第十三話 登録試験
遊撃士ギルドは、地上界のほぼ全土に支部を持っている。各支部間では情報の共有が行われ、ときには依頼や遊撃士を融通し合うこともあったりするとか。
で、遊撃士になれば基本的に全ての支部で仕事の斡旋を受けられる。仮に居所を移したとしても、仕事には困らないということだ。
とは言え、全ての支部が横並びというわけではなく、登録のための試験も統一されているわけではない。
ギーヴレイはハーヴェイ市にある、遊撃士ギルドハーヴェイ支部で試験を受けることになった。
遊撃士の登録試験には何種類かタイプがあって、一番よく見られるのが試験官(上位遊撃士が務めることが多い)との模擬戦や、人工繁殖の魔獣との実戦形式。しかしこのハーヴェイ支部で行われているのは、実地タイプの試験だった。
試験内容は、素材収集。指定された期間内に指定された素材を採取するというだけのもので、採取対象もそれほど稀少なものではない。が、それは遊撃士として必要最低限の技術を確認出来る有効な試験内容だとギーヴレイは感じた。
指定されたのは、セプトスと呼ばれる薬草。単体での効能はないが、様々な薬を調合する際に媒体として使われるもので、各薬品の効果を妨げず反作用も抑えるという媒体としてはこの上なく有用な草なのだ。
効果が発見されたのは比較的最近だが、そのせいで乱獲が目立ち数が急速に減っている。今では、山奥に小さな群生が点在している程度。
しかもこのセプトス、生育条件が少しばかり特殊なのだ。というか、生育環境で特性や効能が大きく変わってくる。
一般に見られるセプトスは、日当たりがよく風通しのいい場所を好み、春から夏にかけて小さな白い花を咲かせる。薬品媒体として用いられるのは、その花弁だ。このタイプは採取が容易で、また人工的に栽培するのにもそれほどの手間を必要としないので、市場に多く出回っている。
一方、遊撃士登録試験で指定されたセプトスは、同じセプトスでもそれとは違い、晩夏から晩秋にかけて咲く、俗に黒セプトスと呼ばれている特殊環境下で生育する株だ。
生育環境は、日当たりの悪い瘴毒の湿地帯。そういった場所に咲くセプトスは、白セプトスの五倍以上の効果を持つ…すなわち、白セプトスの五分の一の量で同程度の効果を発揮する。
問題は、瘴毒の湿地帯という場所の危険度。魔界で生まれ育ったギーヴレイからすれば地上界に自然と湧く瘴気などちょっと臭い程度にしか感じないのだが、廉族には充分に毒だろう。
しかも、瘴毒の沼にはよく瘴気を好む魔獣が生息している。その手の魔獣は面倒な特殊攻撃を有していることが多い。
無論、遊撃士登録試験…すなわち駆け出しの新人が受ける試験であるからして、内容はしっかりと精査されている。余程のことがなければ死人が出るようなことはないはずだ。さらに前記の内容は過不足なく受験者に伝えられる。
したがってこの試験は、瘴気対策の魔導具の調達を始め必要と思われる装備の前準備、地図を読む力、山を歩くための体力とノウハウ、収集対象の同定、特殊攻撃を仕掛けてくるタイプの魔獣との戦闘、というように遊撃士として必要とされる基本的能力を広く確認出来るものとなっているのだ。
荒事の多い仕事柄、とにかく強ければそれでいい、とばかりに戦闘タイプの試験を課す支部が多い中で、このハーヴェイ支部の試験内容考案者はなかなかに広い視野を持っているとギーヴレイは評価した。
唯一の欠点が、この試験内容ではどれだけ優れた能力を持っていてもそれが反映されない、ということ。基本的能力さえあれば合格できるレベルなので、せいぜい点数に加味されるとしたら達成速度くらい。あとは、魔獣相手にどれだけ楽勝だろうが辛勝だろうが、合格は合格、飛び級などもなく最下位の第九等級スタート、である。
腕に覚えのある者はそれを嫌がり飛び級合格も可能な他支部で受験する傾向が強い。さりとて飛び級合格は例外中の例外であり、そういった連中も受験後には自分の思い上がりを恥じるか認めずに憤慨するかどちらかになるのが普通だが。
ギーヴレイ自身には遊撃士の等級になど関心はなかったので…寧ろ、とある理由でどうしても第三等級以上にはなれない、なるわけにはいかない事情もあるのだが…、ハーヴェイ支部で受験することにしたのである。
それは、いいのだが…
「はい、それでは登録申請は受け付けました。試験開始は明日となります、期限は一週間。ご武運を」
遊撃士ギルドハーヴェイ支部の受付嬢はにっこりと笑って言った。営業用スマイルには見えない、とても温かな笑みだ。彼女はその愛想の良さで、支部でも人気のアイドルらしい。
