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氷天の禊  作者: ラキ
ボーダー奪還戦
8/31

テルミーヌ

 日が昇りきった頃。一隻の船が港に入ってきた。


 本来必要なはずの入港許可証は要求されず、人は下り、積荷は運ばれていく。


 ここは帝国と王国の境目。奪い奪われるうちにどちらの法も届かなくなった街、テルミーヌ。



 「やーっとついたね」


 リオは船を下りるとうんと伸びをした。


 「とりあえずここで俺の仲間と合流したいんだけど」


 「店やってるんでしょ?そこまで案内してよ」


 ニックスは頷き、一行は歩きだした。



 「おい、ニックス。今から会うお前の仲間、どんな奴だ?」


 アランが歩きながら聞いてきた。


 「そうだな。……レンってアホとネロって目隠れ、あとはガルムって脳筋がいるはず」


 「……そういうことを聞きたいんじゃなくてな……」


 「まぁ会えば分かるよ。ここ真っ直ぐ行けばすぐだから」


 ニックスが指差す方向を見て三人は驚く。


 「ここって……裏路地にあるの?」


 ユリが怪訝そうな表情をする。それもそのはず、最前線であり無法地帯のこの街だ。その裏路地ともなれば面倒事に巻き込まる確率は格段に上がる。


 「あぁ、確かに裏路地だけどネロの店は結構平和だよ。安心して大丈夫さ」


 ニックスは余裕そうに言った。




 「……で、ここがその店」


 小綺麗で小さな店を指さした。


 「今更だが入って大丈夫なのか?罠でも張って俺達を拘束する気かもしれない」


 アランが疑いをかける。


 「確かに可能性は無いわけじゃないけど……」


 ユリがアランを宥めに入った。


 「それでも、分かってるだろ?俺達に……いや、リオに後は無いんだ」


 そういう彼の顔はいつになく曇っていた。



 「……あ、ユキ兄!?おーい!」


 少し遠くから買い物袋を持った黒髪の少女が手を振ってくる。


 「……ニックスの仲間?」


 「あー、あれがガルムだ」


 「脳筋の?」


 「そう、脳筋の」


 「いやいや脳筋じゃねーっスよ!そんな根も葉もない噂流すのやめて欲しいっス!」


 ガルムは走ってきて文句をたれる。


 「……こいつが罠なんて張れそうに見えるか?」


 ニックスはガルムを指さし、アランに聞いた。


 「……はぁ。わーかったよ。とりあえず信じる」


 「ありがとな。……ガル、買い物帰りだよな?」


 「っス。とりあえず入りましょ」


 ガルムは扉を開き、中へ入っていく。4人もそれに続いた。



 「あ、ガルちゃんおかえりー。ってあら、ユキくんもう来たのね」


 青く長い髪で右目を隠した少女はガルムから袋を受け取ると一行を席に座らせた。


 「初めまして、あなた達がユキくんと砦を落とそうって人達ね。っとと、私はネロ・ソーサラー。それでこの子はガルム・フィート。あと1人は……まだいないみたいね。後で紹介するわ。今日は貸切にしてあるから、ゆっくりしていってね」


 奥から出てきた店員が皆の分のコーヒーを置いていった。


 「ありがとね」


 「いえ。ネロさんも積もる話もあるでしょうし、ゆっくりしててください」


 

 そして三人も名乗った後、ネロはゆったりと聞いた。


 「ユキくん、どこまで話してあるの?」


 「んー、とりあえず一通り?」


 ニックスは適当な返しをする。


 「ま、いいか。……みなさんもそんなに警戒しないでください。そんな罠に嵌めようだなんて気はありませんよ」


 「……聞いてたんですか?」


 リオが恐る恐る聞いた。変わらずネロはニコニコと笑顔を崩さない。


 「盗み聞きなんてしてませんよ。視線、顔色、表情……それに今の状況を考えればそれを疑うのも無理はないかもでしょうしね」


 「そんなことはいいからさ。レンは今どこいるんだ?」


 そのニックスの言葉を聞くとネロは頬杖をつきため息を漏らした。


 「それが分からないのよね。ま、彼のそういうところはあなたも分かってるでしょ?」


 

 勢いよく扉が開いた。入ってきた栗色の髪をした少年は一行の方を向いた。そして彼は紫色の毛先を靡かせ歩いて

くる。


 「よぉ。待たせたか?ユキ」


 「いーや?今来たとこさ」


 そう言うと彼らは拳を合わせあった。


 「んで、あんたらがお仲間さんってワケか。俺はレン・ウツギ。よろしくな」


 「手配書と同じ顔……本物みたいね」


 「そうだな。指名手配されてるってのに堂々としてやがる」


 リオとアランは再び警戒を強める。


 

