現地調達
『三体目の敵ともなると、さすがにこれまでの勢い任せの攻撃では歯が立たなくなってきたゲロなー!』
「あ、あんたが勢い任せ言うなぁー! 私はゲロちゃんの指示に従っているだけなんだからね?」
『ゲロゲロ……』
まるで他人事にようにしゃべるステッキに、ユリカは強く抗議した。
今の彼女には観衆に笑顔を振りまく余裕などは皆無なのだ。
怪獣を一撃で倒すつもりが失敗し、おまけに身バレの危機に直面しているのだから仕方がない。
だが、怪獣の様子を見てみると、それなりのダメージは与えることができていたようで、その巨大な身体をぶよぶよと震わせて、なんとか元の形に戻ろうともがいているようだった。
ユリカは少しホッとした。
『いいかいユリカ。早い段階でこちらの手の内を晒すことは得策ではないゲロよ。実際、あの怪獣は過去二度のユリカの攻撃技に対する防御法を学習してきたゲロよ……』
「うっ……と、いうことは……残りの五体はこれからどんどん強くなっていくということ?」
『ゲロゲーロ、安心するゲーロ! こっちもそれに合わせてレベルアップすれば良いだけのことゲロ! 学習してレベルアップするのはキミたち人間の得意技だろう? さあ、唱えろ! レベルアップの呪文を!』
「うん、わかった。やってみるよ私!」
ユリカはステッキを握り、すっくと立ち上がる。
本来彼女は、おだてに乗りやすい性格なのだ。
『あっ、ちょっと待て! キミの胸を見るゲロ!』
「え、胸? わわっ! いつの間にか元のサイズに!?」
黒いエナメルビキニがはち切れんばかりだった豊かな胸が、Aカップサイズに戻っていた。
「ふえーん、悲しみ~」
『いや、問題はそこではないゲロ! キミの胸はエネルギーの貯蔵タンクなんだゲロ! それがもう底を尽きかけているんだゲロよ!』
「なんでぇー? 前回はこんなことなかったのにぃー!」
『キミがさっき、屋上で駄々をこねていたからゲロな。その間にも言葉による呪縛はかけ続けていたゲロ。それが相当のエネルギーの無駄遣いになってしまったゲロな』
「くうーっ、私の……せい……なのね?」
ユリカはアスファルトの路面に膝をつき、手をついてうな垂れた。
ステッキは寄り添うようにくゃりと曲がり、ユリカの横顔をのぞき込む。
「あの……ゲロちゃん? 私、すごーく嫌な予感がしているんですけど?」
『ゲロゲロ! 現地調達ゲロ!』
とたんにユリカの顔がさーっと青ざめる。
「現地調達なんて無理ぃー! こんな大勢の前で私にアレをやれっていうの!?」
『地球を救うために、いつやるゲロ?』
「今でしょーっ! ううっ……、私の尊敬するあの人のモノマネをこんな場面でさせないでよー」
涙目でステッキに苦情を言いながら、しぶしぶ観衆に目を向けるユリカ。
観衆は皆、心配そうにユリカを見ていた。
ステッキの声が聞こえない観衆からは、先ほどからユリカが一人でしゃべり、ドタバタと動き回っているようにしか見えていなかったのである。
だが、追い込まれた時の彼女は、通常の三倍のスピードで気持ちを切り替えることができる。
つい先ほどまで涙を滲ませていたユリカの目は、すでに獲物を狙う鷹の目になっていた。
ターゲットをロックオン。
腰を振りながら群衆に向かっていく。
「ねえねえー、おにーさんにはぁー、いま付き合っている彼女とかいるのかな?」
声色を変えて、濃艶な微笑みを浮かべつつ、一人の青年に向かって話しかける。ユリカの得意技、破れかぶれだ。
鼻筋の通ったイケメン顔の青年は、ぶわっと頬を赤らめ首を横に振った。
「そっかぁー、それならよかった♡ ユリカ嬉しい! うふふっ……」
青年を手招きして、学習塾の看板の裏へと誘う。青年は吸い寄せられるようにユリカについて行く。
二人が観衆の死角に入ると、ユリカは青年の肩に手を掛け、ダンスのような華麗なステップで青年の背後にまわり、その背中に自分の慎ましい胸を押しつけた――