覚悟
王都でのこと。城下町のカフェで三人の兵士がコーヒーを飲んでいた。
「はぁー……結局ナツくんを連れ戻せなかった」
リオは大きくため息をこぼす。
「まさか一人に手も足も出ないとは思わなかった。奴ら、相当やばいぞ」
アランはそう言いながらトーストを口に運んだ。
「私たちが彼らと面識があったのはとても運が良かったのかも知れない。でなければ、彼らは私たちを殺すことに躊躇いは持たなかったでしょうね」
ユリはカップの取っ手をさすり、揺れる液面をじっと見つめていた。
「でも、良かったじゃないか。軍隊長の掛け合いが無ければお前、今頃死刑だったぞ」
リオは頬杖をついて空を見上げた。
「そうだね、そこは一安心。でも……彼が少し心配かな」
「一度話しただけだろ?どうしてそこまで入れ込むんだ?」
アランは不思議そうに聞く。
「……どうしてだろうね。一目惚れするほど好みな訳ではないし、かっこいい所も見たことない。むしろ歳的には弟みたいな気もする」
リオは「あはは」と困ったように笑いながら言う。
「でも……似てるんだと思う。私と」
「お前と?」
彼女はアランの言葉に頷く。
「出来た兄と比べられて、出来が悪いって疎まれて。ま、私は五人兄妹の末っ子で彼は二人兄弟なんだけどね」
ユリは俯きながら吐き出す彼女の背を撫でた。
「……なんとしてでも助けなきゃ」
リオは力強く手を握りしめた。
その頃、スノーリアの中央広場で。
銅像の後ろで子供たちが木剣を握り素振りをしていた。
彼らの前に立つ先生の指導の元、汗をかき必死に振っているのが見て取れる。
「おー、やってるねぇ」
車椅子に乗っているレンがつぶやいた。
「うん、三年前に来た時もこんな光景見たような気がする」
その車椅子を押すニックスが懐かしげにしている。
「だな。実戦に向けてではなく、人間形成の為に剣を振る。羨ましいこった」
将来勇者のような立派な人になるため。そう言い聞かせやっているのだろう。
「なぁ、ユキ。お前よく勇者の伝説読んでたよな」
不意にレンが振り向き、問う。
「うん、勇者と悪魔の昔話だな。お前も読んでみたら?」
「いーや、活字読むの苦手でなぁ……」
彼は車椅子の上で頬杖をつき、ぼやいた。
「そうか。……まぁ、正直中身の信憑性は微妙だ。60年前に書かれたものらしいし、仕方ないといえば仕方ないけど」
「へぇ……そういえばユキ、左腕は大丈夫なのか?」
「あぁ、これ?まぁ最低限は。ヒノのおかげでもう結構動くようにはなってる」
ニックスは左腕をぐるっと回し、頷く。
「したら戦闘できるのは明後日位からか?俺の足が回復するのにあと3~4日位だし、それまではここに滞在かな」
彼は足を軽くさすりながら言う。
「まぁそうなるだろうな。俺達は早く回復できるように努めよう」
「ねーユキ兄!パン買ってきていいっスか?」
先を歩いていたガルムが少し先にあるパン屋を指さしながら言った。
「いいね。ヒノ達にも何か買っていこうか」
「うん!ネロ姉も行くッスよ」
「はいはい。二人とも、先に行ってるね」
ガルムとネロはひと足先にパン屋へと歩いていった。
「いいのか?憲兵にでも見つかったら……」
心配そうに言うレン。ニックスは彼の肩にポンと手を乗せた。
「確かにリスクはあるけどな。ま、妹さんと親父さんに手土産くらい持ってこうか」
その頃、宿屋にいるヒノは本を読み続けていた。
「ヒノさん、それ何読んでるんですか?」
水道から水をくんできたナツメグが聞くと、ヒノは軽く表紙を見せる。
「魔法分野の論文。コレは火属性のだね」
「……なんだか意外です。あなた方のように実戦を重視する方がそういう物を読むとは」
