第3話
衝撃の発言の夜、
俺は案内された部屋−今度から寝起きはここらしい−で、
1人情報を整理していた。
「今わかってんのは?」
1・恐らく三国志の世界。
2・曹操や、夏侯兄弟はこの世界では女(美人)。
3・俺の体術はこちらでも通じる。
4・キズの治りが早い(掌の傷が既に塞がりかけてる)。
5・帰る手段の心当たり0。
「何にもわからんな」
正直途方に暮れるが、
「まあ悪い事だけじゃない」
1・三国志の中でも好きな曹操に気に入って貰えた。
2・華琳や春蘭、秋蘭ら美人揃い。
3・仕事と寝る場所は確保出来た。
「まあこれだけあれば、
今の所死ぬ事は無いな!」
無理矢理にでもポジティブに考える様にする。
「さて今日はもう寝よう。
情報を探るにしろ、
何処に何があるのかわからない今では手の出しようが無い」
部屋は大体10畳程の広さに、部屋に入ってまず正面にベット−天蓋が付いているVIPな物−と、
ベットの足側に鏡台−何故かブラシが置いてある−、
執務机に休憩用だろうか丸テーブル、
椅子3脚に大きめの箪笥が1つ。
トイレは共同−当然だがな−、
風呂はこの時代贅沢品−薪が普通に売られているんだから当然なのだが−だから主君−華琳−用に1つ。
部屋の立地は良い、
城の奥に華琳の部屋があり、
華琳の執務室や資料室等に次いで、
従姉妹であり側近の夏侯姉妹の部屋、
古参の文官武官の部屋の次に俺の部屋だ。
完全に異例の抜擢だろう、
いきなり新人の中では筆頭の扱いだ。
場合によるとイジメに会うかも。
(まあやられたら…?
ククククク…)
そんな部屋を一通り確認後、
ベットに横になる。
一応確認してみたが、
鏡台の引き出しに香炉と急須、
箪笥の中に寝間着だろう薄い青色の肌着と当座の着替え、
その他怪しい物は無い。
(当然だわな、
この時代に盗聴器なんてある訳無いし)
それでも一応寝間着や衣類、
枕を布団で包み人に見える様工作する。
俺はシーツだけを服の上から纏い、
雷獣や籠手を外さずにベットと壁の間に寝る。
暗殺者としての俺が、
初めての場所でそのまま寝る事を良しとしなかったんだ。
別に華琳達を信用していない訳じゃなくほぼ癖と言って良い用心だ。
まさかそれが役にたつとは…。
(…ん?)
俺は暗殺者の性か、
扉の外の気配に目を覚ますと気配を完全に消す。
(誰だ?俺の部屋の外に止まったぞ)
カチャ…
扉が開く音がする。
その不信人物はそこで気配を消しベットに近づいてくる。
俺からはベットと床の間から相手の靴が見えていた。
(気配を消してのこの時間の訪問、
夜這いとは考えられないな)
気配の消し方からしてかなりの手練れ。
俺は暗殺を生業にしている以上夜目はきく。
俺は気配を消したまま纏っていたシーツを脱ぐ。
不信人物は気配が無いのを訝しみながらも、
部屋に入る時から抜いていたのだろう剣を振りかぶる。
窓から差し込む月明かりに、
剣のギラリとした照り返しと共に不信人物の顔が露わになる。
(秋蘭か…)
入って来る前の気配で実はわかっていた。
秋蘭は振り上げた剣を必殺の勢いに乗せて振り下ろす。
だが切れたのは布団と衣類、
切った感触に戸惑う秋蘭。
(ふん!)
そんな秋蘭に対してベットの端を掴み一気にひっくり返す。
ゴドーン!
天蓋を支える柱が邪魔で一回転せずに半回転で止まるベット、
俺はその陰にまたしゃがんで隠れる。
俺の姿がチラリと見えたのだろう、
秋蘭は剣を突き出しベットごと俺を刺そうとする。
「は!」
だが外れ、
俺は思い切って寝そべっていたので、
剣を届かせようと思ったなら、
すんごい斜めから刺すか剣を地面すれすれから刺すかしか無い。
俺は伸びて来た剣の腹に掌底を交差させるように一発。
パキ
意外に軽い音がしながら刀身の三分の一が吹き飛ぶ。
「な!」
間髪入れずに立ち上がると、
ベットを秋蘭目掛けで蹴っ飛ばす。
当然横倒しのベットはそこまで動かないが牽制には十分だ。
苦し紛れに投げつけられた剣を籠手で弾き、
一瞬で間合いを詰め腹に一撃。
秋蘭が手前に崩れ落ちて来るのをベット越しに抱き留める。
そのままベットを跨いで越えると秋蘭を床に優しく寝かす。
(秋蘭が暗殺に来た、
それ自体に不思議は無い、
だが…)
華琳に陣営に誘われた時に一番反対したのは秋蘭だ。
だが少ししか話していないが、
秋蘭は暗殺などという手は使わないような気がする。
ならば答えは限られる。
(趣味の悪い事を…)
確信と共に、
いきなりの轟音に騒がしくなる外へ、
扉を開いて出て行く。
華琳の部屋に到着、
部屋の前には護衛が居ない。
当然だろう、
中には家臣中一番腕のたつ者が居るのだから。
怒気を抑えず扉を蹴り開ける。
ビキーン!
