勇者の末裔
しばらく歩き、喫茶店についた三人はテラス席に座った。
「コーヒー三つ……でいいよな?」
フユヒコは一応、といった顔で二人の方を見る。
「うん。あ、店員さん。俺のはミルク多めでお願い」
「私はそのままで大丈夫っスよ。んじゃ店員さん、よろしくお願いします」
「……それで、お前が勇者の子孫ってのは本当か?」
「そんな嘘をつく理由はない。その証拠に……あんたら見ただろ?オレの能力」
「あー……透視と予知のこと?あれ魔法じゃないっスよね。魔法だったら何となく分かるし」
ガルムは先程の戦闘で存分にそれを見ていた。
「正確には透視だけだ。オレはあんたの体を透かし、筋肉の動きを察知して行動を先読みした。……あれを使って負けたのは初めてだった。どうやってオレの先読みをすり抜けた?」
フユヒコは少し息をつきながら聞いてきた。
「んー?勘っスね」
「……は?」
余りにも曖昧な返答だった。彼は信じられないと言わんばかりにガルムを見つめた。
「何となく避ける気がした。何となく来る気がした。それの通りに動いただけっスよ、私は」
そう言った彼女は頬杖をつき、近くの観葉植物を眺めている。
「信じられないだろうけどな。そいつの言ってることは本当だ」
ニックスは店員が出したコーヒーに角砂糖を入れながら言う。
「天性の直感、というものなんだろうな。普段は危機を感知するくらいなんだが、戦闘中のそれは……言うなれば獣のそれだ。未来でも見えてるんじゃないかってくらいのな。」
ガルムは否定する様子もなくコーヒーを飲み始めている。
「お前の目も相当に優れたものだ。でもまだ扱いが雑に見える。ガルはただ直感で動くだけだが、お前の頭で判断できる。その持ち味を活かせばもっと強くなるだろうよ」
彼は合計4つの角砂糖を入れるとティースプーンで混ぜ始めた。
「そうか。……話逸らして悪かったな。オレの血の話に戻るか」
彼は首元のペンダントを軽く握った。
「勇者の伝説。知ってるよな?」
「あぁ。悪魔を倒すやつ、だろ?」
彼は小さく頷いた。
「私は知らないっス」
彼女はコーヒーを飲みながら言う。
「……なら、簡単におさらいといこうか」
彼はペンダントに目を落とし、話し始めた。
およそ600年前。魔法というものが無かった時代のこと。
今よりいくらか建物は低く、今よりいくらか人々は貧しかった。人々は農耕、牧畜を生業とし、現在よりずっと広大な緑が大陸を覆っていた。
当時大陸唯一の国家だったムスプルヘイム王国。特別善政でも悪政でもない。ごく普通の国だった。
とある日。大陸西部にある鉱山にて、棺がひとつ掘り出された。鉱夫達がそれを開くと、中から黒煙が立ち上り、坑道に黒煙が充満していく。
五分ほどして坑道から一匹の黒い虎が出てきた。その口には鉱夫の肉片が咥えられていた。口元からは血が滴り落ちている。そして虎は肉片を捨てた。それと同時に虎の体が溶け、黒い水溜まりになった。そこから一人の人間が象られていく。完全に人の形になったそれは甲高く指笛を鳴らした。
ピィーーッ……
すると、大陸全体に地響きが起こり始めた。人々はパニックで逃げ惑った。鉱夫達が坑道へ近づくが、そこに居る得体の知れない奴を不審がり、そこから離れていく。それは彼らのことは一瞥もせず、王都の方へと歩いていった。
その日の深夜、王都の城内にて。響き渡った悲鳴で王の目が覚めた。飛び起き、扉の方を見ると4人の男女が立っていた。
「な……何者だ貴様ら!貴様ら、侵入者だ!」
国王が大声で叫ぶ。すると、扉が開き黒服の男が入ってきた。彼は召使いの死体をポイッと投げ捨て、歩き寄ってくる。
「そう大声で叫ぶな。私達は……そうだな。悪魔、とでも言っておこうか」
「悪魔……神の世界より堕ちてきた穢れし者。それが貴様らだと?」
「細かいことはどうでもいい。私達はただ話に来ただけだ。……取引をしようか」
「取引……だと?」
「そうだ。お前に力を分けてやろう。その代わり私達の行動に口を出すな。なに、心配はいらない。お前の地位は脅かさない」