そのアイドルは定型文で締めくくった後、ギーヴレイの隣に視線を移した…気遣わしげな視線を。
「あの、それで……その、娘さん…妹、さん?は、試験の間どうなさるんですか?」
遊撃士を目指す者にだって家族持ちはいる。が、連れ歩いて支部に来る者は少ない。お世辞にも、子供にいい影響を与える場所ではないのだ。
普通だったら仕事中は家に置いてくるか教会主催の学校にでも放り込んでくるものなのだが。
「………む」
ギーヴレイとしては、あまりシーナを一人にしておきたくない。勝手知ったる村とは違い、ハーヴェイ市ではまだ彼女はほとんど余所者同然なのだ。しかもシーナは好奇心が強い。村と違って変化に富んでいて刺激的な街で目を離すと、興味の赴くままあちらこちらを歩き回って迷子になる可能性は非常に高かった。
試験内容には大した危険を感じなかったので…普段の魔獣狩りの方がよっぽど危険だ…一緒に連れて行こうかと考えていたギーヴレイだったが。
「まさかそんな小さな子を連れて行くつもりじゃありませんよね、メルディオスさん」
「………む」
受付嬢に先んじられてしまった。
別に受付嬢の言うことに従う必要などないし言いなりになるつもりもないのだが、そう言われてしまうと連れて行くのに躊躇を感じる。幼子には僅かな瘴気も命取りになり得るし、それ以外にも毒の沼地には触れるだけで肌が焼ける毒草や刺されると酷く熱の出る毒虫も多い。
しかし置いていくにしても一人にしておくのは不安。とは言え預けておける先もない。
ギーヴレイが悩んでいると、横から助け船が。
「もし良かったら、試験の間はボクがシーナちゃんを見てましょうか?」
「…………………」
一緒に来た覚えなどないのに、いつの間にか勇者ライオネルがそこに。
気配を消していたのだろうか、受付嬢も声がするまで彼の存在に気付いていなかったようだ。
「え、あ……ゆう、じゃなくてライオネル様!え、もしかしてお知り合い…ですか!?」
その慌てようといい興奮具合といい、受付嬢はライオネルの正体を知っている。勇者であると同時に第一等級、則ち最上位の遊撃士である彼はギルドでもさぞ有名人なのだろう。
行く先々で自分の前に現れる勇者が気色悪いが、その申し出もさらに気色悪い。
「何故貴様がそこまでする?何か企んでいるのではないだろうな」
「いやだなぁ、立場上、小さな子供が困ってるのを見過ごすことなんて出来ませんよ。まだシーナちゃんを預けられるようなツテはないんでしょう?っていうか、ここで個人的な知り合いって僕だけじゃないですか」
勇者を知り合いだと認めるのは業腹だが、反論は出来ない。しかも、肝心のシーナが
「あ、おにぇちゃん、こんにちわ!」
「はい、こんにちは、シーナちゃん」
……ライオネルに懐いてしまっている(それはそれで面白くない)。
「シーナちゃん、ギィお兄ちゃんはちょっとお仕事だから、その間は僕と一緒にお留守番していようか」
「ギィ、おしごと?」
シーナの訴えかけるような上目遣いが突き刺さってくる。この、喉元に走る痛みは何なのか。
「……シーナ、おるすばん?」
もしかしたら、「お引っ越し」によってこれからはずっとギーヴレイと一緒にいられると思ってしまったのかもしれない。ここ数日は、偶々とはいえ魔獣狩りに出ていなかったので、そのせいもあるだろう。
「……む」
ここはどう答えるべきか。いや、事実を伝えるのは容易い。生活の拠点と糧を得るために労働は必須で、その場にシーナを居合わせるわけにはいかないから留守番をさせる。ただそれだけ。今までだって、同じことをしてきたのだ。今さら気後れする必要など……
気後れ…なのだろうか、これは。
「シーナちゃん、ギィお兄ちゃんはね、これからシーナちゃんとここで暮らすためにお仕事しなきゃいけないんだよ。すぐに帰ってくるから、その間ボクと一緒に待っていよう?」
「…………………うん、分かった。おにぇちゃん、いっしょにいてくれる?」
「うん、もちろんだよ。何して遊んでよっか」
……面白くない。ギーヴレイは、何やら非常に面白くない。
シーナの説得を勇者などに任せてしまったのも面白くないし、勇者に頼るしかないという状況も面白くない。
それらは全て自分の都合、自分の至らなさ故であるため認めるしかない。しかしながら、シーナがやけに勇者に懐きそれを頼りにしている様子なのがこれまた面白くなくて、その理由が分からなくて、そんな自分がますます分からなくて、ギーヴレイは密かに混乱していた。