鍵がかかっていたのだろう、
扉は蝶番が弾け飛びそのまま内側に倒れ込む。
中では予想通り、
華琳と春蘭がベットの上で致している。
「華琳…」
怒気を若干抑えて、
声を絞り出す。
「何かしら?」
俺の怒気に気付いていない筈は無いのに、
無邪気とすら言える笑顔で微笑みかけてくる華琳。
「隼人…見るな〜…」
頬を染めながら、
なんとか華琳から逃げようともがく春蘭。
こんな状況だというのに、
華琳は春蘭を組み伏せたまま行為を続けている。
「秋蘭が来たぞ…、
抜き身の剣を持って…」
呻くように言葉を押し出す。
「それで?」
なおも微笑みは崩れない。
「華琳…、
君の差し金だろう?」
疑問では無く確認の為に華琳問う。
「何故そう思うのかしら?」
微笑みは崩れず、
華琳はなおも春蘭を弄んでいた。
「見ないでくれ隼人。
見ない…で!」
一際華琳の腕が激しく動くと、
春蘭はがっくりとベットに突っ伏す。
「秋蘭は春蘭の説得で納得していた。
それに秋蘭の動きに精彩が無かった」
これは事実だ。
暗闇といった俺の得意な場所だという事を抜かしても、
あっさりと倒せ過ぎなのだ。
「この事から秋蘭は誰かの命で襲ったのではないかと推理出来る、
ならば秋蘭に命令出来るのは?」
睨みながら問い掛ける。
「私しか居ないと」
春蘭の物でベトベトの手を一舐めして、
華琳は頷く。
「そうね合格よ。
殺されるのは論外、
騒ぐだけなら傭兵、
此処に辿り着けるなら客将として遇する。
そう思っていたのだけれど…」
チラリと春蘭を見た後、
「まさか其処まで理路整然と推理出来るとは思ってなかったわ。
やはり我が陣営に欲しいわ。
客将では無く将として我が下に来る気は無い?」
悪びれもせずに勧誘して来る華琳に、
思わず毒気を抜かれてしまう。
「は〜…、
俺は忠誠を誓う事は出来ないよ。
それでも良いというなら好きにしてくれ」
遂にはこちらが折れてしまう。
「良いわよ。
あなたは裏切らないのでしょう?」
完全に華琳のペースだ。
「ああ裏切らない。
華琳が華琳である限り、
俺の力は君の物だ」
腰の雷獣を抜き、
契約を交わす。
「我が名は神北 隼人。
貴方が貴方であり、私を縛らない限り、
我が刃は貴方と共にある。
我が命、我が刃の全てを貴方に捧げよう。
だが忘れないで貰いたい、
契約を破った時、
私は二度と貴方の前には現れない」
静かに、
祝詞を紡ぐように契約文を読み上げる。
「貴方は契約を望か?」
最後の確認を問う。
「契約ね…。
いいわよ…誓うわ!
隼人の腕をそれで買えるなら安いものだわ」
一瞬考えるが、
すぐに契約を交わす。
「ならば契約は成立だ。
好きに俺を使ってくれ」
苦笑しながら華琳に背を向ける。
「秋蘭は部屋に運んでおく、
扉は一応立て掛けておくからな」
蹴り飛ばした扉を、
持ち上げながら報告していく。
「ええお願い、
扉の代金は最初のお給金から引いておくわね♪」
振り返れば、
何事も無かったかのように春蘭と寝る華琳が見える。
「……う〜!勝手にしてくれ」
ため息が出そうだ。
「それと、
秋蘭は私の可愛い娘なんだから送り狼にならないようにね」
釘を刺すのも忘れない。
「手は出さないが、
ベットの弁償として一緒に寝るぞ」
最大限の譲歩だ。
「それは…、
面白そうね、
明日の朝が楽しみだわ」
含み笑いんする華琳を背に、
軽々と木製の扉を立て掛けて退室する。
部屋に戻ると、
部屋の外に幾人か人影がある。
流石にベットをひっくり返したんだ、
あの轟音で起きない武官は居ないだろう。
「あ〜皆さん。
今華琳さまに確認に行った所、
抜き打ちの試練が私に課せられていたらしいです、
お騒がせしましたが試練は終わりました。
今夜はこれ以上騒ぎも起きないでしょうからご安心下さい」
華琳という真名を呼んでいる事で、
少しは説得力が出たのか人影はやれやれと解散していく。
俺は部屋に入ると、
寝かした秋蘭を起こさないようにお姫様抱っこして、
秋蘭の部屋へ運んで行く。
秋蘭の部屋は鍵もかかって居なかった。
秋蘭の肩当てや何かの装身具を外してベットに寝かせると、
俺も次いで寝転がる、
一応装備はそのままで寝る事にした。
(これでまた襲撃があったら…、
今度は許さん)
気絶したままの秋蘭に腕枕しながら、
その柔らかい体を堪能するように抱きしめ、
今度こそは安らかな夜はふけてゆく。
翌朝。
ドドドドドド!
(ん?…何だ今の地鳴り?)
