ブルーウォーカー
「捕まってないで遊ぼうぜェ!!」
ロータスの水柱がリオの捕まる壁を襲う。リオは壁から壁へと飛び移るも、再び水柱で狙われる。船長を抱えている今、まともに戦うのは不可能だ。
その時、破砕音が響きシャッターが破壊された。
「あ、やっぱここにいた」
通路から氷のメイスを担いだニックスが出てきた。
「てめっ……そのシャッターは幻妖鋼で出来てんだぞ!?」
「でも境目は違うだろ?」
「それでもブチ抜くかよ、クソが。てめぇ!そこ動いたら女とオッサンブッ潰すからな!」
ニックスに指を指し怒鳴りつける。
「えー……」
「ニックス、お願い!」
リオは通路へと船長を投げつけた。
「ってめぇ勝手なことを!」
ロータスは船長へ水柱を撃ち出す。
ニックスは一足先に投げたナイフに飛び、悲鳴をあげる船長をキャッチした。
「手助けしなくていいの?」
通路に戻ったニックスが声をかける。
「こいつは私がやる。あんたは下がってて!」
「そっか、任せる。んじゃおっさん、飛ぶか」
「え、飛ぶって何を────」
その場から消えた二人を見たロータスは絶句していた。
「てめぇら……ふざけた真似しやがってよォ……いいぜ分かった。てめぇを殺したら船ごとてめぇの仲間を皆殺しにしてやる……!!」
彼は金色の髪をかきあげ、睨みつけた。
「させないよ。あんたはここで倒すからね!」
リオは壁に刺さっていた鉄パイプを引き抜き、破壊された足場へ飛び移った。ボコボコになっているがまだ足場になるだろう。
「袋のネズミって言葉を知ってるか?」
ロータスはニックスが壊した通路に水柱をぶつけ、崩れた瓦礫で塞いだ。
「色々とやってくれたなお前。今度こそ逃がさねェからよ……」
彼は壁際のスイッチを押した。広間に轟音が響き渡る。排水口を塞ぐように壁がせり上がってきた。
「下水っつってもこの水は川の水と変わらない。この街は綺麗な水を川から借りて川に返すんだ」
「いきなりなにを言ってるの?」
ロータスは不敵に笑う。
「今、返すのを止めた。さらにこの部屋は密閉されてる。どうなるかは分かるよな?」
「……まずいね、これは」
「青ざめたな。先に言っとくぜ?ここが水で満たされようと俺は死なねェ。死ぬのはお前一人だけだ。あと数分、
せいぜい命乞いの文句でも考えとけ」
ロータスは高笑いをした。
「死ぬ気は無いよ」
そう言うとリオは水に飛び込んだ。
「俺のステージに自ら入るとはな。気でも触れたか?」
「そんなわけないでしょう?勝ちに来たの」
「ヘェ……やってみろ」
そう言うと彼は深くへと潜っていった。そして声が響いてきた。
「俺の能力、教えといてやるよ。俺の『ブルーウォーカー』はその名の通り水の中を歩む能力だ。呼吸、移動、発声。人間が地上でできることを俺は水の中でもできるのさ」
「ご丁寧にどーも。私の能力は────」
「あーあー、言わなくて結構だ。もう見たぜ?お前が俺の弟分と遊んでるところをな」
「……言わせてくれてもいいじゃない」
リオは小声でぼやいた。
次の瞬間、高速で何かが近付いてくる。とっさに体をひねった直後、少し足を切られた。
「速……っ!?」
身体強化が得意なリオ自身でもこれほどの速度は出せない。
「油断してんじゃねーぞ!!」
再び高速で切り込んでくる。先ほどまで彼が使っていた水柱を放ち、その水流に乗り加速しているようだ。
リオは剣を抜き彼のナイフをいなす。反撃の暇なんて無い。避けるので精一杯だ。
「大見得きっといてその程度か?もう時間ねェぞ!!」
もう首まで水に浸かり、頭は天井についている。リオは大きく息を吸い、水に潜り込む。
「とうとう諦めたか!命乞いを聞けなかったのは惜しいとこだが、これで終わりだ!」
