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第1話

俺は息を殺して目的の部屋に向かう・・・。


今、俺はさる骨董愛好家の邸宅に不法に侵入している、

目的はこの邸宅の主人の暗殺・・・、

そう俺は暗殺者だ。


ここで自己紹介しておこう、

俺は神北かみきた 隼人はやと17歳、

裏稼業をこなす者としてはかなり若い部類に属するが、

これでもこの街−東京−では屈指の実力者として裏では知られている。


日本人なので髪と目は共に黒、

今は暗殺の為艶消しの黒の上下と覆面に隠されているが、

顔立ちは美形とはお世辞にも言えないが不細工とも言えない平均的容姿、

背も170センチと中肉中背で暗殺者としてはありがたい。


今回の仕事はかなり簡単だ。


護衛も居ないターゲットを殺れば仕事は終了なのだから。


寝室には居なかった、

他の部屋もセキュリティーを気にしつつ廻るがターゲットはいない、

帰宅を確認して忍び込んだので留守の可能性は無い。

先に手に入れていた間取りを思い出し、

地下室へと向かう・・・。


地下室の扉は鉄に鋲をうった物でかなり頑丈そうだ。


人の気配はするので、

とりあえず扉に耳をつけ聞き耳をたててみる。


(・・・)


誰かの声が聞こえる・・・。


いや、忍び込む前の調査が間違いなければ家にはターゲット以外居ない、

すなわち声の主はターゲットだ。


カチャ・・・


扉を確認すると鍵はかかっておらず開けられそうだ。

(殺るか・・・)


決心はついた、

腰の裏に隠した肉厚の短刀−銘は雷獣−を抜き、


ガチャ!


今度は音が鳴るのも構わず扉を引き開ける。


そこに居たのは・・・、

予想通りターゲット、

いきなりの不審者−もちろん俺−の登場に吃驚している。


「なんだ君は!?」


詰問には答えずただ仕事をこなす・・・、

そう、ターゲットに死を。


部屋は八畳程のコンクリートの打ちっぱなしに出入り口以外の壁面に棚があり、

骨董−特に中国系の物−が所狭しと陳列されている。


その広いとは言えない部屋に侵入すると、

手早くターゲットの喉元をかき斬る。


一瞬で行われた仕事に、

ターゲットは手に持っていた道鏡をそのままに絶命した。


返り血を浴びないよう一歩下がった俺の耳に、道鏡の割れる音が虚しく響く−−−と!


その道鏡を起点として爆発的に光が俺を照らす。


(なに!・・・)


何が何やらわからない内に、

光の中俺は意識を失う。


太陽がジリジリと照りつける、

そんな中俺は目を覚ました。


「う・・・うん?」


寝ぼけ眼で周りを見る俺。


「ん?」


荒野だ・・・。


「あ〜夢か」


また目を瞑り寝る体勢に戻る。

だが現実は無情だ、

照りつける太陽の熱が俺の肌をジリジリと焦がす。

それでも俺は意地でも寝る気で横になるが、

そんな俺を嘲笑うかのように意識はハッキリとしてくる。


(たしか俺は・・・、

ターゲットを殺った後何だかわからん光に呑まれて・・・)


頭がハッキリしてくれば、

嫌でも今の状況の確認をしたくなるのが人情だ、

仕方なく目を開け周りを見渡す。


荒野、遠くには日本では滅多に見られない地平線、

横を見ればやはり日本では滅多に見られない形の山々。


(何処だ此処?)


俺は確かにターゲットの邸宅に居たはずだ。

邸宅は東京都内だったはず、

気を失った所で捕まったなら起きるのは独房の中だろう。

ならば今の現状はどういった事だろう。

こんな時、暗殺の為に携帯などを持っていない自分がもどかしい。


(この日の傾きからして正午をまわった位・・・、

んな事わかってもな〜)


がっくりと力無く首を落とし地面にへたり込む。


しかしそんな俺の耳に聞き慣れない音が聞こえる。

ドドドとまるで何か大型の動物が大地を踏みしめるような、

俺は慌てて地面にピタリと耳をあて集中する。


(馬・・・かな?

てかいっぱい来るぞ!)


