教会
スノーリアの街、その中心部。そこには自治区を治めている唯神教の教会がある。
彼らは大地を作りし神へ祈り、現世に平穏を、死後に安寧を求めとされる。……実態としては複数に枝分かれした組織でマフィアに近いものであるのだが。
「司祭はいるか?」
片目に眼帯をした、2メートルを越す大男が門番のひとりに話しかける。門番は彼を見ると震え、後退りしながら答える。
「は、はい。中におられます」
「そうか」
大男は短く言うと、大きな扉を片手でこじ開け、中へ入っていった。
「い、今のは一体……」
腰を抜かし座り込む門番に、もう一人の門番が肩に手を置く。
「そうか。お前は見たこと無かったんだな。滅多に来る人物では無いんだが……何の用だろうか」
大男はそのまま教会へ入り、礼拝堂の奥に立つ一人の男へ声をかけた。
「リーシム司祭」
「これはこれは……イーラ・オルグリア隊長。王国直属の隊長が如何様で?」
司祭は柔らかな笑みを浮かべる。
「……単刀直入に言う。先日キョウを襲撃した子供たちがこの街へ来てはいないか?」
「いいえ。私も、信徒達も見てはいませんよ」
「そうか。その言葉が真実だと良いが」
「嘘など吐きません。神に誓って」
彼は表情を変えずに言う。オルグリアはそんな彼を鋭く睨み、扉へ歩き始めた。
「私は貴様のそういう所が信用ならんのだ」
教会を後にしたオルグリア。すると、外で待っていた一人の兵士が駆け寄ってきた。
「オルグリア隊長。どうでしたか?」
待っていた兵士……リオの問にオルグリアは首を振り、街中へと歩き出す。
リオはスノーリアへ行くというオルグリアに頼み込み、
「司祭は来ていないと。しかし連中の言うことだ、鵜呑みにすることは出来ない」
「私はよく知らないのですが、唯神教はそこまで信用ならないんですか?」
「奴らは欲深いからだ」
「欲深い……ですか?」
「正確には連中の幹部格がそうだ。一人一人が貴族と同じかそれ以上の資産を抱えている。しかし奴らはそれで満足していない」
多くの富を欲する彼らは今も何も知らない街の人々から搾取し続けている。それに不信感を持ち始めた民は直ぐに何らかの理由で街を出ていくか、不運な事故で命を落とすことになる。
こんな状況でも国は彼らを処分できずにいる。下手な行動をして帝国に寝返りでもされたら取り返しのつかない事になるから。
「にも関わらず奴らは白々しく民のため、神に誓ってなどと抜かす。良い印象を持てと言う方が難しいだろう」
「そう……ですね」
「……ブルーム。私は一度街中を見回る。貴様はどうしたい?」
リオは俯き、少し考えた後に真っ直ぐと彼の目を向き直した。
「私は……王子を探したいです。少しでも可能性があるのなら」
オルグリアは小さく微笑み、リオの背中を叩く。
「無駄とは言うまい。何かあれば連絡しろ」
「分かりました」
リオはオルグリアに礼をすると、街中を駆けていった。
「……お前の仇は必ず取って見せよう。マサムネ」
彼は小さく呟き、リオに続いて街中へ溶けていった。
その頃、王都では未だ酔った状態のレペルゼをアストゥが王の前に連れてきていた。
「陛下、連れて参りました。……こんな状態で申し訳ありません」
酔ったレペルゼを見て呆然としている国王にアストゥが頭を下げる。
「……よい。レペルゼ・ダイアード。貴様、何故先の会議に出なかった?」
「あー?めんどくせぇじゃん。俺がいてもしょうがないしな」
「き、貴様……口がなっていないぞ。不敬罪で裁かれたいのか?」
「やってみろよ、オッサン」
「ま、まぁまぁ。……陛下、レペルゼを呼んだ理由、教えて下さりませんか?」
「そうだな。……レペルゼ・ダイアード。今、我が国は危機に陥っている。キョウの陥落した今、禊の次の標的はこの王都である可能性が高いのだ。その中で貴様の力を信用して良いものか、とな」
王はそう言うとレペルゼを強く睨みつける。
「陛下、彼は今まで多くの戦果を挙げています。前線を大きく進めたノースリバーの戦いも彼の存在無くして勝利はありません」
「私はそれを視ていない。それに……飲んだくれで会議にも欠席するこの男を信用しろというのかね?」
「いいぜ。信用云々はどうでもいいが俺の力を疑われるのは癪だ。どうやって試す?」
「……今魔術学院より腕利きが訪れている。彼ら三人を相手にしてみせよ」
「そいつらが死んでも文句言うなよ?……これ持っててくれ、アストゥ」
「はいはい」
上着を受け取ったアストゥはそう言うと後ろへ下がり、壁際に座り込んだ。
「出て来給え」
「はっ!」
王が手招きをすると裏から三人のメイジが歩いてくる。彼らは魔術学院で日々研究をする一流の使い手だ。
「風属性の結界魔法を貼ってある。好きに魔法を行使するがいい。……始めよ!」
「お先、どーぞ」
