第4話
この世界に来てから6ヶ月。
俺は華琳達の助けと自らの能力により、
春蘭、秋蘭の夏侯姉妹に次ぐ第三の側近としての立場を不動の物とした。
そして時代は回り始める。
俺の知る正しき歴史、
正史と微妙に重なりながら…。
「聞いたか姉者?
管輅とかいう占い師の言葉…」
「あの天の御使いとか言ったか?」
「そうそう天の御使い!
何か格好いいよね!
なんて〜の俺みたい?」
はいすみません。
謝るからそんなに呆れた顔で見ないでプリーズ!
「ともかく眉唾物だが、
庶人はとかくこういった物語が好きだ。
一応気にしておいても損はないだろう」
「うむ!」
「了〜解」
なんて事を喋りながら華琳の執務室に向かう。
恐らく全員揃っていての用件だから、
「朝議で話したわね?
大規模な盗賊、野盗の殲滅よ」
「「は!」」
「了解!」
数日前の朝議で議題にあがった物で、
隣の州からの難民の数が無視出来ない数に増えている事、
原因は大規模な盗賊又は野盗の集団が結成されているという物だ。
「調査の結果…。
州牧は逃げたらしいわ」
州牧とはいわゆる県知事である。
華琳は頓丘の刺史、
これが町長クラスなんでどの位偉いかは推して知るべし。
「まったく無能なのも困った物ね。
それが私の上役だと言うんだから…」
「やめろ華琳。
綺麗な肌に傷がつく」
あまりの事に拳を握り過ぎて、
華琳の綺麗な掌から血が出てしまいそうだ。
「そうですよ華琳さま!
御身に傷等つけてしまえば我々生きていられません!」
「姉者の言う通りです」
全員から諫められてやっと拳を開く。
「そうね…。
でもやはり頭にくるわ!」
癇癪を起こしてもそこは華琳だ抜かりは無い。
「既に朝廷からの軍派遣の許可は取っているわ。
人間を辞めた獣共を退治に行くわよ!」
それから数日で遠征の準備が終わろうとしている。
今日は遠征の為に割り振った仕事と物資の最終点検日、
何と言っても軍隊は大飯喰らいだ。
死を賭して戦う兵士はそれだけ志気が大切になる、
そうなればせめて飯位は腹いっぱい食べさせないと…、
だからこそ補給物資の量は生死を分かつ重要項目なのだ。
「春蘭今回の遠征で選抜した兵の報告は?」
「こちらです」
「秋蘭には留守中の政務の割り振りを…」
「こちらになります」
「隼人には警備計画と義勇兵の対応…」
「これだろ」
次々と華琳の元に報告が集まる。
「私は良い部下を持って幸せよ。
春蘭もいつもなら遅れるのに頑張ったわね」
「はい!華琳さま!」
「俺が手伝ったんだよ。
本当に春蘭は書類仕事が苦手なんだから」
「あらそうなの?」
「ああ…。
ても書類仕事が終わんないで泣きついて来た春蘭が、
滅茶苦茶可愛かったから頑張っちゃった♪」
「姉者それなら私に相談してくれれば…」
「駄目だよ。
ほら一昨日の…」
「ああ、
あの日か…」
「秋蘭だって忙しかっただろう?
俺は次の日の報告待ちだったから手が空いてね。
春蘭が『秋蘭が忙しそうで頼めない!隼人手伝ってくれ!』と言われた時の表情は、
仕事が無ければ押し倒してたな」
楽しく談笑していたが…、
背後から立ち上る特大の殺気!
「隼人〜!
そこになおれ〜!」
剣を振りかざす春蘭にやり過ぎを悟る。
顔を真っ赤に染める春蘭の本気の刃を避けながら退場。
「隼人、
ついでに補給物資の最終報告を取って来なさい」
本当に抜け目が無いな華琳は。
辛くも春蘭から逃げ切り、
補給物資の集積地に到着する。
何人かは街で見かけた顔だ、
気さくに挨拶をしながら責任者を探す。
補給物資の手配も納入も大詰めになっているので責任者も飛び回っているのだろう、
なかなか見つからない。
「…う、それはそこに置いて!」
可愛い声が聞こえる!
俺の耳は可愛い娘ちゃんの声なら千里先でも聞こえるのだ!
隼人108の秘密の中の1つ!だが嘘だ〜!
「なんて事やってないで…」
補給物資の山の陰から声のする方に向かえば…。
(なんだこのネコミミフードは?)
責任者なのだろう、
可愛い声の主はテキパキと大男達に指示を出している。
(何故ネコミミがこんな所に?)
思わず近寄って耳を掴む。
「キャア!」
(何か固めの感触があったな)
ゴス!
なんて考えていたら肘鉄をモロに鳩尾に食らう。
「あんたね〜!
何すんのよ!
妊娠しちゃうじゃない穢らわしい!」
いきなり背後から触ったにしても過剰反応過ぎじゃないかい?
「それくら…いじゃ、
はらま…ねーよ…」
的確に決まり過ぎて悶絶するが突っ込みは忘れ無い。
「気分の問題よ気分の!」
こちらを指差しながら喚く女の子は、
ぱっと見俺よりは年下に見える。
背は俺の顔一個分下、
顔立ちはかなり整っているが今は柳眉を逆立てているので怖い、
そして何と言ってもネコミミフード!
何故この世界にネコミミが?
「それで変態!
この私に何の用よ?」
やっと回復してきた俺に言葉の刃が突き刺さる。
「変態は酷いだろう?」
「私の体に無断で触るような輩は変態で十分よ!
それより用件を言いなさいよ!」
なんでこの子はこんなに攻撃的なんだろう。
「俺は神北将軍だ。
華琳の命により補給物資の最終報告を回収に来た」
「……」
おや何故そんなに驚いているんだ?
「あんた!」
「何だ?俺が将軍なのが不思議か?」
「そんな事は知っているわよ!
何曹操様の真名を呼び捨てにしているのよ!
不敬だわ!
死になさい!