正確にまだ自分の境遇が理解は出来ないが、

流石に馬だと思われる物が集団で向かってくるのを、

手をこまねいて見ている訳にはいかない。


慌てて起き上がると、

地平線の向こうから土煙が近づくる。


(人?人が乗ってるがな!)


良く目をこらし地平線を見ると、

土煙の正体はやはり馬だ、

それも百は下らない数の馬がその背に人を乗せて向かってくる。


(何故俺には見える?)


今俺が居る所から集団までの距離は約2キロ、

そんなに細かく見える筈が無いのに、

俺の目には馬上の人間がはっきり見えた。


(視力が良くなってる?)


何故?

そんな疑問に答えてくれる者は居ない。


(でもま〜最低限人が乗ってんなら、

ひかれる事は無いだろう。

それに話が出来るなら今の状況がわかるかも)


呑気に考えながら自分の装備を確認する。


いつもならどんな時にもまず確認しているのだが、

流石に今回は軽いパニックを起こして忘れていた。


(服は気を失う前と同じ、

雷獣−短刀−と籠手も無事・・・、

なんだ気を失う前と変わらんじゃないか)


ほっと一安心した後に覆面を取り懐にしまう、

流石に初対面の相手に覆面をしたまま会えば、

不審人物になるのは確定だ。


そこまで用意が終わったら手を大きく振りながら騎馬の集団に向かって歩き出す。


「……はぁ…」


結論から言おう、

俺は少し後悔している。


「華琳さまこいつで・・・」


「いえ、違うようね、

報告ではもっと年がいっているようだし」


「それではこやつはどういたしましょう?」


騎馬軍団は今俺を取り囲んでいるし、

なんだかみんな鎧のような物を着てるし、

目の前で俺を無遠慮に観察している娘達は訳わからん事を言っているし、

救いは娘達だけでも馬から降りてくれた位かな。


だが俺は挫けない、

なんと言ったって起きてから初めての情報を得るチャンスだ。


「あの〜、

申し訳ないんですが」


「なにかしら」


ここで娘達の描写をさせてもらおう。


まず娘達は全部で3人、

騎馬隊の先頭を走っていた2人と、

その裏にいた1人だ。


先頭の2人は顔のつくりが似ているので姉妹かな?

左が黒髪に精悍な顔をした美人、

右が蒼髪にクールな顔したやはり美人、最後が話を聞く限りリーダーと思われる、

金髪で両サイドに巻き髪をした美少女。


そして全員の最大の特徴は全員が帯剣していることだろう。


「此処はどこでしょうか?」


どう考えても日本では有り得ない、

なんと言っても騎馬軍団の全員が帯剣していたりする場所は日本には無い。


「ん?貴様は何を言っているのだ?」


一応美少女に聞いたつもりなんだが、

何故か黒髪美人が答える。


「いや、俺にも状況がわからないんですが、

此処は日本ではないでしょう?」


「・・・にほん?

聞いた事の無い地名ね、

あなたはそこから来たの?」


「いやいや冗談でしょ?

日本がわからない訳は無いでしょう、

え〜と華琳さんでいい−−−!」


のかなと言葉を発する前に、

場の空気が瞬時に凍りついたと思った瞬間、

黒髪美人が俺の首目掛け抜き打ちを繰り出す!


「ふ!」


完全に殺す気の一撃を

紙一重で避けたと同時に俺のスイッチも切り替わる。


「は〜!」


今度は手首を返して頭から一刀両断にしようと振り下ろす。


(殺す気だが殺ったら−−、

俺が殺られるな)


二の太刀もギリギリで体を開いてかわす!


太刀筋から相手の力量が半端じゃ無い事がわかる。


長くもない髪の毛の何本かを後に残して、

黒髪の美女の脇をすり抜ける。


(交渉の余地がないな、

こんな時には強行突破!)


持ち手から利き腕を右と見て向かって左にすり抜ける、

すり抜けざまに追撃阻止の為に黒髪美女の右肘の先を指先で突く。


暗殺で鍛えた指先はやろうと思えば煉瓦程度なら穴があく。


そんな指先で肘の急所を突けば−−−、

剣を持つ事など、


「く!」


持ってるし?

