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氷天の禊  作者: ラキ
ボーダー奪還戦
9/31

ペンタス・グレア

 日が暮れて少し経った頃。ニックスは宿の部屋から空を見ていた。そしてそれと同時に親友の言葉を思い返していた。


 「俺はもう逃げない。この手で掬えるものは全て掬いとってやるんだ」


 俺とは真逆だ、と彼は笑った。彼ができることは壊す(・・)ことだけだから。


 彼はわざと一人で世界に名を轟かせた。名はもちろん、顔、特徴、果ては能力まで知られている。もちろんそうまでするのは理由がある。全員が名を隠そうとすれば必ずぼろが出る。だから一人で引き受けたのだ。......彼は頻繁に様々な人に話しかけ、関わってきた。それ故にか他メンバーのことは殆どバレていない。目立った行動をしたメンバーは別だが。


 それでもチームの中で唯一世界に名を、力をさらけ出し、悪名を一身に受けながらも人を救いゆく。その覚悟に安心した反面、寂しさもあった。自らの意思を曲げない強い心に対する嫉妬だろうか。ニックスは『情けないな、俺は』と呟いた。


 「そんなことねーだろ?」


 窓の外から声がした。屋根から部屋へと降りてきたレンは彼の目を真っ直ぐと見つめた。


 「俺たちは強い。心も体もな。お前だってそうさ。現に俺らを何度も何度も助けてくれたろ?」 


 その言葉に彼は恥ずかしくなって目を逸らす。


 「相変わらずだな、本当に。……いや、ありがとな。」


 「なぁ、しばらく話さねぇか?久しぶりだしさ」


 「うん。そうしようか、レン」


 彼の視線。それが変わらないことにニックスは安堵していた。

 




 次の日。一行とレンは車で砦へと移動していた。


 「あ、あれがボーダーってのか?砦にしては大層なこったな」


 レンが朝から元気そうに言う。......確かに一般的な砦より強固な守りになっている。遠目からでも分かるのは3

つ。大がかりな詠唱を含む魔法攻撃をも無効化させる抗魔壁。二重の堀。そして高い高い本棟。ここを落とすのは本来なら数千人は欲しいところだろう。


 「まあそうね。それでこの時間には......」


 砦から1キロほど離れた平野で数百の兵が訓練をしている。残りは砦の中だろう。


 彼らの策はこうだ。レンとニックス、二人が訓練中の兵に襲いかかり、できるだけ早く数を減らし増援を呼ばせる。手薄になった砦を後の三人が落とそうというものだ。さすがに全ての兵を外に引っ張り出すことは出来ないだろうが、そうするくらいの気持ちで暴れ回るのだそう。


 砦を落とす三人の中にはアランがいる。彼が索敵することで待ち伏せを見破ることも容易になるだろう。連携すれば多少の兵はわけない。トップを狙う際も三対一に持ち込めば負けはしないだろう。



 「んじゃ、行ってくるか。おい、ユキ」


 「ん、あぁ」


 ニックスはレンに短剣を4本渡した。それを持ったレンは訓練中の所へと歩いていった。


 「おい、あいつは何をする気なんだ?」


 アランがニックスに問うた。彼は悪い笑みを浮かべて言った。


 「とりあえずお前らは移動しときな。……なぜ俺達が驚異として認識されているか。それの一因はアイツがいるからだ」



 「どーも兵士の皆さん。訓練に精が出てますねぇ」


 レンは大きく声を上げた。当然ながら兵からの注目を集める。


 「ん?兵じゃないみたいだし迷子か?」


 一人が心配気に話しかけてくる。


 「あー、迷子じゃないぜ。……あの砦を落としに来た」


 それを聞いた兵たちは笑い始める。とんだ冗談を言う小僧がいたものだ、と。


 「魅せてやるよ、『ペンタス・グレア』を。......悪いけど邪魔だ」


 唐突に近くにいる兵士が首を残し地面に埋まった。兵達は目を見開き、仲間たちの首を見て呆然としている。


 「な……何が起こって……?」


 「俺の名はレン・ウツギ。こう言えばわかるか?」


 その名を聞くと一人の兵が腰を抜かし座り込んだ。


 「その名前……もしかして禊のエース(・・・・・)か……?」


 兵たちはざわめき始め、それと同時に武器をとり始める。剣を抜いた者は前へ、銃を抜いた者は後ろへと移動していく。


 「……相手は一人だ。速攻でやるぞ」


 戦闘態勢に入った奴らはいっせいに攻撃し始めた。それと同時にレンは一言。


 「んじゃあやるかな」


 その声と同時に地面から無数の蔦や木が飛び出してきた。


 レンは一歩たりとも動くことなく、兵を絡めとり地面に叩きつける。銃弾は木の幹に包まれ勢いを殺される。次々と兵たちはなぎ倒されていった。


 「よし、下がれ!」


 ある兵の手から炎が飛び出し、蔦を焼き切っていく。火属性を操るメイジだ。それを見たレンはその兵へと短剣を投げた。それを片手の剣で防いだ奴はレンへお火球を飛ばす。



 その瞬間、手首が飛んだ。標準が逸れた火球は空へと飛び、霧散した。手首を押え呻いているメイジに向かい、現れた少年が彼の胸を貫いた。


 「ねぇレン、他のはどこにいる?」


 「5時の方向に一人と9時の方向に二人。頼んだぜ、ユキ!」


 ニックスは言われた方角へと駆けていき、一際強い魔力を持つメイジへと襲いかかっていく。


 一般兵は次々と蔦にからめ取られ地面に埋められていく。身体能力が高くそれを避けようものなら無数のそれが襲いかかり四肢を縛られてしまう。そこまで含めて対処できるのはメイジか一部の精鋭のみだ。


