試合
宿屋から出てきたニックスとガルムは再び広場にてふらふらしていた。
……穏やかな街だ。改めて見渡すとそれが尚のこと分かる。少なくとも武術を人を殺す手段としてではなく、ただ心身を鍛えるために学ぶことが出来ている。どこか羨ましさを感じずには居られなかった。
「ねーねー、ユキ兄。散歩するっても私らどっちもこの街初めてでしょ?道わかるんスか?」
彼がぼんやりしている所にガルムが背中を叩いてくる。
「適当でいいでしょ。一応部屋に杭残してあるし」
「まぁそれは最終手段っスよね。とりあえず私が気をつけとくっスよ」
F・Fのマーキング……通称杭を残しておけば確かに迷子になっても大丈夫ではある。ただ魔力消費も激しいので使うことは避けておきたいだろう。
「今はなんか甘い物食べたい。アイスでも買おうかな」
彼は少し遠くに写るアイスクリームの屋台を見つけた。
「いいっスね。……私財布忘れたから奢って欲しいっス」
ニックスは少しも悪びれる様子のないガルムを不満げに睨むが、少しして観念したようにため息をついた。
「わかったよ。でも今回だけだからな」
「いやったぁ!……分かってるっスよ、次は持ってくるっス」
ガルムは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
その後、アイスクリームを買ってきた二人は噴水のへりに腰掛け、それを食べ始めた。
「ユキ兄のやつ、メロン味っスよね。一口食べていいっスか?」
自分のを一口食べたガルムは物欲しそうにニックスのアイスクリームを見つめた。
「いいよ。……お前のイチゴ味を一口くれたらな」
彼女は頷き、ニックスのものを一口齧ると自分のものを差し出した。
「んー……どっちもおいしいっスね。でもやっぱこっちかなぁ」
彼女は幸せそうにかぶりついた。よく味わいたいのだろうか、ほっぺたに手をあて、目を瞑っている。
「次回はまた別の味も食べてみたいかな。この辺りは色んな作物を育ててるからか味のレパートリーも多いし」
「そうっスね。今回買ってくれたんだし、次回は私が奢るっスよ!」
ニックスはご機嫌になっているガルムの横顔を見た後、今度はまだ広場の中心辺りで鍛錬を積んでいる子供たちの方に目を向けた。
素振りを終えたのか今度は木剣に布を巻き付けたもので実戦練習をしているようだ。といっても、正面から正々堂々とした試合の形式でだが。
見たところ筋力、敏捷性等はまだまだだが、全体的に駆け引きが上手い。少年兵は主に奇襲や突撃をすることが多い。正面から戦えば一般的な少年兵より強いだろう。
「──────兄、ユキ兄?」
ガルムが彼の体をゆさゆさと揺らし、声をかけていた。
「……ん?あぁ悪い。どうした?」
「いや、何かあったわけじゃないっスけど……何見てるのかなーって」
彼女は身を乗り出し、ニックスが見ていた方へ視線を飛ばす。
「あの試合してる子供たちを見てたんだ。きっと伸びるぞ、彼ら」
「ふーん……じっくり腰据えて読み合いって感じっスかね?ああいうタイプ、やりづらそうっスね」
彼女は嫌そうな顔をすると、姿勢を戻し、最後の一口を口に放り込んだ。
「……おい、あんたら」
二人は何者からか声をかけられた。
「……ん?」
「さっきからジロジロ見て、何のつもりだ?」
声の方を向くと、青髪の少年が目の前に立っていた。子供たちに剣術を教えていた数人のうちの一人だろう。長い前髪で目元を隠している少年は木剣を肩に担ぎ、威圧的な声音で続ける。
「あんたら、この街の人間じゃないだろ?何者だ」
二人は少し目を見合わせた後、ニックスが口を開く。
「旅の者だ。ああいう光景が珍しくてな。嫌だったなら謝るよ」
「ただの旅人じゃあないだろ?特に白髪のお前」
青髪の少年はニックスを指差す。
「あんたの体中に刻まれた無数の傷。兵士でもここまで多くの傷を持つ者は見たことがない」
少年は三歩離れたところからニックスを睨み続ける。
「……服の上からじゃその傷ってのも見えないだろ?」
「オレには視える。話を逸らすな」
少年は牽制するように木剣を向ける。
「ユキ兄、これって……」