流石に振る事は出来ないまでも取り落とさない。


「華琳さま!

お下がり下さい!」


すり抜けた先には剣を構えた蒼髪美女、

しっかりとかわされるだろう先にカバーに入っている。


しかし反応は一瞬遅れている、


(あの腕なら信用していただろうしな)


反応の遅れも手伝い、

腕に嵌めた籠手で剣をいなす。


いなす勢いそのままに体当たりをかけ体勢を崩すと、

剣を持つ手を掴み合気道でいう所の抜きを使い、

更に体勢を崩してから投げ飛ばす。


「!」


美少女が息をのむと同時に腰の得物に手を添える。


(此処はどうなってんだ?

全員達人クラスって)


動きを見るだけでわかる、

先程の2人−黒髪&蒼髪−には届かないまでも、

この少女もかなりの手練れだ。


抜く手も見せずに抜き放つと、

牽制の為だろう突きを放って来る。


「や!」


正解、

今はいきなりの展開に対応が間に合っていない周りの者も、

既に何人か動き始めている。


(めんどくさい)


そこまで見て取り此処も強行突破、

突きをかわしざま刀身を掴む。


「な!」


驚いたのだろう、

突き出した剣を相手が引いた。


俺は掌が切れる痛みと共に前進し、

少女の後ろにまわると喉笛を抓み宣言する。


「動くな!」


一度はまとまりかけた騎馬集団も、

また慌て始め足並みが崩れる。


その隙を逃さず、

人質抱えたまま空馬−少女達が乗っていた馬−へダッシュ、

そのままの勢いで鐙、鞍、兵の頭の三段跳びで囲みを抜ける。


「そのまま動くな!

動けばこの子の命はない!」


ざわめく集団の中から声が上がる。


「静まれ!

道を開けろ、我々を通せ!」


「姉者待て!

華琳さまの身に何かあったらどうする!」


姿が見えないのでわからないが、

声からして激昂しているのが黒髪、

諫めているのが蒼髪だろう。


(やはり姉妹だったか)


「華琳さま!

ご無事でありますか?」


諫めていた蒼髪の方の声がすると、

少女の肩がピクンと動いた。


「剣を手放せば答えて良い」


耳元で囁けば、


カラン。


少女の手から、

良く見れば業物だろう剣が思い切り良く離れた。


確認するようにこちらを伺う少女に、

無表情に首肯する事で答える。


「安心なさい!秋蘭私は無事よ!」


「おお!華琳さま今助けーぐふ!」


「待てとゆうに姉者。

華琳さまご無事でなによりです!

・・・そこのお前!

取引がしたい!そちらに行っても?」


「良いだろう、

道を開けるだけは動いて良いぞ」


騎馬の道が割れ、

先程の美女姉妹がやって来る。


蒼髪が黒髪の襟元を絞っているのは見ない事にする。


「単刀直入に聞こう、

望みは何だ?」


「特に無い。

成り行きでこうなっただけだ。

・・・だが出来るなら情報が欲しい」


「情報?」


訝しげにこちらを睨む蒼髪。


「後は・・・そろそろ緩めないとその娘しぬぞ?」


「?・・・は!

姉者!大丈夫か姉者!」


本当に忘れていたらしい、

蒼髪がガクガクと黒髪を揺すり始める。


(やっと話が出来ると思ったのに)


内心ガッカリとしている所に、


「ねえあなた?」


少女が話し掛けてくる、

当然まだ喉笛をつまんだままだ。


「なんだいお嬢さん?」


「情報が欲しいのでしょう?

ならば相手は私でも良いんじゃなくて?」


「別に俺は良いけど、

君は大丈夫なのかな?」


内心俺は舌を巻いていた。


喉笛に指を突きつけられたまま、

この少女は震え一つ感じさせず今の会話を行っている。


大人だろうと男だろうと、

こんな危機的状況ならば震えの一つ位して当然、

いや、しない方が不自然だ。


「ふふふ…、

ならば交渉は私自身で行いましょう。

春蘭、秋蘭、あなた達も良いわね?」


いつの間にか復活していた黒髪と蒼髪に、

少女−人質なんだよなこの子−は確認というよりは命令を出す。


「華琳さまの御意のままに…」


「な!華琳さまそれは!