 増援を呼んだようで砦の方から今まで戦っていたのと同じくらいの数の兵が迫ってきた。今度は戦車や大砲を持ち出しているようだ。


 突然兵達がレンから離れる。その次の瞬間、遠くから砲撃音が響いた。飛んでくる砲弾を彼はただ眺めている。


 彼らは勝利を確信した。そして……奴が手を挙げた時だった。


 地面から尋常ではない速さで伸びた木の幹が砲弾を受け止め、包み込んだ。内側からはこもった爆発音が響くだけだった。


 兵達は戦慄し、絶望した。砲撃すら容易く無効化してしまうほどの相手。自分達でどうすることも出来ないと。なおも蔦は無情にも膝から崩れ落ちた彼らを捕らえ、地面へと引きずり込んでいく。


 完全な死角から狙撃しても、何故だか樹木に阻まれてしまう。そしてゆっくりとレンが振り向き「残念でした」と笑った。


 

 彼は目が良い(・・・・)。単純な視力に加え銃弾すら視認するほどの動体視力、そしてそれを最大限に活用出来る反応速度も併せ持つ。それにほぼ全面にも及ぶ視野の広さが相まり、混戦において彼は無類の強さを誇るのだ。


 相手側の使い手も次々と魔法を飛ばし、攻撃を仕掛ける。しかし攻撃まで行き着くことも難しく、放てたとしても大木に阻まれる。そして次の瞬間には──────。


 相手のメイジも決して弱くない。それにも関わらず次々と屠られていく。最大の理由として彼ら帝国軍のメイジは

一体一に向いていない。対軍性能へ特化されており攻撃範囲、威力が高い代わりに精密性、発動速度に難がある。本来は前で食い止めているあいだに詠唱し、敵を殲滅するはずだった。だからこそ彼らのような飛び出た個(・・・・・)がこれ以上ないほどに刺さっていた。


 高火力、広範囲の魔法を発動するには相応の時間、集中力、それを扱い切るだけの精神力は必須だ。


 レンが兵の殆どを戦闘不能にし、ニックスは相手が魔法を発動しようとするのを視界の端に入れるや否や氷の弓で狙撃し、屠る。そしてメイジという主戦力を失い困惑する兵達をレンの蔦が絡めとっていく。


 片や変幻自在の武器を扱う少年。片や圧倒的殲滅力を持つ少年。千人を超えるほどの数を誇る軍勢はたった二人相手に壊滅していた。



 フードを被ったそれ(・・)は突然やってきた。そいつは高速でレンに駆け寄り、服で包まれた何かで殴りつけた。……しかしそれはニックスによって受け止められていた。


 「こいつ貰ってくぞ」


 「あぁ。任せたぜ、ユキ!」


 そいつは舌打ちをし、彼から飛び下がった。ニックスは棍で殴りつけるも、服から出てきた流体に受け止められる。


 「水銀……いや、何か違うな」


 #それ__・__#は変形し、ニックスの腕に絡みつき、地面へと叩きつけた。彼は氷の盾で衝撃を和らげると、弓で首筋を狙い撃つ。すると流体金属は彼から離れ、矢を包み込むように受け止めた。


 「いつだかにネロが読んでたっけ。司鉄(してつ)。金属を魔力で流体化させたものだったか」


 「賊にしては随分と勉強してるな、貴様」


 「口開いて一言目がそれかよ」


 ニックスは棍の先端に巨大な氷塊をつけ、再び叩きつけた。司鉄は受け止めきれず歪み、仕舞いには崩れてしまった。飛びずさったそいつは手首をくいっと回した。それと同時に死角に回り込んでいたそれがニックスの脇腹へ突き刺さった。


 「腹に風穴でも空けてやろうと思ったが……良い勘だな」


 「……そーだな」


 そいつの背後からニックスの声が聞こえてきた。そいつが振り返った時にはもう遅かった。彼の棍が腰を薙いだ。


 鈍い金属音がした。司鉄に受けられた時ともまた違う音だ。着地した奴は耳に手を当てている。何かしらの連絡が入っているようだ。


 「撤退命令か。仕留められなかったな……次こそは貴様を殺してやる。ニックス・フェンリラ(・・・・・・・・・・)


 奴は腰を抑えながら憎らしげに言い、司鉄をばねのように使い飛んでいった。ニックスはただ見ていることしか出来なかった。


 「……なんで俺の名を知ってんだ?」

 

 少し遡り、砦の内部にて。三人は残った数少ない兵を次々と無力化させていき、順調に進んでいく。そしてトップのいる場所からはまだ少し離れた、砦中層部にて。


 「……あいつら、噂通りアホみたいに強いな」


 「えぇ。本当に味方で良かった!」


 リオ達が走っていくと、大広間に出た。辺りには鉄骨やガラクタが転がっている。不思議そうに見回していると、轟音と共に天井を破り何かが落ちてきた。


 「まさか……もうお出ましみたいね」


 リオは二人に視線を送り、剣を抜いた。




 「……っあー。面倒なことしてくれたなぁ、騎士団さんよ。『禊』のガキ共に頼ってそこまで堕ちたか?」


 ゆっくりと立ち上がった彼女は……帝国軍の精鋭、カルミナ・テストード。彼女はその薄紫色の髪をかきあげ、天井の瓦礫に手をかざした。瓦礫は細かく分解され、半分ほどの粉が集まり長剣を作り出した。



 「三人がかりなら勝てる、とでも思ってるみたいだがな。あたしはそんなに甘くねぇぜ?……皆殺しにしてやるよ……!!」

 

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