今すぐ死んで詫びなさい!」
「知ってる?
俺って有名人?」
「そんなのはどうでもいいって言ってるでしょ!
そんな事より詫びて死になさい!」
「んな事言われても…。
俺は華琳から真名を呼ぶ事を許されてるし、
華琳自身から注意された事もねえからな〜」
益々ヒートアップする責任者に呆れながら説明する。
「まあそんな漫才は終わらせて、
補給物資の手配目録を渡してくれ」
「どうでもよく無いわよ!」
「…本気で言ってるの?」
意図的に気配を変える。
「君は責任者だろう?
その責務以上に優先される事があると言うのか?」
「く!…ありません」
「ならば目録を」
「……こちらになります…」
釈然としない顔ながらも目録を渡してくる女の子。
(虐め過ぎたかな?)
勿論心の中ではそんなに真面目に考えている訳が無い。
「ありがとう」
表面上はこちらも憮然と受け取る。
(どうするかな〜?
あんまりにもボロクソに言われたから虐めちゃったけど…)
そんな風に考えながら目録を斜め読みすると。
「ん?」
見逃せない数字が並ぶ。
「…」
考えていた事など忘れて目録の数値に目を走らせる。
「…この数字は間違い無いのかい?」
やや呆れながら責任者に問い掛ける。
「はい!
間違いありません!」
挑むような眼差しで見つめ返してくる女の子。
「ならばこれを華琳に渡して良いんだな?」
またもや真名を呼び捨てにした事で一瞬眉がつり上がるが、
今度は自制が聞いて思い留まる。
「はい…。
そのままで御報告頂ければ幸いです!」
「…名を聞いておこう」
将軍としての威厳を込めて再度問い掛ける。
彼女−恐らく命をかけた策を仕掛けている人に、
女の子と言える程失礼では無い−は膝を折り、
拳を右手の掌にくっつけ前に出し視線を下に向ける。
「我が名は荀イク。
以後お見知りおきを!」
下に向けた顔がどうなっているかはわからないが、
表面上は正式に挨拶された。
「覚えておく…。
指示は早めに終わらせておけよ」
「…」
それだけ声をかけて踵を返す。
(あの子が王左の才、
ならば成功するだろう…)
俺は足早に華琳の執務室に急ぎ、
到着するとノックをしてから扉を開く。
「華琳入るぞ!」
室内には春蘭の姿が見えるが秋蘭が宥めてくれたのだろう、
飛びかかってはこない。
「お帰りなさい隼人。
それでお使いは?」
「これだ」
目録を華琳に渡す。
「ありがとう…」
早速目を通す華琳を見つめる。
「……隼人、
あなたはこれを確認したかしら?」
「お使いだから見なくても良かったんだがね、
実はまじまじと見た」
俺の言葉に華琳の表情が先程までとは違った無表情になる。
「あなたを買い被り過ぎたかしら?」
華琳の言葉にトゲトゲしさは無い。
というより何も無い、
空虚と言えば良いのかそんな感じ。
「お好きなように…。
ですが今は他にやるべき事があるのでは?」
「言われるまでも無いわ。
春蘭、補給物資関係の現場責任者を呼んで頂戴、
大至急よ!」
「は!」
何が何だかわからないが華琳の強い口調の命令に飛び出して行く春蘭。
扉を開ける音を背景に、
先程からの雲行きを気にして口を挟む隙を探していた秋蘭が声をかける。
「いかがなさいましたか華琳さま?」
「秋蘭には見ていて貰った方が良さそうね…」
華琳から秋蘭へ目録が手渡される。
「…!……これは!」
「もう一度聞くわ…。
あなたは内容を読んだのよね?」
「だから読んだと言ったぞ。
他に用が無いなら俺は街の警備計画の確認に行かせてもらう」
振り返り扉を開けようとする俺に声がかかる。
「どういうつもり?」
「……どういうつもりも無いさ…」
俺は首だけ振り返りにっこりと微笑み、
「ただ彼女の目を見る事をお勧めするよ。
俺は睨まれたけどね」
それだけ言うと本当に部屋を出て街に向かう。
(俺が残ってもやれる事が無いからな…)
城の正門を抜けて街のメインストリートを眺める。
俺が献策した案が実行されてからまだ数ヶ月たが、
治安は随分良くなったように見える。
「神北将軍!
どうですこの髪飾り!
遠征の前に意中の方に1つ!」
「ああ神北将軍!
後でうちの店にも顔出して下さいな、
良い掘り出し物が入ったんですよ!」
「神北将軍!
これ持って行きな!」
その為だろうか俺は気さくに声をかけられ林檎が1つ投げ渡される。
「おうまた後でな!
今は仕事中だ賄賂は受け取れねぇな!」
林檎の代金を投げ渡しながら通りを流す。
俺はこの何ヶ月かで街に完全に溶け込んだ。
それは俺の元の職業柄身に付けた特技だが、
それ以上に華琳達のおかげだ。
この世界の常識を教えて貰い将軍職という不審人物には過ぎた役職まで与えてくれた。
(華琳には義理も恩もある、
なんとかこの時代の覇者にしたいが…。
華琳達に天下を取らせるにはまだ人が足りねぇ。
恐らく荀イクは仲間になるだろう…ならば次は誰だ?)
そんな事を考えながらも警備兵の詰め所に着けば仕事を一通り終わらす。
(俺の知る三国志はゲームと漫画の知識からだかんな〜)
こんな事ならしっかり勉強しとくんだったと後悔するがそんな物は後の祭りだ、
乏しい知識を総動員して考える。
(たしか初期の頃の主要人物は〜…許緒だ!
確か許緒は頓丘の頃に居たような?)
それも確か盗賊退治の時だったように思う。
(まさか今回の盗賊退治で!)
