。

 椅子の席に座り、テーブルに突っ伏して寝ている人たちもいる。そんな人たちは大体4,50代の人たちで無料貸し出しの毛布を重ねて好みの高さにして寝ていた。

 なんとなく自分の将来をそこに見た。


 深夜1時、横にはなったもののなかなか寝付くことも出来ず昨晩の彼女に今から飲まないかと連絡をしてみた。返事はなかった。多分僕の心の壁は実際のところ存在しなくて、降り注ぐ矢の雨の中に裸で立ち向かっていたのだ。一本一本が深く深く突き刺さっていた。なんとなく散歩に出た。深夜のビル街は人通りが少なくて静かで冷たい空気が重く立ち込めていた。泥沼の中をもがくように進んだ。息をすることすらままならず、けれどその中を必死で泳いだ。ポケットの中からスマホが転げ落ちた。重力のくびきを払い除けスマホは浮かび上がってきたように見えた。拾い上げようと屈むと透明なケースに挟まる水族館のチケットが目に入った。

 「まあこいつでもいいか。」そう思った。手首に紐を巻き、余った紐をそのチケットの挟まれたスマホに巻きつけた。そして雨上がりの川へ飛び込んだ。

 冷たいはずの川はとても暖かいのだった。

 白い天井が目に入った。僕にかけられた掛け布団に涙の跡を残した母がベットに突っ伏して寝ていた。ひどい嫌悪感に襲われた。払い除けたいという衝動に襲われた。だがからだは動かなかった。仕方ないからもう一度目を瞑った。


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