学園長からのお話です
ここは王立学園。
15歳からの3年間、勉学に励む為の場所だ。主に貴族の子供たちが入学してくるが試験を乗り越えた優秀な平民の子供たちも入学している。
そんな学園の、普段なら1時間目の授業が始まるというタイミングで学園全体に連絡を伝える放送具がポーンポーンポーンと放送の鐘を響かせた。
何事かとざわめく教室内をそれぞれの教室に居た教師が注意する。
「みんな静かに聴きなさい」
教師の言葉に学園の教室全てが静まり返った。
『え〜、学園長です。これから少し皆さんにお伝えしたい事があります』
教室の一つ一つに取り付けられた魔道具である放送具から学園長の威厳ある渋い声が響き渡る。生徒たちはみな不安げな表情をしてそれに耳を傾けた。
しかしそれは大半の生徒にとっては呆れ返る内容のものだった……
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました。
女生徒は「毒見をしていないから」と必死に断ったそうですが、令息たちは「構わないから」と女生徒の了解も得ずに女生徒が持っていたクッキーを食べたとの事です。
この話を聞いて、断りきれなかった女生徒を責める者も居るかもしれませんが、高位貴族の令息からの要望を何の後ろ盾もない平民の女生徒が一人で抗うことは難しいと私は思います。
彼らは女生徒からクッキーを勝手に奪って食べた後、そのクッキーが彼女の手作りだと解ると「また作って来い」と対価も払わずに要求したそうです。
貴族の生徒方にはいまいちピンとこないかもしれませんが、平民の生徒たちには、“お菓子1つとっても大切な食料”となります。
この学園の平民の生徒の生活は学園が面倒を見ておりますが、それも“学業に必要な物に限って”の事です。個人的な物はちゃんと生徒たちが自費で買っているのです。
彼女も市販のクッキーが買えないからこそ、節約して自分でクッキーを作って夕食までの空腹を凌いでいたのです。
そこに突然やってきた空腹など知らないような貴族の令息たちが自分の食料を横から奪っていったのです。
皆さんはどう思いますか?
クッキー数枚、と思うでしょうか?
でも、10枚しか無かったクッキーをそれぞれ一口分だと一枚ずつ5人の令息に食べられてしまったら、彼女の食べる分は半分しか残っていません。
彼女にとってそのクッキーは少ない生活費から捻出した物である事を忘れてはいけません。
その程度、と言うのならクッキー1枚に銀貨1枚を置いていく……いや、高位貴族の令息でしたらクッキー1枚に金貨1枚を置いていくくらいの気概は見せてから威張って欲しいものですね……。
彼らはそんな事すらせずに、更には次のクッキーまでもを平民の女生徒に“強請って”去っていったのです。
この話を聞いて、一部の女生徒は彼女の方が令息たちに媚を売ったと考えるかもしれませんが、彼女の名誉の為に言っておくと、彼女は決してそんな事はしておりません。
そもそも彼女から媚を売っていたのならばこの話は私の耳には入りませんし、こんな風に時間を取って皆様にお話ししてはいないでしょう。
何度も言いますが、高位貴族の令息たちに絡まれた平民の女性が彼らを簡単に拒絶する事も出来ません。そんな事をすれば不敬などと言われて責を負う可能性もある事は皆さんも想像出来るでしょう。
この学園が“平等”を謳っていようとも元々ある身分差が全てなくなる訳ではありません。
ですから彼女が彼女の意思で高位貴族の令息を遠ざける事は難しいのだと、貴族の生徒の皆さんも理解しておいてください。
そして、一部勘違いしている人達もいるようですが、この学園は勉学に励む場所であって男女関係の縁付きを求める場所ではありません。
高位貴族の令息から声を掛けていただけるだけで幸運、などと考えないように。
平民の皆さんは貴族の皆さんと違い、試験を乗り越えて入学を勝ち取った者たちです。
学費などを免除される代わりに試験で結果を残さねばなりません。
それに平民の皆さんはこの学園に目的を持って入学して来ています。
あ、その目的が“貴族方との男女の縁付きをする為”だなどと勘違いしないように。
そんな考えではこの学園の入学試験を突破する事は出来ないでしょうから。
彼らに異性にかまけている時間は無いのですよ。
ですから平民の皆さんは時間を惜しんで本と向き合っているのです。
遊んでいる平民の生徒を見た事がありますか?