想像は広がるばかりだ。
城の方も終わっているだろうとあたりをつけ、
最後に細かい指示を出してからどうなったのかを確認に城に戻る。
「隼人!きさまよくも私の居ない内に隠れおったな!」
城に入って最初に会うのが春蘭とは…ついてるんだかついて無いんだか。
「隠れたんじゃ無い。
今まで仕事しに街まで出てたんだ。
所で話は…?」
「あの荀イクとかいう女か?」
何かあったのだろうか途端に顔を歪ませる春蘭。
「あの女は好かん!
度胸は認めるが…、
華琳さまを試すなど不遜極まりない!」
華琳が許せない事の一つにあるのが試されるなんだが…。
「だがその口振りからして荀イクは…?」
「ああ今回の遠征に軍師として同行する事になった。
但し条件付きで、
手配した補給物資の量で遠征が問題無く終われば軍師として採用し、
兵の1人でも餓えれば首を落とす事になった」
「そうか…」
華琳らしい苛烈な条件だが命があっただけでも儲け物だろう。
「今華琳達は?」
「秋蘭は色々と調整しなければいけない事があるとかで私と共に部屋を出た。
華琳さまとあの女はまだ執務室だ」
「春蘭のこれからの予定は?」
「……書類仕事は手伝えないから兵の様子でも見て来ようかと…」
ばつが悪そうにそっぽを向く。
「違うんだぞ!
私は手伝おうとしたんだが…、
華琳さまにも秋蘭にも止められて。
華琳さまの護衛としてお側に居ようかと思ったのだが、
華琳さまは将軍職が無為に城の中で護衛をする事をあまり快く思わん…」
「だから出て来た?」
「悪いか!」
言っている内に春蘭の頬が徐々に朱に染まる。
「いや悪く無いよ。
それ所か良い事なんじゃない?
春蘭は人気があるから視察に行けば志気も上がるだろう」
言いながら頭を撫でる。
(…は!俺は何を!)
春蘭があんまりにも可愛い顔をするので思わず頭を撫でてしまったが、
はたと気付けば今の状況は絶望的だ。
(ま、まずい…)
春蘭は女性の中でも背が高い方なので俺と同じ位の背、
その頭を撫でるのに至近距離に居る、
とどめは春蘭の肩がプルプル震えている。
「…子供扱い…するな〜!」
無防備な俺の腹に曹魏の大剣の鍛え抜かれた拳が突き刺さる。
「…」
「ふん!」
何も言えずに膝を折る俺を残して春蘭は足早に去って行く。
(女の拳とは思えねー…。
でもさっきの春蘭頬が赤かったような?
俺にもまだチャンスはあるかな)
少しずつ回復する体を待ちながらそんな事を考える。
そして華琳の執務室に到着するとまずはノックしてから…。
「入りなさい」
声をかける前に入室許可がおりました。
「隼人入ります」
まあノックなんて習慣があるのは俺位なんだからわかるけど。
「来たわね。
改めて紹介するわ、
今回の遠征で軍師を任せる桂花よ」
「…」
眼差しが凄く痛いです、
荀イクちゃんよ〜そんなに睨むなよ〜。
「あなたも今度から桂花を真名で呼びなさい」
「いいのか?
俺はあまり好かれてはないと思うんだが…」
チラッと荀イクを見れば今にも牙を剥いて襲いかかって来そうだ。
「いいのよ。
桂花、自己紹介しなさい」
「…我が性は荀、名はイク、字は文若…」
そこで自己紹介が止まる。
「続けなさい桂花」
「ですが曹操様〜」
俺を見る時と華琳を見る時でここまで雰囲気変えられるのは既に特技の域だな。
「隼人は私が信頼を置く者の中でも春蘭等に次ぐ立場の者よ、
戦場ではあなたの策を実行する立場の者なのだから信頼なさい」
「ですが〜…」
「それにね…、
隼人の判断と言葉が無ければあなたは今ここには居ないわ。
命の恩人に真名を呼ばせるのは恥ではないと思うわよ?」
「うう…」
気にしないでいいのになと思います。
荀イクはキッと憎々しげに睨むと、
「真名は桂花!
曹操さまが言ったからしょうがなく呼ぶ事を許すんですからね!
勘違いしないようにしっかり覚えておきなさい!」
いや〜ツンデレ娘かと思っていたのだがこれは完全に脈は無いな。
「わかった。
それでは俺も改めて名乗らせてもらう。
神北隼人、
華琳の元で将軍職をさせてもらっている、
呼ぶ時は隼人で良い」
握手は嫌そうにしているので自重。
「挨拶は済んだわね。
では明朝に遠征に出発する、
各員の健闘に期待する!」
「「は!」」
行軍2日目−
「尻が痛い…」
こちらの世界に来てから何度も馬に乗る機会はあったが、
こんなに長距離の移動は初めてだ。
初日はなんでも無かったのに今日の昼過ぎ辺りからジンジン痛くなってきた。
今俺は行軍の先頭付近、
華琳を護るように先行する部隊に居る春蘭、
その部隊の参謀に秋蘭がつき、
本隊の先頭は脇を親衛隊に固められた華琳、
その裏に俺と騎兵という並びだ。
ちなみに騎兵で尻が痛そうなのは俺だけである。
「だらしないわね…」
兵糧と兵の確認に行っていた桂花が戻って来た。
「悪かったな。
俺の居た所では馬にあんまり乗らなかったんだよ」
言い返す言葉にも力がこもらない。
「よくそれで将軍が勤まるわね」
「うっせ〜」
言いたい事だけ言って華琳に寄っていく桂花。
(しかし桂花の言う事ももっともだな。
帰ったら騎乗訓練の時間を増やそう)
決意も新たに前を見る。
桂花は華琳に報告をしているのだろう、
その顔は頬を染め溶け崩れる砂糖のような甘い表情。
(桂花は順調に慣れてきてるな。
しかし華琳の餌食がまた1人増えたか…)
−行軍3日目。
(尻が擦れて…)
限界だ。
尻は鞍に擦られて皮が捲れヒリヒリどころかズキズキする。
俺の今日の居場所は春蘭の後ろ、
いつもは秋蘭の位置なんだが余りにも俺の様子が酷いので、
それを見た兵士の志気の低下も考えて前に出された。
そんな絶望的な状況の中でその報告は届く。
「御報告申し上げます!」
先遣隊として出していた兵士が言った。
「何があった!」
(春蘭あんまり大声だすな〜一般兵が不安がるだろ〜)
痛みに苦しみながらも心の中で突っ込んでおく。
「前方ニキロにて盗賊の群れを発見致しました!」
「数は!」
「約500!」
(500ならこちらの方が多いな)
こちらの軍勢は約1000、
1つの街で動員出来る量としては破格の量でる。
「ならば早速殲滅するぞ!」
「待て待て!
