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氷天の禊  作者: ラキ
焔に巣食う影
29/31

呑んだくれの英雄

 日が暮れ始めた頃、レンとネロは宿に帰ってきた。


 「随分話し込んじゃったね」


 「そうだな。まぁ夜になる前に帰れたからいいだろ?」


 彼らは部屋の扉を開くも、先に帰っているとばかり思っていたニックスとガルムは部屋にいなかった。


 「あれ?ガルちゃん帰ってきてないのかな」


 「ユキもだ。なんか寄り道でもしてんのか?」


 二人は顔を見合わせ、ヒノ達の部屋へ入る。


 「あら、ここにもいないのね」


 「二人ともおかえり。ガルもユキもまだ帰ってないよ」


 ヒノは本に栞を挟み、閉じた。


 「どの道ナツメグがいる以上無闇に外出はできない。先に何か部屋で食べるとしようか」


 そう言うとネロ達の持ち帰ったパンの袋を漁り始めた。



 「あ、あの……」


 ナツメグがヒノの肩を軽く揺すった。


 「何?」


 「今更なんですけど、こんなにのんびりしていていいんですか?」


 ヒノは頬杖をつき、小さく首を傾げる。


 「……というと?」


 「自治区とはいえここも王国の支配圏。探られてキョウの時のように攻め込まれる可能性もあるのでは?」


 彼は心配げに言うナツメグを宥めるように頭を撫でた。


 「あぁ。それは大丈夫。奴さんは間違いなく僕達を補足してる。でも、キョウが落とされて戦力が落ちている今闇雲にここに来る線は薄いんだ」


 「そ、そうなんですか?」


 「うん。それにここが自治区である以上無闇に街に被害を出すことはできない。キョウの時と違ってここに大規模な戦力は無いしね」


 「大丈夫ならいいんですが……」


 ナツメグは窓の外に視線を移し、パンを一口齧った。


 「もうすっかり僕らの仲間って感じだね。もう迷いは晴れたのかい?」


 「意地の悪いことを言わないでください。……正直まだ迷ってます。ただ、王都から出してくれた。その恩を返さずに去るなんてできません」


 「そうか。 ま、君自身にこの国に対する責任とかはあまり感じない。それを信じておくよ」


 ヒノはクスッと笑い、近くのテーブルに地図を広げた。


 「……胚火拡張スペーラ・エクステンド。空の水楼・生の灯火。歪め、歪め、歪め。『生者の水楼(ライブスアクアリウム)』」


 地図の所々に火が点っていく。その火は小さいものが殆どで、たまに少し大きいものがぽつぽつとある。そして一箇所には少し大きい火が三粒と小さいものが一粒集まっていた。そして一部の火は道にそって動き続けている。


 「……これは?」


 ナツメグがまじまじと見つめている。


 「探知魔法の一つだよ。熱源探知と魔力探知の組み合わせで……まぁいいか。精度は大雑把だけど大まかな場所くらいは分かる」


 「……これを見る限り、集まってはいなくともそこそこの数のメイジがいるみたいね」


 ネロは目を細め、少し大きめの火を順番に指差していく。


 「そうだね。大まかに僕らの3から4倍くらいかな。甘く見れる数じゃない」


 「でもおかしい。パトロールの軌道をしている人はいるけど、あくまで平常時のそれ。あまりにも警戒が薄すぎるよ」


 彼女はうーん、と唸りながら地図を睨み続ける。


 「恐らくだけど、軍が情報を伏せてる可能性がある。キョウ陥落も情報を改竄して知らせてるだろうし、下手に混乱が広がるのは裂けたいだろうからね」


 「だとすれば私達がここで何かする気がないと分かっていることになる。上手く読まれてるね」


 「かと言って敢えて何かやることも無いしな」


 レンは呑気に水を飲みながらぼやく。


 「今は兎に角王都からの増援に注意しておこう。可能性はそこそこだけどね」


 ヒノは苦笑いしながら地図を畳み、袋に詰めた。


 「ユキ達が帰ってきたら今後の方針を確定させよう。……と言っても言うべきことは一つしかないけど」


 「……あの時のことね。魔法を反射させるなんて芸当できる人、聞いたことないわ」


 キョウで騎士団(王国軍)と戦闘した時。撤退する軍へ放った火属性魔法がそのまま反射された(・・・・・・・・・)。そんなことができるメイジがいるのなら確実に警戒対象に入っている筈が、存在すら知らなかったのだ。