秋蘭まで何を−−」


あっまた締められてる。


「それでは始めましょうか?」


艶然とすら言える笑みと共に宣言されては、

正直諸手を挙げて降参したくなる。

「あ〜…、

君は人質で良いんだよね?」


「当然ね」


即答された。


「それではまず一つ目の質問だ。

何故君は恐れない?」


もっと聞かなければいけない事はある、

たがどうしても聞きたかった、

それだけだ。


「愚問ね?

…でも良いわ、答えてあげましょう」


そう答えた少女の体から不可視の衝撃、

…いや衝撃と感じたのは覇気!

周りの全てを平伏させ、

強制的に支配するかのような覇気が、


人質となっている少女の体から噴き出す。


「我が名は曹孟徳!

頓丘の刺史をしているわ」


高らかに名乗る少女。


その覇気にあてられながらも、

俺の頭の中は一つの名に引っかかる。


「曹孟徳?

まさか、名は操か?」


思わず口から言葉が漏れる。


「貴様〜!華琳さまの名をみだりに−−ぐもぐも」


黒髪がまたもや叫ぶが、

相変わらず蒼髪に諫められる。


(いや、そんな事はどうでも良い。

曹孟徳?騎馬の集団?帯剣?景色?

そしてこの子が本当に曹操なら…)


「あの子たちが夏侯惇、夏侯淵?」


どちらかと言われれば否定されたかった。


しかし悪い予感程良く当たるのは世の常。


「あら、春蘭と秋蘭の事を知っているの?」


肯定されてしまった。


(ははは…何が何だか…。

暗殺完了したら光に呑まれ、

気付いたら三国志の世界?

しかも曹操も夏候兄弟も女になってるし…、

たが…認めなければなるまい。

でもなければ認められない事がいくつもある)


起きたら知らない場所だった、

地平線が見える、先程の曹操の言った地名から恐らく中国、

帯剣している事から近代では無い、

そしてこの子達の技量と人を斬る事が出来る覚悟。


全てが俺の中の想像と符合する。


何故こんなに俺が冷静か−最低でもまだ人質は放してない−、

実は俺が持っている短刀−銘は雷獣というんだが−は、

実は妖刀と呼ばれる呪術的な品だ。


俺はこの若さで裏の世界にいた事もあり、

早めに後ろ盾となる者が必要だった。


そしてあれはまだ俺が15歳の時、

組織同士の力関係がわからずに下手をうち、

片方の組織から刺客を差し向けられた。


その相手が以前の雷獣の所有者にして、

俺の師匠となった清明である。


体術では俺の方が上の筈なのに、

俺の攻撃は清明に掠りもせず。


逆に清明は不思議な術を使い、

俺を後一歩で殺す所まで追い詰めた。


そこを救ったのが雷獣だ。


忘れもしない、

後一撃で死ぬとわかり、

諦めた俺の前にあの短刀が突き刺さった。


清明が驚いたのは後にも先にもあの時だけだ。


その後俺は清明のアジト−清明は別荘と呼んでいた−で目を覚まし、

加害者である清明に手当てを受けた。


その時言われたのがこの言葉だ。


「有り得ないなんて事は有り得ない、

君は今まで私のような術師に会った事はあるかな?」


「無い…」


「じゃあこんな術があるなんて」


「考え、た、事、もな、い…」


「だろうね。

実の所私も自分以外の術者に会った事が無い」


「…え?」


「もしかしたら居るのかも知れないが…会った事が無い。

…それより君だ」


(来た!何を要求する)


「君自身に私は興味が無い。

しかし、私の元愛刀は興味があるようだ」


「?…!」


その時の俺の感覚は、

ボロボロ過ぎて何も感じないまでに壊されていた。


だが感じた。

寝たままの動かせない右手の中に何かがあると。


「君は雷獣に選ばれた。

あ〜…ちなみにその短刀の銘だから、

間違うと怖いよ?」


気絶する前の事がフラッシュバックする、

諦めた俺の目の前に突き刺さった短刀、

あれが雷獣だろう。


俺はギリギリ動かす事が出来る口を動かし、

清明に対して疑問をぶつける。


「…だか、ら、助け、たのか?」


「そうだよ?