流石に桂花への報告無しに突っ込むのは駄目だろ!」
今にも走り出して行きそうな春蘭を引き止める。
「何故だ?
我々は盗賊を殲滅する為に来たんだぞ!
それを目前にして何を気にする事がある!」
鼻息荒く食ってかかるのを押し留める。
「春〜蘭〜?
お前軍議の時に何を聞いてたんだ〜?
今回の遠征での相手は約3000からなる集団だ。
覚えてるか?」
「お、覚えている!」
「今どもらなかったか?」
「どもってなどいない!」
「ならわかるだろう?
その集団は本命じゃない。
相手の先遣隊か分隊、
もしくは関係無い盗賊団か…」
(それは無いだろうがな…)
「その仮定のどこに問題がある!」
「だから正体のわからない集団なんだから、
華琳や桂花と対応を検討しなきゃだろ?
それにこの人数で突撃は危険が多い」
聞き分けの無い言葉に尻の痛みが重なり言葉に棘が混じる。
確かに総数ならこちらが多いが、
俺達は先行部隊として騎兵100で構成された部隊だ。
例え春蘭が一騎当千でも数で劣る我々の内一般兵には被害が出るだろう。
「華琳達を待ってからでないと駄目だ」
「う…うむ…」
将軍として判断した場合俺が正論だとわかったのだろう、
春蘭はどもりながらも頷く。
「悪いんだが後方の部隊に報告を宜しく。
前方ニキロに集団有り、
指示を求むと…」
「は!」
伝令は報告を持ってきた者とは別の騎兵に頼む。
「それで?
その集団はどんな様子だった?」
「は!
集団は恐らく何処かの村を襲った後らしく、
奪った物資を持ち我々の進軍方向に進んでおります!」
「賊の兵種は?」
「全員が徒でした。
奪った物資は荷車を引いて輸送しておりました。
ただ…」
「なんだ?
実際に相手を見て来た者の感じた事は大切だ、
どんな細かい事でも良いから言ってみてくれ」
「は!
実は物資の量があの規模の盗賊にしては少なかったなと?
小さな村でも襲ったのならそれまでなのですが、
それにはあの人数は多過ぎるかと思いまして」
「ふむ…?
敵の武装は?」
「全員違いました。
槍を持つ者や弓を背負う者など雑多に歩いております」
「そうか…ご苦労様。
恐らく案内を頼むと思うから休んでおいてくれ、
替え馬は華琳が来たら支給する」
「は!」
話は大体わかったけどまだ動けない。
「件の奴らと仲間だったなら合流するのは旨くない。
かと言ってこの人数で殲滅出来るかと言えば難しい…」
なんとも判断が難しい問題に首を捻っていると、
伝令が届いたのだろう華琳達が追いついて来た。
「隼人状況は?」
「前方ニキロで物資を運びながら徒で移動する500の集団、
全員が徒歩であり装備は色々、
まとまらずに適当に歩いているようだ。
後伝令の私見だが物資の量が少ないようだ」
早速到着した華琳達にそのままを報告する。
「ならば夏侯惇将軍と神北将軍は先行騎兵部隊100に騎兵100を併せて偵察、
戦闘は避け本隊を待ち集団を撃滅。
いかがでしょうか曹操様」
「桂花に全て任せます。
好きにおやりなさい」
「は!」
華琳の顔が綻んでいる。
本当に才能がある者が好きなんだなとわかる。
「それでは夏侯淵将軍は曹操様の護衛として本隊と共に、
夏侯惇、神北、両将軍は速やかに偵察に出なさい」
「「は!」」
−馬を駆けて1分。
「あれが目標か?」
時速30キロ以上で駆けると尻を浮かせないといけないので少し元気が戻ったおれ。
「は!
先遣隊も近くに居ると思われます!」
「了解。
それなら歩調を合わせて追跡する。
戦闘は極力避けるが相手に何かあれば動く…?」
「どうした隼人?
何か見えるか?」
指示出しの途中で黙ってしまった俺の視線の先には、
「なんだあの娘?
凄い速さで集団に…!
てっ突っ込んでくよ〜!」
巨大な鉄球を振り回す女の子が集団に突撃した。
「なに!」
振り返った春蘭の目には、
遠目にも高く高く空を飛ぶ盗賊の姿。
「春蘭娘は1人だ!
先に行け!」
どんなに強くても数の暴力にはかなわない。
「わかった!」
単騎で突っ込んで行く春蘭。
「春蘭と俺は先に突っ込む!
半数はその後集団で突撃!
半数は恐らく奴らが逃げる先に目的の集団が居るだろうから尾行しろ!」
これだけの指示で半数に部隊をわけられる我が軍は練度が高い。
「突撃部隊は相手を逃がすのが目的だ!
危険は犯さなくて良いから混乱させろ!」
「「「は!」」」
「尾行も危険だと思ったら引いて良い!