 「うん、僕もあの時初めて知った。それに何の属性か考えてはみたもののどうにも絞りきれないんだ。空属性(・・・)の可能性もある。最警戒対象の一人になるだろうね」


 「最警戒対象って……他にもいるんですか?」


 ナツメグは首をかしげ、聞いてくる。


 「騎士団所属で単体戦力が僕らと張るかそれ以上の奴らさ。さっき言った『反射』を含めれば3人だね」


 「騎士団所属で強い人……第三部隊のトゥーガ・イェロカリナさんとかですか?」


 「あぁ、鉄壁で知られる彼?……残念、彼は違うね。似たタイプの能力としてもガルのが厄介だろうし、充分突破する手立てはある」


 ナツメグは外れてしまったからか目に見えて落ち込んでいる。ネロはそんな彼の背中を優しくさすった。


 「特殊遊撃部隊のレペルゼ・ダイアード。そして第二部隊の隊長、イーラ・オルグリア。ナツくん、彼らのことは聞いたことある?」


 「な、名前だけは。でも、イーラさんはともかくレペルゼさんは際立ってに戦績を残しているわけじゃないですよね?」


 「あー……王国の連中、隠蔽してるのね」


 ナツメグを除く三人は顔を見合わせる。


 「単純な戦績では王国で最も挙げてるよ。ただ、彼はその分問題も多いのさ。粗暴で自分勝手、女好きで酒も好きとまぁ褒められたものじゃないね」


 「それって兵士としてどうなんですか?」


 「護る者としてはダメダメだね。でも侵略する側としては彼以上の者はいない。厄介な相手だ」


 「ユキ君に戦わせる予定の人よ。私達の中じゃ一番戦いやすいだろうし」


 「な、なるほど……?」


 ナツメグは口ではそう言うものの目線を上に向け考え込んでいた。





 その頃、王都の城下町。大通りを歩く一人の男と、少し後ろに女が一人。


 「……アストゥさん、会議終わってすぐ出てきてどこへ向かっているんですか?」


 「リリー!?お前着いてきてたのか。……王様がレーさん呼んで来いってうるさいから迎えに来てんの」


 アストゥは突然後ろから話しかけられ、思い切り飛び下がる。


 「レーさん……ダイアード隊長ですか」


 リリーは心なしか少し俯いている。


 「お前、レーさん嫌いだったしな。連れてくる気は無かったんだぞ、マジで」



 大通りから細い道に入って暫く歩くと、一つの居酒屋が見えてくる。


 「ここは?」


 「レーさん行きつけの店だ。あいつ昼間っからここで飲んでること多いんだ」


 アストゥは戸を引き、店へと入っていく。どこか寂れた店内、そのカウンターに突っ伏す男が一人。

 彼はおもむろに男の頭を使い、ゆさゆさと揺らした。


 「ほらレーさん。こんな所で寝てんなよ」


 すると男は顔を上げ、きょろきょろと周りを見渡した後にアストゥの顔を見る。彼はぼさぼさになっている茶髪をかきあげる。


 「んぁ?……アストゥか、珍しいじゃねぇの。んでそっちは腹心の女の子か。何だ、俺の相手でもしてくれるのか?」


 「戯れはやめてください、ダイアード隊長」


 リリーは表情を崩さず淡々と答える。


 「つまんねー奴だな。んで要件は何だ」


 「王様がレーさんと話したいってよ」


 「はぁ?なんでわざわざオッサンと話に行かなきゃならねーんだよ」


 レペルゼは苦い顔をし、酒を一口飲む。


 「相変わらずだな。少しだけだろうから、な?」


 アストゥは宥めるように言う。


 「えー……」



 そうして宥め続けること10分。ようやくレペルゼは城へ行くことを了承した。


 「ふー……んじゃリリー、戻るぞ」


 「……」


 リリーは真っ直ぐ立ったまま返事もしない。


 「リリー?どうしたんだそんな深く帽子被って」


 「……」


 「おーい」


 アストゥが肩をゆすると、彼女はビクッと震え、彼の方を向いた。


 「……っ、寝てないです」


 いつもの様にキリッとした表情で言う。


 「寝てたよな?よくもまぁそんなピシッと立ちながら寝れるなお前……」


 「寝てないですってば」


 「とりあえずそれはいいとして、用が終わったから城に帰るぞ。ほら、レーさんも」


 既に相当酔っているレペルゼは引っ張られると同時によろけ、壁に手を着いた。


 「お前ら……」


 アストゥは呆れたように言い、レペルゼの飲んだ分を会計すると彼を担ぎ城へと戻り始める。


 「そう言えば、オルさん今どっか出かけてたっけ?」


 レペルゼは大通りを歩きながら隣のリリーに聞いた。


 「オルグリア隊長なら確か……スノーリアに出かけてくると。何やら教会に用があるらしいです」


 「あー……俺あそこ苦手だ。それにオルさんもそんな好きじゃなかったハズだけど」


 アストゥは小さくため息をつく。


 「うーん……詳細は聞いてません。でも何やら会いたい人がいるらしいです」

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