レペルゼは欠伸をしながら言う。一人の女メイジは彼を見据え、詠唱を始める。
「……祈らざるヒトの巫女、導かざる天の使者。聴きて惑わず、光を追え。蒼電、赫曜、黄閃、翠迅。指差す彼方へ、揺らめき消えよ。『雷迅洸砲』」
彼女の掌より彼女ら自身を埋めるほどの太さを持つ雷の光線が放たれた。
その目が眩むほどの閃光は部屋の外にいるリリーにも分かるほどだ。
「黎岩収束『岩城壁』」
レペルゼの目前の床が急激にせり上がる。そして床の下面に生成された大きな岩が壁となり、雷迅洸砲を完全に防いだ。
「なっ!?私が放つ完全詠唱の魔法をその程度の詠唱で……」
唖然としている女メイジを後目にレペルゼはあとの二人へ手招きをする。
「ほら、次はお前らだろ?早く来いよ。」
二人の男メイジは一瞬顔を見合わせ、同時にレペルゼへと手を向ける。
「吹きすさべ、『天嵐』」
「崩せ、『灰炎』」
片方が放った風が渦を巻き、もう片方の炎が風に広がる。炎を纏った風が結界内に広がり、未だにポケットに手を入れている酔っ払いへと迫っていく。彼は不意に座り込み、地面に手を当てた。
「水土・重唱『水宮壁』」
目の前の岩壁を覆うように大量の水が発生し、彼ごと包み込んだ。ほとんど間を空けずに炎が壁にぶつかり、凄まじい爆発音が響く。結界内は水蒸気に溢れ、外から中を伺うことは出来なくなる。
「なってねぇなぁ……火と風、相性のいい属性を組み合わせるまではいい。だが合わせる魔力量が違えば違うほど合わせる意味自体が薄れる」
「こうやるんだよ」
深い霧が晴れた時。皆の目に飛び込んできたのは一人のメイジが腹部を炎で貫かれた姿だった。
彼は血を吐き、レペルゼが炎を消すと同時に崩れ落ちた。王は目を見開き、突然玉座から立ち上がった。
「こ、此奴は一体……」
信じられないといった表情で目を見開く王。アストゥは彼の元へ近寄り、横目でレペルゼの方を見る。
「彼は火、水、雷、土、風の五属性全てを操ります。更に魔力制御、魔力量共に最高レベルで持っているので、本来複数人で初めて扱える二属性以上の複合魔法を単独で自在に操るのです」
「そんな事が可能なのか?」
「彼だから、です」
本来人間が持つ事のできる属性は一つか二つが限度で、ごく稀に……数世代に一人、三属性を操る者が出るか出ないか、といったところだ。そして適性があったとして、長い期間の修練で一属性をマスターできる環境下で複数の属性を完成させるのは至難の業だ。
「彼は……魔法を一度見ただけで魔力の流れ、性質変化、制御法を理解し、自分のものとする」
「なんと……」
王は力なく玉座に座り直し、口を手で覆った。
「まだ続けるお積りなら、あの場にいる三人の命は諦めてください」
冷たく言うアストゥ。王は暫く考えた後、再び立ち上がった。
「そこまで!医療部隊は負傷者を運べ!」
部屋に王の声が響き渡る。少し遅れて結界が解除され、隆起した地面などは元に戻った。レペルゼは欠伸をしながら王の前へと歩いてくる。
「これで満足か?オッサン」
彼は嘲るように笑みを浮かべる。
「……うむ。貴様の力、しかと見届けた。実力に偽りは無いようだな」
王の言葉を聞くと彼は背を向け、扉へと向かった。
「何処へ行く?」
「用は終わりだろ?好きにさせてもらうぜ」
彼は振り返りもせず扉を開き、消えていった。
「……陛下?」
「これであの性格が無ければな……」
「困った奴です、全く。……では、私もこれで」
アストゥは深く礼をすると部屋から出ていった。
「……アストゥさん」
彼が部屋から出ると扉の横に居たリリーが声をかけてきた。
「ずっと待ってたのか?帰ってて良かったのに」
「別に。帰ってやることもないです」
リリーは素っ気なく答え、彼について歩き出した。
「……あの様子だと上手くやったようですね、ダイアード隊長は」
「上手く……もないかも。王様ドン引きしてたぞ」
アストゥはため息をつき、頭をかかえる。
「成程。この後どうします?」
「一度オルさんに連絡しよう。スノーリアの状況も知っておきたいし」
「了解」
リリーは預かっていた端末を彼へ手渡し、彼はそのままオルグリアへと発信した。
「……あ、オルさん?スノーリアまで行ってるって聞いたけど、今何してんの?」
向こうからは浅い呼吸と早く大きい足音が響いてきている。
「禊のガキ共を探しに来ていたが……直ぐに兵を派遣してくれ、ドレーク。そのガキ共と思しき奴を二名発見した」
「……!?何だって?」
「詳細は後で話す。場所はスノーリア西部の商店街だ」
ブツッ、と通信が途絶える。
「リリー、スノーリア付近の第四駐屯所に連絡してくれ。送る兵数は先方に任せろ」
彼は城内で走り始め、急ぎ外へと向かう。
「アストゥさんは?」
「教会を説得してくる。必ず奴らに許可させる」
「……了解」
リリーは頷くと廊下を駆けていった。