全員死ぬなよ!」
指示出しが終わったので春蘭を追う。
集団の中からは相変わらず人が空を飛んでいる、
あの女の子がやっているのならばかなりの膂力だろう。
春蘭が集団に到着、
勢いを殺さずに突撃。
相変わらず春蘭の攻撃力にはかなわない、
剣を一振りすると数人が頭や腕、
造りが甘いのだろうか刀身までとんで行く。
集団もいきなりの突撃に慌てていたのだろう対応がお粗末過ぎる。
そこに俺も破山剣を抜刀し乗っかる形で突撃。
馬に乗ったままでは尻が痛いので集団の手前で飛び降り手近な相手の喉元を斬る。
俺の戦闘方法は春蘭と違い打ち合わずにヒット&アウェイで走り抜く。
俺の走り抜けた後には死にきれず周りの者に縋りつく半死人達が多数。
(これで志気が落ちてくれれば…)
誰だって死にたくない、
ならば助からない仲間が縋りつけば…。
返り血に服を汚しながら女の子の所に到着、
そこには既に春蘭が到着して縦横無尽に暴れまわる。
結果女の子と春蘭の周りには屍の山と遠巻きに見ている腰の引けた盗賊共の輪が出来ていて、
さながら広場のようだ−殺伐としているけど−。
「春蘭怪我は!」
「あるわけ無いだろう!
こんな雑兵如きに遅れを取る私ではないわ!」
言葉通り一気に襲いかかってきた盗賊共を剣の一振りでぶっ飛ばす。
そして鉄球を持った女の子−近くで見たら少女と言って良い−も一振りすれば、
盗賊共が束でぶっ飛んで行く。
俺はそれを見て安心して突撃出来た。
多数に囲まれる可能性はあるが輪の一角に突撃して斬りまくる、
走りながらも手や足や首を斬りつけ足は止めない。
ある程度来たらUターンして広場まで戻る。
集団で囲み一気に掛かっても殺せない相手に恐れを覚え始めた盗賊共に追い討ちが掛かる。
100の騎兵の突撃が始まったのだろう後方が騒がしい。
そして1人の足が逃げに向かって出される、
それを見た両脇も逃げればその両脇も…、
そして気付けば全員が逃げ出していた。
「待てきさまら!
1人残さず私が叩き斬……」
「待てい!
春蘭…最初の目的を覚えているか?」
走り出そうとしていた春蘭の馬を制する。
「俺達の役目は偵察だ。
半数の騎兵に尾行を指示しておいたから、
これ以上は減らすな」
春蘭は納得いかないような顔をするがそれ以上追撃しようとはしない。
「それより…。
君大丈夫?
怪我とか無いかな?」
鉄球を持った少女に駆け寄る。
「え?う、うん、大丈夫。
助けてくれてありがとう!」
顔立ちはボーイッシュでピンクの髪を両サイドニ房に纏めている少女、
顔立ち通り元気の良い男の子のように返答してくる。
「流石に囲まれた時は危なかったんだ!
お兄さんお姉さんありがとう!」
「いや、当然の事をしたまでだ。
所で君は何故こんな所に?」
聞けば途端に顔が曇る。
「こいつらはボクの村を襲ったんだ。
ボクが森に狩りに出てたから村をスッゴく壊されちゃって…。
残ってた奴らは追い出してやったんだけど村の食料が取られたから」
「奪い返しに追ってきたと…。
中々無鉄砲だね〜」
悔しそうに説明する女の子だが話す内容は驚きだ。
「ならばあの荷車の荷物は…」
「はい!
ボクの村のです!
あ!そういえば助けてもらったのにまだ名乗ってなかった!
あたし許緒って言います!」
うって変わって元気に名乗る。
「私の名は…」
そこに華琳達が合流して来た。
「何があったの?
戦闘は極力避けるように言った筈だけど。」
「華琳さま!
実はこの少女が…」
華琳に説明しようと体を許緒から華琳に向けた春蘭、
だが俺は見ていた。
笑顔で受け答えをしていた許緒が俯き微かな怒気を表すのを。
「官軍……。
お兄さん達官軍なんだ?」
あんなに天真爛漫だった許緒が感情を消した平坦な声で聞いてくる。
「おおまだ名乗っていなかったな、
私は夏侯…!」
ギャキーン!
おもむろに振るわれた鉄球を春蘭は野生の勘で受け止める。
だがなにせ人が空を飛ぶ程の一撃だ、
いきなり食らえば春蘭と言えども踏ん張る事は難しい。
俺はギリギリ剣で受けてぶっ飛んで来た春蘭を抱き止め、
華琳の前に躍り出る。
「官軍なんて!
官軍なんて税金を取って行くくせに!
なんで村を守ってくれないんだ!」
次に振るわれたのは予想通り一番偉そうな華琳、
俺は体勢十分で受け止める。
ガキーン!
だが鉄球の威力は想像以上に強く、
籠手で受けた瞬間受け止めるのは諦めて後ろに跳ぶ、
その間に鉄球を掴み地面に足がついたと同時に横に反らす。
「ぞりゃ〜!」
華琳の馬の前でなんとか防ぎきる。
だが正直な話後何発防げるかは自信が無い。
「やめろ!」
見かねた春蘭が体勢を立て直し許緒に肉薄する。
許緒は鉄球を引き戻し振り回す。
「村はボクが守るんだ!
お前達なんて!
お前達なんて〜!」
恐ろしい威力だ、
あの豪剣の春蘭が防ぐので手一杯だ。
相手が少女で朧気に話がわかるとはいえ素晴らしい腕だ。
「お待ちなさい!」
「「!」」
いきなり華琳が吼える。
その覇気に思わず手を止める許緒。
華琳はふわりと馬から降りると静かに許緒に向かい頭を下げる。
「「「華琳さま!」」」
華琳信者の3人がそれぞれ悲鳴をあげる。
「悪かったわ。
あなたの村が被った被害の事を思えば私を憎むのはわかるわ」
そこで頭を上げ続ける。
「私は頓丘の刺史、
曹猛徳。
官吏の一員として謝罪するわ」
まさか官軍の一番偉い人が謝罪するなんて思ってもいなかったんだろう、
許緒は慌てて姿勢を正す。
「え!あの、その、
ええ!頓丘の刺史!」
なんか発条仕掛けの玩具みたいに動く少女を見ながら、
(可愛いな〜)
なんて感想を1人噛みしめてたり。
「あの!すみません!