暗殺者の眠りは浅い。
人の寝首を狙うのが仕事なのだから、
自分はそうならないように警戒するのは当然だろう。
まあ浅くなくとも今の地鳴りなら大概は起きるだろうが。
朝の爽やかな空気の中、
腕の中の柔らかな重みを感じる。
これが自分の女で、
昨夜の運動が別のものであれば最高なのだが、
秋蘭は俺の女では無い。
華琳の命令とはいえ俺の部屋のベットを叩き斬ってくれた弁償として、
気絶したままで了解もとらずに同衾した。
秋蘭もそのまま寝てしまったらしく、
まだ起きる様子は無い。
(可愛いな〜)
起きている時はクールで、
どちらかと言ったら綺麗な感じの秋蘭も、
寝ている時は幼く凄く可愛い顔をする。
(昨夜の襲撃はムカついたけど、
この寝顔が見られたなら安いもんだ)
腕枕の上で規則的に寝息をたてる秋蘭が、
視線を感じたのだろう身じろぎをする。
「…ん……?」
瞼が痙攣して薄目が開く、
俺は何も言わず慈愛の笑みで秋蘭を見つめる。
「?……おはよう」
「おはよう秋蘭」
寝ぼけているのかまだ反応が鈍い。
「私は…」
冷静に思考しようとする秋蘭、
見た目通りクールビューティーなんだな。
「そうだ昨夜…、
隼人殿の部屋に…」
字面だけ見ると逢い引きか夜這いのようだね。
「そして私は…、
そうかそのまま寝てしまったのか」
「冷静だね秋蘭、
今の状況を見て何も感じないの?」
慌ててくれる事を期待したのだが空振りのようだ。
「ふふふ…何か悪戯でもしたのか?」
余裕の微笑みで返されちゃった。
「…残念ながら華琳から釘を刺されてね。
装身具を外したのと、
腕枕しかしてないよ」
寝顔も魅力的だったが、
秋蘭はやっぱり余裕の笑みを浮かべているのが似合っている。
「華琳さま?
では隼人は…?」
「今度から同僚の将になりました。
今後共宜しく」
綺麗な蒼い髪を撫でながら挨拶しておく。
「…此方こそ宜しく、
だが−」
いたた!
手を抓られてしまった。
「我が髪の毛一本に致まで華琳さまの物だ。
気安く触るのはいただけない」
目がマジです。
「了解」
渋々撫でる手を離しすと、
秋蘭は起き上がってしまう。
「もう少し良くない?」
「二度同じ事は言いたくない。
姉者以外にはな」
茶目っ気いっぱいに答えてくれる秋蘭は、
俺が居るのを気にせずに背を向けて着替えを始める。
「外出ていた方が良いかい?」
「気にするな、
私は気にしない」
ここまで男として見て貰えないと、
逆に清々しくなるな。
着替えを続ける秋蘭を見て思い出す。
「そういえば…、
昨夜の襲撃で衣類が全滅したんだが、
手配してもらっても良いかな?」
嫌味ではなく事務的に尋ねる。
「昨夜の感触は服か、
わかった手配しておこう。
何か要望はあるか?」
「肌にピッタリした黒装束が1着欲しい。
後は華美で無ければ良い」
「黒装束?
忍びにでもなるつもりか?」
冗談めかして秋蘭が笑うが、
俺は笑えない。
「…秋蘭今何て言った?」
真面目な声が出てしまう。
「どうした隼人?」
着替えが終わり、
訝しげにこちらを振り返る秋蘭。
「今忍びとか言わなかったか?」
「ああ言ったぞ。
江東の辺りに居るらしい、
情報収集から暗殺や破壊活動まで、
潜入活動の専門家と聞いているが…」
俺が何に引っかかっているのかわからずに、
とりあえず自分の知る知識を話してくれる。
「忍び…何故大陸に忍びが?」
独り言のように呟く。
「忍びがどうかしたのか?」
さらに訝しげに聞いてくる。
「忍びとは俺の故郷、
日本の物なんだ。
だが何故それが大陸に?」
(そして何故この時代に?
同じ様な仕事をこなしていた者は居るだろう。
だが何故忍びという固有名が出てくる)
思考に沈んだ俺だが、
今の手持ちの情報では何も思い浮かばない。
「ふむ?何かおかしいのか?
ただ単に日本からこちらに渡ってきただけではないのか?」
(この時代の日本に忍びが居ればね)
心の中でそう呟きながら同意しておく。
「そうだね。
忍びは日本でも珍しいからちょっと気になってね」
「ふむそうか」
この話は終わりと暗に打ち切る。
「さて着替えも終わった。
まずは隼人の仕事を聞かなければいけないからな、
華琳さまの所へ行くか」
「了解」
秋蘭の部屋から華琳の部屋まではすぐそこ、
雑談する間もなく到着し昨夜蹴り破った扉をノックする。
「隼人…何をしているのだ?」
「何って…ノック?」
「それは何だ?」
この時代にノックは無いのか。
「ノックは訪問の意志を伝える物だ。
扉を叩けば誰かが来たとわかるだろ?
逆に秋蘭達はどうしてるんだ?」
「我々は…。
華琳さま!秋蘭参りました!」
秋蘭はいきなり声を張り上げる。
「入りなさい」
「は!
…こうだな」
当然の顔で振り返ってくる。
「俺もそうした方がいいかな?」
「好きにすれば良いと思うぞ」
「了解」
立て掛けられた扉を退かし入室する。
「華琳さま、
おはようございます」
「おはよう秋蘭…、
隼人も居るわね」
「失礼してますよ。
おはよう華琳」
すでに華琳は服を整えお茶で一服している。
「ええおはよう。
寝心地はどうだったかしら?」
悪戯っぽく笑う華琳。
「寝心地は最高。
でも作戦は失敗。
全然慌ててくれなかったよ」
「でしょうね」
「でしょうねって、
わかっていたのか?」
「だって秋蘭がその程度で慌てる筈が無いもの。
一緒に寝るのを許可したのは貴方へのお詫びよ」
当然の事のように言われても。
「私の秋蘭と寝させてあげたのよ、
最大限の感謝をなさい」
悪戯な笑みは俺に対するものか。
「…ありがとー御座います」
思わず脱力してしまった。
「そういえば姉者は?」
膨らみ加減からして布団には居ないようだ。
「春蘭だったら…」
ドドドドドド!