黒服の男……黒い悪魔はただ淡々と話し、首で合図をすると他の5人は部屋から出ていった。
「とは言ってもお前に拒否権は無い。仮に邪魔になるなら誰だろうと始末する。……拳を出せ」
国王は脂汗をかき、震えながらも拳を突き出す。悪魔はそれに拳を突き合わせた。国王の体に電流が流れるような感覚が全身を駆け巡った。
「……なっ!?」
「それは力だ。焔、水、雷、風、鐡。お前は自然をモノにできる。そして……その力を多くに分け与えろ。多くの者に。この大陸の隅まで行き渡らせろ」
「そんなこと、できるはずが……」
「何もお前一人だけじゃない。お前が分け与えた者が、さらに他の者に分け与える。何れそれは全ての獣に行き渡るだろう」
彼はただ落ち着いた口調で話し、窓を開け放つ。
「じゃあな。くれぐれも破るなよ」
悪魔は窓から飛び降りていった。寝室の中には冷たい夜風が流れ込んでくるだけだった。
その後、5体の悪魔達は行方をくらました。国内では日に何件か不審死の報告が相次ぐが、王はそれを揉み消した。そして彼の言葉通りに彼は召使いや宰相、周りの人々と拳を合わせ、#力__・__#を広めていった。徐々に、徐々に薄まりつつも次の夜には王都中にそれは行き渡っていた。
あの夜から数日経った頃。
一人の少年が散歩道で行倒れた少年を見つけた。
散歩のついでとして赤い髪をした少年を日陰に運び、声をかけた。
「なあ、お前大丈夫か?」
「ん……ここは?」
「スノーリア。どこにでもある農村だよ」
「そっか。……ごめんごめん、失礼したね。僕の名はバエル。君は?」
「おれは──────」
……彼の名前は原典でも、いかなる記録でも残っていない。きれいにその部分だけ破られて消えている。便宜上ここでは彼のことを「勇者」とよんでいく。
勇者はバエルを連れ、村へと歩き出した。樹上からは紅くなった葉がひらひらと落ち、遠くに見える山も紅と黄に染まっている。
「勇者くん、助けてくれたのは有難いけど、どうしてこんな所に?地形を見るに水汲みをするには逆方向だし、この辺りは小高い丘で畑はない」
「散歩だよ、散歩。ちょうど収穫が終わったってんで少し暇してんのさ。親父なんかも家で酒飲んでるだろうしな」
「そうか。……ふむ」
バエルは少し考えた後、不意に立ち止まった。
「勇者くん、ちょっと拳を出してくれないかい?」
「なんで?」
「いいからいいから」
勇者は渋々バエルの方へ拳を突き出し、合わせた。
彼の頭に電流が流れるような感覚が走り、しゃがみこんだ。
「……お前、なにすんだ!」
涙目で訴えるのに目もくれず、彼は遠くに目をやった。
「それは鍵だよ。君の心を開く為の鍵」
「何言ってんだ、お前?」
「何れ分かるさ。君には資質がある。眼の奥に潜む激情がもう一つの鍵だ。それが合わさった時、君は力を手にできる」
「んー……よく分かんねぇや」
その間にも悪魔達は暗躍し、何かを進めているようだった。不審死は日を追う事に減っていき、人々は何も気付かぬまま。
彼らが王に授けた力は「魔力」と呼ばれ、王はその力を誇示し、民衆はそんな彼を神の使いとし、崇めていた。
王は人々に魔力を分け与え、人々は魔法により豊かな生活を送るようになった。
魔法の研究が盛んになり、5年経つ頃には彼らの生活がまるで変わっていた。
しかし、それも良い事ばかりではなかった。力をつけた民の一部が決起し、反乱を起こし始めたのだ。王国の軍は彼らを完膚なきまでに叩きのめした。
王政への恐怖が強まり、その代では反乱は起こらなかった。……いや、それだけではないだろう。その5年後に王は死んだのだ。
悪魔達は次代の王を言葉巧みに操り、国を裏から操り始めた。それに気付くものはなく、悪政が行われるようになった。
すると、成長した勇者がバエルと共に村を出て王へ直談判を試みた。
二人が王都に入った直後、二人は三十半ばほどの男に手で止められた。
「……フラウロス」
バエルが男に向かって呟く。