ここらでも頓丘は治安も良く活気があって、
それもこれも刺史の方が優秀だからだともっぱらの噂で…」
華琳はクスッと笑うとしどろもどろになってしまった許緒に言った。
「例え私の治める街がどうであろうと、
私は漢王朝の臣下。
あなたに謝罪するのは当然ね」
「は〜…」
今まで会った中で華琳のような官吏は居なかったのだろう、
許緒は熱で呆けたように焦点の定まらない目で華琳を眺める。
「それはそれとして…。
あなた名は?」
「あ、はい!
許緒っていいます!」
「そう許緒…。
あなたが良ければなのだけれど、
私の陣営に来る気は無い?
春蘭や隼人を相手にあれだけ戦えれば十分将軍としてやっていけるわ。
どうかしら?」
ここで華琳は許緒を勧誘し始める。
「え?ええ〜!
駄目ですよボクなんか!
力は…自信ありますけど頭に血がのぼると後先考えず突っ込んでいっちゃうし…」
「大丈夫だよ。
同じような感じの将軍も既にいるから、
な〜春蘭?」
「きさま〜!」
「春蘭やめなさい。
隼人もよ…」
「は!
ゴホン!許緒といったか?
不安ももっともだが、
この庶人達が虐げられる時代に疑問を持つなら、
その力華琳さまに貸してはくれまいか?」
何だかんだ言っても華琳の元で第一の将と言えば春蘭だ。
その春蘭にこれだけ言われれば武人としては本望だろう。
「…はい!
私の力が何かの役にたつなら!」
吹っ切った風情で膝をつく。
「ボクの性は許、名は緒、字は仲康。
真名は季衣って言います!
宜しくお願いします!」
満面の笑顔−華琳とは違い裏の無い−で真名まで預けてくれる季衣。
「ありがとう季衣。
私の真名は華琳よ、
今度からは真名で呼びなさい」
「で、でも…」
「あなたの武勇は春蘭に匹敵するわ。
それは尊敬に値する能力であり、
そんな部下に真名を許すのは当然の事よ」
「そうだぞ?
私の真名は春蘭、
宜しくな」
「同じく秋蘭だ。
姉者相手にあれだけ戦えたのだ、
胸を張って良いと思うぞ」
「は、はい!」
華琳の最側近の2人の真名まで許されて緊張してしまう。
「そんで俺が神北隼人。
隼人ってよんでくれや」
「宜しくお願いします!
ボクの事も真名で呼んで下さい!」
うんうん良い娘やな〜。
「私は荀イク。
今回の賊討伐の軍師をしているわ。
まだ試用期間中なので真名は呼べないから、
私は許緒と呼ばせてもらうわ」
「はい!」
新たな仲間、
季衣が陣営に加わった。
−1時間後
「御報告申し上げます!
追い散らした賊は、
この先の砦の賊と合流致しました!」
尾行につかせた騎兵の報告を聞いて軍議を開く。
「数は約3000と当初の予定通りで、
砦も修繕等行っていない様子の廃砦。
曹操さまの軍でしたら策など無くても勝てましょう」
桂花は冷静な分析を披露する。
「ですがそれだけでは不足です。
曹操さまの名を広める為にも圧倒的な勝利が必要と考えます」
ここでチラッと華琳を見る。
「続けなさい」
「は!
正面から当たるには数も地の利も相手にあります。
ですのでまずは相手を砦から出して地の利を無くします」
「おい待て、
そんな簡単に言うが相手だって砦の中の方が有利な事はわかっているだろう?」
「…だからその策を今から説明するんじゃない」
チャチャを入れた春蘭を馬鹿にした目で見下す桂花。
仲良くしろよお前ら。
「策はこうです。
まず曹操さまに500の歩兵を使って正面での突撃準備をしてもらいます。
夏侯惇、夏侯淵、許緒の3人は、
残りの騎兵と弓兵を連れて崖の上で伏兵として待機。
神北は…」
「待て待て!
今の話では華琳さまが囮になるように聞こえたが!」
「そうよ。
曹操さまには囮になっていただきます。
この兵力差で圧勝する為にはある程度の危険は目を瞑るしか無いわ」
「それなら私…は駄目だが、
せめて季衣を護衛につけさせろ!」
ギリギリで自分が伏兵部隊の要なのに気付いたのだろう。
「許緒の攻撃力はかなりのものよ。
伏兵部隊の攻撃力が下がるのは困るのだけれど…」
「ならば私が季衣の分、
いや3人分頑張れば良い!
それでも駄目か?」
「姉者もこう言っている事だし、
ここは折れてくれんか?
私も華琳さまにもしもの事があればと不安だしな」
春蘭だけでなく秋蘭にまで言われては折れるしかない。
「わかったわよ。
ならば許緒は曹操さまのお側に…」
「はい!」
「神北は遊撃として歩兵に混ざっていなさい」
「奇襲が決まったら突撃で良いんだな?」
「そうよ。
伏兵部隊は賊共が我々を追って来たら後ろを取れるまで待機。
我々は奇襲が決まったら反転して挟み撃ち。
相手は数だけの烏合の衆、
混乱させれば相手にならないわ」
「桂花。
次善の策も?」
「私の胸の内に…。
ですが曹操さま、
私はその心配は要らないかと」
桂花はふわりと笑い、
華琳に説明する。
「相手は数を頼みに庶人を脅かす事しか出来ない獣の集まり。
私の心配はその獣共を1人も残さず殲滅出来るかという事です」
この時代の盗賊共は獣に例えられる。
いやそれは獣にも失礼かもしれない、
獣は楽しみの為だけに何かを殺す事は無いのだから…。
「良いわ。
ならば各員は持ち場につけ!
志も無く暴力のみで生きる獣共に、
この曹猛徳の力を見せつけてやるのだ!」
「「「お〜!」」」
−1時間後。
俺が遠目にも人が蠢いているのがわかる砦を眺めていると、
後ろから声がかかる。
「どうしたの兄ちゃん?」
声の主は季衣だった。
可愛らしく首を傾げこちらの瞳を見上げる。
「兄ちゃん?」
「駄目かな?