遠くから地鳴りが近付いて来る。
ドカーン!
扉がまた吹き飛んだ。
「華琳さま!
隼人めが居ません!」
朝からテンション高いな春蘭、
血管切れないように気をつけろな。
「お帰り春蘭。
隼人ならほらそこに」
「おはよう姉者」
「お・はよう・春蘭」
お約束でしょう、
扉が直撃しました。
俺の反射神経を凌駕するってどんなスピードだよ。
「おお!おはよう秋蘭」
にこやかに秋蘭へ挨拶した後、
こちらを向いた春蘭は般若だった。
「隼人〜!」
剣を抜きざまに大上段から一撃。
ガツ!
だが流石は華琳の部屋の扉、
特注品だろう鉄の補強具のおかげでなんとか受け止めた。
「うお!危な!
なにしやがる春蘭!
今の完全に殺すつもりだっただろう!」
「ああ死ね。
昨夜の記憶と共に!」
昨夜の記憶?
「ああ!華琳に可愛がられて達しちゅった事か」
一段と扉に食い込む剣の勢いが強まる。
「き、貴様!
く〜死ね〜!」
扉の半分まで押し斬られてる。
「まてまて!
あれは事故だろう?
それに俺が入っても止めなかった華琳のほうが悪いだろう!」
苦し紛れに騒いでも春蘭の殺気は衰えない。
「!」
何か背中からも殺気が。
「…隼人。
姉者の達した顔を見たのか?」
冷気が、冷気が流れて来るよ〜。
「待て秋蘭。
落ち着こう。
話せばわかる」
春蘭だけでも持て余してるのに秋蘭まで。
「もう一度聞く…。
隼人は姉者の達した顔を?」
ヤバいフラグが立ってる、
ギャグ調で惨殺されるフラグが。
「華琳た〜す〜け〜て〜!」
前門の春蘭、後門の秋蘭、
助かる手は華琳しかない。
「「問答無用!」」
遂に扉は真っ二つに叩き斬られ、
秋蘭は後ろから切りかかる。
泣きながら助けを求める俺を、
笑いながら見ていた華琳も流石に助けてくれる。
「待ちなさい2人共、
元はと言えば私の命令が原因で隼人は部屋に来たのよ。
隼人を罰するなら私も罰する事になるわ」
それでもやるの?
と華琳は目で尋ねる。
「ですが華琳さま〜」
春蘭が情けない声を出す。
Sの人から見たらたまんないんだろう表情だ。
「ふふふ♪
でもあの時の春蘭はそれはそれは可愛かったわよ」
真っ赤に染まる春蘭の顔。
比喩じゃなくて真っ赤っ赤だ。
「隼人〜」
春蘭は止まったけど、
秋蘭に対しては煽っているから。
「秋蘭さん?
首!首!刺さってるから!
それ以上押さないで〜」
結局まともに話が出来るようになったのは、
日が地平線から完全に離れてからだった。
「それで、
隼人の仕事に関してだけど…」
場所を華琳の執務室に移し話し合いは始まる。
「この腕ですから一軍を任せても宜しいかと…」
「昨夜の一件から考えて、
文官としての能力も見てみたいですね」
「食って寝るだけの仕事って無い?」
ゴス!ガ!
両方から突っ込みが、
ナイスコンビネーション。
「ふむ…、
冗談はともかくとして隼人からの要望はある?」
机に肘をつき口元を隠す格好−いわゆるゲンドウさんの問題無いポーズ−で、
俺に問い掛けてくる。
「部下を扱った事は無い。
文字は読めるが複雑な物は読んでみないとわからん。
華琳に任せるよ好きに使ってくれ」
早々に丸投げする。
「そうね…、
貴方自身の武勇は見せて貰ったわ。
次は隊の指揮を見てみたいわね」
「了解。
それでは春蘭に−」
「でも文官としても使えるのなら文句は無いわ」
春蘭に近付こうとした所で前言撤回、
思わず転けてみる。
「どっちですか!」
「だからどちらもよ」
「……はい?」
「だからどちらもと言ったの」
何を言ってるのでしょうか、
ワタシワカラナイ。
「アー、ワタシムズカシイコトバワカリマセン。
モウイチドオネガイシマス」
思わず似非外人になっちゃったよ。
「何よその喋り方?
どちらもと言ったらどちらもなの」
「神北そろそろ諦めろ。
華琳さまがどちらも試してみろとおっしゃっているのだ。
我々は御命令通り自らの力を見せれば良い」
「そうは言いますがね秋蘭さん、
俺にも自由時間は必要だと思うのだよ」
1人でうんうんと頷いておく。
「隼人自分で言った事を忘れたの?
俺の力で良いなら好きに使ってくれ。
あなたはそう私に言った筈だけど」
ぐは!
ここでその話が出て来るのか。
「違ったかしら?」
確認の為というよりはおちょくる為に華琳は聞いてくる。
「…言った、
言いました!」
「ならば…」
逃げ道はないか。
「わかりました!