私は雷獣に随分助けられた。

その雷獣が次の所有者を決めたんだ、

それを殺すなんて出来ないじゃないか」


「俺、を、ころ、せば、

渡す、ひつよ、うも、

無いだろ、う?」


事実を言ったのに、

清明はやれやれと肩を竦めて言った。


「君は何を聞いていたんだい?

私は雷獣に恩がある、

そして理解出来ていないようだが、

雷獣には意識があるんだ。

もし君を殺したりなんてしたら、

雷獣はもう私の元には居ないだろう」


言い諭すように、

又は理解出来ない俺を哀れむように説明された。


それから俺は、

次の雷獣の所有者がすぐに死んでも恩返しにはならないからとか言われて、

起き上がれるまでの1ヶ月は体術から呪術まての理論を、

動けるようになったらその実践を、

手取り足取り教わった。


俺もコテンパンにされたのは頭にくるけど、

清明の実力、

知識を知ったので真面目に修行をした。


結局は呪術関連はサッパリだったが、知識、体術に関しては飛躍的に向上した。


そんな事があったので俺としては今の状況を、


(そんな事もあるんだろうな。

現に今俺が実際に体験してるし)


と、考えていた。


「どうしたの?

固まったと思えばいきなり頷いたりして」


回想していたのは一瞬だと思っていたが、

そこそこ時間が経っていたようだ。


「ん?悪いな、

どうやら…」


(どう説明したら良いだろう?)



パラレルワールドから来ました?

未来から来ました?

パラレルワールドから来ました?

あなたに会う為に来ました?


(最後のはただのナンパじゃね〜か!)


何故かセルフ突っ込みをしながら、

考えを纏める。


(言い訳が面倒だし三国志の知識は危険だ。

なら外国から来た事にしよう)


考えた時間は1秒位で、

あっさりと嘘をつく事にし、

本当の事を混ぜながら答える。


「…此処は俺の居た国では無いらしい。

起きたらいきなり見慣れない景色だし、

面食らったよ」


「へ〜?

ではあなたの国は何処にあるの?」


嘘をついている事は気付かれているだろう。


「ここは漢王国だろう?

なら、南の海を渡った先だね」


しかし何処までが嘘なのかはわからないはずだ。


「此処には何故来たの?」


「何か俺が尋問されているような?」


「あらそうね?

ではあなたの聞きたい事は?」


「なら、俺は何故いきなり切りかかられた?」


「あなた本気で言っているの?」


何か凄くあきれられたのですが。


「でも、そうね…、

あなたはこの国の生まれでは無いんだったかしら?」


「ああ、南方の島国だ。

何かこちらの風習にでも引っかかったか?」


「ええ、それも最悪なかかり方ね。

この国の女性は性、名、字の他に真名を持つわ」


「まな?それはどういった物なんだ?」


「真の名と書いて真名と呼び、

女子は生まれたてから幼年期はこの名で呼ばれるわ。

その後字を許される頃になると、

真名は別の意味を持つわ。

それは、その人の能力であったり性格であったりが優れていた時、

感服と信頼の証として真名を呼ぶ事を許す。

そして例え許した者と呼び合う事で名前を知っていても、

許されていない者が真名を呼べば相手を殺す事もある程失礼な事となる。

真名とはそういった物よ」


当然の事のように−この国では当然なんだろうけど−説明してくれる曹操。


「後はそうね」


悪戯っぽく笑うと、


「男性が女性の真名を呼ぶのは、

自分の女の場合が多いわね」


と補足された。


実は説明されている間中、

夏候姉妹の視線がますます鋭くなって、

補足までいくと視線で人が殺せるのではないか?

位まで研ぎ澄まされる。


「えっと、それは、…悪かった。

わが国にはその風習が無いもので、

そんなに失礼な事をしていたとわ」


恐縮しながら誠実に謝っているが、


「謝る位ならば華琳さまを放せ!」


いかんせん喉笛の指が邪魔だ。


「そうしたいのは山々だが、

放したと同時に斬られるからな」


「当然だ!