ボク妹しか居ないから兄ちゃんって憧れなんだ」
そんな事を言われて断ったら悪者だろ?
「好きに呼ぶと良いよ」
実は季衣が可愛かったからというのもデカイのだがそれは別の話。
「やった!
それじゃあねぇ…隼人兄ちゃん!」
笑顔で慕ってくる娘を邪険には扱えない。
「何だ妹よ?」
「さっき砦を見てた時…、
何か考えてるみたいだったけど何かあったの?」
この子も春蘭のように勘が鋭い。
「ああ…。
あの集団の頭だけとれば戦闘が回避出来るなら、
なんとか忍び込んで殺ってくるのに!
と思ってな…」
相手が季衣だからだろうか、
本業だった暗殺を示唆するような事をポロッと言ってしまう。
「…それは無理だよ。
ボクは村を守る為に何回もあんな奴らを倒してきたけど、
どんなに頭目ぽいのを倒しても他の奴らは気にしないもんだもん」
戦場を経験した事のある者だけが言える実感のこもった言葉だ。
「そうなんだよな…。
いかんな…余りにも華琳の軍に愛着を持ち過ぎているらしい。
これは命を懸けた戦いなんだよな」
肩をすくめて苦笑する。
「兄ちゃんは…」
「一応100人規模の戦いは経験はある、
だが今回のような1000人規模は無いな」
全ては言わせずに答える。
「なんだ兄ちゃんもか…。
ボクも村を襲いに来た奴らとは戦った事あるけど、
こんなに大人数の戦いは初めてなんだ」
ここで初めて季衣は不安を表に出す。
「華琳さまの護衛は大役だって春蘭さまはおっしゃっていたし…」
「そうだな、
華琳の直衛となれば大役だろうな」
「兄ちゃんもそう思う?」
不安そうに上目遣いに伺ってくる。
「まあな…。
だが華琳自身もかなりの腕を持ってる、
その華琳を季衣が護ってくれるなら大丈夫だろう」
出来るだけ季衣の不安を取り除く事が出来るように諭す。
「本当にそう思ってる?」
「本当に思ってるさ!
だから華琳の事は心配していない、
だが兵士はな…。
100人単位の戦闘なら、
1人で半分位受け持てば兵に死人はそう出ないけど…。
今度の戦いでは策が上手くいっても、
流石にこちらにも死人が何10人、
もしくは100人以上出るだろう…」
話しながら季衣から目を逸らす。
「それは調練を共にした奴かもしれない、
一緒に飯を食った奴かもしれない…」
情けない事を言っている事はわかっているが止められない。
「全員が生き残る事が出来れば…!
そんな風には考えちまうな」
これまでだって訓練中の事故や、
盗賊の討伐等で死人は出ている。
しかし今回は規模も戦闘の激しさも桁違いになるだろう。
「隼人兄ちゃんは優しいんだね…」
「…そうなのかな?
かなり選り好みする優しさだけどな!」
気恥ずかしくなって語尾が上がってしまう。
「ははは!
兄ちゃんは恥ずかしがり屋さんだな〜」
「うるせぃ!」
おちょくる季衣の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。
「やめてよ〜」
くすぐったそうに撫で回されている季衣にボソッと囁く。
「季衣も気をつけろよ。
突然出来た妹といえど、
居なくなったら兄は悲しいからな」
季衣の腕はこの身で体感したからわかってはいても、
何があるかわからないのが戦場だ。
祈りにも似た囁きが絞り出されるのを止められなかった。
「ありがとう兄ちゃん!
でも大丈夫!
ボクは頑丈なのが取り柄なんだから!」
明るい笑顔に癒されていると、
「神北将軍、許緒殿、用意が整いました」
華琳達からだろう伝令が届く。
「わかった。
すぐに行くと伝えてくれ」
「は!」
「では行こうか妹よ!」
「うん!」
−本営
「配置は完了致しました。
号令をお願い致します曹操さま」
伏兵の配置に若干時間をとられたが配置は完了した。
後は鬼が出るか蛇が出るか。
「我が同胞達よ!
今我等は自らの数倍に及ぶ敵に向かう!
だが相手は人間では無い!
奪う事しか知らぬ獣共だ!
我が手塩にかけた兵は獣に負ける訳が無い!
自信と誇りを持ち!
一匹残らず殲滅し尽くすのだ!」
「「「お〜!」」」
華琳の激に後押しをされる形で500の兵が粛々と行進する。
ときの声で気付いたのだろう砦の雰囲気が騒がしくなる。
ある程度まで行進すると砦から盗賊共が塊で出てくる、
こちらの兵数を見て侮ったのだろう。
流石に自分達の6倍位の相手が出てくると一瞬歩兵に乱れが出たが、
先頭を行く華琳の姿を見て冷静さを取り戻す。
(流石は華琳だ。
何も言わなくとも兵が纏まる…。
将の器はこういった所でわかるな)
「全体!
円形陣をしき密集防御!」
桂花の号令に合わせ歩兵が円形に布陣し槍を構える。
盗賊共は数を頼みに押しつぶしにかかるがこちらは円形陣をしき密集して防御。
一度防げば流石は隊列など無い賊共、
先頭に居る者が邪魔をして後続が攻撃出来ない団子状態になる。
「ぐぁ!」
「押すな押すな〜!」
「痛てぇ〜!」
後続から押された者は布陣の外苑に構えた槍に次々と突き刺さる。
さらに布陣の中からは、
奇襲部隊に大部分を割り振られて数は少ないが弓が飛ぶ。
賊共はそこで一瞬躊躇った。
「全軍引きなさい!
一時退却する!
合図の銅鑼を鳴はして!」
桂花はやはり軍師としての腕は素晴らしい。
砦に戻った方が良いかなと賊共が考えた瞬間だっただろう、
そこで退却の真似をすれば、
「官軍の奴ら逃げるぞ!