男が一度口にした事は守らないとな!」
ああやけっぱちさ、
笑いたければ笑えば良い。
「それなら昼までは文官の仕事を秋蘭が見なさい、
昼過ぎからは春蘭と武官の仕事を、
春蘭は補佐しながら評価をつけなさい」
「「は!」」
「隼人には新兵の部隊を任せるわ」
「了解した」
「期間はとりあえず一週間、
一週間後に2人の評価を聞きましょう」
指示を全て出した後、
俺を再度確認して声をかける。
「期待してるわよ?」
狡いよな、
可愛い女の子にこんな事言われて頑張んない男はいないよ。
「それでは一週間後に再度集まるように…、
以上よ」
話が終わると執務机の上の書類に早速眼を通し始める。
「先ずは私とだな隼人」
「了解秋蘭、
どこに行けば良い?」
春蘭は調練があるのだろう、
一足早く部屋を出て行った。
「そうだな…、
昨日お茶を飲んだ東屋に居てくれ。
流石に私の執務室に2人は窮屈だろう」
「いや俺は構わないんだけど…」
狭い部屋に秋蘭と2人きり!
「私が気にする。
冗談を言っていないで早く行け」
「は〜い」
扉を開け−朝の騒ぎの間に修復された、
華琳の部屋なら当然だろう−東屋に向かう。
「う〜ん!空気が美味い!」
昨日は色々あって感じる暇が無かったが、
この世界にはまだ車や石油製品が無いのだろう空気が綺麗だ。
元は東京に住んで居て、
山に行けば十分綺麗な空気だと思う程だったのに、
この世界のこの空気は格別だ。
「ん?」
庭の東屋に到着した俺は腰に違和感を感じた。
(雷獣が鳴いている?)
腰のケースに入っている雷獣が、
小刻みに振動しているのだ。
雷獣をケースから抜き放ち目前に掲げる。
「どうした雷獣?
何か気にするような物でもってあったか?」
端から見たら変人だが俺は大真面目だ。
雷獣には晴明との出逢いからこっち、
何度も助けて貰っている。
残念ながら言葉はわからないがコミュニケーションは一応出来る。
雷獣は一際激しく振動した。
「俺に伝えたいのは華琳達の事か?」
振動が弱まる。
「ふむ?」
とりあえず刃を四方に向けてみる、
方角がわかれば何かのヒント位にはなるだろう。
四方に向けると華琳の執務室とは逆の方角に強い反応。
「俺が連れてこられた方角とも違うな。
この先に何がある?」
言葉はわからないが振動が一際強くなる。
「この先に行きたいのか…」
「どうした隼人?
小刀など抜いて独り言とは?」
いつの間にか秋蘭が到着していた。
「いや、
この短刀が妖刀だというのは話しただろう。
その短刀…銘は雷獣なんだが、
が何かに反応しているようなんだ」
雷獣はなおも振動し続けている。
「ふむ本当に動いているな、
不可思議な物もあるのだな。
このような事は頻繁にあるのか?」
「いや、
何か重要な時等にしかない。
この先には何がある?」
「この先は城壁しかないな。
だがある程度離れてはいるがその先には寺があった筈だ」
「寺?」
「なんでも剣を奉っているそうだ」
思い出しながら秋蘭は話してくれる。
「なんでも振れば山を割り、
受けては100人掛かりで打ち込んでも折れないそうだ。
だが持ち手を選ぶらしく、
寺院の奥の地面に突き刺さったまま抜けないらしい」
「詳しいな秋蘭?」
「近くにあるからな。
私はお前の言葉で言えば眉唾物だと思うぞ」
そう秋蘭は呆れるように目を向けてくる。
「だが雷獣は反応している…。
その村にはどの位で行けるかな?」
「大体そうだな…。
どんなに馬で駆けても往復2日はかかるな」
それも華琳の所の軍馬を使ってだろう。
(普通に行こうとすれば倍はかかるか…)
「雷獣…、
急ぎでなければ一週間より後にしたい。
大丈夫か?」
そう問い掛けれると雷獣の振動は止まる。
「ありがとう。
必ずそこに連れて行く事を約束しよう」
雷獣は答えるように再度震えると、
何も無かったように沈黙を守る。
俺は雷獣を腰のケースに戻し椅子に座る。
「待たせて悪い、
始めようか?」
秋蘭は可笑しそうに笑うと対面の席につく。
「まるで言葉がわかるようだな?」
「残念ながら言葉はわからない。
だが雷獣は俺の命を何度も救ってくれた。
その恩義には報いないとな」
至極当然と言った風に答える俺。
「ならば華琳さまが何処にも行く宛が無い隼人を雇ったのだ…」
「わかっている。
裏切らないし給金以上に働いて見せるさ」
また可笑しそうに笑うと秋蘭は、
「私も期待しているぞ隼人」
綺麗に笑いかけてきた。
「任せろ!」
それからの仕事は難しかった。
漢文自体は海外の仕事もあったので読めるのだが、
内容はやれ治安が悪い税金が高い川が氾濫した。
はっきり言って畑違いとしか言えない。
「秋蘭こちらの治安関係の予算て…」
「これだ。
ついでに昨年の実績はこれだな」
何かとわからない事が多い俺のフォローをしてくれる秋蘭だが、
仕事は俺の3倍の速さでこなしている。
「う〜んこの予算だと?」
何度目かに詰まった。
「どうした隼人?」
秋蘭は根気良く相手をしてくれる。
「この頓丘の治安関係の書類を読んでいたんだけど…」
「ああ素晴らしいだろう?