「うん。属性は分かんないけど透視のような能力を持ってるみたいだ。つまり……」
二人はゆっくり顔を見合わせる。
「お前も裸見られてるぞ」
ニックスは鼻で笑いながらガルムを指さした。
「うっわ、マジっスか。見ないでよ変態」
そして彼女はわざとらしく胸の前で腕を交差させる。
「話逸らすなっつってんだろうが!見てねぇよ!」
少年は心なしか顔を赤くして怒鳴りつけた。
「……オレと戦え。そんであんたらが負けたらこの街から今すぐ出ていけ」
少年はこほん、と仕切り直し戦いを申し込んだ。
「えー……正直めんどくさい。ガル?」
ニックスは大きく伸びをしてガルムに声をかける。
「私も嫌っスよ。てか戦わなきゃダメなんスか?」
ガルムも嫌そうに文句を垂れる。
「……なら出ていってくれ。この街に血なまぐさいあんたらは相応しくない」
「出ていく訳にもいかないしな。仕方ない、俺──────げほっ!?」
ガルムが立ち上がりかけたニックスの脇腹に肘打ちをし、代わりと言わんばかりに立ち上がった。
「ちょっ……これマジで入ってるって……」
地面に倒れうずくまっているニックスを後目にガルムは準備運動を始める。
「あー、ごめん。でもまだ戦っちゃダメっスよ」
「戦うより酷い目にあったんだけど?」
彼女は文句を垂れるニックスの脇腹を撫でる。
「ほんと、ごめん。今度ケーキ1個奢るっスよ」
「お前……俺がその程度で許すとでも」
渋々提案したガルムを鼻で笑い、強気に言いかける。
「じゃあケーキ2個」
「よし、頑張って来い!」
ニックスは先程までの態度が嘘のようにいい笑顔で送り出した。
「ったくもう……そういうワケっス。やろうか」
少年はガルムの言葉に頷き、木剣を一本彼女に渡した。
「戦うなら対等に、だ。素手のあんたを叩きのめすなんてできない」
「随分とお優しいんスね」
半ば嘲るように言うガルム。少年はむっとした顔で木剣を向けた。
「オレは戦場の兵士とは違って卑劣な手は使わない。……少しついてこい」
ニックスを担いだガルムと少年は試合をしていた子供たちの方に行き、彼が他の大人に何か話したかと思うと彼らは少年とガルムを囲むように輪を作った。
「あ、ちょっと君。悪いけど、この人お願いね」
ガルムは子供の前にニックスを降ろした。
「いやぁ、こういうの初めてで楽しみっス。……んじゃ、やろっか」
彼女は再び少年の前に立った。
「お兄さん、お腹痛いの?」
脇腹を抱えているニックスの前に座っている少年が声をかけてくる。
「……痛いけど腹壊してるわけじゃないから大丈夫だよ」
ニックスは少年の方を向き答える。
「ふーん……ねぇ、お兄さん。あのお姉さん大丈夫?フユヒコ、強いよ?」
少年は心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ。ガルもすっごく強いからな」
「でも、フユヒコに勝てるのかなぁ?だってフユヒコは──────」
「……オレの名前はフユヒコ。フユヒコ・パールヴァール」
「あ、そういや聞いてなかったっスね。私はガルム・フィート」
「……そうか。いくぞ、ガルム!」
少年……フユヒコが力強く踏み出し、縦に薙ぎ払う。ガルムはひらりと横にかわしつつ右手を振りかぶり、彼の左頬目掛けて拳を打ち込んだ。
彼はそれに対ししゃがんでかわし、ガルムの胴体を薙ぎ払った。
それを食らったガルムは大きく後ろに飛び下がった。
(へぇ……あのタイミングでかわしきるかぁ。思ったより強い?)
ガルムが感心していると、フユヒコはビリビリと痛む自分の手を見つめた。
「なんだ?この硬さは。まるで鋼鉄に打ち込んだように手が痺れる。まさか……」
彼はぶんぶんと腕を振り、再び構え直す。
「あんた、メイジなのか?魔法だろ、コレ」
「あー……そっスね。ここも対等にしなきゃっスか。……解けろ、『シルバー・バレット』」
魔法を解除し、挑発するように手招きをするガルム。フユヒコは再び踏み込み、今度は彼女の胴を薙ぎ払う。
彼女はそれを跳んで避け、蹴りを繰り出す。彼はそれもひらりとかわした。
(やっぱり……私が動き出す前に避け始めてる。透視のほかに予知のような能力もあるの?)