「確かに、ここまで長い詠唱が必要な魔法はとてもじゃないが使えない。でも、魔法というのは道具のひとつだ。使い方によっていくらでも活用できる」
「そういうもの……なんですか?」
「そうだな……例えば詠唱をすることで使用魔力を抑えられるというメリットがある。言うなら速度を引き換えに燃費がいいのが特徴だね」
ヒノは右手の上にポウッ、と火の玉を作る。
「これは『スペーラ』という初級魔法のひとつだ。僕は今、コレを詠唱破棄して使用した」
「な、なるほど……こうやって間近で見るのは初めてです」
「そして……我らを照らす聖火の灯火。この手に欠片の種火を分け給う。……『胚火』」
今度は左手の上に同じ大きさの火の玉を作った。
「これは完全詠唱の『#胚火__スペーラ__#』。大きさは同じだが、使用魔力は詠唱破棄のものの三割くらいに抑えられる」
「な……なるほど?」
ヒノは両手を握り、ふたつの火の玉を消した。
「それに完全詠唱の方が安定しているんだ。魔法というのは脳内のイメージが肝心でね。言い方は悪いが完全詠唱すれば多少雑念が多くても安定したものが作れる。……まぁ、魔法の種類によって安定感は変わるけどね」
「……僕は魔法を使えたことがないので、よく分からないです」
ナツメグは乾いた笑いを出しながら言った。
「まぁ気にする事はない。魔法で必要なのはそれを扱うだけの集中力、自分の魔道知識、そして必ず成し遂げるという意志の力。この三つだけだからね」
「それを見につければ、僕でも魔法が使えるようになりますか?」
「うん、なるだろうね。本当に魔法の才能がまるでない人は見たことがない。君自身が極限まで追い込まれた時……その時が来れば必ず扉は開くよ」
ヒノは慰めるわけでもなく、ただ淡々と言った。
「それに、こういった教科書通りの綺麗な魔法を使う必要はあまりない。ユキなんかは基礎魔法も何もまるで使えないしね」
「そ、そうなんですか?」
ナツメグはとても驚き、食いつくように聞き返した。
「うん。彼は自分の魔法を突き進み続けた。そうやって研鑽し続けた自分だけの魔法を僕らは『能力』と呼んでるんだ」
「いつか僕にも使える時が来ますか?」
ナツメグは手を握りしめ、まっすぐ問う。
「さぁ?君次第だね」
ヒノは優しく笑いかけた。
それから暫くした後。パン屋から出てきたネロとガルムは二人とも大きな紙袋を抱えていた。
「あ、ユキ兄お待たせ!パン買ってきたっスよー」
ガルムは外で待っていたニックス達を見つけると駆け寄ってきた。
「……随分買ってきたな。食べきれるのか?」
「余裕っスよ!ね、ネロ姉?」
「私に振らないでよ。ま、ある程度保存はきくからね。明日の朝とかこれにしましょうか」
ネロは少し困ったように言い、歩き始めた。
「なぁ、ガル。やっぱあれ買いすぎじゃないか?」
ガルムは「あはは……」と乾いた笑いを出した。
「それ私も言ったんスよ?ネロ姉、テンション上がっちゃって……」
「金はそこそこ溜めてるし、まぁいいか。太って落ち込んでも慰めるのはレンだし」
ニックスは遠い目をする。
「え、それ俺の役目なのか?」
レンは信じられない、といった顔で振り向いた。
「お前以外無理だろ。ま、この話は置いといてさっさと行こう」
ニックスはそう言い、車椅子を押してネロを追って歩く。
「置いとくなよ!お前ら人任せ前提に言いやがって……」
「まーいいじゃん。頑張れ」
「頑張ってー」
二人はいかにも無責任といった風に雑な返しをして、歩いていった。
またしばらく歩いていくと、薄紫色の屋根をした建物が見えてきた。
「あ、アレだよアレ。確かあの宿だ」
レンは建物を指差し、反対の手でニックスの腰をばしばし叩く。