華琳さまが刺史になってからは殺人、
傷害などの犯罪が著しく減っている」
誇らしげに華琳の功績を誉める秋蘭。
「ああ素晴らしい。
だが俺が見ていたのは別の所だ」
「…何?」
「確かに犯罪自体の凶悪性は減っているが、
犯罪件数は増えている」
華琳が着任してからの推移を見てみると、
全体的な犯罪件数は2割り増しだ。
「その事か…。
仕方のない事なのだ、
治安が良くなれば流入する民も多くなり、
それに伴って諸々の事件が増える」
「それはわかるんだが、
この街の警備兵の数がそれ程増えていない事はどう見る?」
「それもな…。
街の警備兵の給金と正規兵の給金では5割近く違う。
そうなればこの荒れた時代では給金の良い方に傾くのだ。
例え命の危険があるとしてもな…」
当然俺の見ているデータ位秋蘭なら目を通しているだろう、
だが仕方が無いと割りきっている。
「ふむふむ…、
ならば俺に案がある。
見てみると警備兵の待遇面でも見る所は他にもあるし、
それに財源なら此処から捻出出来そうだ」
そこで手元の資料を秋蘭に渡す。
「これは?
……商人の納税台帳ではないか」
「そう商人の納税台帳だ。
商人は人口の多くなって来たこの街にこぞって進出しようとしている」
「ああ確かにそうだ。
だがそれは華琳さまとて望む所、
商人からこれ以上税を徴収すればその足は鈍るだろう」
「税の取り立てならばな」
もったいぶって話す俺に秋蘭はじれる。
「どういう事だ?」
「今この街の目抜き通りの商家は私設の警備兵を持っている。
何故か?答えは簡単だ、
街の警備兵だけでは頼りないからだ。
これを口実にする」
「口実?」
「そう口実、
あなたの店では武装した兵を店番にしているが、
その兵は城の警備兵に対するあてつけか?と」
身振りを混ぜて説明する。
「そうなれば商人はそんなつもりは無いと答えるだろう。
そこで警備兵の援助の話に繋げるんだ」
「それではやはり税の徴収と変わらんぞ?
それ所か脅しと取られれば危険だ!」
秋蘭は否定の声を上げるが、
そこも対応策はある。
「そうだろうね、
そこまでだったら…」
「何か策があるのか?」
「商人は利に敏いもんだ。
ならばその利に訴えかける!」
「利に?」
「そうだ利だ。
例えば警備兵は道案内も仕事だと何処かで読んだ」
「ああ街の中の問題は基本的に全て警備兵が対処する」
「だからその時に案内する順番や宣伝する順番を買わせるんだ」
「?どういう事だ?」
良くわからない様子の秋蘭に細かく説明する。
「例えば服屋の道案内を頼まれた時に、
目的地を説明又は案内する途中でこういった店もありますよとついでに言っておく。
すると相手はありがとうと言って目的の店に行くだろう。
その後案内してくれた人が言っていたんだからとその店にも寄るかもしれない。
どうだ秋蘭?」
難しい顔で考えている秋蘭だが、
「案自体は良いと思う。
だがそれでは不確定要素が過ぎる。
商人の財布の紐は弛まんだろう」
諦めに似た顔で首を振る。
「だろうね、
だから後1つ。
警備兵への募金の内容を、
詰め所の壁に貼り付けるんだ」
「何!」
「要はここまでの話なら賄賂と変わらん。
それでは商人の固い財布の紐は弛まんだろう。
だがそれが目に見える所に掲げられれば?」
「募金しない商人はケチだと取られる?」
思わず口から出てしまったのだろう独り言。
「そう!
さらに同じ目抜き通りの店が自分の所より募金していたら?」
「負けじと募金額を増やそうとする!」
今度はこちらの目を真っすぐ見つめて答える。
「そういう事。
そして募金に対しては税金の割合を軽くすれば更に出してくれ易いだろう」
話を締めくくり、
秋蘭の様子を窺う。
「ふむふむ?
……何とかなるだろう。
華琳さまに進言してみよう」
秋蘭からのOKが出ました。
「良し!
それなら俺はこの案を詰めてみるよ」
「ああやってみてくれ。
しかし良くそんな案が出てきたものだ」
ここは謙遜しておこう。
「いやいや何時かは誰かが考えたって。
行政からしてみれば、
商人から金は欲しいが出て行かれては困る。
商人からしてみれば安心は欲しいが賄賂は惜しい。
ならば商人に利する金の使い方をさせれば良い。
賄賂の悪い所は、
渡した後証拠を残せないで、
自分が不利になった時に行政に泣きつく事が出来ない所だからね」
「今回の案は違う?」
「違うね。
詰め所に募金額を掲示する事で、
何故私は募金しているのに守ってくれないのですか?っと言えるからね」
「今までもそんな輩は居たように思うが?」
「そんなの一握りの大商人だけだろ?
大半は賄賂だけ取られて泣き寝入りだよ。
今回はそんな賄賂の取り締まりも兼ねてるのさ」
またもや頭に?が付いてしまう秋蘭だが、
流石に今回は考えが纏まった。
「そうか!
今までどんなに取り締まろうとも、
水面下に行われていた賄賂も、
目に見える形になればそちらに流れるか!」
ほぼ全て正解。
「そういう事、
目に見える所なら庶民の感謝も受けられるけど、
賄賂じゃ無理だからね。
ならば商人なら賄賂から募金に切り替えるでしょう」
なんだか謙遜する筈だったのに自慢になってしまった。
「ふむ…だろうな。
良し!そちらは頼んだぞ」
「了解」
そうしてその後は、
お昼の時間まで案の詰めと修正で終わったのだった。
「ふむ、
そろそろ昼の時間だ。
この後は姉者と新兵の調練だったな?」
「……」
なんでそんなに元気なんですか秋蘭さん。
たった3時間程の書類仕事でぐったりしている俺に対して、
秋蘭は3倍以上の処理をこなしてもピンピンとしている。
「ふふふ疲れたか?