 「……ねぇ、私の事覚えてる?」


 ユリがレンに向かいか細く聞く。


 「ん?んー……ごめんわかんねぇや」


 「ユリよ。ユリ・ムツキ」


 レンはその名を聞きしばらく固まり、それに気づき驚いた。


 「あ……お前ユリか!懐かしいなぁ!」


 「え、知り合いか?」


 ニックスがレンに聞く。


 「ああ。妹のアキの友達だ。......いや、近所のお姉さん?まあ何でもいいや。それにしても懐かしいな。何年ぶりだっけ」


 「六年ぶり。アキ、すごい心配してたのよ?」


 ユリはいつになく砕けた様子で話す。


 「まーそのうち帰るさ。んでユキ。砦攻めんだろ?何時に出る?」


 レンはとても軽く進めようとする。


 「お前なぁ、そんなピクニックに行くように砦落とせたら苦労しねぇよ」


 アランが呆れたように言った。本来少なくとも数百人は要する砦落とし。それを数人で行わなくてはならないと言うのに。


 「なぁ、なんでお前ら三人でカルミナだけ(・・・・・・)やればいいって言ったかわかるか?」


 ニックスはひどく落ち着いた様子で続ける。


 「砦を攻め始めたら必ず増援が来る。帝国軍はそれを含めた戦力で大凡千いたら多い方か。それでもレンに歯が立たないんだ」


 「……いくらメイジったって体力の消耗もあるしそれは無理なんじゃないか?」


 「普通ならな。今回の場合10人はいるであろうメイジを俺が、その他の一般兵を全てレンが相手できる。こいつの戦力を甘く見ない方がいい。アホだけど」


 「アホてお前……まぁそんなに気にすんな。あんたら三人に大将首はやるからよ」


 レンはそう言うと席を立ち、リオの近くに寄ってきた。そして彼女の目を見つめながら言った。


 「それにしてもあんた別嬪さんだな。今度お茶でも......」


 言いかけたところでネロが頭をひっぱたいた。


 「レン、時と!場所を!考えて!」


 ネロがものすごい迫力で凄む。


 「ごめんて......ま、今度暇があれば遊ぼうよ」


 呆然としているリオを他所に、レンは荷物を担ぐ。


 「ま、俺はふらふらしてるから。出発する時呼んでくれ、ユキ」


 そう言うと彼は扉を開き、店を出ていってしまった。



 「……なんか嵐みたいな人だね。突然入ってきて、好き勝手暴れて帰っていく。そんな感じに見えたよ」


 リオはふふっ、と笑っていた。


 「飄々としてるようで、ちょっとバカで、軽薄で、そのくせ変なところは真面目でね。彼、面白い人でしょ?」


 ネロもくすくすと笑っている。心無しかさっきより表情が柔らかい。


 「所構わずナンパする癖、相変わらずだな。アイツらしいけどさ」


 ニックスはどこか安心したように呟く。


 「でも、危なっかしさは何も変わってないわ」


 ネロはどこか少し寂しそうに言う。


 「っとと、ごめんなさいね、身内の話ばっかりで。……ねぇ、隊長さん?」


 「な、なんでしょう?」


 リオは少しおどおどしている。



 「あなた、魔法についてどこまで知ってる?」


 「え……質問の意味がちょっと……」


 彼女は困惑し続けている。唐突に言われることにしては確かに意味が掴めない。


 「本来メイジは少し強いだけの兵力として数えられる。隊長、エース級でも百人に寄ってたかられたら無事では済まないとも」


 「えぇ、それが常識として教えられます。それが何か?」


 「疑問に思わない?千人いたとして、10人ユキくんが始末したら残りは990人。それを一人で始末することになんの不安も持っていない」


 「……それほどの魔法の才に恵まれた、という訳ではないんですか?」


 リオは訝しげに問う。


 「そうとも言えるかもしれないけど、それだけじゃないの。……回りくどく言うのは好きじゃないんだけど、もう一つだけ質問させて?魔法はどうやって身につけられるか。あなたはどこまで知ってる(・・・・)?」


 「……長く厳しい訓練で使えるようになる。それが唯一の方法だと教えられています」


 ネロはコーヒーの液面を眺めながら目を細めていた。


 「……私達はね、誰もそんな訓練なんてしてないの」


 三人は信じられない、とでも言うように目を見開いた。


 「……え?ならどうして……」


 「魔法はね、心の力である精神力が発露したものなの。あなた達が長い訓練の果てに開いた扉を......私たちは激情に任せて強引にこじ開けた」


 「魔力に慣れてない体にそんなことしたら神経が……!!」


 「ええそう。魔力は神経を通り体に巡る。私の時もそう(・・)だった。体中に激痛が走るの。涙すら出ないほどにね。それと同時に力が湧いてくる。あなた達がゆっくりと、ゆっくりと開いてきた扉を一度に全開にした。だからこそ私達は強いの」