「ん?お前ら友達なのか?」
勇者は二人の顔を交互に見る。
「まぁ、知り合いだ。久しいな、バエル」
柔らかに言うフラウロスに向かい、バエルは鋭く目を向ける。
「無駄話はやめろ。暇じゃあないんだ」
「すまない。ただ今はやめておけ。彼らを相手取るのは無謀だ」
「彼らって?それにその言い方、まるで俺達が──────」
彼は勇者の言葉を手で遮る。
「キミには関りない事だ。バエル。いくらキミでも、な」
「……ならせめて貴様の口から聞かせろ。今の王政はどうなってる?」
バエルは勇者と会話する時とはうって変わり、威圧的な口調で詰め寄る。
「……なら王都の外に出よう。話はそれからだ」
……ここからは言伝えですらも曖昧になる。
王都から出た三人はフラウロスから現状の王についてのことを聞いた。そして悪魔についてのことも。
彼らは悪魔達を止めるため、大陸中央部の小高い丘へと向かった。彼らを観察していたフラウロス曰く、「次はここに来る」のだと。
到着して数時間後。悪魔達がそこへやってきた。ひとりは影から伸びるように。ひとりは龍の姿をとり。ひとりは突然の雷鳴と共に。ひとりは地面を割り。
三人は彼らを相手取り戦った。突然、勇者の体が輝き、そこから光の剣が生まれた。それに斬られた悪魔のひとりは封印され、他の彼らは撤退していった。
封印。それが勇者のもつ魔法だった。その力で悪魔のひとりをうち払ったのだ。
その後王国では、再び不審死が相次いだ。彼らは王城の地下で怪しげな儀式を始めていたのだ。国民を犠牲にし、何かの準備をするかのように。
勇者達は王城に乗り込み、国民をいたずらに殺め、儀式をしていた悪魔達をみな封印することに成功した。
バエルとフラウロスは、勝利に喜ぶ勇者に一言、告げた。「僕らも悪魔だ」と。
勇者は長い葛藤の末、涙ながらに二人を封印した。
それを見た王は目を見開き、呟くのだ。
「彼こそが勇者だ」
勇者という名声を負い故郷に帰った彼は、村一番の娘と結ばれ、幸せに暮らしたという。
「……って感じだ。ガルム、聞いていたか?」
ガルムは鼻息を立てて眠ってしまっている。
「仕方ないさ。曖昧でさして面白くもないんだ。寝ずに聞く方が難しい」
コーヒーを飲み終えたニックスは頬杖をつき、ガルムの背をさすっている。
「まぁ、あんたが聞いていればいいか。勇者には封印の力があると言い伝えられている。だが、彼はもう一つの才を持っていた。それが……」
「透視、か」
フユヒコは小さく頷く。
「ものを見透かし、時には相手の筋肉の微細な動きを察知することで相手の行動を読むことが出来る」
「確かに、納得はできる。悪魔の実力は知らないけど、凄まじい魔力を持った相手に一般人が白兵戦なんて本来無茶なはずだしね」
「あぁ。親父も、爺さんも、さらにその爺さんも同じ力を持っていたらしい。受け継がれている何かがあるんだろうな」
「魔法の力は親から子には受け継がれない。それは魔法とは別の才能なんだね」
「……俺には魔法の力はない。それ以前に魔法抜きでもガルムに負けた。俺は勇者になれないんだろうな」
フユヒコはどこか寂しそうに笑う。
「どうだろうな。仮に、今この時に悪魔が出てきたとする。そうしたら俺達も戦いに出るだろうが……それでも勝てるのはお前だけなんじゃないのか?」
「それは目があるからか?」
ニックスは再び頼んだコーヒーに角砂糖を入れ始める。
「お前は悪魔が……自分より圧倒的に強い敵が目の前に現れたら、どうする?」
彼は角砂糖をスプーンに乗せ、カップの上で小さく揺らす。
「どうって……戦うしかないだろ?」
フユヒコの答えに彼は首を振る。
「俺だったら逃げる。ガルだってそうさ。なんせ無駄死にするのは明らかだからな。……そういう所さ。勇者は強いからなるんじゃない。勇気があるからなるんだ」
「それって慰めか?」
フユヒコは小さな声で聞いた。
「かもな」
彼は背もたれに寄りかかり、再びコーヒーを飲み始める。
「チッ、正直なこって。……どーもな」