仕方ないな隼人は、
慣れれば良い文官にもなれるだろうに」
確かに後半の陳情書の作製は、
普段使わないような言い回しに苦戦はしたがそれ程疲れなかった。
本当に疲れた原因は、
そこそこ使えるのがわかった秋蘭が、
どんどん仕事を割り振って来たからだ。
その手は巧妙で、
何時割り振られたのかわからない程だ。
「…お昼食いに行きましょ」
「そうだな。
私は姉者と食べるつもりだが、
隼人はどうする?」
「俺は……」
そこではたと気付く。
「金が無い…」
俺はこの世界に来たばかり、
お金を持っている筈が無い。
「華琳から前借り出来るかな?」
深く考え込む。
「隼人止めておけ。
昼御飯代位貸してやる」
おお秋蘭さま!
先程までは地獄の獄卒のようだと思ってましたが、
今は後光の差す御釈迦様のようです!
「何か失礼な事を考えてなかったか?」
「いやいや全然!」
この世界の人は心の声が聞こえるのだろうか。
「では姉者の所に行くか」
「お供させて頂きます」
仕事に使った書類や筆記用具をかたして、
低姿勢で追従しますよ。
春蘭は兵の調練の為、
兵舎のある城の内門の所で待っていた。
「おお秋蘭遅かったな、
隼人?お前はどうした?」
「姉者悪いな、
実は隼人は御飯を食べる金すら持ち合わせておらんのだ。
仕方ないから今回は貸してやろうと思ってな」
「すいませんね〜」
何を言われても言い返せない。
「なんだ甲斐性の無い」
春蘭はそう言うがね、
俺がこの世界に来たの昨日だよ昨日。
「まあそう言ってやるな姉者」
兎も角として、
御飯は何を食べるかと言う話に移る。
「まず姉者は何が良い?」
「何でも良い」
出ました何でも良い、
これが一番困るんだよね。
「では隼人は?」
「こちらに来たばかりだからな〜…。
でも軽く肉まんとか焼売とか食ってみたいな」
やはり本場中国の飲茶が食いたい。
「それは駄目だ。
今日は飲茶と言う気分では無い」
何でも良いんじゃなかったのか春蘭?
「じ、じゃあラーメンとかあるかな?」
「ラーメンも気分じゃ無い」
「じゃあ餃子!」
「飲茶の内に入るな」
「棒々鶏!」
「気分じゃ無い」
「回鍋肉!」
「気分じゃ無い」
「なら何が良いんだよ!」
「だから何でも良いと言っておるだろうが!」
「そんなに選り好みする何でも良いは無い!」
終いには俺だって怒るわい!
「まあ待て姉者。
隼人も落ち着け」
見かねて−凄い良い顔なのは気のせいだと思いたい−秋蘭が間に入るな。
「姉者は何でも良いのだろう?
ならばとりあえず、
この前美味しいと言っていたラーメン屋に行ってみよう。
気に入らなければその後何処かに寄ろうとしよう」
秋蘭が春蘭を説得してくれる。
「秋蘭がそういうならそうしよう。
しかしラーメンの気分では無いんだがな」
「いいからいいから、
さて行こう姉者。
ほら隼人もついて来い」
何か納得出来ないが、
とりあえず昼御飯の為について行く。
その後ラーメン屋で、
春蘭は一杯で足らずにおかわりまでしていた事を追記しておく。
何でやねん!
時間は過ぎて、
次は新兵の調練の時間だ。
「おお居るな〜」
城外の荒野にざっと300人程の新兵の集団。
「私は補佐だからな。
基本的には手を出さん。
好きなようにやってみろ」
「わかった」
実のところ調練などやった事が無い。
とりあえず、
「あ〜皆さん!
まず整列してみましょう!」
基本的な所から始める。
集団はとりあえずは集まっていても、
隣の人間と話している者、
1人空を見ている者、
こちらを向いてメンチをきっている者、
あまりに雑然とし過ぎている。
だから整列させてみたのだが−
「遅いな」
−動く事は動くのだが、
その動きはノロノロと遅い事この上ない。
「きさまら!
何をモタモタしている!
駆け足だ駆け足!
遅れた者は切り捨てるぞ!」
ありゃ…春蘭?
あんた手は出さないんじゃないの。
春蘭の激に驚いたのか、
新兵達の動きが早まる。
「は!すまん。
余りにちんたらと動くので思わず…」
反省しているのか俯いてしまう。
「別に良いよ。
だけど次はしないでね?」
「ああ」
「しかし思ったより動けないな。
こいつらを何処まで持って行けば良いの?」
「それは…、
せめて陣の形成が出来る所までだな」
今のレベルじゃ、
一番基本的な陣を形成するのすら無理だ。
「こいつら陣の知識は?」
「それは入隊した時の講習で一応知っている筈だ」
良かった、
そこからだったら一週間なんて完全に無理だ。
「そんじゃ…。
あ〜皆さん!
あなた達は何の為に入隊しましたか?」
…ザワザワ!
一人一人のざわめきは小さくても、
これだけ集まれば十分五月蝿い。
「最前列の君!
大きな声で言ってみろ!」
いきなり聞かれた男は目を白黒して黙り込む。
「どうした!
答えられんのか!
それとも目的も無く兵になろうとしているのか!」
混乱しているのはわかっていても、
構わずに声を張り上げる。
「…街の平和の為?」
やっと聞かれた新兵が答える。
「何!
聞こえないぞ!
もっとはっきりと答えんか!
後ろのお前達も五月蝿い!
誰が喋って良いと言った!