サロンで本も開かずに喋っているのは全員貴族の生徒であると私も確認しておりますよ。
さて、話が長くなってしまって申し訳ありません。
今回、何が伝えたかったのかと申しますと。
今後この学園では“西の広場”を『平民生徒専用』とさせていただきます。
今後はどの立場の貴族の生徒であろうとも……たとえ王太子殿下であろうとも、どんな理由であろうと“西の広場”には立ち入らない様にしてください。
平民生徒との話が必要であれば教員室の前にある“中の広場”でお願いします。
そうすれば教師達の目もあるので何か問題が起こってもすぐに対応できるでしょう。
貴族だからと横暴を許す事も、平民だからと媚び諂う事もこの学園内で許す事はありません。
皆さん、この学園に何故入学したのかをもう一度よく考えて、学園の生徒としての誇りを持って生活してください。
この学園で将来の愛人を探す事も、玉の輿を狙う事も、真実の愛だなんだと言い訳して今いる婚約者を邪険にする行為も許しません。
そういう関係を迫られそうになったり、見かけた時は直ぐに教師に報告してください。
今一度、この学園が勉強をする場所だと皆が自覚するように。
それでは、学園長の話を終わります』
放送具がポーンピーンポーンと放送終了の鐘を響かせて長い長い学園長の話は終わった。
2年生の一部のクラスがとても気まずい空気に包まれたのだが、教師たちは気にせずに授業を開始したのだった。
その日の放課後、教員室へと訪れた王太子とその側近たち5人は気落ちした状態で問題を起こした事を教師陣に謝罪した。そして自分たちが怖がらせてしまった女生徒にも謝罪したいと申し出た。
王太子とその側近たち5人は自分たちほど身分もあって外見が良い男たちはそうそういないだろうと自負していた。全員が自分たちは絶世の美男子だという自信があった。
そんな自分たちが全員揃って女生徒一人に微笑んで声を掛けてあげたのだ。怯えたように見えていたが内心では驚喜しているんだろうと思っていた。それに王太子殿下に突然声をかけられて畏れ多くて動揺しているだけだろうとも。
女生徒が平民であり、自分たちの学年の1つ下であることはその胸元のリボンを見て一目で分かった。一目で分かる様にリボンとネクタイの色が分けられているからだ。
自分たちより年下の女生徒はピンクの髪をふんわりと風に靡かせて広場のベンチに座っていた。本を読んでいる顔はとても可愛らしく、遠目からでも素朴と分かるクッキーを食べている姿は子リスのようだった。
そんな小動物の様な彼女が可愛らしくて声をかけたのだが、声をかけるきっかけに使ったクッキーをまさか『奪われた』と言われるとは思わなかった。
彼女から返事を貰う前にクッキーを食べた事は悪かったと思うが、こんな美形5人に声を掛けられたら普通はそれだけで感謝しないか?クッキーの1つ、いや5枚くらいで王太子を始め高位貴族の令息たちと話をする事が出来たのだ。むしろ安いと思うんじゃないのか?
謝罪を口にしながらも5人は全員そんな事を考えていた。
しかし次の日教師から聞かされた言葉は
「彼女は謝罪もお金も要らないので二度とああいった事は誰に対してもしないでください、私にも関わらないでください、と言っていた」
という言葉だった……。
関わらないでくださいとまで言われるとは思わなかった5人は普通にショックを受けた。5人はこの時初めて自覚できる形で女性から拒絶されたのだった……。
しかしそれだけでは終わらなかった。学園から今回の事が親に伝えられたのだ。学園側も『生徒を預かる立場』として、平民の学生たちの身も守らなければならない。相手が高位貴族や王族であれば尚更立場的にも学園側が気を配らねばならない。
学園側は軽く『お宅の息子、ちょっと異性への態度がアレやで』的に伝えたのだが、貴族社会を勝ち抜いている高位貴族の親たちがそれを言葉通り軽く受け取る事はない。学園からの知らせを受けて直ぐさま自分たちで事実を調べ、そこに上がってきた『高位貴族の令息による平民生徒からのクッキー強奪事件』を聞いて恥と情けなさに当主たちは怒りで顔を赤くした。そして自分の立場も理解せず平民の学生に迷惑をかけた息子にどの家も拳骨を落とした。
まさかの物理に息子たちはちょっと泣いた。
そしてこの『王太子やその側近の令息たちが平民の女生徒からクッキーを、集り・奪い・強請った』話は噂好きの貴族たちの間で瞬く間に拡散され、社交界の話のネタとして語り継がれる事となった。
その後、学園に広がる『西の広場』では平民の生徒たちが伸び伸びと自習に励み、自然と『東の広場』が貴族生徒専用の広場となった。
平民や貴族関係なく仲良くなった者たちは『北の広場』や『中の広場』を使うので問題も無い。
だが、何故か時々『西の広場』に行きたがる貴族の令息が出てきたり、『東の広場』まで令息を追いかける平民女生徒が出てきたりして、教師たちの頭を悩ませ続けるのであった。
[完]