裸でごめんね?
――それから三分後
ユリカは逃げるように空を飛んでいた。
『ぐへへっ、性感エネルギー大量ゲットゲローっ! あの人間、この先一ヶ月間は勃たないでゲロなーっ!」
「そ、そんなぁー、ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!」
耳まで赤く染めて両手で顔を覆っていたユリカは、看板の裏で呆けた顔で倒れている青年に向かって手を合わせた。
彼女は新社会人になって一年目。まだまだ多感な年頃なのである。
「でも、……恨むならあいつを恨んで!」
ユリカは空を睨み付ける。
昼間でも光る雲のように見える彗星は、宇宙からの侵略者を連れてきた元凶だ。
ユリカは奥歯をかみしめ、股に挟んだステッキをぐっと握りしめた。
『ユリカいけない! その怒りの感情は、性感エネルギーの損失に繋がるゲロよ!』
「うるさいうるさいうるさーい! そもそもゲロちゃんもアイツらと同じ宇宙人でしょ? 地球人の私に頼らず宇宙人は宇宙人同士、自分の力で戦いなさいよーっ!」
『無理ゲロよーっ、今のボクにはエネルギーを蓄える力はないゲロ! 最初に言ったはずゲロ、ボクはキミが集める性感エネルギーだけが頼りなんだゲロー!」
「なら、もっと私を褒め称えなさいよっ、こんなにがんばってる私を、もっともっと褒め称えなさいよーっ……ううっ……私……毎日毎日……精一杯頑張っているのに……みんなが私のこと新米新米ってバカにして……ううっ」
『ゲロゲロ……キミが職場で辛い目に遭っているのは分かったゲロよ。でも、今はキミたち人類の運命をかけた戦いゲロ。ここは一つ、前向きになってもらえるとありかがたいゲロよ?』
急に優しくなったステッキの言葉を聞き、ユリカの感情は少し回復した。
だが、怪獣がこちらを見上げ、大山椒魚のような大きな口がパカッと開くのを見たとき、自分が笑われたようにユリカの目には映ってしまった。
「くっ――」
『だから、その感情は――』
ステッキ後方の噴射口が火を噴く。
ユリカはステッキの警告を無視し、怪獣へ向けて急降下していく。
ステッキを股から引き抜き、頭の上に振りかぶると、はち切れんばかりの胸がプルンと揺れる。
噴射口からピンク色の光が伸び、巨大な剣の形になっていく。
「Lv2ユリカの必殺技、愛の剣アターック!!」
ビジネス街一帯は、光と水しぶきに包まれた――――
警察が現場にかけつけた時にはすでに怪獣の姿は消えていた。
事件の目撃証言には事欠かないものの、人々が撮影した写真や動画には怪獣の姿は映っておらず、やや粘り気のある透明な液体が周囲に飛び散っている状況だけが現場に残されているだけである。
怪獣に恐怖の感情を吸い取られた被害者たちは意識を取り戻した。
学習塾の看板の裏で寝ていた青年も、無垢な少年のようなすがすがしい表情で立ち上がる。
怪我人が救急隊員により次々と運ばれていく。
ガラスの破片が飛び散った道路と大きな陥没。そして多くの怪我人。
今回の事件は、昼間のオフィスビル街に隕石が落下した大事故として処理されていくのだろう。
ただ、人々の撮影した写真には、紫色のコスチュームを着た女の姿はしっかりと残っていた。
そして、本人が自身の名前『ユリカ』を連呼していたことにより、彼女のウワサはさらにSNSで拡散されていく。
▽
ここは緊急車両のサイレンが鳴り響くビル群からは少し離れた公園の駐車場。
ツンツン頭の茶髪の男子高校生が、赤い軽ワゴン車にもたれかかっている。
近くの茂みでガサガサと音がすることに気づいた彼は、学ランのボタンを外しながら音の方向へ歩いて行く。
茂みの中にユリカこと、米澤友梨香が全裸でしゃがみ込んでいた。
「み、見ないでぇー」
「お前の裸などに興味はネェー!」
男は学ランを友梨香に投げつける。
だが、裸に興味がないというのはウソである。
友梨香から視線を逸らした彼の顔は、ほんのり赤くなっていた。
「まったく、毎度毎度無茶しやがって……お前は教師であることがバレたら学校をクビになるんだろ?」
「だって……だってぇー、私が戦わなければ地球は滅んじゃうんだもん!」
友梨香は学ランで裸体を隠しながら、しょぼんとした表情で立ち上がる。
「地球の心配より自分の心配をしろ! お前が学校をクビになったら、俺も退学になっちまうんだからな!」
「うん、ごめんね幸村君。いつも心配かけて……」
「だから、お前の心配はしてネーから!」
くるっと背を向けて、駐車場へ戻っていく幸村の後を、友梨香はトコトコと付いていく。
すると彼の耳に光る物が付いていることに気付いた。
「あ、幸村君、またピアスつけているの? それ校則違反だから――」
「うっせーっ、何も身に付けてないヤツに言われても、まるで説得力がネえーっ!」
「ううっ、それもそうだよね……でも先生だって好きで裸になったんじゃないよ? 怪獣を倒してここに戻ってくる途中で、ゲロちゃんの魔法が解けちゃったからなんだよ?」
ゲロゲロ――
友梨香の足元には、背中にイボのある殿様ガエルがペッタン、ペッタンと付いてきていた。
学ランを羽織った友梨香は、肩を抱く手にギュッと力を入れる。
初夏とはいえ、今日は少し肌寒い。
「あ、エンジンをかけて車の中を暖めてくれていたんだね? えへへ……幸村くん、なんだかんだいっても、先生に優しいよね?」
「うっせぇー! 早く服を着ろ! うだうだしてると、また職質されるぞコラァー!」
バタンとドアを閉め、ボンネットに背中を付けて腕組みをする幸村。
こんなこともあろうかと、後部座席に入れておいた着替えをごそごそと取り出しながら、友梨香はくすりと笑った。
それからしばらく経って、赤い軽ワゴン車は国道17号線を北上して行った。