華琳さまの真名を呼ぶだけでも許し難いのに、

華琳さまの肌に直接触れるなど〜!」


言っている内にテンションが上がったのだろう、

姉妹揃って片膝をついて控えていたのに、

腰の得物に手をそえるが、


「「春蘭(姉者)」」


曹操と夏侯淵に止められる。


「春蘭、交渉は私が行うと言ったはずよ」


「そうだぞ姉者、

華琳さまの身を案ずるのはいいが、

今は控えた方が良い」


2人に諫められ面食らう夏侯惇。


「あ、ああ、…はい、

申し訳御座いません華琳さま」


ぐ、可愛い!

叱られてシュンとしている夏侯惇は、

先程までのキリリとした精悍な雰囲気から、犬が叱られているのを思い出させる幼い表情になる。


(今すぐ駆け寄って抱き締めたい!)


思わずウズウズすると、

曹操はニヤニヤしながらこちらを見ている。


「どうしたの?」


凄く悪戯っぽくきかれる。


「何でもないですよ」


むきになって答える俺。


(やはりどっちが人質かわからんな)


「それで、

他に聞きたい事はある?」


「特に無いな」


「では改めて聞かせて頂けるかしら、

南の海の先からあなたがここに来た目的を」


笑いながら質問してくるが、

その目だけは嘘を見通そうとするかのごとく笑っていない。


「目的は無い、

というより俺はこの国に来る気は無かったんだ」


「どういう事かしら?」


「その前に、

俺の身の安全を君が保証してくれるなら、

君を解放しよう」


正直話をするのに今の体勢は辛い。


「いいのかしら?

私が保証した所で、

放したと同時に捕らえさせるかも知れないわよ?」


「俺の聞いたあなたの噂は…、

誇り高く、実力主義、

機を見るに敏だが、能力のあるものには身分に関わらず寛容」


「なかなか的を射ているわね」


「真名を呼んだ事に対しては許さないでしょう?」


「愚問ね」


「だが国の違いによる風習の違いは仕方がないとも思っている」


「ふふふ…、

私の思考を読んでいるのかしら」


微笑と共に目で窘められる。


「悪い悪い、

だが俺の想像通りの君なら大丈夫かなと、

そう思っていると伝えたくてね」


「ふふふ…、ははははは!

良いわ、あなたの身の安全は私が保証しましょう」


哄笑しながら宣言してくれる。


その姿は体の大きさによって、

他の同年代の少女だったならば虚勢にみえただろう、

だが曹操の覇気により流石は覇王の貫禄と思わせる。


「な!華琳さまお待ち下さい!

その者は華琳さまを人質にとるという万死に値する罪を犯しました。

私はこいつを許す事は出来ません!」


俺の手が曹操の首から外れる。


「あなたは私の命が聞けないのかしら?

ねぇ春蘭?」


怖いです曹操さん。


さっき俺も目が笑っていない笑顔を向けられたが、

こんな美少女なのに迫力満点で言葉を紡ぐのが難しくなる。


「あ…いえ…〜〜ですが!」


頑張った夏侯惇!


「それにね春蘭、

許す必要は無いわ。

ただ今は身の保証だけはするだけ。

…それでいいのでしょう?」


「十分だ、

まずは現状俺が置かれている立場がわからん。

出来ればあなた達から話が聞きたい」


「ならば良いじゃない、

身の保証をした手前約を破るのは私が許さないわ、

この国の風習も知らない旅行者は珍しいしね。

それに春蘭の気がおさまらないなら、

後で手合わせでもしたら?

訓練の傷位なら身の保証の範囲外でしょう」


なに言ってくれてんですか曹操さん!


「はい!それなら!

おいきさま、城に戻ったら時間を取れ」


「は〜…、

まずは話を聞きたいのでその後なら」


話の流れから、

断ったら今すぐ切りかかってきそうだ。


「話は決まりましたな、

ならば一旦城に戻りましょう」


夏侯淵が話を纏めると、

馬に騎乗する曹操に付き添う。

「あ〜そういえば、

あなたの名を聞いていなかったわね。

あなたやきさまでは不便ね、

聞かせて貰えるかしら?」


馬に乗ろうとした曹操が、

こちらに向き直って質問する。


「俺の名前は神北 隼人。

とりあえず宜しく」

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