第一話 プロローグ
“世話焼き魔王の勇者育成日誌。”、“魔王子殿下は一途であらせられるので。”に登場する魔界の宰相さんのお話です。
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「ギィ、あれ何?」
幼い少女が、空を指差して言った。
問われた男も視線を上げて、遥か上空を舞うそれを見る。
「あれは…大風花鳥だな。自ら飛行する能力を持たぬゆえ、ああして上空を流れる気流に乗って長距離を移動する渡り鳥の一種だ」
「……ふぅん?」
男の説明は、無邪気で単純な少女の問いに対するものとしては些か堅苦しいものだった。が、男としては意地悪をするつもりで小難しいことを言ったわけではなく、ただ己の庇護するその娘に正確な知識を与えてやりたかっただけなのである。
少女は、それ以上の説明を求めなかった。無言のまま、空を悠然と舞うように進む巨大な影を見つめ続ける。その横顔に、知らない世界に対する希求のような光を男は見て取った。
不意に、強い風が吹いた。厳しさの中に一片の穏やかさを隠し持った風が。
春が、すぐそこまで来ていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
もうこれで、何度目の朝日を迎えたことだろう。
森の外れの草むらで仰向けに寝っ転がり、男は黄金色に煙る朝焼けをぼうっと見ていた。
既に起き上がる力は残っていない。気力の方は、体力よりも先に尽きている。最早、自分に関する全ての欲求は消え失せて、彼はただこうして静かに終わりの時を待つばかりだった。
彼は、咎人だった。それは他の誰よりも彼自身が最も強く自覚していることであり、例え他の誰がそれを否定したとしても彼自身が己を赦すことはない。
…それでいい。
大恩ある主君に背き追放された愚かな我が身の結末としては、こんな惨めな姿も似合いというもの。こうして、誰に看取られることなく静かに朽ち果てていく最期は。
主君が自分の死を知ることはきっとないだろう。世界の片隅のうら寂しい地で一人旅立つ彼の最後の姿を見ることもないだろう。
それが、彼にとっては何よりの救いだった。
気だるさを一杯にまで凝縮したような倦怠感に、空を見上げていた視界が霞む。
そろそろ頃合いかと、彼は逆らうことなく穏やかな気持ちで目を閉じた。
意識が闇に沈む直前。
何処からか、草を踏む音が聞こえてきた…ような気がした。