追ってってぶち殺せ〜!」
一瞬の退却の好機と同時に賊共を誘い出す事が出来た。
俺はといえば槍をたてている間は何も出来なかった分の鬱憤を晴らすように、
殿につき押し寄せる賊共を斬り続ける。
「そりゃ!は!どうりゃ!」
今は殿を守る為にもスピードより力を使い、
追ってくるのを止めない程度に賊共を牽制する。
(まだか!)
戦場で援軍を待つ時間はこんなにも遅く感じる物だろうか?
どんなに俺が頑張っても殿全てを守れるものではない。
1対1ならば賊などには負けない華琳の兵も、
退却中で2・3人でかかられてはたまらない。
俺の目の前で又何人かの犠牲が出る。
(くそ!まだなのか!)
自分でもわかってはいるのだ。
完全に裏を突き、
挟み撃ちにする為に春蘭達だって我慢しているのは…。
そして永劫とも思える時が流れ−実際は数分位だろう−、
その時は来た!
「ぐ!」
「何だ!」
まずは矢が賊共に降り注ぐ、
その矢の雨の後には、
「全軍突撃〜!」
「「「うぉ〜!」」」
待ちに待った春蘭達の突撃が始まる。
「全軍反転して突撃!
賊は浮き足立っているわ!
今こそ曹操さまの兵の力を見せる時よ!」
期待通りのタイミングでの桂花からの号令。
「「「おおお〜!」」」
防戦での鬱憤を晴らすようにときの声を張り上げる。
賊共は後方からの奇襲と逆襲に転じた本営に挟まれ青くなる。
(タイミングバッチリだ!
ならば…)
ときの声を上げる兵の波の向こう、
号令をかけた桂花の隣の華琳と目線が合う。
華琳はコクリと頷くと、
「行きなさい!」
聞こえなかったがそう言われただろう声に背中を押され…、
(季衣!華琳達は任せたぞ!)
目線で季衣にエールを送る。
「任せて!」
季衣は俺にまで聞こえる声で答えてくれた。
全身を返り血で真っ赤に染め、
殿から一転軍団の先頭になった俺。
「破山剣の神北隼人!
我が剣を受けて死ねる事をありがたく思え!」
近頃言われ始めた通り名を謳い後続の兵と共に突撃する。
浮き足立ちまともに戦えない賊共を当たる端から切り捨て、
敵軍の中を三分の一突破した所で春蘭と合流する。
「春蘭!」
「おお!」
言わなくとも春蘭はわかっていた。
突進力のある春蘭達騎兵はそこから崖とは反対の方向に敵を蹴散らしていく。
頭上から俯瞰すればわかり易かっただろう、
春蘭は賊共が逃げられないように退路を塞いだのだ。
砦へと続く道は俺達が到着するまでは秋蘭が、
本営方向は季衣達親衛隊が、
そして片側は崖、
最後に残った退路を春蘭が潰す。
これが将に率いられた軍隊ならば退路を断つのは下策だが、
相手は賊軍なのだ。
向かって来る者は数える程で大体は崖をよじ登ろうと急な斜面に向かっていく。
そこまで行くと既に戦闘のようを成さなくなっていた。
官軍の一方的な虐殺でどんどん賊が減っていく。
「くそ〜!」
向かって来る珍しい賊を片手間で斬り殺し、
体系的に反抗しようとしている所を潰す。
(大勢は決したな…)
実は本営を全軍で攻められればかなりヤバかった−負けるとは言わないが損害はかなりのものだ−のだが、
訓練もしていない賊軍に奇襲から立ち直る指揮能力は無かった。
大量の死体に囲まれながら一息をつく。
−廃砦内
中庭には兵士達が火を囲み勝利の宴を開いている。
この宴の食料は頓丘から輜重隊が持ってきたもので、
盗賊共が近隣から奪った物には手をつけていない。
これは華琳と桂花が強く禁じたからだった。
「我々は勝利した!
だがこの砦にある物は米の一粒にいたるまで強奪された物だ!
我が軍にこれを手に入れよう等という不届き者は居ないと信じている!
だがもし!
いたのなら…この曹猛徳の名の元に首をはねる!」
勝利に酔い、
少し騒がしくなっていた兵士達が静かになる、
だが続けて、
「だが安心なさい。
宴用の食料は荀イクが用意しているわ。
今夜は無礼講よ!」
「「「お〜♪」」」
てな事があった。
(人心掌握術が上手いよな…。
まあそれ位じゃなければこの時代上には立てないか)
宴の輪から外れ城壁の上で1人頷きながら杯を傾ける。
こちらに来てからの事、
華琳達の事、
そして今日の戦闘で殉職した兵士達の事を考えながら杯を重ねる。
「あ〜兄ちゃんやっと居たよ!」
その静寂が元気な声で破られる。
「どうした季衣?
俺を探しに来てくれたのか?」
両手に香ばしく焼けた肉を持ちながら、
すねたような顔でやってくる季衣。
「そうだよ探したよ!
春蘭さまはお酒が入って騒ぎ出しちゃうし、
秋蘭さまは春蘭さまの世話で忙しそうだし、
華琳さまは今日の主役だし騒がしくするのは失礼かと思ったから挨拶だけだったし。
そんで兄ちゃんを探したら何処にも居ないんだもん!」
「そいつは悪かったな…。
今、今日逝った奴らとの別れをしてたんだ…」
不満そうに頬を膨らませる季衣が俺の言葉を聞いて恐縮する。
「え!ごめんなさい…。
邪魔しちゃったかな?」
「いいや大丈夫だよ。
丁度終わった所だ…」
「は〜…良かった!」
胸を撫で下ろす季衣の頭を撫でながら、
「ははは!
気にすんなよ季衣!
さあ今度は今日逝った奴らが悔しがる位騒いでやろうぜ!
まずは春蘭の所だ!」
季衣と一緒にまだまだ宴の続く中庭に向かって階段を下る。
暗殺者だった俺も親しい者が亡くなるのは慣れないという事を噛み締めながら…。
計順は出す気は無かったんだが良いキャラになっちゃった。
何処かでまた出したいな。