新兵といえど、
命令が無ければ喋ってはいかん事位知っているだろう!」
ざわめきは小さくなったがまだ五月蝿い。
「街の平和を守る為です!」
「良いだろう!
まだ声が小さいが最初だ!
許してやろう!」
目に見えてほっとした新兵。
「次!
隣のお前!
言ってみろ!」
見るからに不満そうな新兵に振ってみる。
「なんであんたに命令されなきゃいけないんだ!
俺は夏侯惇将軍の勇名に惹かれて入ったんだ!
他の将軍ならまだしも、
お前みたいな何処の馬の骨とも知れない奴の命令を聞く気は無い!」
腕に覚えがあるのだろう、
動きからもそれが見て取れる。
「きさま〜!
上官に対して口ごたえとはなんたる事か!」
「やめろ春蘭。
手を出さないと言っていただろう?」
既に腰の得物に手をかけている春蘭を、
やんわりと諫める。
「しかし!」
「春蘭!
今のお前の仕事は何だ!」
「……隼人の補佐だ」
「わかってるじゃないか」
なんとか押し留め、
再度新兵に向き直る。
「今お前が言った理由なら帰るが良い!
と普通は言うが、
きさまの言った事は事実だ!
俺の事を知っている者は居ないだろう!」
昨日この世界に来たのだからな。
「だからきさま!
前に出ろ!
俺が直々に腕をみてやろう!
俺に勝てたなら!
春蘭の部隊に入れるようにしてやる!
腕に覚えがある者は共に前に出ろ!」
俺の言葉を聞いて、
何人かの新兵が前に出る。
「ではまずきさまから相手になってやる!」
最初に声をかけた男に向かう。
「武器は好きに使え。
俺は手加減の為に使わん」
本当は、
1対1なら素手の方が強いんだが。
「嘗めるんじゃね〜!」
新兵が剣を抜き向かって来る。
確かに構え、走って来る速さ、足運び、
「そうりゃ!」
剣速、そして眼はそこそこ。
だが春蘭に匹敵する腕の俺が喰らう訳が無い。
「ふん」
片手の籠手で軽々と剣を弾くと、
懐に入り込み肩を相手の腹に預ける、
そこから一気に体を捻ると、
震脚と共に肩を押し込む!
「破!」
相手はその爆発的なパワーで、
軽く4メートル程空中を飛び、
その勢いのままゴロゴロと転がる。
今のは傷つける目的では無いので、
新兵は転がりきると目を白黒させながら立ち上がる。
「まだやるか?」
俺が水を向けると、
やっと状況がわかったのだろう、
「い、いえ!
参りました!」
直立不動で敬礼し、
大声で答える。
「ふむ、
ならば次は誰だ!」
前に出ている新兵に向かって一喝してやれば、
初めて人が4メートルも飛んだのを見たのだろう、
揃って隊列の中に逃げ込んで行く。
「なんだなんだ!
逃げる位なら始めから出てくるな!
それにな!
教官は誰がやるかなどわからんのだ!
我が儘は訓練が終わり、
兵士としての力を持ってからにしろ!
もしくは俺や春蘭達のような実力を見せてみろ!」
そんなこんなで新兵の訓練を進めた。
最初に実力を見せたのが効いたのだろう、
その後はスムーズに訓練を終え、
とりあえず一週間の目処がたった。
「あ〜疲れた」
新兵達を帰して、
春蘭と一緒に城まで歩く。
「隼人…」
「どした春蘭?」
「きさまは部下を持った事は無いと言ったな…」
「ああ、
俺は基本的に一匹狼だからな。
師匠は居たが部下は持った事は無い」
と言った途端、
春蘭に首をひっ掴まれてガクガクと揺すられる。
「嘘をつけ〜!
今日の調練を見る限り、
慣れている様にしか見えなかったぞ!」
話しながらヒートアップしていく、
併せて首を絞める力も増していく。
「春蘭苦しい!
待ってくれ!
本当に…死…ぬ…」
徐々に白くなる目の前の景色に思わず。
(この力ゴリラか?
てか首を狙うの好きねあんた達…)
愚にもつかない事を考える。
「隼人?」
やっと俺の顔色に気付いてくれた。
春蘭は手を離すと背中をさすってくれる。
「ごほ!
春蘭お前〜…殺す気か!」
やっと新鮮な空気を取り込む事の出来た肺が、
嬉しさで痙攣を繰り返している。
「軟弱な!
少し首を絞めてしまっただけではないか」
絶対に殺意があったとしか思えませんから!
(あれが少しなら、
春蘭の突っ込みに耐えられるのは熊か鬼位だよ)
ボソッと小さな声で突っ込みを入れておく。
「何か言ったか?」
「いえいえ何も言ってませんじょ?」
噛んじゃった。
「なら良いが?
兎も角としてきさまの調練の腕はかなりの物だ!
本当に経験は無いのか?」
こんなに簡単に丸め込めて良いんでしょうか?
「言っただろう?
俺は隠れ里で暮らしていたんだ。
あんなに大勢の兵士を見たのは、
春蘭達との出会いと併せても2回目さ」
その設定は嘘なんだが、
俺はおくびにも出さずに答える。
「ならば才能が有るという事か!
その才能なら華琳さまの為に尽くせるぞ、
喜べ!」
嬉しそうに背中をバンバン叩く−痛みで言えば殴られる−春蘭に、
曖昧な笑みを向けてその日は城に帰った。
次の日に当座の飯代を華琳から前借りした事を追記しておく。
秋蘭が少し察しが悪くなってしまった。
秋蘭ファンの方がいらっしゃいましたら謝罪致します。