リオはぐんぐんと底へ泳いでいった。
「とどめだ!突き破れ、『ブルーウォーカー』!」
ロータスは再び高速で突進した。リオは彼のナイフを左腕で受けた。血があふれ、彼の視界が少し曇る。リオは剣を膝に突き立て、電流を流した。
「……ってェなぁ畜生!!」
彼はリオを押しのけた。そしてその先には……排水口を塞ぐ壁があった。
リオは剥き出しになっているスイッチを壊した。すると安全装置が作動し、壁が下がり始めた。
「なっ……てめぇなんでそんなこと知ってんだよ!」
焦ったロータスは巨大な水流を打ち出した。しかしその水流は排水口へと流されていく。そして膝を負傷した彼は上手く歩けず川へと流されていく。
「やばっ、このままじゃ……」
リオはすんでのところで彼の手を掴んだ。リオはしっかりと壁に捕まっていた。数十秒経った頃にはほとんど水位がもとにもどっていた。二人は再び現れた足場に上がった。
「……なんで助けた?」
「なにも死ぬことはないじゃない。もし川に投げ出されていたら……」
「足もケガしてたしな。水獣に喰われてただろう」
ロータスはため息をついた。
「……あんたの一撃で片足は使えず、どうであれ命を救われた。悔しいが俺の負けだ。好きにしろ」
彼はうつむきじっとしている。
「……それならシャッター上げてもらえないかな?あとこの後の出港は邪魔しないでね。それから──────」
「殺さないにしても、再起不能にはできるはずだ」
苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
「俺はお前を殺す気でいた。それなのにお前は……なんにせよお前は本気ですらなかったんだろ」
「本気で戦ってたよ。それにね……」
「私は誰も殺さないよ」
「……は?お前兵士だろ?なんでそんな……」
「敵であっても同じ人間なんだしね」
「……そっか。悪い、肩貸してくれ」
ロータスは起き上がった。
「急いでるんだろ?近道教えてやるよ」
「それでそこ、右曲がって突き当たりの階段を上がってくれ」
「うん、わかった」
「……なぁ。あんたはさっき私は殺さないと言った。他の奴が殺してもなんとも思わないのか?あん
たが見逃しても……他の奴に殺されるかもしれない」
「……心は痛むけど、止めることができないの。でもいつか来るよ。誰も血を流さなくていい時代が」
「それをあんたが作ってくれるのか」
「……うん。それが私の夢だから」
それから数分後。リオが船に戻ってきた。
「ただいまー。いやー大変だったよ。」
「おかえりなさい。……ってその左腕。早く出して」
ユリは傷を見るや否やそう言った。
「うん、ありがとうね」
ユリの掌に小さな粘土のようなものが浮かび、傷口を覆う。それは瞬く間に同化し、色も元に戻った。
「……うん、塞がってる。ありがとね、ユリ」
「すごい便利そうな能力だな」
「そうでもないわ。人体修復はすごく燃費悪いし」
船が出て少しした頃。
リオとユリは甲板で風を感じていた。
「ねぇ、ユリ」
「なに?」
「争いって終わると思う?」
「……さあね。この先もニックス達みたいに反旗をひるがえす人も出てくるかもしれない」
「……そっか。そうだよね」
「アランが彼に聞いたんだって。『今まで何人殺した?』って。何人だと思う?」
「30人くらい?」
「478人だって。少なくとも彼はあなたと違って殺しを良しとしている」
「……違うよ。彼は─────」
「どうかしたの?リオ」
「……ううん、何でもない。ちょっと荷物まとめてくるね。着替えてそのままにしちゃってたからさ」
リオは船室へと歩いて行った。
「禊……いや、禊萩、か……」
ユリは青い空を見上げていた。
川の向こう、最前線の街が見えてきた。