フリーズ・フレーム
次の日の朝。四人は人知れず列車に乗り、国境付近の川に向かっている。四人は個室に座り、到着を待っていた。
「そいやニックス。君はどこの生まれなの?」
リオの問いにニックスは少し考えて答えた。
「クレールって小さな町だ。聞いたことないんじゃないか?」
「んー……聞いたことないかな。この国の町なんだよね?」
「そのクレールって確か帝国領よね?帝国生まれなのね」
そこを知っていたのか、ユリは意外そうに言った。
「まぁな。その後色々あって5歳くらいからはこっちで育ったけど。裏切りは心配しなくていいぞ、関わりはない」
「とりあえずこれから向かう港町で一晩泊まるから、気になることはそこで聞くわ」
リオは外の景色を眺め、そう言った。
列車に乗り始めて1時間ほど経った。その少し前から列車内で話し声が聞こえなくなっていた。部屋の外、隣の車両へ行っても話し声どころか、物音すら聞こえない。
────何かがおかしい。
「……ねぇ、アラン」
リオが訝しげに聞いた。そして彼もその何かに気付いていた。
「分かってる。後方車両に一つ動くものがある。他のものは何一つ動いていないどころか、誰一人いなくなってる」
「帝国からの刺客か?」
ニックスの言葉に、リオは首をかしげる。
「分からない。でも……味方でないことは確かね」
「でも一体どうやっ────」
ユリの声が途中で途切れ、席に倒れ込んだ。となりに座っていたリオは彼女の姿を見て絶句した。体が変形し、紙のように薄くなっている。
「みんな立って、壁から離れて!」
そう言うとリオは部屋から飛び出し、後方を見渡した。相変わらずの静寂が辺りに広がっている。
「私、ちょっと見てくる!」
後方車両へと駆けていく音が響く。しかし、彼女の足音は早々に小さくなり、ついには聞こえなくなった。通路には紙のように薄っぺらになったリオが倒れていた。その様子を見ていたアランが呟く。
「間違いない。敵襲だ」
「俺が行くよ。お前は二人を守ってろ。後方車両にいるんだろ?」
ニックスは軽いふうに言うとリオをアランに渡し、個室の扉を閉めた。
個室のアランに聞こえた音は一つ。何かが刺さる音だけだった。
「あと二人。監視カメラの映像では一人私を探してるみたいですね」
最後方車両にて、男が呟いていた。周りの乗客はみな紙のように薄くなり、動くこともできないようだ。
「向かってくる一人はこちらで迎えうち、あとの一人は──────っ!?」
氷の矢がシートを貫き男の顔真横に刺さった。
「やっべ、外した。やっぱ難しいなコレ」
氷の弓を携えたニックスは穴の空いた扉を開き、後方車両に足を踏み入れた。
「あんたがメイジだよな?一応聞いとく。あいつら戻してお前どっか行ってくれ」
「無論断ります」
シルクハットをかぶり、コートを着た男はふふっ、と笑いながら答えた。
「なら術者を殺すしかないな」
「やれるものなら、ですけどね」
ニックスは氷で作った弓を再び構え、矢を射る。男はぐにゃん、と天井を変形させ、矢を防いだ。
「……それがあんたの能力か」
「えぇ。触れたものを軟化させ、こうやって操ることも出来る。これが私の能力、ソフトバレエ」
話が終わるや否やニックスが殴りかかった。その手には大きな氷のメイスを持っていた。
「対してあなたは分かりやすいですね。氷の武器を作り出す能力。しかしそんな基礎魔法でどうにかなりますかね?」
男の言葉を無視し、ニックスは大量に氷の剣を作り、男に投げ始めた。
「それじゃ私には効きませんよ。私のソフトバレエは材質そのままの重さを保ちながら自在に動かせるんですから」
そう言いながら軟化させた天井、壁、床を使い剣を弾き、防いだ。
彼は再び氷の剣を投げ、その度にシルクハットの男は器用に車両を操りそれを防いでいく。
「闇雲に攻撃しても無駄ですよ。おとなしく潰れなさい!」
左右の壁を急激にせりあがらせた。ニックスは後ろに飛び下がる。
「......奴は個室に気づかれることなく侵入し、攻撃してきた。まさか────」
閉ざされた壁同士の隙間から手が伸び、ニックスの左腕を掴んだ。
咄嗟に切りつけ、手を離させるも左肩から先は軟化し、動かせなくなっていた。
「勘がいい。今ので終わらせるつもりだったのですが」
「……いいや?もう終わりさ。あんたはもう負けている」
男は呑気に言うニックスに舌打ちした。
「貴様を潰します!『ソフトバレエ』!」
ただそう詠唱すると、軟化させた壁で押し潰しにかかった。前後方を先に潰すことで逃げ道を先に閉ざし、どんどん幅を狭めていく。そして──────
壁と壁が接した。シートが潰れ、尋常じゃない破砕音が発されていた。
「拍子抜けでしたよ、少年。もっと楽しませてくれるかと思っ」
男は背中を剣で貫かれた。その剣は男の体をどんどん割いていく。
「なっ……貴様なぜ!?」
ニックスは剣を突き立てながら笑った。
「俺の能力、説明してなかったな。氷の武器を作り、マーキングされている武器に飛ぶことができる。これが俺の『フリーズ・フレーム』だ」
彼は先ほど剣の一部を腕に残した。そしてそこに飛んだのだ。
「あぁ……油断してしまいましたかね」
男は前のめりに倒れた。ニックスは倒れた男の首をはね、能力を強制解除させた。
術者が死ぬと魔法は効果を失う。床や壁、天井は元のように戻り、乗客は軟化が解除されて元の姿に戻った。今まで意識を失っていた乗客がニックスと男の亡骸を見て悲鳴をあげる。ニックスは能力を解除して死体を担いだ。、武器が消えたのを確認すると元の個室へ戻っていった。
「おぉ、生きてたか」
個室に戻ったニックスは元に戻っていた二人に言った。
「生きてたかって……お前こそ大丈夫なのか?」
アランが少し心配げに言った。
「見ての通りさ。ま、国境超えてないからって油断しちまったな」
「うん、そこが問題ね。誰かしらに動向が割れてるってことだし」
リオは頭を抱えて考え込んでいた。
「ニックス、敵のこと何か聞けた?」
ユリが聞くも、彼の答えは単純。
「いや、なんも」
ただその一言だけだった。
「あ、そだ。こいつの持ち物になんか手がかりがあるかも」
ニックスが男のジャケットのポケットやポーチを漁り始めた。
「……うん、間違えなく帝国の人間だ。名はショコラ・ソフト、38歳。……んでも妙だな。所属は帝国なのに王国の依頼書も入ってる」
「おい、ちょっと見せてくれ」
アランが依頼書を読んでいる。
「……なんだこれ、暗号か?文字の並びがぐちゃぐちゃだ。これじゃあなんの意味も為さないだろうよ」
「分からないものはどうしようもないわ。でも嫌な予感がしちゃうわね。」
ユリがため息混じりに呟いた。
「何とかする。何とかしてみせる。そうでしょ?」
リオは笑顔で言った。
「んー、ちょっと通信してくるわ」
ニックスが席を立った。
「通信って誰に?」
「ん?あー、友達かな」
「え、なんで今?」
「なんというかなぁ」
「増援、かな。」
彼はいたずらっぽく笑っていた。