「お前、いい加減本気で来い。オレをおちょくってんのか?」
フユヒコはどこか苛立ったように言った。
「いやぁ、そんなつもりじゃないっスよ。……キミこそ手ぇ抜いてるのバレバレっスよ」
ガルムの言葉を聞き、フユヒコは一呼吸おき、近くの子供から木剣を一本借りて戻った。
「……わかった。今から本気でいくぜ」
彼は先程とは一段上の速さで接近し、二本の木剣で猛攻をしかけてきた。
ガルムは軌道を見切りかわすが、その瞬間には軌道が変わり再び迫ってきた。彼女は右肩を打たれ、握っていた木剣を離してしまった。
尚も猛攻は続き、ついには両足を打たれ座り込んだ所に再び木剣が迫り来た。
(凄まじい精度の先読み……いいや予知。頭で考えてちゃついていけないっスね。……あぁ、面倒だ)
ガルムは振り下ろされた二本の木剣の両方を掴み、止めた。
「随分やってくれたっスねぇ……」
「なっ!?オレの剣を……掴んだ!?」
ガルムが手を離すとフユヒコは大きく飛び下がった。
「今確かに……軌道をズラしたはずなのに」
「もうやめたんスよ。アレコレ頭で考えるのはさ」
ガルムはだらんと脱力した。そして再び飛び込んできたフユヒコの肩を抑え、剣を止めた。彼は反対側の木剣も振るが、それも肩を抑え止めてしまった。
彼が少し下がり、再び攻め込もうとした瞬間。ガルムは一歩で近づき、彼の腹へ打ち込んだ。渾身の力を込めた拳を受けたフユヒコは数メートル吹き飛ばされ、倒れ伏した。
「……あ、やべ」
ガルムは申し訳なさそうにニックスの方を向いた。
「あーあー……あいつ本気出しちゃって」
あぐらをかいていたニックスは頬杖をつき、呆れたように言った。
……そうは言っても仕方がないだろう。想像以上の実力を持つ奴だ。それに本気を出してしまったということは、本気を出さなければ負けていた、ということだ。
「ふ、フユヒコが負けた?」
子供たちは信じられないと言ったふうにどよめく。
「ユキ兄、行くっスよ」
「うん。でも大丈夫なのか、アレは?」
ニックスは心配そうにフユヒコの方を見る。
「さすがにある程度は加減してるっスよ」
二人はその場を去ろうと歩きだした。
「……待て!」
後ろから声が聞こえてきた。振り向くと、フユヒコが木剣を杖変わりに立ち上がっていた。
「なんスか?勝ったんだしいいじゃないっスか」
「まだ……負けてない!勝負は……これからだ」
彼は肩で呼吸をしながら呼び止め、再び木剣を構える。
「ったく……何が気に入らないんスか。そんなに追い出したいんスか?」
「オレが……勇者だからだ」
ガルムの問いに彼は力強く言った。
「はぁ?勇者?何言って……」
ガルムは首を傾げるが、ニックスが手で制する。
「さっきの子供が言ってたな。……大陸に伝わる、悪魔の殆どを殺したとされる『勇者』。お前がそうだと?」
「違うよ、お兄さん。フユヒコのご先祖さまがその勇者なの」
ニックスは疑いの目を向けるが、一人の子供が彼の袖を引っ張り、言った。
「……成程。勇者の末裔、といったところか?」
「そうだ。だから悪を裁く……いや、裁かなきゃならないんだ。オレは!」
髪が風になびき、彼の金色の瞳がまっすぐとニックス達を見つめてくる。
「かといって殺す勇気もないから追い出す、ってとこか」
「う……煩い!オレはこの街を……」
彼はニックスの言葉に反発し、再び走って飛びかかる。
「まーまー、いいじゃないっスか」
ガルムが彼の木剣を腕で止めた。再び魔法を発動していたので、彼の腕は痺れた。
「ユキ兄、この後この子連れてお茶でも行かないっスか?」
「ん、あぁいいよ。勇者の末裔……ちょっと興味あるしね」
ガルムの提案に笑顔で応える。
「勝手に決めるな!行かないぞ、オレは……」
「まぁそうは言っても場所分かんないんスよね。フユヒコ、いいとこ教えていたほしいっス。ね?」
彼女は強引に腕を引っ張り続ける。
「そ、そういう事ならまぁ……」
「決まりだな。案内してくれよ、フユヒコくん?」
彼はガルムに連れられ、街を歩いていった。