 彼女は尚も穏やかな笑顔で続ける。


 「下手したら手足のどこか、もしかしたら半身麻痺にでもなってたかもね」


 「私達が半開きのままにしている扉を全開にした。だから強い。そういうことですか?」


 「ええ、そういうことね。……中でもユキくんとレン、この二人の精神力は尋常じゃないわ。ヒノくんはよく知らないんだけどね」


 「そうか?」


 ニックスは呑気に聞く。


 「ええ、彼女達にアレ(・・)を見せたら多分、私と同じ感想を持つはずよ」


 「アレってなんですか?」


 そう聞いたユリの問いをネロは「そのうち分かる」とはぐらかす。


 

 「まあ、とりあえず私が持ってる知識は話しておくわね」


 「随分親切にしてくれるんだな?」


 ふとアランはそう聞いた。


 「正直に話すとあなたたちの為じゃないわ。ユキくんやレン、私の仲間の為よ。だから恩に着る必要も無いわ」


 「わかった。教えてくれ」


 「今、どちらの大国もロストテクノロジーの研究に躍起になってるわ。私が得た情報ではまだ何の研究かはよく分かってないけど。それと、幻妖鋼の加工技術も格段に上がっているわ。特に帝国」


 幻妖鋼。高い硬度を持ち魔力を吸収する性質を持つ特殊な鉱物だ。その性質を利用することで日常生活に魔力を活かすことが出来る他、武具や兵器にも転用されている。


 「電磁投射砲を魔力で作動させる研究なら知ってるけど……」


 そう言ったユリに対しネロは首を振った。


 「もっと、もっと非人道的なものでしょう。少なくとも数十人、少年奴隷の死体を発見しているわ。そこまでして研究するもの、完成すれば脅威になる事は想像に難くない」


 ネロはいつの間に寝ていたガルムに毛布をかけながら言った。


 「ええ、頭の片隅に置いておきます」



 「とりあえずの話は終わり。何か聞きたいことはある?」


 「いや、特にはないです」


 「そういえば、みんな年齢いくつ?アラン以外は同じくらいに見えるけど。」


 ネロはコーヒー片手に聞いた。


 それに対しリオは少し遠慮がちに答える。


 「えと……私とユリが20でアランが21です……」


 「え、みんな年上な……なんですか?」


 ネロはむせそうになりながら突然敬語を使い始める。


 「え、ネロさんいくつなんですか?」


 「18……です。ついでに言うと一つ下がユキくんとレンで、その更に一つ下がガルちゃん」


 「なんか……少なくとも年上なのかなと思った」


 ユリが申し訳なさそうに言うのを聞き、ネロは見るからにショックを受けているようだ。


 「なんだろ……私って割と歳食ってるように見えるんだな……」


 ネロは見るからに落ち込んでいる様子。それを見てリオは少し笑ってしまった。涙目になったネロが見てくる。


 「あ、いえそういう訳ではなくて。禊……禊萩のみなさんは世間が言うような残虐非道なテロリスト、って訳じゃないんですね。普通の人と何も変わらない」


 「あー、俺らの噂、尾ひれはひれつきまくってえげつない事になってるもんな。みんな長身ムキムキマッチョだとか。あれはウケたな」


 ニックスは頬杖をつき思い返している。


 「もーほんと……そんなムキムキな人なんて一人もいないのにね」


 ネロは呆れたように言う。


 「言いたい奴には言わせておけばいいさ。その分疑われにくくなるんだしな」



 「それじゃ、そろそろ行きましょうか。日も暮れてきたしね。宿に泊まって明日には砦攻めよ」


 リオが立つのに続き、他のメンバーも立ち上がり店を出ていく。


 「頑張ってね。私はあなた達を応援してるわ。それとユキ。あまり迷惑かけないでよ?」


 「分かってるよ。……そんじゃ、元気でな」


 一行は大通りへと歩いていった。



 「……ネロさん、あの人たちに随分優しくするんですね」


 その店員の問を聞くと、彼女は夕焼けの空を見上げて言った。


 「……どうしてかな。もしかしたら期待してるのかも」


 「何にです?」


 「彼……ユキくんはね、人を導く力があるの。レン、ガルちゃん、ヒノくん、そして私。彼という光が道を拓いてくれた。だから、彼の……彼らの新しい道に気をかけちゃうのかもね」


 ネロは少し困ったように笑っていた。

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