「わかった。わかったから急かすなよ」
「この宿に空木って人泊まってますか?」
宿の中に入ったレンは受付の人に声をかける。
「……ご友人の方ですか?」
訝しげに聞かれるが、レンは堂々としたままだ。
「家族です。泊まってるのは俺の妹と父お──────」
「こぉんのバカ息子がぁ!」
突然横から入ってきた男がレンの頭を引っぱたいた。
「あれ、兄さん?」
男の後ろからレンと同じ薄い栗色の髪をした少女が顔を出した。
「ったぁー……何すんだ親父!」
涙目で振り向いたレンの前には初老に差し掛かったであろうレンの父親、アザミとレンよりふたつ年が離れた妹、アキホがいた。
「何すんだじゃあない!アキホに『折角の休みだから』と外に連れ出されている間にお前……」
アザミは大きくため息をつきながらレンの頭をぐりぐりしている。
「ま、まぁまぁ。とりあえず部屋に移動しましょ?」
ネロはアザミを宥め、その後全員でアキホ達の部屋へ入っていった。
部屋に入った彼らはそれぞれ椅子やベッドに腰掛けた。
ネロ達は紙袋を下ろし、中からパンを取り出した。
アキホは苺のジャムが塗られたものを受け取り、まじまじと見つめた。
「わぁ、ネロさん買ってきてくれたんですか?」
「うん、広場あたりのパン屋さんでね。どうかな?」
アキホはパンを一口かじる。
「......うん、甘くておいしいです!ガルさん、ネロさん、ありがとうございます」
ネロやガルムの二人も紙袋から取り出したパンを頬張りはじめた。
アザミは椅子に腰かけ、複雑そうな表情をしている。
「お前の気持ちは十分に分かる。しかし些か急ぎ過ぎではないか?それに私に何も言わず決行したのも気に食わん」
(最後のが本音だな)
(だろうね……)
ニックス達は目を見合わせ、小さく首をすくめる。
「それはごめん。でも親父とアキを危険な目にあわせたく無かったんだ」
「アキホはともかく私はお前なんぞに気遣われるほど落ちぶれちゃいないぞ」
彼は腕を組み、レンを睨みつける。
「んな事言ってもさぁ……」
ニックスは言いかけたレンの頭をぐいっと押し込んだ。
「親父さん。こいつがあんたらを退避させた最大の理由は『もしもの時見捨てられないから』だ」
「……なに?」
「俺達は全員覚悟をもって戦いに望んでいる。それは五人とも同じだ。だからもし誰かが人質に取られたら迷わず見捨てることもできる。だけど……」
彼はレンの頬をぐいっと引っ張り、話し続ける。
「こいつはあんたらが捕まっても見捨てない。見捨てられない。命を懸けて助けに行くだろう。こいつは仮にも俺達のエース。そうなったら俺達の負けだ」
ニックスは頬から手を離し、ベッドに腰掛ける。
「……済まない。やはり魔法の使えない身では務まらんか。」
「ってて……ユキお前覚えてろよ?」
睨みつけるレンをよそにニックスは窓から道の方を眺めている。
「兎に角今日は顔見せだけ。暫く滞在するから、何かあったらレンにでも連絡して」
そう言うとニックスは立ち上がり、扉の方へと歩き出した。
「あれ、もう帰るのか?」
「ちょっと散歩してから帰る。俺がここにいる意味はあまり無いしね。レン達はゆっくりしていって」
彼は軽く手を振り、部屋から出た。
「私も行くっス」
ガルムもそれに続き、部屋を出ていった。
「……レン。これからお前たちはどうするんだ?戦いのことは大まかに知っている。王国にまで喧嘩を売ったのならもう逃げることは出来ないぞ」
「逃げる気はさらさら無ぇよ。むしろこっちが本命だっての」
レンは先ほど買ったパンを頬張りながら言った。
「……そうか。兎に角、死ぬなよ」
アザミは心配そうに言い、背中をバシッと叩いた。




